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7月4日日曜日。
電車とバスを乗り継いでやって来たのは仙台うみの杜水族館。
開館から1時間近く経っているのに入館チケット購入の列には若いカップルの姿が目立つ。
遊園地、水族館、動物園、映画館。
昔からデートスポットとして王道と言われているだけあって学生からの人気も高いようだ。
「水族館ってこんなに混むんだね。美結、バレないように気を付けてね」
「大丈夫! バッチリ変装してきたからね」
インフルエンサーとして70万人のフォロワーを抱える更科さんはキャップを深く被り、サングラスをしていた。
本人は自信満々に藤崎さんに対してVサインを送っているが、スタイルの良さと髪色も相まって逆にオーラを放っているような気がする。
順番が近づきポケットから財布を出した颯も優しい瞳で2人のやり取りを見ている。
「よし、イルカショーが13時からだからそれまでは色々見て回ろうぜ」
元々更科さんとのデートで訪れる予定だった颯は事前に下調べを行っていたらしく、イベントのスケジュールや館内のレイアウトを頭に入れてきたらしい。
彼女にしか見せない頼もしい一面を目の当たりにして、やっぱり彼女持ちとそうでない自分とでは意識の持ちようが違うのだと思い知らされる。
自分が楽しむことをメインで考えていたオレと相手を楽しませることをメインで考えていた颯。
近しい友人から色々と学ばされるな。
「颯、なんかせっかくのデートなのについてくるような形になって悪いな」
前を歩く藤崎さんと更科さんには聞こえないように小声で呟く。
「なんだよ気にすんなって。元はと言えば美結が言い出したことだし、それに藤崎さんと近づくチャンスだろ?」
「それはそうだけど」
気にしていないと颯が軽く笑い飛ばす。
「だったら話してこいよ」
背中を押され、大水槽の前で目を輝かせている2人の背後へ。
颯が更科さんに声を掛け、視線だけで意図を汲み取った更科さんは自然な流れでオレたちから距離を取った。
藤崎さんは水槽に向かって人差し指を向け、魚を引きつけて笑っている。
「この子可愛いね」
「そうだね」
どうしよう。魚よりも藤崎さんの仕草の方が可愛い。
「あれ? 美結と新川くんは?」
「先に行ったんじゃないかな?」
「そっか。2人はデートだもんね」
側から見ればオレたちもカップルに見えているのだろうか。
そう考えると緊張してきた。
大水槽に満足したのか藤崎さんは次のエリアに向かって歩き出した。
それに合わせてオレも足を進める。
「深瀬くん、邪魔したら悪いからこのまま2人で回ろう」
「そうしようか」
遠くの方で颯の腕を引いてはしゃいでいる更科さんの姿が見える。
13時にイルカショーがあるとは言っていたからそこで合流すれば問題ないか。颯もそのつもりなのだろう。
薄暗い館内には巨大なマンボウが展示されていたり、深海の生物が展示されていたりとそれなりに楽しむことができた。
2人きりになると会話に困るかと思ったが、目の前に何かしらの話題が転がっている為、会話が途切れることはなかった。
水族館のメインとなる生き物は2階に展示されていた。
その中でもペンギンやウミガメは愛嬌があって癒された。
「綺麗」
「目的達成だな」
藤崎さんが楽しみにしていたクラゲは6基の水槽でゆらゆらと泳いでいた。
体が白く光っていて神秘的だ。
足を止めて写真に収めている人も多い。
「そろそろ時間だね」
食い入るように水槽にへばり付いている藤崎さんに声を掛けるのは心苦しかったけど、移動時間も考えたらそろそろイルカショーの会場に向かった方が良さそうだ。
「もうそんな時間か」
名残惜しそうに水槽に背を向ける藤崎さん。
よっぽどクラゲが好きなんだな。
「クラゲ好きなんだね」
「うん、白く輝いててなんか花火みたいじゃない?」
「言われてみればそう見えるかも」
「水中に咲く花火。水族館に来れば季節を問わないで花火を見ることができる」
藤崎さんの瞳には夜空に咲き乱れる花火が映っていたのかと思うと、人によって物の見え方が異なっていて面白い。
「花火と言えばVOICEでの配信者名も藤崎花火だよね」
「私の名前って祭でしょ。お祭りと言ったら花火でしょ。だから花火にしたの」
「なるほど」
一種の連想ゲームのような形で付けたということか。
ペンネームを考える時によく使われる手法だ。
「深瀬くんはそのままだよね」
「オレは小説サイトに登録する時に間違って本名で登録してて、作品にファンも付いてたし変えるタイミングを失っただけというか」
「そうだったんだ」
藤崎さんが手で口元を押さえてクスクスと笑う。
本名でデビューしちゃったし、今更ペンネームを変えようとも思わない。
屋外に出てイルカショースタジアムを見下ろすと前列に颯と更科さんの姿を見つけた。
オレと藤崎さんの席も確保してくれていたみたいだ。
やっぱりできる男は違う。
「おーい! 祭ー! こっちだよー」
こちらに大きく手を振る更科さんに視線が集まり、一部でざわざわと騒がしくなる。
すぐさま颯が更科さんの頭を掴み、強引に前を向かせた。
70万人のフォロワーがいると言っても実際にはどれだけの認知度があるか分からなかったけど、変装しててもバレるくらいだから更科さんの人気は本物だ。
イルカショーはおよそ20分間。
飼育員の合図に合わせて芸を披露するイルカが健気で可愛かった。
また、前列なだけあって水飛沫が飛んできたりとかなり迫力があった。
人間の言葉を理解できる高い知能を持っているからこそ可能になる飼育員との連携に感心させられっ放しだった。
藤崎さんも更科さんも技が決まる度に「おー!」と声を漏らし、拍手を送っていた。
ショーが終わり、余韻に浸りながら館内へと戻り、フードコートで昼食を取ることに。
ラーメンとカレーライスが主なラインナップとして並んでいるが、更科さんは海鮮丼を注文。
それにつられて藤崎さんも海鮮丼を注文。オレは味噌ラーメンを、颯はビーフカレーを頼んだ。
「2人共、水族館で海鮮丼ってどうなの?」
ハムスターの口のように口いっぱいに頬張っている更科さんを見ながら思わずツッコミを入れてしまう。
「魚を見てる時もずっと、あれが美味しそう。こっちはどんな味がするのかな? って食べることばっかり言ってたからな」
喋れない更科さんの代わりに颯が解説してくれた。
更科さんには食材が泳いでるように見えていたんだな。
「なんか美結らしいね」
「ん、そういう祭だって海鮮丼頼んでるじゃん」
「そ、それは美味しそうに見えたんだもん。ダメ?」
口の中の物を飲み込んだ更科さんに突っ込まれて語気が弱くなる藤崎さん。
恥ずかしさを誤魔化す為なのか返答を聞く前に箸で海鮮丼を一口大に持ち上げ、口に放り込んだ。
魚も見たし、お腹も満たしたしということで水族館を堪能し切ったオレ達は更科さんの発案で記念写真を撮ることに。
初めは更科さんのソロ写真。カメラマンは颯だ。
写真や動画を共有するアプリPictureupに載せる用として数枚撮るらしい。
水族館の入り口を背景に更科さんがポーズを決める。
流石はインフルエンサー。
被写体となると先程までの雰囲気がガラッと変わり、彼女の魅力に惹きつけられる。
視線をレンズから外したり、下から見上げるような構図になったりとバリエーションも豊かだ。
普段から撮影に付き合っているのか撮影する颯も手慣れている。
「お待たせ。次はみんなで撮ろう!」
颯からスマホを受け取った更科さんは内カメラにしてぐいっと手を伸ばす。
角度を調節しながら4人が画角に入るように調整する。
「はい、チーズ! オッケー!」
連写で撮影され、更科さんによって厳選された数枚がCROSSで送られてきた。
こうして思い出が記憶としても形としても残り充実した1日となった。
7月4日日曜日。
電車とバスを乗り継いでやって来たのは仙台うみの杜水族館。
開館から1時間近く経っているのに入館チケット購入の列には若いカップルの姿が目立つ。
遊園地、水族館、動物園、映画館。
昔からデートスポットとして王道と言われているだけあって学生からの人気も高いようだ。
「水族館ってこんなに混むんだね。美結、バレないように気を付けてね」
「大丈夫! バッチリ変装してきたからね」
インフルエンサーとして70万人のフォロワーを抱える更科さんはキャップを深く被り、サングラスをしていた。
本人は自信満々に藤崎さんに対してVサインを送っているが、スタイルの良さと髪色も相まって逆にオーラを放っているような気がする。
順番が近づきポケットから財布を出した颯も優しい瞳で2人のやり取りを見ている。
「よし、イルカショーが13時からだからそれまでは色々見て回ろうぜ」
元々更科さんとのデートで訪れる予定だった颯は事前に下調べを行っていたらしく、イベントのスケジュールや館内のレイアウトを頭に入れてきたらしい。
彼女にしか見せない頼もしい一面を目の当たりにして、やっぱり彼女持ちとそうでない自分とでは意識の持ちようが違うのだと思い知らされる。
自分が楽しむことをメインで考えていたオレと相手を楽しませることをメインで考えていた颯。
近しい友人から色々と学ばされるな。
「颯、なんかせっかくのデートなのについてくるような形になって悪いな」
前を歩く藤崎さんと更科さんには聞こえないように小声で呟く。
「なんだよ気にすんなって。元はと言えば美結が言い出したことだし、それに藤崎さんと近づくチャンスだろ?」
「それはそうだけど」
気にしていないと颯が軽く笑い飛ばす。
「だったら話してこいよ」
背中を押され、大水槽の前で目を輝かせている2人の背後へ。
颯が更科さんに声を掛け、視線だけで意図を汲み取った更科さんは自然な流れでオレたちから距離を取った。
藤崎さんは水槽に向かって人差し指を向け、魚を引きつけて笑っている。
「この子可愛いね」
「そうだね」
どうしよう。魚よりも藤崎さんの仕草の方が可愛い。
「あれ? 美結と新川くんは?」
「先に行ったんじゃないかな?」
「そっか。2人はデートだもんね」
側から見ればオレたちもカップルに見えているのだろうか。
そう考えると緊張してきた。
大水槽に満足したのか藤崎さんは次のエリアに向かって歩き出した。
それに合わせてオレも足を進める。
「深瀬くん、邪魔したら悪いからこのまま2人で回ろう」
「そうしようか」
遠くの方で颯の腕を引いてはしゃいでいる更科さんの姿が見える。
13時にイルカショーがあるとは言っていたからそこで合流すれば問題ないか。颯もそのつもりなのだろう。
薄暗い館内には巨大なマンボウが展示されていたり、深海の生物が展示されていたりとそれなりに楽しむことができた。
2人きりになると会話に困るかと思ったが、目の前に何かしらの話題が転がっている為、会話が途切れることはなかった。
水族館のメインとなる生き物は2階に展示されていた。
その中でもペンギンやウミガメは愛嬌があって癒された。
「綺麗」
「目的達成だな」
藤崎さんが楽しみにしていたクラゲは6基の水槽でゆらゆらと泳いでいた。
体が白く光っていて神秘的だ。
足を止めて写真に収めている人も多い。
「そろそろ時間だね」
食い入るように水槽にへばり付いている藤崎さんに声を掛けるのは心苦しかったけど、移動時間も考えたらそろそろイルカショーの会場に向かった方が良さそうだ。
「もうそんな時間か」
名残惜しそうに水槽に背を向ける藤崎さん。
よっぽどクラゲが好きなんだな。
「クラゲ好きなんだね」
「うん、白く輝いててなんか花火みたいじゃない?」
「言われてみればそう見えるかも」
「水中に咲く花火。水族館に来れば季節を問わないで花火を見ることができる」
藤崎さんの瞳には夜空に咲き乱れる花火が映っていたのかと思うと、人によって物の見え方が異なっていて面白い。
「花火と言えばVOICEでの配信者名も藤崎花火だよね」
「私の名前って祭でしょ。お祭りと言ったら花火でしょ。だから花火にしたの」
「なるほど」
一種の連想ゲームのような形で付けたということか。
ペンネームを考える時によく使われる手法だ。
「深瀬くんはそのままだよね」
「オレは小説サイトに登録する時に間違って本名で登録してて、作品にファンも付いてたし変えるタイミングを失っただけというか」
「そうだったんだ」
藤崎さんが手で口元を押さえてクスクスと笑う。
本名でデビューしちゃったし、今更ペンネームを変えようとも思わない。
屋外に出てイルカショースタジアムを見下ろすと前列に颯と更科さんの姿を見つけた。
オレと藤崎さんの席も確保してくれていたみたいだ。
やっぱりできる男は違う。
「おーい! 祭ー! こっちだよー」
こちらに大きく手を振る更科さんに視線が集まり、一部でざわざわと騒がしくなる。
すぐさま颯が更科さんの頭を掴み、強引に前を向かせた。
70万人のフォロワーがいると言っても実際にはどれだけの認知度があるか分からなかったけど、変装しててもバレるくらいだから更科さんの人気は本物だ。
イルカショーはおよそ20分間。
飼育員の合図に合わせて芸を披露するイルカが健気で可愛かった。
また、前列なだけあって水飛沫が飛んできたりとかなり迫力があった。
人間の言葉を理解できる高い知能を持っているからこそ可能になる飼育員との連携に感心させられっ放しだった。
藤崎さんも更科さんも技が決まる度に「おー!」と声を漏らし、拍手を送っていた。
ショーが終わり、余韻に浸りながら館内へと戻り、フードコートで昼食を取ることに。
ラーメンとカレーライスが主なラインナップとして並んでいるが、更科さんは海鮮丼を注文。
それにつられて藤崎さんも海鮮丼を注文。オレは味噌ラーメンを、颯はビーフカレーを頼んだ。
「2人共、水族館で海鮮丼ってどうなの?」
ハムスターの口のように口いっぱいに頬張っている更科さんを見ながら思わずツッコミを入れてしまう。
「魚を見てる時もずっと、あれが美味しそう。こっちはどんな味がするのかな? って食べることばっかり言ってたからな」
喋れない更科さんの代わりに颯が解説してくれた。
更科さんには食材が泳いでるように見えていたんだな。
「なんか美結らしいね」
「ん、そういう祭だって海鮮丼頼んでるじゃん」
「そ、それは美味しそうに見えたんだもん。ダメ?」
口の中の物を飲み込んだ更科さんに突っ込まれて語気が弱くなる藤崎さん。
恥ずかしさを誤魔化す為なのか返答を聞く前に箸で海鮮丼を一口大に持ち上げ、口に放り込んだ。
魚も見たし、お腹も満たしたしということで水族館を堪能し切ったオレ達は更科さんの発案で記念写真を撮ることに。
初めは更科さんのソロ写真。カメラマンは颯だ。
写真や動画を共有するアプリPictureupに載せる用として数枚撮るらしい。
水族館の入り口を背景に更科さんがポーズを決める。
流石はインフルエンサー。
被写体となると先程までの雰囲気がガラッと変わり、彼女の魅力に惹きつけられる。
視線をレンズから外したり、下から見上げるような構図になったりとバリエーションも豊かだ。
普段から撮影に付き合っているのか撮影する颯も手慣れている。
「お待たせ。次はみんなで撮ろう!」
颯からスマホを受け取った更科さんは内カメラにしてぐいっと手を伸ばす。
角度を調節しながら4人が画角に入るように調整する。
「はい、チーズ! オッケー!」
連写で撮影され、更科さんによって厳選された数枚がCROSSで送られてきた。
こうして思い出が記憶としても形としても残り充実した1日となった。