—1—
「更科先輩、一緒にCutMovieを撮って欲しいんですけどお願いできますか? 最近流行ってるアニメ主題歌の音源なんですけど」
第二校舎の一角で有名インフルエンサーの更科美結は2人の後輩に迫られていた。
憧れの存在を前にしてキラキラと目を輝かせるポニーテールの少女。
少女の背後に控える長身短髪の女子生徒は付き添いといったところだろうか。保護者のような優しい瞳で見守っている。
1年生が入学してから4ヶ月。
入学当初は美結の姿を一目見ようと連日教室の外に人集りができていたが、今はこうしてたまに声を掛けられるくらいまで落ち着いた。
「ごめんね。1人と撮っちゃうとみんなとも撮らなきゃいけなくなっちゃうから断ってるんだ」
「そうですか、そうですよね」
「仕方ないよ彩芽。ほら部活に遅れると山田先生に怒られるよ」
「琴ちゃん……」
ガックリと項垂れる彩芽の肩を引き寄せて琴が美結に頭を下げた。
礼儀正しい姿に美結も軽く頭を下げて2人を見送る。
「またガッカリさせちゃったな」
美結もできることなら撮影を断りたくはない。
しかし、女優になるという将来の夢を見据えた時に自分以外のアカウントから自分の画像や動画がSNSへ投稿されることは得策ではないと判断したのだ。
理由は2つ。
1つ目はSNSのアクセスが分散してしまう可能性があるから。
CutMovieで例を挙げると一動画あたりの再生回数が落ち、おすすめ欄に載りにくくなる。そうなれば新規フォロワーの伸び率も落ちてしまい負の連鎖に突入する。
従って女優の夢も遠のいてしまう。
もう1つはあらゆるリスクを回避する為。
現代の技術を活用すれば画像を加工したり、動画を編集したり誰でも手軽に楽しむ事ができる。
一方でフェイク画像や悪意ある切り抜き動画など、他人を貶めることに使われる危険性がある。
数年前の動画の発言がきっかけで芸能界を引退するにまで追い込まれたなんて例が近年頻発している。
中学時代、主にCutMovieのコメント欄で誹謗中傷を受けた美結はそれ以降リスクマネジメントを徹底している。
何となく後輩達が通った道を避けてそのまま廊下を直進し、換気のために解放された窓の窓枠に両肘をつく。
外に目をやると本校舎と第二校舎の間にある中庭で男女数人がダンス動画を撮影していた。
美結はその振り付けに見覚えがあった。
彩芽がお願いしてきたアニメ主題歌の音源だった。
彩芽のガッカリとした表情が脳内に浮かび、罪悪感に苛まれていると階段の方から力強い歌声が聞こえてきた。
美結は歌声に導かれるように静かに足を進めると階段の踊り場に里緒奈の姿があった。
自信に満ち溢れた凛々しい立ち姿。
強いメッセージ性のある歌詞がギターの音色に乗って耳に届く。
人を惹きつける圧倒的な才能を前に気が付けば美結はスマホを構えていた。
この瞬間を1度きりで終わらせてしまうのはもったいない。
そんな思いが美結の中に生まれていた。
「美結先輩! 私の歌どうでした?」
歌い終えた里緒奈が美結に抱き着いて甘える。
「里緒奈ちゃんって優しく包み込むような歌が得意なのかなって思ってたけど、こういう力強い歌い方もできるんだね。圧倒されて思わず動画撮っちゃったよ」
「えへへっ、美結先輩のデータフォルダに私の歌が保存されるなんて嬉しいです」
頭を撫でられながら里緒奈が褒められて笑みをこぼす。
「里緒奈ちゃんさえ良ければCutMovieに載せてもいい? 顔出しに抵抗があるなら編集で見えないようにするからさ」
「え、逆にいいんですか? 美結先輩のアカウントに私の歌が載っても」
「感動したから私のフォロワーにも聴いて欲しいと思ったんだ」
「大勢に見られると思うと恥ずかしいですけど、それ以上に美結先輩のアカウントに載ることの方が嬉しいので是非よろしくお願いします!」
「ありがとう。それじゃあ編集して今日の夜にでもアップするね」
「はい、楽しみにしてます」
—2—
ギターを背負った里緒奈が上機嫌で美結の隣を歩く。
いつもなら美結の彼氏の颯や美結の女子友達が厚い壁となって立ち塞がっているのだが珍しく2人で帰ることになったのだ。
「そういえば、美結先輩のアドバイス通り積極的にアピールしたら秋斗先輩と距離が縮まりました。ありがとうございました!」
「そ、そうなんだ。良かったね」
一体里緒奈は何をしたんだ? と美結は首を傾げる。
「今日歌ってた曲は里緒奈ちゃんが作ったの?」
「はい、秋斗先輩に歌詞がなかなか浮かばないって相談をしたんですけど『曲を通して誰に想いを伝えたいんだ』って言われて。家に帰って秋斗先輩のことを考えていたら曲ができてました」
「なんかそんな気がしたんだよね」
「どういう意味ですか?」
「歌詞から里緒奈ちゃんが深瀬くんを想ってるのが伝わってきたから。恋をしてる人は共感できる曲だと思うし、そうじゃない人も頑張ろうって力を貰える曲だと思うよ」
「先輩が聴いたらバレちゃいますかね?」
「どうだろう。深瀬くんって変に鈍感だからなー」
「そうなんですよ。こっちがやり過ぎたかなって思っても全然平気な顔してるんですよね。流石にこの間のお風呂の時は焦ってましたけど」
「お風呂? 里緒奈ちゃん詳しく教えて」
「あ……」
里緒奈の口から爆弾発言が飛び出し、美結が勢い良く食いついた。
美結のことを慕う里緒奈は観念して洗いざらい全てを吐き出すのだった。
その日の夜、美結のCutMovieのアカウントにショート動画が投稿された。
タイトルは、『オリジナル曲 #放課後の特等席 #後輩ちゃん』。
この投稿が里緒奈の人生を変えるほど異例のバズり方をしていく。
「更科先輩、一緒にCutMovieを撮って欲しいんですけどお願いできますか? 最近流行ってるアニメ主題歌の音源なんですけど」
第二校舎の一角で有名インフルエンサーの更科美結は2人の後輩に迫られていた。
憧れの存在を前にしてキラキラと目を輝かせるポニーテールの少女。
少女の背後に控える長身短髪の女子生徒は付き添いといったところだろうか。保護者のような優しい瞳で見守っている。
1年生が入学してから4ヶ月。
入学当初は美結の姿を一目見ようと連日教室の外に人集りができていたが、今はこうしてたまに声を掛けられるくらいまで落ち着いた。
「ごめんね。1人と撮っちゃうとみんなとも撮らなきゃいけなくなっちゃうから断ってるんだ」
「そうですか、そうですよね」
「仕方ないよ彩芽。ほら部活に遅れると山田先生に怒られるよ」
「琴ちゃん……」
ガックリと項垂れる彩芽の肩を引き寄せて琴が美結に頭を下げた。
礼儀正しい姿に美結も軽く頭を下げて2人を見送る。
「またガッカリさせちゃったな」
美結もできることなら撮影を断りたくはない。
しかし、女優になるという将来の夢を見据えた時に自分以外のアカウントから自分の画像や動画がSNSへ投稿されることは得策ではないと判断したのだ。
理由は2つ。
1つ目はSNSのアクセスが分散してしまう可能性があるから。
CutMovieで例を挙げると一動画あたりの再生回数が落ち、おすすめ欄に載りにくくなる。そうなれば新規フォロワーの伸び率も落ちてしまい負の連鎖に突入する。
従って女優の夢も遠のいてしまう。
もう1つはあらゆるリスクを回避する為。
現代の技術を活用すれば画像を加工したり、動画を編集したり誰でも手軽に楽しむ事ができる。
一方でフェイク画像や悪意ある切り抜き動画など、他人を貶めることに使われる危険性がある。
数年前の動画の発言がきっかけで芸能界を引退するにまで追い込まれたなんて例が近年頻発している。
中学時代、主にCutMovieのコメント欄で誹謗中傷を受けた美結はそれ以降リスクマネジメントを徹底している。
何となく後輩達が通った道を避けてそのまま廊下を直進し、換気のために解放された窓の窓枠に両肘をつく。
外に目をやると本校舎と第二校舎の間にある中庭で男女数人がダンス動画を撮影していた。
美結はその振り付けに見覚えがあった。
彩芽がお願いしてきたアニメ主題歌の音源だった。
彩芽のガッカリとした表情が脳内に浮かび、罪悪感に苛まれていると階段の方から力強い歌声が聞こえてきた。
美結は歌声に導かれるように静かに足を進めると階段の踊り場に里緒奈の姿があった。
自信に満ち溢れた凛々しい立ち姿。
強いメッセージ性のある歌詞がギターの音色に乗って耳に届く。
人を惹きつける圧倒的な才能を前に気が付けば美結はスマホを構えていた。
この瞬間を1度きりで終わらせてしまうのはもったいない。
そんな思いが美結の中に生まれていた。
「美結先輩! 私の歌どうでした?」
歌い終えた里緒奈が美結に抱き着いて甘える。
「里緒奈ちゃんって優しく包み込むような歌が得意なのかなって思ってたけど、こういう力強い歌い方もできるんだね。圧倒されて思わず動画撮っちゃったよ」
「えへへっ、美結先輩のデータフォルダに私の歌が保存されるなんて嬉しいです」
頭を撫でられながら里緒奈が褒められて笑みをこぼす。
「里緒奈ちゃんさえ良ければCutMovieに載せてもいい? 顔出しに抵抗があるなら編集で見えないようにするからさ」
「え、逆にいいんですか? 美結先輩のアカウントに私の歌が載っても」
「感動したから私のフォロワーにも聴いて欲しいと思ったんだ」
「大勢に見られると思うと恥ずかしいですけど、それ以上に美結先輩のアカウントに載ることの方が嬉しいので是非よろしくお願いします!」
「ありがとう。それじゃあ編集して今日の夜にでもアップするね」
「はい、楽しみにしてます」
—2—
ギターを背負った里緒奈が上機嫌で美結の隣を歩く。
いつもなら美結の彼氏の颯や美結の女子友達が厚い壁となって立ち塞がっているのだが珍しく2人で帰ることになったのだ。
「そういえば、美結先輩のアドバイス通り積極的にアピールしたら秋斗先輩と距離が縮まりました。ありがとうございました!」
「そ、そうなんだ。良かったね」
一体里緒奈は何をしたんだ? と美結は首を傾げる。
「今日歌ってた曲は里緒奈ちゃんが作ったの?」
「はい、秋斗先輩に歌詞がなかなか浮かばないって相談をしたんですけど『曲を通して誰に想いを伝えたいんだ』って言われて。家に帰って秋斗先輩のことを考えていたら曲ができてました」
「なんかそんな気がしたんだよね」
「どういう意味ですか?」
「歌詞から里緒奈ちゃんが深瀬くんを想ってるのが伝わってきたから。恋をしてる人は共感できる曲だと思うし、そうじゃない人も頑張ろうって力を貰える曲だと思うよ」
「先輩が聴いたらバレちゃいますかね?」
「どうだろう。深瀬くんって変に鈍感だからなー」
「そうなんですよ。こっちがやり過ぎたかなって思っても全然平気な顔してるんですよね。流石にこの間のお風呂の時は焦ってましたけど」
「お風呂? 里緒奈ちゃん詳しく教えて」
「あ……」
里緒奈の口から爆弾発言が飛び出し、美結が勢い良く食いついた。
美結のことを慕う里緒奈は観念して洗いざらい全てを吐き出すのだった。
その日の夜、美結のCutMovieのアカウントにショート動画が投稿された。
タイトルは、『オリジナル曲 #放課後の特等席 #後輩ちゃん』。
この投稿が里緒奈の人生を変えるほど異例のバズり方をしていく。