—1—
「ごめん遅くなった。練習が長引いてさ」
里緒奈が琴ちゃんと呼んでいた長身短髪の少女がジェスチャーで軽く謝りながらやって来た。
彼女の友達と思われるポニーテールの少女も一緒だ。
「ううん、こっちこそ急に誘っちゃってごめんね」
里緒奈が「先輩の隣に移動しますね」と言い、鞄をどかして2人に席を空け渡した。
オレの正面にポニーテールガール、斜め向かいに琴が座った。
「初めまして長濱琴です」
「2年の深瀬秋斗です。里緒奈とは幼馴染で」
「そうなんですか」
お互いに名前を名乗って軽く頭を下げる。
体育館で見た時は遠かったからはっきりと見えなかったがかなり顔が整っているな。
身長が高くて手足も長くスラッとしているが運動部なだけあって腕やふくらはぎは筋肉が張っている。
街を歩いたらモデルにスカウトされそうだ。
「付き添いの久世彩芽です」
彩芽が紙ストローを咥えてドリンクを口に含んだ。
可愛さとカッコ良さを兼ね備えた容姿。
ポニーテールにやんわりとウエーブがかかっている。
世間では夕飯の時間帯に差し掛かり、店内もだいぶ混み始めてきた。
テーブルを横切る男子学生のグループが小声で「おいあの子可愛くね?」「いや、俺はあの子」「てか全員可愛いだろ」などと3人の顔をチラチラ見ていた。
気持ちは分かる。
この場をセッティングするように依頼したのはオレだが、あまりの顔面偏差値の高さに自分が場違いなんじゃないかと不安になってしまう。
「彩芽がどうしても里緒奈に言いたいことがあるんだって」
付き添いとは言っていたものの同行したのには明確な理由があったようだ。
「なんで里緒奈が更科先輩のCutMovieに出てるの?」
若干言葉に怒気を含みながら彩芽が里緒奈に疑問をぶつける。
「歌の練習をしてたらたまたま更科先輩が通り掛かって動画を撮ってくれたんだ。それでCutMovieに上げてもいいか聞かれたから是非よろしくお願いします! って答えたの。嬉しかったし」
「……ずるい。私はお願いしても断られたのに」
「彩芽の場合は2人で一緒に撮ろうとして断られたけど、里緒奈の場合はソロでしょ。顔も出てないし。更科先輩も言ってたじゃん。1人と撮っちゃうとみんなとも撮らなきゃいけなくなっちゃうからって」
琴が唇を尖らせる彩芽の肩をぽんぽんと叩いて宥める。
更科さんのインフルエンサーとしての人気は凄いからな。
彩芽のように一緒に動画を撮りたい人は山のようにいるだろう。
「いいな。ずるいな。羨ましいな。いいな。ずるいな。羨ましいな」
「分かったからこれ食べて少し静かにしててねー」
「んぐっ!? 美味しい」
琴がお経のように同じ言葉しか繰り返さなくなった彩芽の口に三角チョコパイを突っ込んだ。
なんというか見た目通りのパワープレイだな。
「えっと、話があるって言ってたけどなんの話?」
「それは先輩から」
里緒奈からパスを受け取りいよいよ本題を切り出すことに。
軽く咳払いをして姿勢を正す。
「オレは帰宅部だから運動部の事がよく分からないんだが、2年生のこの時期から部活を始めるのはやっぱり遅いのか?」
「レアなケースだと思いますけど全く無い訳じゃないです。実力次第ではスタメンも狙えるかと。女バスに入部希望者がいるんですか?」
オレの質問と自分が呼び出された理由を結びつけてそう結論づけたようだ。
琴は自頭が良いタイプだな。
「岩沼南中学校の女子バスケ部に藤崎祭って子がいたと思うんだけど」
「祭先輩ですか」
藤崎さんの名前を聞いて琴の表情が曇った。
「中学で色々あったのは知ってる。藤崎さんはバスケを辞めたことを後悔してた」
「仮に祭先輩が女バスに入部したとして、それが部員同士で揉める原因になるかもしれません」
「どういうことだ?」
「中学の時と同じです。スタメンを奪われた人が良く思わないってことです」
「なんでスタメンを奪われる前提で話してるの? その人、えっと、祭先輩だっけ? そんなに上手いの?」
三角チョコパイを食べ終えた彩芽が会話に参加してきた。
「上手いよ。ドリブルが武器で視野も広いからパスも出せる。ハンドリングも凄いし。女バスの先輩でも祭先輩と1on1したら勝てないと思う」
「琴ちゃんがそこまで言うなんてよっぽどだね。でもそうか。だとしたら快く思わない人も出てきそうだね」
「戦力アップするなら部としては歓迎されそうだけど違うの?」
2人のやり取りを聞いていた里緒奈が首を傾げる。
「3年生が引退して新体制になった今、ぽっと出の人がスタメンに選ばれたらどう思う? これまで部に貢献してきてやっとの思いでスタメンを勝ち取った人がまたベンチに戻ったら?」
「悔しいね」
「私とか彩芽は割と実力主義みたいな考えだからチームに貢献できる人が試合に出るべきだと思ってるけど、全員が全員そういう考えでもないからね」
中学時代に上級生のいざこざを目の当たりにしてきた琴の言葉は重い。
「例えその先輩が入ってきてもスタメンを譲る気はないよ」
彩芽が自信満々に笑みを見せる。
「彩芽ちゃんは1年でスタメンなのか?」
「はい、琴ちゃんもですよ」
「まあ3年生の先輩が引退してからですけどね」
2年生を差し置いて自分達がスタメンを勝ち取ったからこそ奪う側の気持ちも分かるということか。
同じチームとはいえ、スタメン争いとなると激しくぶつかることもある。
団体競技では避けては通れない。
2人と話をして女子バスケ部の温度感はなんとなく伝わってきた。
部の環境として入部希望者を受け入れる体制にはあるが、スタメンの座を巡って揉める可能性がある。
部員同士で培ってきた絆やプレー以外の貢献度を重視する生徒が少なからず存在する。
個人的にはプレーで圧倒的な存在感を放てばスタメンに選ばれたとしても納得しそうなものだが、人間関係が絡む分そう単純でもないのだろう。
藤崎さんの中学時代の例もあるしな。
本当であれば陰湿な嫌がらせが起きる前に芽を摘まなくてはならない。
それは顧問の仕事だ。
そこら辺、生徒からの信頼の厚い山田先生なら安心できそうだ。
高校に入り、バスケをやりたかったが踏み出すことのできなかった藤崎さん。
中学時代のトラウマが彼女の足に重い枷をかけている。
だとすれば根本的な問題を解決するしかない。
その為には藤崎さんの過去を知るしかない。
「好きなことができなくなる辛さって知ってるか?」
オレは全員に問いかける。
そして、言葉を繋ぐ。
「絶望だ。生きる意味を見失って何をしてても楽しくないんだ。手を伸ばせば届く距離にあるのに傷つくことを知っているから踏み出すことができなくなる。それで、気付けば踏み出すことさえも諦めてしまう」
オレも過去に経験している。
筆を折る。
アンチコメントに負けてメンタル的に執筆活動ができなくなった時期があった。
あの時はどんな娯楽に触れても心から笑えなくなっていた。
好きなことができない苦しさ。もう2度と経験したくない。
だからなのか。
オレと境遇が似ているからここまで入れ込んでるのかもしれない。
「琴ちゃん、思い出すのはキツイかもしれないけど中学時代のバスケ部の話を聞かせてくれないか?」
「分かりました」
オレの熱意が伝わったのか琴が首を縦に振った。
誰が藤崎さんを傷つけて、どのようにして部を去ったのか。
オレはかつてのチームメイトから事の全貌を聞くのだった。
「ごめん遅くなった。練習が長引いてさ」
里緒奈が琴ちゃんと呼んでいた長身短髪の少女がジェスチャーで軽く謝りながらやって来た。
彼女の友達と思われるポニーテールの少女も一緒だ。
「ううん、こっちこそ急に誘っちゃってごめんね」
里緒奈が「先輩の隣に移動しますね」と言い、鞄をどかして2人に席を空け渡した。
オレの正面にポニーテールガール、斜め向かいに琴が座った。
「初めまして長濱琴です」
「2年の深瀬秋斗です。里緒奈とは幼馴染で」
「そうなんですか」
お互いに名前を名乗って軽く頭を下げる。
体育館で見た時は遠かったからはっきりと見えなかったがかなり顔が整っているな。
身長が高くて手足も長くスラッとしているが運動部なだけあって腕やふくらはぎは筋肉が張っている。
街を歩いたらモデルにスカウトされそうだ。
「付き添いの久世彩芽です」
彩芽が紙ストローを咥えてドリンクを口に含んだ。
可愛さとカッコ良さを兼ね備えた容姿。
ポニーテールにやんわりとウエーブがかかっている。
世間では夕飯の時間帯に差し掛かり、店内もだいぶ混み始めてきた。
テーブルを横切る男子学生のグループが小声で「おいあの子可愛くね?」「いや、俺はあの子」「てか全員可愛いだろ」などと3人の顔をチラチラ見ていた。
気持ちは分かる。
この場をセッティングするように依頼したのはオレだが、あまりの顔面偏差値の高さに自分が場違いなんじゃないかと不安になってしまう。
「彩芽がどうしても里緒奈に言いたいことがあるんだって」
付き添いとは言っていたものの同行したのには明確な理由があったようだ。
「なんで里緒奈が更科先輩のCutMovieに出てるの?」
若干言葉に怒気を含みながら彩芽が里緒奈に疑問をぶつける。
「歌の練習をしてたらたまたま更科先輩が通り掛かって動画を撮ってくれたんだ。それでCutMovieに上げてもいいか聞かれたから是非よろしくお願いします! って答えたの。嬉しかったし」
「……ずるい。私はお願いしても断られたのに」
「彩芽の場合は2人で一緒に撮ろうとして断られたけど、里緒奈の場合はソロでしょ。顔も出てないし。更科先輩も言ってたじゃん。1人と撮っちゃうとみんなとも撮らなきゃいけなくなっちゃうからって」
琴が唇を尖らせる彩芽の肩をぽんぽんと叩いて宥める。
更科さんのインフルエンサーとしての人気は凄いからな。
彩芽のように一緒に動画を撮りたい人は山のようにいるだろう。
「いいな。ずるいな。羨ましいな。いいな。ずるいな。羨ましいな」
「分かったからこれ食べて少し静かにしててねー」
「んぐっ!? 美味しい」
琴がお経のように同じ言葉しか繰り返さなくなった彩芽の口に三角チョコパイを突っ込んだ。
なんというか見た目通りのパワープレイだな。
「えっと、話があるって言ってたけどなんの話?」
「それは先輩から」
里緒奈からパスを受け取りいよいよ本題を切り出すことに。
軽く咳払いをして姿勢を正す。
「オレは帰宅部だから運動部の事がよく分からないんだが、2年生のこの時期から部活を始めるのはやっぱり遅いのか?」
「レアなケースだと思いますけど全く無い訳じゃないです。実力次第ではスタメンも狙えるかと。女バスに入部希望者がいるんですか?」
オレの質問と自分が呼び出された理由を結びつけてそう結論づけたようだ。
琴は自頭が良いタイプだな。
「岩沼南中学校の女子バスケ部に藤崎祭って子がいたと思うんだけど」
「祭先輩ですか」
藤崎さんの名前を聞いて琴の表情が曇った。
「中学で色々あったのは知ってる。藤崎さんはバスケを辞めたことを後悔してた」
「仮に祭先輩が女バスに入部したとして、それが部員同士で揉める原因になるかもしれません」
「どういうことだ?」
「中学の時と同じです。スタメンを奪われた人が良く思わないってことです」
「なんでスタメンを奪われる前提で話してるの? その人、えっと、祭先輩だっけ? そんなに上手いの?」
三角チョコパイを食べ終えた彩芽が会話に参加してきた。
「上手いよ。ドリブルが武器で視野も広いからパスも出せる。ハンドリングも凄いし。女バスの先輩でも祭先輩と1on1したら勝てないと思う」
「琴ちゃんがそこまで言うなんてよっぽどだね。でもそうか。だとしたら快く思わない人も出てきそうだね」
「戦力アップするなら部としては歓迎されそうだけど違うの?」
2人のやり取りを聞いていた里緒奈が首を傾げる。
「3年生が引退して新体制になった今、ぽっと出の人がスタメンに選ばれたらどう思う? これまで部に貢献してきてやっとの思いでスタメンを勝ち取った人がまたベンチに戻ったら?」
「悔しいね」
「私とか彩芽は割と実力主義みたいな考えだからチームに貢献できる人が試合に出るべきだと思ってるけど、全員が全員そういう考えでもないからね」
中学時代に上級生のいざこざを目の当たりにしてきた琴の言葉は重い。
「例えその先輩が入ってきてもスタメンを譲る気はないよ」
彩芽が自信満々に笑みを見せる。
「彩芽ちゃんは1年でスタメンなのか?」
「はい、琴ちゃんもですよ」
「まあ3年生の先輩が引退してからですけどね」
2年生を差し置いて自分達がスタメンを勝ち取ったからこそ奪う側の気持ちも分かるということか。
同じチームとはいえ、スタメン争いとなると激しくぶつかることもある。
団体競技では避けては通れない。
2人と話をして女子バスケ部の温度感はなんとなく伝わってきた。
部の環境として入部希望者を受け入れる体制にはあるが、スタメンの座を巡って揉める可能性がある。
部員同士で培ってきた絆やプレー以外の貢献度を重視する生徒が少なからず存在する。
個人的にはプレーで圧倒的な存在感を放てばスタメンに選ばれたとしても納得しそうなものだが、人間関係が絡む分そう単純でもないのだろう。
藤崎さんの中学時代の例もあるしな。
本当であれば陰湿な嫌がらせが起きる前に芽を摘まなくてはならない。
それは顧問の仕事だ。
そこら辺、生徒からの信頼の厚い山田先生なら安心できそうだ。
高校に入り、バスケをやりたかったが踏み出すことのできなかった藤崎さん。
中学時代のトラウマが彼女の足に重い枷をかけている。
だとすれば根本的な問題を解決するしかない。
その為には藤崎さんの過去を知るしかない。
「好きなことができなくなる辛さって知ってるか?」
オレは全員に問いかける。
そして、言葉を繋ぐ。
「絶望だ。生きる意味を見失って何をしてても楽しくないんだ。手を伸ばせば届く距離にあるのに傷つくことを知っているから踏み出すことができなくなる。それで、気付けば踏み出すことさえも諦めてしまう」
オレも過去に経験している。
筆を折る。
アンチコメントに負けてメンタル的に執筆活動ができなくなった時期があった。
あの時はどんな娯楽に触れても心から笑えなくなっていた。
好きなことができない苦しさ。もう2度と経験したくない。
だからなのか。
オレと境遇が似ているからここまで入れ込んでるのかもしれない。
「琴ちゃん、思い出すのはキツイかもしれないけど中学時代のバスケ部の話を聞かせてくれないか?」
「分かりました」
オレの熱意が伝わったのか琴が首を縦に振った。
誰が藤崎さんを傷つけて、どのようにして部を去ったのか。
オレはかつてのチームメイトから事の全貌を聞くのだった。



