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 華やかな週末が過ぎ去り、退屈な授業をなんとか耐え抜き、眠気がピークに達した放課後。
 外気に触れ、体内の澱んだ空気と新鮮な空気を循環させる。
 夏特有の熱気を感じながら渡り廊下を歩き、第二校舎に足を踏み入れると本校舎の喧騒が嘘のように静まった。

 上の階から微かに聞こえてくるのは吹奏楽部の楽器の音色。
 今週末から開催される野球部の夏の大会の応援に向けて最終調整を行っているのだろう。
 試合に勝ち進めば一般生徒も応援に参加することになるらしい。
 野球部に限らず、運動部にとってこの夏は世代交代がかかった最後の大会だ。
 帰宅部のオレに直接的な関わりは無いが、側から彼等の努力を見てきた者として3年間の努力を実らせて欲しいと思う。
 高校生という生涯1度しか訪れない貴重な青春を費やしたのだから。

 そして、クリエイターにとっても夏は重要な季節となる。
 図書室に入り、テーブル席に目をやると颯が鞄から筆記用具を出している最中だった。

「うす」

「おう」

 短い挨拶を交わし、颯の対面に腰を下ろす。
 テスト期間になるとそれなりに混み合う図書室もこの時期はほぼ無人に近い。
 受付のお姉さんも度々利用するオレや颯のことを認知していて、小声程度の会話であれば許容してくれている。

「んじゃ、早速やりますか」

 颯が筆箱からシャープペンを取り出し、『人嫌いのクラスメイトが茜色に染まるまで〜表紙イラストイメージ〜』とノートに書き記した。
 そう。今日は『青春小説大賞』に応募している新作の宣伝用イラストを颯にお願いすることにしたのだ。

「ヒロインの女子高生が夕陽をバックにして微笑みかけてるようなシーンを描いて欲しいんだけど」

 幼少期のトラウマをきっかけに心を閉ざした少女が主人公の(あかね)に心を許して笑顔を向ける感動のラストシーン。
 2人の少女の成長を描いた青春小説、になる予定だ。

「女子高生で夕陽バックね。オッケ。場所はどうする?」

「んー、河川敷かな」

「グラウンドが広がってる感じか、川が流れてる感じだとどっち?」

「川が流れてる感じ」

 自分自身でも不鮮明だった部分が颯の質問に答えていくうちに確かなイメージとなって固まっていく。

「なんとなく構図は浮かんだから次はヒロインについて聞きたいかも。まず髪の毛の長さは?」

「セミロングくらいで。色は黒」

「了解。制服にする? 私服にする?」

「制服で」

「となると制服も考えないといけないか。俺達の高校の制服を参考にして何パターンか作ってみるからできたら送るわ」

「分かった」

 こんな感じで颯の質問はしばらく続いた。
 表紙イラストに関するQ&Aでノートの見開きがぎっしりと埋まったところでようやく颯はシャープペンをテーブルに置いた。

「制作期間は早くて1ヶ月ってところかな。描き込む量によってもう少し伸びるかもしれない」

「小説大賞の期間が8月31日までだから8月2週目までには完成させてくれると助かる」

 『青春小説大賞』はWEBでの人気が直接選考に影響する訳ではないが、読者や選考委員の目に留まる工夫をしておいて損はないはずだ。
 颯に描いてもらった表紙イラストを日常の出来事を自由に呟く交流型SNS『Z(ゼット)』にアップして拡散する予定だ。

 創作物は結局のところ人に見られて評価を受けて初めて輝きを放つ。
 しかし、コンテンツが溢れる現代において人に見られるということこそハードルが高い。
 自己満足で活動している人なら閲覧数や評価コメントなど気にならないのだろうが、オレ達は違う。

 小説×イラスト。
 集客の為ならお互いの武器を最大限に活かすつもりだ。

「夏休みに入れば時間が取れるはずだから間に合わせるよ」

 颯がスマホで『河川敷』『夕陽』『女子高生』などの検索ワードを入れてイラストの参考資料を作り始めた。

「なあ、颯、ずっと聞こうと思ってたんだけど、なんでそんなに協力してくれるんだ?」

 颯はこれまでもオレがWEBで連載していた小説のキャラクターイラストを無償で描いてくれた。
 いくら親友とはいえ、作業量や労力を考えたらお金を取ってもいいレベルだ。

「俺の夢は最高に可愛いオリジナルキャラを生み出すことだ。妹キャラからお姉さんキャラ、ボーイッシュ、同級生、それから露出が高いキャラとかな。秋斗に協力してるのは俺の夢を叶える上で近道だと思ったからだ」

 自分で質問をしておいてあれだが、他人の夢をじっくり聞く機会なんて無かっただけに新鮮な気分だ。

「今回みたいに背景を描く練習もできるし、指定されるキャラクターの雰囲気も毎回違うから描く度に引き出しが増えていく。書籍化経験のある秋斗の作品のキャライラスト、表紙イラストとなるとそれなりに閲覧数も付くからやりがいもある。こうして実績を積み重ねていけばゆくゆくは仕事に繋がるかもしれないしな」

「凄いな。そこまで考えてたのか」

「女子の胸やお尻ばっかり追いかけてるように見えて実は色々計算してやってるのよ」

「おい、更科さんに怒られるぞ」

「冗談に決まってるだろ」

「どうだかな」

 颯は冗談を交えて和やかな雰囲気を保ったまま自分の夢を語ったが、内側に秘めてるクリエイターとしての炎は本物だ。
 睡眠時間を削ってVOICE(ボイス)でお絵描き配信を行い、書店で参考資料を買い漁り、ライトノベルの表紙や挿絵、漫画から構図を勉強している。
 高校に入ってオレと出会ってからイラストを描き始めて約1年という短期間でメキメキと上達してきた。

 身近にこれだけの熱意を持ったクリエイターがいるこの環境はオレとしても恵まれていると思う。
 小説とイラストでジャンルは違うがお互い切磋琢磨して登っている感じが心地良い。

「ちょっとトイレ行ってくる」

 颯にそう伝えて席を立った。
 脱水症状対策でこまめに水分補給をしていた分トイレも近くなる。

「いつかWEBじゃなくて秋斗の書籍のイラストを担当できたらいいな」

 オレに聞かせるつもりで発した訳ではないのかもしれないが、静寂に包まれた室内は声の通りがよく、ギリギリではあったがドアに手をかけていたオレの耳まで届いた。

 颯のもう1つの夢。
 それはオレの夢でもある。

 その夢を叶える為には書籍化を決め、天才達が蠢く過酷な世界で生き残らなくてはならない。