—1—
土日はほとんど執筆に手が付かず、迎えた7月19日。
月曜日だが、海の日で学校は休みだ。
名取西高校は明後日から夏休みに突入する為、登校日は明日が最後。
今のうちに色々と蹴りをつけておかなくてはならない。
昼に食べたカップ麺と菓子パンが良い具合に消化された15時過ぎ、オレは自転車に跨りとある喫茶店に向かった。
名取東高校の側にある人気店。
お洒落な店内にやや圧倒されながらもレジに並んで順番を待つ。
あまり馴染みがないから何を頼めばいいか迷ってしまうが、とりあえずパネルで派手に宣伝されている季節のおすすめにしよう。
学生にとって飲み物一杯で700円近い出費は正直痛いが、オレには印税や広告収入という心強い味方がいる。
読者のみんな本当にありがとう。
「お次でお待ちの方、ご注文お伺いいたします」
「季節のおすすめでお願いします」
黒髪長髪の定員にメニューを伝えながら胸元の名札をチラッと見る。
ローマ字で『SHIORI』と書かれていた。
柳井詩織。
オレがこの店舗を訪れた最大の理由。
それは彼女に会うことだった。
店員をしている彼女と会話ができるかは完全に賭けだったが、今回は運が良かった。
「すみません、自分藤崎祭さんの友達なのですがこの後ってお時間ありますか?」
お釣りを返す彼女の手が一瞬だけ止まる。
「300円のお返しです。17時にお店の外で待っててもらえますか」
「分かりました」
小声で時間を指定され、オレは静かに頷いた。
第三者がオレ達の会話を聞けばナンパにも聞こえるやり取りだったかもしれない。
詩織が素直に応じてくれたのはオレからそういった雰囲気を1ミリも感じなかったからだろう。
座席に着き、季節のおすすめを堪能する。
うん、甘い。
甘いものは嫌いじゃないが17時までまだ時間がある。ゆっくり時間を掛けて味わうとしよう。
窓の外を行き交う車を眺めながらオレは琴の話を思い出していた。
岩沼南中学校時代、藤崎さんにスタメンを奪われた先輩。
それが柳井詩織。
言ってしまえば藤崎さんに対して嫌がらせを行った主犯格だ。
中学を卒業してからは名取東高校に進学してバスケ部に入り、現在はここでアルバイトをしている。
そう聞いてここまで足を運んだのだが、我ながら猪突猛進だった。
シフトも勤務の時間帯も分からなかったから完全に当てずっぽうで来たからな。
店内は休日という事もあって学生が多い。
カップルもそれなりに見受けられる。
デートスポットでよく喫茶店を利用すると颯や更科さんから聞いてはいたが、あの話は本当だったんだな。
和やかな空気に包まれる空間にオレという異物が混ざり込んでいるような違和感を覚えながらも時刻は刻々と過ぎ、約束の時間が訪れた。
—2—
店の外で待っていると裏口から詩織が現れた。
目を細めてこちらを警戒するような視線を向けてくる。
「あなたは誰? 私に何の用?」
「名取西高校2年の深瀬秋斗です。祭さんの件で話を伺いたくて声を掛けさせてもらいました」
「そう。電車の時間もあるから歩きながらでもいい?」
接客の時とは雰囲気が随分と違う。
表情の変化が少なく声色も一定で感情を読み取ることができない。
オレは歩き出した詩織を追いかけるように横断歩道を渡る。
最寄りの名取駅までは徒歩10分。
貴重な時間を無駄にはできないが詩織の纏うオーラが他者の拒絶を示しているようでどことなく話し掛けにくい。
「あなた、祭の彼氏?」
気まずい沈黙を打ち破ったのは意外にも詩織の方だった。
「ただの友達です」
「あっそ、ただの友達がわざわざ話を聞く為に喫茶店まで来るかな?」
「どうしても気になることがあったので」
7月も後半になると夕方でもまだ暑い。
加えて店内との温度差が身体の怠さを誘発している。
「とある情報筋から詩織さんが中学時代に祭さんに嫌がらせをしていたと聞いたのですが事実ですか?」
さながら芸能スクープを取り扱う記者のような聞き方だったなと思う。
「だとしたら?」
「罪の意識はありますか?」
詩織が足を止めてオレを睨む。
冷たい視線を向けられて怯みそうになるが拳を握り締めてなんとか耐えた。
「前提としてこの話にあなたは関係ない」
「そうかもしれません。でも詩織さんの嫌がらせが原因で祭さんはバスケができなくなったんです。嫌がらせがあったのだとしたら詩織さんはそれを知らなくてはならないと思います」
「そんなことを言う為にわざわざお店まで来たの?」
「そんなことって……あなたは1人の人生を壊したんだぞ!」
詩織の無責任な発言につい感情が昂ってしまう。
「私だって祭に人生を壊された。あの子にスタメンを取られて、最後の試合だってミスが無ければ勝てたのに。私が試合に出てたら少なくてもあんなミスは無かった」
「チームメイトだったらミスはカバーし合うものなんじゃないですか? 団体競技で誰か1人の責任にするのはおかしいと思います」
藤崎さんの配信にも悩みが寄せられていたように部活に所属していればこういった出来事は珍しくないのだろう。
中学生であれば物事の善悪がつかないからミスをした1人を攻撃してしまうのも分からなくもない。
ただ、その行為は間違いであり、あってはならない。
間違いを犯したら謝罪をして罪を償わなければならない。
「正論だね」
詩織は軽く息を吐いてからそう呟いた。
「祭さんに謝って下さい」
「私が間違っていて君が正論を言っているのは分かる。けど、すぐには消化できない。3年経った今でも納得できてないんだから」
駅前のロータリーから蝉の鳴き声が響き渡る。
詩織は闇を抱えた冷たい瞳をロータリーの奥にある駅に向けていた。
電車がホームに近づいている事を知らせるアナウンスが流れ、詩織は何も言わずに去って行った。
オレは喫茶店に自転車を置き忘れている事に気がつき、来た道を無心で歩くのだった。
土日はほとんど執筆に手が付かず、迎えた7月19日。
月曜日だが、海の日で学校は休みだ。
名取西高校は明後日から夏休みに突入する為、登校日は明日が最後。
今のうちに色々と蹴りをつけておかなくてはならない。
昼に食べたカップ麺と菓子パンが良い具合に消化された15時過ぎ、オレは自転車に跨りとある喫茶店に向かった。
名取東高校の側にある人気店。
お洒落な店内にやや圧倒されながらもレジに並んで順番を待つ。
あまり馴染みがないから何を頼めばいいか迷ってしまうが、とりあえずパネルで派手に宣伝されている季節のおすすめにしよう。
学生にとって飲み物一杯で700円近い出費は正直痛いが、オレには印税や広告収入という心強い味方がいる。
読者のみんな本当にありがとう。
「お次でお待ちの方、ご注文お伺いいたします」
「季節のおすすめでお願いします」
黒髪長髪の定員にメニューを伝えながら胸元の名札をチラッと見る。
ローマ字で『SHIORI』と書かれていた。
柳井詩織。
オレがこの店舗を訪れた最大の理由。
それは彼女に会うことだった。
店員をしている彼女と会話ができるかは完全に賭けだったが、今回は運が良かった。
「すみません、自分藤崎祭さんの友達なのですがこの後ってお時間ありますか?」
お釣りを返す彼女の手が一瞬だけ止まる。
「300円のお返しです。17時にお店の外で待っててもらえますか」
「分かりました」
小声で時間を指定され、オレは静かに頷いた。
第三者がオレ達の会話を聞けばナンパにも聞こえるやり取りだったかもしれない。
詩織が素直に応じてくれたのはオレからそういった雰囲気を1ミリも感じなかったからだろう。
座席に着き、季節のおすすめを堪能する。
うん、甘い。
甘いものは嫌いじゃないが17時までまだ時間がある。ゆっくり時間を掛けて味わうとしよう。
窓の外を行き交う車を眺めながらオレは琴の話を思い出していた。
岩沼南中学校時代、藤崎さんにスタメンを奪われた先輩。
それが柳井詩織。
言ってしまえば藤崎さんに対して嫌がらせを行った主犯格だ。
中学を卒業してからは名取東高校に進学してバスケ部に入り、現在はここでアルバイトをしている。
そう聞いてここまで足を運んだのだが、我ながら猪突猛進だった。
シフトも勤務の時間帯も分からなかったから完全に当てずっぽうで来たからな。
店内は休日という事もあって学生が多い。
カップルもそれなりに見受けられる。
デートスポットでよく喫茶店を利用すると颯や更科さんから聞いてはいたが、あの話は本当だったんだな。
和やかな空気に包まれる空間にオレという異物が混ざり込んでいるような違和感を覚えながらも時刻は刻々と過ぎ、約束の時間が訪れた。
—2—
店の外で待っていると裏口から詩織が現れた。
目を細めてこちらを警戒するような視線を向けてくる。
「あなたは誰? 私に何の用?」
「名取西高校2年の深瀬秋斗です。祭さんの件で話を伺いたくて声を掛けさせてもらいました」
「そう。電車の時間もあるから歩きながらでもいい?」
接客の時とは雰囲気が随分と違う。
表情の変化が少なく声色も一定で感情を読み取ることができない。
オレは歩き出した詩織を追いかけるように横断歩道を渡る。
最寄りの名取駅までは徒歩10分。
貴重な時間を無駄にはできないが詩織の纏うオーラが他者の拒絶を示しているようでどことなく話し掛けにくい。
「あなた、祭の彼氏?」
気まずい沈黙を打ち破ったのは意外にも詩織の方だった。
「ただの友達です」
「あっそ、ただの友達がわざわざ話を聞く為に喫茶店まで来るかな?」
「どうしても気になることがあったので」
7月も後半になると夕方でもまだ暑い。
加えて店内との温度差が身体の怠さを誘発している。
「とある情報筋から詩織さんが中学時代に祭さんに嫌がらせをしていたと聞いたのですが事実ですか?」
さながら芸能スクープを取り扱う記者のような聞き方だったなと思う。
「だとしたら?」
「罪の意識はありますか?」
詩織が足を止めてオレを睨む。
冷たい視線を向けられて怯みそうになるが拳を握り締めてなんとか耐えた。
「前提としてこの話にあなたは関係ない」
「そうかもしれません。でも詩織さんの嫌がらせが原因で祭さんはバスケができなくなったんです。嫌がらせがあったのだとしたら詩織さんはそれを知らなくてはならないと思います」
「そんなことを言う為にわざわざお店まで来たの?」
「そんなことって……あなたは1人の人生を壊したんだぞ!」
詩織の無責任な発言につい感情が昂ってしまう。
「私だって祭に人生を壊された。あの子にスタメンを取られて、最後の試合だってミスが無ければ勝てたのに。私が試合に出てたら少なくてもあんなミスは無かった」
「チームメイトだったらミスはカバーし合うものなんじゃないですか? 団体競技で誰か1人の責任にするのはおかしいと思います」
藤崎さんの配信にも悩みが寄せられていたように部活に所属していればこういった出来事は珍しくないのだろう。
中学生であれば物事の善悪がつかないからミスをした1人を攻撃してしまうのも分からなくもない。
ただ、その行為は間違いであり、あってはならない。
間違いを犯したら謝罪をして罪を償わなければならない。
「正論だね」
詩織は軽く息を吐いてからそう呟いた。
「祭さんに謝って下さい」
「私が間違っていて君が正論を言っているのは分かる。けど、すぐには消化できない。3年経った今でも納得できてないんだから」
駅前のロータリーから蝉の鳴き声が響き渡る。
詩織は闇を抱えた冷たい瞳をロータリーの奥にある駅に向けていた。
電車がホームに近づいている事を知らせるアナウンスが流れ、詩織は何も言わずに去って行った。
オレは喫茶店に自転車を置き忘れている事に気がつき、来た道を無心で歩くのだった。



