—1—
ライブ当日の朝。
名取にある大型ショッピングモール。
駐車場の一角に建てられたライブ出演者用の仮設テントに望月里緒奈の姿があった。
パイプ椅子に腰を掛け、緊張した面持ちでタイムスケジュール表に目を落としている。
「RIONAさんの出番は11時15分からです。よろしくお願いします」
「はい、お願いします!」
機材の調整を終えたイベントスタッフが出演者の出席確認も兼ねて出演時間を案内していく。
1人あたりの持ち時間は15分。
準備時間やトーク時間を含めたとしても2曲歌える計算だ。
これまで歌ってみた動画を中心に活動してきた里緒奈はCutMovieで流行っている楽曲とオリジナル曲を披露する予定だ。
「緊張してる?」
里緒奈に声を掛けたのは都会の女子大生のような垢抜けた感じの可愛らしい少女。
青髪短髪で髪を耳に掛けており、青い月のイヤリングがゆらゆらと揺れている。
服装はレザー調の半袖。丈が短く大胆にお腹が見えている。ジャケットを羽織っているから肩の露出などはないが、正面から見たら筋の入った腹筋やくびれに目が奪われる。
あまりの美しさに里緒奈は口を開けたまま固まってしまった。
「RIONAちゃん、だよね? 私はSUMI。CutMovieで曲聴いてたから、会えて嬉しい」
「あ、ありがとうございます。ライブとか人前に出るのが初めてなので緊張しちゃって」
「Zでも派手に告知してたから、見に来る人多いかもね」
SUMIに言われてアプリを立ち上げる里緒奈。
ショッピングモールの公式アカウントがイベントの宣伝をしたところ拡散が300件を超えていた。
閲覧数も20万回を突破している。地方のイベントにしては注目度の高さが窺える。
「失礼ですけどSUMIさんはおいくつなんですか?」
「18歳。大学1年生だよ。RIONAちゃんは?」
「15歳で高1です」
「若いね。いいね」
「SUMIさんは良い意味で大人っぽいですね。綺麗です」
「そ? ありがと」
軽く微笑むSUMIから大人の余裕が感じ取れる。
ステージからトップバッターの音合わせが聞こえ始め、司会の女性が出演アーティストの紹介や注意事項など和やかな雰囲気で説明していく。
「屋外ステージだから熱中症にはくれぐれも注意しましょう」
「スマホでの撮影は可」
「SNSへのアップも可」
「むしろどんどん拡散して下さい」
など、台本に沿って一通り説明が終わると時刻は10時ちょうど。
『Girls Live Natori〜2027SUMMER〜』が開演となった。
—2—
里緒奈が音楽を始めた理由。
それは深瀬秋斗に言われた一言がきっかけだった。
幼稚園の音楽発表会。
秋斗が年長で里緒奈が年中だった頃。
秋斗の学年は楽器を使って演奏するのに対し、里緒奈の学年は合唱することになった。
当時の里緒奈は恥ずかしがり屋で自分から目立とうとする性格ではなかった。
絵を描いたり、工作をしたり、歌を歌ったり。
他の子供と同じように決められた課題に無我夢中に取り組むどこにでもいるような子供だった。
自由時間になれば一目散に秋斗の元に走り、遊具で遊んだり、砂場で城を作ったり、秋斗の妄想話を聞いたり。
里緒奈にとって同学年の子達と遊ぶよりも秋斗と一緒にいる方が楽しかった。
別に珍しい話ではない。
悪いわけでもない。
どこにでもあるようなよくある話だ。
ただ、先生達はそんな里緒奈にスポットライトを当てることにした。
毎日の歌の時間で里緒奈が歌が上手いことは先生達の間では周知の事実だったし、何より思い出を作って欲しいと考えたのだ。
当然、里緒奈本人の意思確認は必要。
先生から打診を受けた里緒奈は断れず、半分涙目になりながら承諾した。
「ソロパートを担当することになったって? 里緒奈が?」
「うん、さっき先生から里緒奈ちゃんはお歌が上手だからお願いできないかな? って」
鉄棒でコウモリをしていた秋斗を眺めながら里緒奈が呟く。
「オレにも聴かせてよ」
「嫌だよ。恥ずかしいもん」
「でも、本番では歌うんだろ?」
「それはそうだけど」
「だったらいいじゃん」
秋斗が鉄棒から降りて小さく丸まった里緒奈の顔を覗き込む。
「改めて歌ってって言われると恥ずかしいの!」
「分かったから怒るなって」
これ以上お願いしても里緒奈の機嫌を損ねるだけだと判断した秋斗は素直に謝った。
そして、迎えた音楽発表会本番。
花形である太鼓を担当した秋斗率いる年長の演奏が終わり、ステージには年中が上がった。
ソロパートを担当する里緒奈は1番目立つステージの中央に配置された。
保護者がカメラを向ける中、先生が伴奏に合図を出し、合唱が始まる。
緊張で手がびしゃびしゃになり、スカートで拭う里緒奈。
初めは声が震えていたが、1番が終わる頃には緊張も解けてきた。
ラストのサビに入る直前で練習通り里緒奈が1歩前に出る。
空気が変わった。
他の子の声が消え、里緒奈の歌声がこの場を支配した。
カメラを向けていた保護者がレンズの上に顔を出し、肉眼で里緒奈の姿を見て固まる。
里緒奈の歌声にはそれほど人を惹きつける力があった。
ワンフレーズだけだったので時間にしたら数秒だったが、だからこそ与えたインパクトは大きかった。
年中の合唱が終わるとこの日1番の拍手が起こっていた。
「里緒奈!」
ステージを降りた里緒奈の元に秋斗が駆け寄ってきた。
「凄いじゃん! 里緒奈ってこんなに歌が上手かったんだな! 歌手になれるんじゃないか? てかなれるだろ絶対!」
「もう大袈裟だよ」
そう言いながらも里緒奈は自分の胸が熱くなっていることに気付いた。
人からこれだけ褒められたのは生まれて初めてだった。
嬉しい。楽しい。もっと歌が上手くなりたい。そういった感情が芽生え始めていた。
小学生に入り、誕生日プレゼントにギターを買ってもらい、両親に弾き方を教えてもらいながら徐々に実力をつけていった。
歌ってみたの動画投稿も始めて、オリジナル曲も作った。
そして、1本の動画を機に世界が里緒奈を見つけた。
「夢に近づいたよ先輩。頑張ったらまた凄いって褒めてくれるかな?」
新たなステージに足を進め、里緒奈は真っ直ぐと観客を見つめる。
大好きな秋斗を見つけて一瞬だけ頬を緩め、すぐに表情を引き締める。
「初めまして。RIONAです——」
ライブ当日の朝。
名取にある大型ショッピングモール。
駐車場の一角に建てられたライブ出演者用の仮設テントに望月里緒奈の姿があった。
パイプ椅子に腰を掛け、緊張した面持ちでタイムスケジュール表に目を落としている。
「RIONAさんの出番は11時15分からです。よろしくお願いします」
「はい、お願いします!」
機材の調整を終えたイベントスタッフが出演者の出席確認も兼ねて出演時間を案内していく。
1人あたりの持ち時間は15分。
準備時間やトーク時間を含めたとしても2曲歌える計算だ。
これまで歌ってみた動画を中心に活動してきた里緒奈はCutMovieで流行っている楽曲とオリジナル曲を披露する予定だ。
「緊張してる?」
里緒奈に声を掛けたのは都会の女子大生のような垢抜けた感じの可愛らしい少女。
青髪短髪で髪を耳に掛けており、青い月のイヤリングがゆらゆらと揺れている。
服装はレザー調の半袖。丈が短く大胆にお腹が見えている。ジャケットを羽織っているから肩の露出などはないが、正面から見たら筋の入った腹筋やくびれに目が奪われる。
あまりの美しさに里緒奈は口を開けたまま固まってしまった。
「RIONAちゃん、だよね? 私はSUMI。CutMovieで曲聴いてたから、会えて嬉しい」
「あ、ありがとうございます。ライブとか人前に出るのが初めてなので緊張しちゃって」
「Zでも派手に告知してたから、見に来る人多いかもね」
SUMIに言われてアプリを立ち上げる里緒奈。
ショッピングモールの公式アカウントがイベントの宣伝をしたところ拡散が300件を超えていた。
閲覧数も20万回を突破している。地方のイベントにしては注目度の高さが窺える。
「失礼ですけどSUMIさんはおいくつなんですか?」
「18歳。大学1年生だよ。RIONAちゃんは?」
「15歳で高1です」
「若いね。いいね」
「SUMIさんは良い意味で大人っぽいですね。綺麗です」
「そ? ありがと」
軽く微笑むSUMIから大人の余裕が感じ取れる。
ステージからトップバッターの音合わせが聞こえ始め、司会の女性が出演アーティストの紹介や注意事項など和やかな雰囲気で説明していく。
「屋外ステージだから熱中症にはくれぐれも注意しましょう」
「スマホでの撮影は可」
「SNSへのアップも可」
「むしろどんどん拡散して下さい」
など、台本に沿って一通り説明が終わると時刻は10時ちょうど。
『Girls Live Natori〜2027SUMMER〜』が開演となった。
—2—
里緒奈が音楽を始めた理由。
それは深瀬秋斗に言われた一言がきっかけだった。
幼稚園の音楽発表会。
秋斗が年長で里緒奈が年中だった頃。
秋斗の学年は楽器を使って演奏するのに対し、里緒奈の学年は合唱することになった。
当時の里緒奈は恥ずかしがり屋で自分から目立とうとする性格ではなかった。
絵を描いたり、工作をしたり、歌を歌ったり。
他の子供と同じように決められた課題に無我夢中に取り組むどこにでもいるような子供だった。
自由時間になれば一目散に秋斗の元に走り、遊具で遊んだり、砂場で城を作ったり、秋斗の妄想話を聞いたり。
里緒奈にとって同学年の子達と遊ぶよりも秋斗と一緒にいる方が楽しかった。
別に珍しい話ではない。
悪いわけでもない。
どこにでもあるようなよくある話だ。
ただ、先生達はそんな里緒奈にスポットライトを当てることにした。
毎日の歌の時間で里緒奈が歌が上手いことは先生達の間では周知の事実だったし、何より思い出を作って欲しいと考えたのだ。
当然、里緒奈本人の意思確認は必要。
先生から打診を受けた里緒奈は断れず、半分涙目になりながら承諾した。
「ソロパートを担当することになったって? 里緒奈が?」
「うん、さっき先生から里緒奈ちゃんはお歌が上手だからお願いできないかな? って」
鉄棒でコウモリをしていた秋斗を眺めながら里緒奈が呟く。
「オレにも聴かせてよ」
「嫌だよ。恥ずかしいもん」
「でも、本番では歌うんだろ?」
「それはそうだけど」
「だったらいいじゃん」
秋斗が鉄棒から降りて小さく丸まった里緒奈の顔を覗き込む。
「改めて歌ってって言われると恥ずかしいの!」
「分かったから怒るなって」
これ以上お願いしても里緒奈の機嫌を損ねるだけだと判断した秋斗は素直に謝った。
そして、迎えた音楽発表会本番。
花形である太鼓を担当した秋斗率いる年長の演奏が終わり、ステージには年中が上がった。
ソロパートを担当する里緒奈は1番目立つステージの中央に配置された。
保護者がカメラを向ける中、先生が伴奏に合図を出し、合唱が始まる。
緊張で手がびしゃびしゃになり、スカートで拭う里緒奈。
初めは声が震えていたが、1番が終わる頃には緊張も解けてきた。
ラストのサビに入る直前で練習通り里緒奈が1歩前に出る。
空気が変わった。
他の子の声が消え、里緒奈の歌声がこの場を支配した。
カメラを向けていた保護者がレンズの上に顔を出し、肉眼で里緒奈の姿を見て固まる。
里緒奈の歌声にはそれほど人を惹きつける力があった。
ワンフレーズだけだったので時間にしたら数秒だったが、だからこそ与えたインパクトは大きかった。
年中の合唱が終わるとこの日1番の拍手が起こっていた。
「里緒奈!」
ステージを降りた里緒奈の元に秋斗が駆け寄ってきた。
「凄いじゃん! 里緒奈ってこんなに歌が上手かったんだな! 歌手になれるんじゃないか? てかなれるだろ絶対!」
「もう大袈裟だよ」
そう言いながらも里緒奈は自分の胸が熱くなっていることに気付いた。
人からこれだけ褒められたのは生まれて初めてだった。
嬉しい。楽しい。もっと歌が上手くなりたい。そういった感情が芽生え始めていた。
小学生に入り、誕生日プレゼントにギターを買ってもらい、両親に弾き方を教えてもらいながら徐々に実力をつけていった。
歌ってみたの動画投稿も始めて、オリジナル曲も作った。
そして、1本の動画を機に世界が里緒奈を見つけた。
「夢に近づいたよ先輩。頑張ったらまた凄いって褒めてくれるかな?」
新たなステージに足を進め、里緒奈は真っ直ぐと観客を見つめる。
大好きな秋斗を見つけて一瞬だけ頬を緩め、すぐに表情を引き締める。
「初めまして。RIONAです——」



