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里緒奈のライブイベントを翌日に控えた土曜日。
オレは冷房の効いた自室で夏休みの課題と格闘しながら颯の到着を待っていた。
今日は創作活動抜きの勉強会を行う予定だ。
本音を言えば『青春小説大賞』の原稿を進めたかったが、課題を後回しにした結果去年は大変な思いをしたので今年はまとめて片付けることにしたのだ。
原稿も勉強も前もって計画を立てるのだがそれ通りに進んだ試しがない。
計画を立てたことに満足して実行に移せない典型的なパターンだ。
1度作業に集中することができればしばらく没頭できるので、如何にしてやる気スイッチを入れられるかが鍵となってくる。
『Z』で『今日は◯,◯◯◯文字書けたからノルマ達成。完結まで残り◯,◯◯◯文字』と呟いている先輩作家を目にするが素直に尊敬する。
他人に見られているという環境を意図的に作り出して逃げ道を断つ方法なのだが、オレにはとても真似できそうにない。
見られていても書けない時は書けないからな。
「確か冷蔵庫にミルクティーが残ってたはず」
コップが空になり、飲み物の補充をするべく席を立つ。
甘い飲み物ばかり飲んでいると虫歯になりそうで怖いが体がミルクティーを欲しているのだから仕方がない。
「おう秋斗、邪魔してるぞ」
「おはよう深瀬くん」
リビングの扉を開けると颯と更科さんがソファーに座ってドラマを観ていた。
なぜか母さんを真ん中に挟んでいる。
「いつになっても来ないと思ったら、なんで人の母親とドラマ鑑賞してるんだよ」
カップルに挟まれている母さんはどんな心境なんだ?
「美結が録画し忘れたらしくてさ。秋斗も観るか?」
「観ないわ。そんなの見逃し配信でいつでも観れるだろ。ほら時間がもったいないから早く上に行くぞ。ちょうど飲み物取りに来たんだ」
「深瀬くん、私麦茶がいい!」
「俺も同じので。デザートはプリンがいいな」
小学生のように元気良く手を上げて注文してくる更科さんと颯。
なんだかファミレスの店員になった気分だ。
あと、人の家の冷蔵庫の中身を把握してるのが地味に怖い。
「分かったから早く上に行け。母さんも黙ってないで1回一時停止にしてくれ。2人とも画面の前から動きそうにないからさ」
「今良いところだからダメ」
頭の上にバツ印を作られてしまった。
まあ母さんは何も悪くないので無理強いはできないか。
「ほら行くぞ」
なかなか動こうとしない颯と更科さんをなんとかテレビの前から引き離し、2階に案内してようやく勉強会が始まった。
オレは定位置の机で、颯と更科さんはテーブルに向き合うようにして座り、勉強道具を広げている。
夏休みの課題は各教科から満遍なく出された。
科目によって得意不得意があるので担当を分けて各自問題を解きまくり、最後に答えを写し合うことで時間を短縮する作戦だ。
オレは国語と歴史を、颯が数学と物理を、更科さんが英語を担当することになった。
「深瀬くん、私までお邪魔することになってごめんね」
「別に気にしなくていいよ。もしかしたら来るかもなとは思ってたから」
更科さんは颯の彼女だし、一緒に遊びに来てもそれほど驚きはしない。
流石に1人で来たらびっくりするけど。
「それより更科さんのリュックパンパンだけどどうしたの?」
「この後、東京でMeTubeの撮影があるから着替えとか入ってるんだ」
「あれ? 明日里緒奈のライブに一緒に行くんだよね?」
「うん、明日の朝には帰ってくるから平気だよ」
「ならいいんだけど。随分と過密スケジュールだね」
「学生は夏休みが頑張り時だからね。ばりばり働くよ」
更科さんが両拳を体の前に構えてファイティングポーズをとった。
颯はそんな更科さんを優しい目で見ている。
体調を崩さないか心配している反面、インフルエンサーとして活躍している彼女の姿が嬉しいんだろうな。
「そうだ! 昨日、祭の家で遊んでたんだけど詩織先輩って人が来て大変だったんだよ」
「詩織先輩が……」
「深瀬くんのこと知ってたんだけど深瀬くん裏で動いてた?」
「里緒奈に女子バスケ部の子を紹介してもらってその繋がりで詩織先輩のことを知ったんだ。1回会って話したんだけどオレも感情的になっちゃって気まずい感じで別れたっきりだな」
それっきりとはいえ、ここ1週間の話だから最近の出来事だ。
でもそうか、詩織先輩が直接藤崎さんの家に行ったのか。
「祭が『なんで詩織先輩が深瀬くんのことを知ってたんだろう?』って不思議がってたからサラッと話したからね。話が拗れて面倒なことになってもアレだし」
「え、サラッとって?」
「えっとね」
更科さんがわざとらしく咳払いをして喉の調子を整えた。
「深瀬くん、祭のことが好きらしいよ。それで祭のバスケに対する思いを知ってバスケ部に復帰してほしいと思ったから色々動いてたみたい。詩織先輩ともそれで知り合ったんじゃないかな? みたいな」
「ちょっと更科さん!? 前半部分に酷いネタバレがあったと思うんだけど!! どうしてくれるの? 明日藤崎さんも来るんだよね? 合わせる顔がないんだけど!」
「動揺しすぎだって。冗談だよ冗談」
「そういう冗談は心臓に悪いからやめてほしいな」
「ごめんね、深瀬くんの反応が面白いからつい」
お腹を抱えて笑いを堪える更科さん。
そこまで笑わなくてもいいと思うんだけど。
「で、どこまでが本当なの?」
「バスケに未練を残した祭の力になりたいって話してたから裏で動いてたんじゃないかなって話したの」
「藤崎さんは何か言ってた?」
「うーん、混乱してたかな。なんでそこまでしてくれるんだろう? って」
「まあ、そうなるよなー」
普通に考えれば付き合っているわけでもないただの友達が自分の過去を探っていたらビックリするだろうな。
藤崎さんの反応は何も間違っていない。
「あ、そろそろ私行かなきゃ。麦茶ごちそうさまでした。颯もまたね! 夜に電話する!」
「おう、気をつけてな」
東京行きの新幹線の時間が差し迫り、更科さんが慌てて出て行った。
「さて、課題進めるか」
静まり返った室内。
珍しく空気を読んだ颯がパンッと手を叩きペンを走らせ始めた。
「そうだな」
そういえば更科さんに英語の課題見せてもらってないや。
里緒奈のライブイベントを翌日に控えた土曜日。
オレは冷房の効いた自室で夏休みの課題と格闘しながら颯の到着を待っていた。
今日は創作活動抜きの勉強会を行う予定だ。
本音を言えば『青春小説大賞』の原稿を進めたかったが、課題を後回しにした結果去年は大変な思いをしたので今年はまとめて片付けることにしたのだ。
原稿も勉強も前もって計画を立てるのだがそれ通りに進んだ試しがない。
計画を立てたことに満足して実行に移せない典型的なパターンだ。
1度作業に集中することができればしばらく没頭できるので、如何にしてやる気スイッチを入れられるかが鍵となってくる。
『Z』で『今日は◯,◯◯◯文字書けたからノルマ達成。完結まで残り◯,◯◯◯文字』と呟いている先輩作家を目にするが素直に尊敬する。
他人に見られているという環境を意図的に作り出して逃げ道を断つ方法なのだが、オレにはとても真似できそうにない。
見られていても書けない時は書けないからな。
「確か冷蔵庫にミルクティーが残ってたはず」
コップが空になり、飲み物の補充をするべく席を立つ。
甘い飲み物ばかり飲んでいると虫歯になりそうで怖いが体がミルクティーを欲しているのだから仕方がない。
「おう秋斗、邪魔してるぞ」
「おはよう深瀬くん」
リビングの扉を開けると颯と更科さんがソファーに座ってドラマを観ていた。
なぜか母さんを真ん中に挟んでいる。
「いつになっても来ないと思ったら、なんで人の母親とドラマ鑑賞してるんだよ」
カップルに挟まれている母さんはどんな心境なんだ?
「美結が録画し忘れたらしくてさ。秋斗も観るか?」
「観ないわ。そんなの見逃し配信でいつでも観れるだろ。ほら時間がもったいないから早く上に行くぞ。ちょうど飲み物取りに来たんだ」
「深瀬くん、私麦茶がいい!」
「俺も同じので。デザートはプリンがいいな」
小学生のように元気良く手を上げて注文してくる更科さんと颯。
なんだかファミレスの店員になった気分だ。
あと、人の家の冷蔵庫の中身を把握してるのが地味に怖い。
「分かったから早く上に行け。母さんも黙ってないで1回一時停止にしてくれ。2人とも画面の前から動きそうにないからさ」
「今良いところだからダメ」
頭の上にバツ印を作られてしまった。
まあ母さんは何も悪くないので無理強いはできないか。
「ほら行くぞ」
なかなか動こうとしない颯と更科さんをなんとかテレビの前から引き離し、2階に案内してようやく勉強会が始まった。
オレは定位置の机で、颯と更科さんはテーブルに向き合うようにして座り、勉強道具を広げている。
夏休みの課題は各教科から満遍なく出された。
科目によって得意不得意があるので担当を分けて各自問題を解きまくり、最後に答えを写し合うことで時間を短縮する作戦だ。
オレは国語と歴史を、颯が数学と物理を、更科さんが英語を担当することになった。
「深瀬くん、私までお邪魔することになってごめんね」
「別に気にしなくていいよ。もしかしたら来るかもなとは思ってたから」
更科さんは颯の彼女だし、一緒に遊びに来てもそれほど驚きはしない。
流石に1人で来たらびっくりするけど。
「それより更科さんのリュックパンパンだけどどうしたの?」
「この後、東京でMeTubeの撮影があるから着替えとか入ってるんだ」
「あれ? 明日里緒奈のライブに一緒に行くんだよね?」
「うん、明日の朝には帰ってくるから平気だよ」
「ならいいんだけど。随分と過密スケジュールだね」
「学生は夏休みが頑張り時だからね。ばりばり働くよ」
更科さんが両拳を体の前に構えてファイティングポーズをとった。
颯はそんな更科さんを優しい目で見ている。
体調を崩さないか心配している反面、インフルエンサーとして活躍している彼女の姿が嬉しいんだろうな。
「そうだ! 昨日、祭の家で遊んでたんだけど詩織先輩って人が来て大変だったんだよ」
「詩織先輩が……」
「深瀬くんのこと知ってたんだけど深瀬くん裏で動いてた?」
「里緒奈に女子バスケ部の子を紹介してもらってその繋がりで詩織先輩のことを知ったんだ。1回会って話したんだけどオレも感情的になっちゃって気まずい感じで別れたっきりだな」
それっきりとはいえ、ここ1週間の話だから最近の出来事だ。
でもそうか、詩織先輩が直接藤崎さんの家に行ったのか。
「祭が『なんで詩織先輩が深瀬くんのことを知ってたんだろう?』って不思議がってたからサラッと話したからね。話が拗れて面倒なことになってもアレだし」
「え、サラッとって?」
「えっとね」
更科さんがわざとらしく咳払いをして喉の調子を整えた。
「深瀬くん、祭のことが好きらしいよ。それで祭のバスケに対する思いを知ってバスケ部に復帰してほしいと思ったから色々動いてたみたい。詩織先輩ともそれで知り合ったんじゃないかな? みたいな」
「ちょっと更科さん!? 前半部分に酷いネタバレがあったと思うんだけど!! どうしてくれるの? 明日藤崎さんも来るんだよね? 合わせる顔がないんだけど!」
「動揺しすぎだって。冗談だよ冗談」
「そういう冗談は心臓に悪いからやめてほしいな」
「ごめんね、深瀬くんの反応が面白いからつい」
お腹を抱えて笑いを堪える更科さん。
そこまで笑わなくてもいいと思うんだけど。
「で、どこまでが本当なの?」
「バスケに未練を残した祭の力になりたいって話してたから裏で動いてたんじゃないかなって話したの」
「藤崎さんは何か言ってた?」
「うーん、混乱してたかな。なんでそこまでしてくれるんだろう? って」
「まあ、そうなるよなー」
普通に考えれば付き合っているわけでもないただの友達が自分の過去を探っていたらビックリするだろうな。
藤崎さんの反応は何も間違っていない。
「あ、そろそろ私行かなきゃ。麦茶ごちそうさまでした。颯もまたね! 夜に電話する!」
「おう、気をつけてな」
東京行きの新幹線の時間が差し迫り、更科さんが慌てて出て行った。
「さて、課題進めるか」
静まり返った室内。
珍しく空気を読んだ颯がパンッと手を叩きペンを走らせ始めた。
「そうだな」
そういえば更科さんに英語の課題見せてもらってないや。



