—1—
「てなことが昼休みにあったんだけど2人は何か知ってたりする?」
授業が終わり、駅のホームで帰りの電車を待つ中、オレは昼休みの出来事を颯と更科さんに話した。
藤崎さんがバスケ部に入部できなかった理由。
仲の良い更科さんなら何か知っているかもしれない。
「本人がいないところで話すのはちょっとあれだけど、深瀬くんを体育館に案内したのは私だし、私が知ってる範囲で話すね」
耳をつんざくような甲高いブレーキの音が鳴り響き、反対側のホームに電車が停車した。
乗客が乗り降りしている様子をただの背景としてぼんやりと眺める。
「祭は小学生の頃に地元のミニバスのチームに入ってたみたい。体育で見たと思うけど実力が評価されて高学年の時にはキャプテンにも選ばれたんだって」
ドリブルもできてシュートも打ててコート全体をカバーできる広い視野も持っている。
そんな選手が同じチームにいたら心強いに違いない。
「中学でもバスケ部に入って2年生で先輩からレギュラーの座を勝ち取ったんだけど、先輩の引退がかかった最後の大会でミスをしちゃってそれが原因で負けちゃったみたい。祭は責任を感じて自分から顧問に退部を申し出たんだって」
すでに電車が発車しており、向かいのホームには誰もいなくなっていた。
自らのプレーが原因でチームが敗退。
団体スポーツをしている人間だったら誰もが経験する仕方のないこと。
だが、自分のミスのせいで先輩が引退となると責任を感じてしまうのも頷ける。
「バスケ部に入る資格がない」「入部届けを提出する勇気が無かった」藤崎さんの言葉から察するに中学時代の大会での出来事を消化できないでいるのだろう。
それでもバスケをやりたいという気持ちに嘘はつけない。
だからああやって昼休みに1人で自主練習をしているのだろう。
「祭にレギュラーを取られた先輩と他の部員からもキツく当たられたらしくて、それも辞めた原因の1つなのかなって。祭の親友の私の立場としてはバスケ部に入って思いっきりバスケをして欲しいんだけどねー」
「高校に上がって環境が変わっても部活に入らなかったってことはトラウマになってるんじゃないのか? 女子って人間関係ギスギスしてそうだし、俺だったら精神的に病みそうだな」
親友としてバスケ部で活躍している姿を見たいと言う更科さん。
一方で復帰は難しいと話す颯。
どちらの考えも理解できる。
ただ、声を震わせながら自分の内に秘めた思いを口にした藤崎さんの表情が脳裏にチラつく。
「藤崎さん、バスケをやりたいって言ってたんだ。何か力になれないかな」
藤崎さんの実力があれば2年生の夏からでも遅くはないはずだ。
余計なお世話になるかもしれないが、あれだけ努力をしている人が報われない世界は間違っている気がする。
本人が望んでいるのなら尚のことだ。
何より藤崎さんには後悔して欲しくない。
「ずっと側で見てきた私でも変えられなかったから難しいと思う。でも、深瀬くんだったらもしかしたら——」
「秋斗先輩!」
明るい里緒奈の声が暗くなった雰囲気を打ち破った。
軽快な足音がすぐ後ろまで近づき、振り向こうとするも次の瞬間両肩を掴まれ、ドサッと背中に体当たりされた。
今日の里緒奈はいつにも増してスキンシップが激しい。
「里緒奈、危ないから駅では大人しくしろって」
「あははっ、秋斗先輩が驚きすぎなんですよ。あ、美結先輩もお疲れ様です! 今日も可愛いです!」
「相変わらず元気だね里緒奈ちゃん」
更科さんが小さい子供を見るような優しい笑みを浮かべる。
里緒奈はSNSを通して更科さんのインフルエンサーとしての活動を逐一チェックするレベルで更科さんのファンらしい。
里緒奈曰く憧れの存在らしい。
「里緒奈ちゃん、一応俺もいるんだけど」
「ども」
里緒奈が颯に対して軽く頭を下げた。
「どうしよう。里緒奈ちゃんの俺への対応が日に日に酷くなっていってるような気がする」
「まあ気にするな。里緒奈は気分屋だからそういう日もある」
落ち込む颯の肩に手を置いて形だけでも慰める。
「あの、美結先輩に相談したいことがあるんですけどいいですか?」
「私に?」
「はい、美結先輩しか答えられないことだと思うので」
「可愛い後輩に頼られちゃったら断れないな。で、どんな内容?」
「すみません。ここからは女子同士で話したいので秋斗先輩と颯先輩には聞かせられないです」
里緒奈は手を合わせてそう謝るとホームに入ってきた電車の隣の車両に乗り込んだ。
「そういうことらしいから颯、また長町駅でね」
「分かった」
相談役に指名された更科さんも里緒奈と同じ車両に乗り込んだ。
女子同士の秘密の相談。
隣の車両では一体どんな内容が話されているのか。
—2—
電車が動き出し、扉近くの手すりに掴まっていた里緒奈は意を決して口を開いた。
「私、秋斗先輩のことが好きなんです」
「やっぱりそうだったんだね」
「え?」
予想していた返しとは別の返答が返ってきた為、里緒奈は目を丸くして固まった。
「気付いてたんですか?」
「気付くなって言う方が無理があると思うけど」
「う、嘘。隠せてたと思ったんですけど……でも、秋斗先輩が全然気付いてくれないから少し大胆になってたかもしれないです」
羞恥で里緒奈の耳がみるみる赤くなっていく。
「相談っていうのは恋愛相談ってことでいいのかな?」
「はい、美結先輩と颯先輩は幼馴染だったんですよね?」
「うん、幼稚園の年中の時に同じ組になってそこから小学校、中学校、高校までずっと一緒だよ」
「私もそうなんです。幼稚園で秋斗先輩と出会ってそこから家族ぐるみで付き合うようになって先輩を追いかけて高校も名取西に決めました」
「里緒奈ちゃんは一途なんだね」
好きな人のことを想って純粋に語る里緒奈の姿が美結には眩しく見えた。
「颯先輩とはいつから付き合ったんでしたっけ?」
「中学3年生の夏だったかな」
「告白はどっちからしたんですか?」
「颯からだよ」
ある意味自分の理想の形を築き上げた美結の恋愛話を聞き逃すまいと里緒奈が質問を畳み掛ける。
美結は先輩の余裕を見せつけるかのように落ち着いて受け答えをこなす。
「失礼な質問になっちゃうんですけど颯先輩のどこが良かったんですか?」
「CutMovieに投稿したダンス動画がバズって一気にフォロワーが増えたんだけど、急に多くの人の目に触れるようになってそれまで来なかったアンチコメントが来るようになったんだ。それで病んじゃって」
SNSの匿名性を盾に心無い言葉を浴びせる現代の風潮。
里緒奈も歌ってみた動画を投稿しているが極稀に批判コメントが付く時がある。
「もうSNS活動を辞めようって思った時に颯が言ってくれたんだ。見えない誰かの言葉より俺の言葉を信じろって。その言葉で凄く楽になった気がしたんだよね。私には味方がいるんだって思えて」
「カッコイイですね」
颯のことを秋斗に付き纏う邪魔者だと思っていた里緒奈も認識を改めた。
「私、女優を目指してるんだ。演技のお仕事をするのが夢なの。SNSを始めたのもそれが理由。有名になればきっと誰かが私を見つけてくれるんじゃないかって。颯は私の夢を知ってたから応援してくれたんだと思う」
「美結先輩ならきっと素敵な女優さんになれると思います。私も応援します」
感動的なエピソードに里緒奈も思わず胸が熱くなった。
「ありがとう。里緒奈ちゃんの恋愛相談に乗るつもりがなんか私ばっかり話しちゃってたね」
「いえいえ、質問したのは私なので」
里緒奈がぶんぶんと手を振り否定する。
車内にアナウンスが流れ、里緒奈の家の最寄りの南仙台駅が近づく。
「美結先輩、秋斗先輩と付き合うにはどうしたらいいと思いますか?」
里緒奈は1番聞きたかった質問を美結にぶつけた。
幼馴染という似た境遇でありながら好きな人と結ばれた美結からアドバイスが欲しかったのだ。
「深瀬くんは鈍感なところがあるから里緒奈ちゃんの方からもっと積極的にアピールした方がいいんじゃないかな」
秋斗の恋のキューピットとして動いている美結は返答に困ったが、里緒奈に頼られた手前真剣に考えてそう答えた。
「積極的に、ですね! 美結先輩、ありがとうございました!」
扉が開き、里緒奈が電車から降りる。
礼をして健気に手を振る後輩の姿を見て、美結は胸を痛めるのだった。
三角関係は全員が幸せになれる訳ではないから。
「てなことが昼休みにあったんだけど2人は何か知ってたりする?」
授業が終わり、駅のホームで帰りの電車を待つ中、オレは昼休みの出来事を颯と更科さんに話した。
藤崎さんがバスケ部に入部できなかった理由。
仲の良い更科さんなら何か知っているかもしれない。
「本人がいないところで話すのはちょっとあれだけど、深瀬くんを体育館に案内したのは私だし、私が知ってる範囲で話すね」
耳をつんざくような甲高いブレーキの音が鳴り響き、反対側のホームに電車が停車した。
乗客が乗り降りしている様子をただの背景としてぼんやりと眺める。
「祭は小学生の頃に地元のミニバスのチームに入ってたみたい。体育で見たと思うけど実力が評価されて高学年の時にはキャプテンにも選ばれたんだって」
ドリブルもできてシュートも打ててコート全体をカバーできる広い視野も持っている。
そんな選手が同じチームにいたら心強いに違いない。
「中学でもバスケ部に入って2年生で先輩からレギュラーの座を勝ち取ったんだけど、先輩の引退がかかった最後の大会でミスをしちゃってそれが原因で負けちゃったみたい。祭は責任を感じて自分から顧問に退部を申し出たんだって」
すでに電車が発車しており、向かいのホームには誰もいなくなっていた。
自らのプレーが原因でチームが敗退。
団体スポーツをしている人間だったら誰もが経験する仕方のないこと。
だが、自分のミスのせいで先輩が引退となると責任を感じてしまうのも頷ける。
「バスケ部に入る資格がない」「入部届けを提出する勇気が無かった」藤崎さんの言葉から察するに中学時代の大会での出来事を消化できないでいるのだろう。
それでもバスケをやりたいという気持ちに嘘はつけない。
だからああやって昼休みに1人で自主練習をしているのだろう。
「祭にレギュラーを取られた先輩と他の部員からもキツく当たられたらしくて、それも辞めた原因の1つなのかなって。祭の親友の私の立場としてはバスケ部に入って思いっきりバスケをして欲しいんだけどねー」
「高校に上がって環境が変わっても部活に入らなかったってことはトラウマになってるんじゃないのか? 女子って人間関係ギスギスしてそうだし、俺だったら精神的に病みそうだな」
親友としてバスケ部で活躍している姿を見たいと言う更科さん。
一方で復帰は難しいと話す颯。
どちらの考えも理解できる。
ただ、声を震わせながら自分の内に秘めた思いを口にした藤崎さんの表情が脳裏にチラつく。
「藤崎さん、バスケをやりたいって言ってたんだ。何か力になれないかな」
藤崎さんの実力があれば2年生の夏からでも遅くはないはずだ。
余計なお世話になるかもしれないが、あれだけ努力をしている人が報われない世界は間違っている気がする。
本人が望んでいるのなら尚のことだ。
何より藤崎さんには後悔して欲しくない。
「ずっと側で見てきた私でも変えられなかったから難しいと思う。でも、深瀬くんだったらもしかしたら——」
「秋斗先輩!」
明るい里緒奈の声が暗くなった雰囲気を打ち破った。
軽快な足音がすぐ後ろまで近づき、振り向こうとするも次の瞬間両肩を掴まれ、ドサッと背中に体当たりされた。
今日の里緒奈はいつにも増してスキンシップが激しい。
「里緒奈、危ないから駅では大人しくしろって」
「あははっ、秋斗先輩が驚きすぎなんですよ。あ、美結先輩もお疲れ様です! 今日も可愛いです!」
「相変わらず元気だね里緒奈ちゃん」
更科さんが小さい子供を見るような優しい笑みを浮かべる。
里緒奈はSNSを通して更科さんのインフルエンサーとしての活動を逐一チェックするレベルで更科さんのファンらしい。
里緒奈曰く憧れの存在らしい。
「里緒奈ちゃん、一応俺もいるんだけど」
「ども」
里緒奈が颯に対して軽く頭を下げた。
「どうしよう。里緒奈ちゃんの俺への対応が日に日に酷くなっていってるような気がする」
「まあ気にするな。里緒奈は気分屋だからそういう日もある」
落ち込む颯の肩に手を置いて形だけでも慰める。
「あの、美結先輩に相談したいことがあるんですけどいいですか?」
「私に?」
「はい、美結先輩しか答えられないことだと思うので」
「可愛い後輩に頼られちゃったら断れないな。で、どんな内容?」
「すみません。ここからは女子同士で話したいので秋斗先輩と颯先輩には聞かせられないです」
里緒奈は手を合わせてそう謝るとホームに入ってきた電車の隣の車両に乗り込んだ。
「そういうことらしいから颯、また長町駅でね」
「分かった」
相談役に指名された更科さんも里緒奈と同じ車両に乗り込んだ。
女子同士の秘密の相談。
隣の車両では一体どんな内容が話されているのか。
—2—
電車が動き出し、扉近くの手すりに掴まっていた里緒奈は意を決して口を開いた。
「私、秋斗先輩のことが好きなんです」
「やっぱりそうだったんだね」
「え?」
予想していた返しとは別の返答が返ってきた為、里緒奈は目を丸くして固まった。
「気付いてたんですか?」
「気付くなって言う方が無理があると思うけど」
「う、嘘。隠せてたと思ったんですけど……でも、秋斗先輩が全然気付いてくれないから少し大胆になってたかもしれないです」
羞恥で里緒奈の耳がみるみる赤くなっていく。
「相談っていうのは恋愛相談ってことでいいのかな?」
「はい、美結先輩と颯先輩は幼馴染だったんですよね?」
「うん、幼稚園の年中の時に同じ組になってそこから小学校、中学校、高校までずっと一緒だよ」
「私もそうなんです。幼稚園で秋斗先輩と出会ってそこから家族ぐるみで付き合うようになって先輩を追いかけて高校も名取西に決めました」
「里緒奈ちゃんは一途なんだね」
好きな人のことを想って純粋に語る里緒奈の姿が美結には眩しく見えた。
「颯先輩とはいつから付き合ったんでしたっけ?」
「中学3年生の夏だったかな」
「告白はどっちからしたんですか?」
「颯からだよ」
ある意味自分の理想の形を築き上げた美結の恋愛話を聞き逃すまいと里緒奈が質問を畳み掛ける。
美結は先輩の余裕を見せつけるかのように落ち着いて受け答えをこなす。
「失礼な質問になっちゃうんですけど颯先輩のどこが良かったんですか?」
「CutMovieに投稿したダンス動画がバズって一気にフォロワーが増えたんだけど、急に多くの人の目に触れるようになってそれまで来なかったアンチコメントが来るようになったんだ。それで病んじゃって」
SNSの匿名性を盾に心無い言葉を浴びせる現代の風潮。
里緒奈も歌ってみた動画を投稿しているが極稀に批判コメントが付く時がある。
「もうSNS活動を辞めようって思った時に颯が言ってくれたんだ。見えない誰かの言葉より俺の言葉を信じろって。その言葉で凄く楽になった気がしたんだよね。私には味方がいるんだって思えて」
「カッコイイですね」
颯のことを秋斗に付き纏う邪魔者だと思っていた里緒奈も認識を改めた。
「私、女優を目指してるんだ。演技のお仕事をするのが夢なの。SNSを始めたのもそれが理由。有名になればきっと誰かが私を見つけてくれるんじゃないかって。颯は私の夢を知ってたから応援してくれたんだと思う」
「美結先輩ならきっと素敵な女優さんになれると思います。私も応援します」
感動的なエピソードに里緒奈も思わず胸が熱くなった。
「ありがとう。里緒奈ちゃんの恋愛相談に乗るつもりがなんか私ばっかり話しちゃってたね」
「いえいえ、質問したのは私なので」
里緒奈がぶんぶんと手を振り否定する。
車内にアナウンスが流れ、里緒奈の家の最寄りの南仙台駅が近づく。
「美結先輩、秋斗先輩と付き合うにはどうしたらいいと思いますか?」
里緒奈は1番聞きたかった質問を美結にぶつけた。
幼馴染という似た境遇でありながら好きな人と結ばれた美結からアドバイスが欲しかったのだ。
「深瀬くんは鈍感なところがあるから里緒奈ちゃんの方からもっと積極的にアピールした方がいいんじゃないかな」
秋斗の恋のキューピットとして動いている美結は返答に困ったが、里緒奈に頼られた手前真剣に考えてそう答えた。
「積極的に、ですね! 美結先輩、ありがとうございました!」
扉が開き、里緒奈が電車から降りる。
礼をして健気に手を振る後輩の姿を見て、美結は胸を痛めるのだった。
三角関係は全員が幸せになれる訳ではないから。