ツインくるっ!〜双子の姉に恋して悪いですか⁈〜

 と言うわけで、奏お姉ちゃんと一緒に帰ることになった。しかし、奏お姉ちゃんは生徒会の仕事があるので、それまで私と楓は図書館で待っていることにした。

 待っているといっても暇なので、私と楓は本を読んでおくことにした。

 私は朝の読書時間に読んでいる本を読むことにした。なので、本をカバンの中から取り出して読み始めた。

 ちなみに読んでいるのは、女の子が沢山出てくる異世界ファンタジー小説だ。私らしいと言えば私らしいか。

 一方の楓は、図書館のどこから探してきたのだろうか。料理本を何冊も持ってきて、読み出していた。

 本を読んでいる楓は目を輝かせている。そして、ページをめくるスピードも早い。普段の楓からは想像もできない早さだ。

 そんなに面白い本なのだろうか。料理本で面白いとは一体どんな内容なのだろうか。

 気になった私は楓の背後に立ち、気づかれないように本の内容を見てみた。

 えっと……、これは肉じゃがのレシピ。次のページにとんだ。これは筑前煮のレシピ。それで次は、ひじきの煮付け。

 本の内容はいたって普通のレシピ本という感じだった。一応プロの料理人が監修しているっぽいが、私が見た感じ何か目を輝かせて面白いと思う要素はない。

 何が楓を惹きつけているのだろうか。私は気になって仕方がなかった。

「ど、どうかしましたか?」

 背後に立っていた私に気付いたのか、楓は後を振り返っていた。

「あっ。えっとねえ、楓がすっごい面白そうに見ていたから何が面白いのか気になって……」

 私は正直に思っていた事を答えた。まあ誤魔化すようなことでも無いしね。

 私がそう言うと、楓は少し恥ずかしそうにしていた。

「実は、私料理が大好きなんです。だからこうやってレシピ本とか見ちゃうとつい興奮して読んじゃうんですね」

 なるほど。楓は料理が好きなわけか。これは意外な発見だった。これは一緒に図書館にいないとわからなかったことだ。私はちょっと得した気分になった。

「へえー。私は本が面白いからかなあって思ってたけどそうだったんだ」

「面白い料理本があれば、それはそれで見てみたいですけどね」

 楓は軽く笑いながら言った。

「けど、料理が大好きってことは腕にも自信があるのかしら?」

「そうですね。人並み以上にはできると思います。色んな研究をしているので」

 楓は自信満々と言った感じだ。こんなに自信ありげな楓は初めて見た。こんなに自信があるなら、さぞ美味しいことだろう。私は楓の料理が食べてみたくなった。

「そんなに自信があるなら、一度でいいから食べにきてみたいなあ」

 私がそう思ったことを口にすると、

「あ、あのっ。言ってくれれば作りますんでっ。いつか家に来てくれませんかっ?」

 楓は少し固い声と赤みがかった頬をしていた。

 ここまで楓が言うんなら一度行ってみたいものだ。

「いいわよ。いつか都合のいい時に連絡するね」

「おっ、お待ちしていますっ! いつでもどうぞ!」

 楓は少し下を向いて目をギュッと閉じていた。

 楓がそこまで言うのなら、いつか家に行ってみたいなあ。どんな家なんだろうか。私はまだ行ったことのない楓の家について、想像を膨らませていた。

 そんなことを考えていると、ガラッと図書館の扉が開いた。

「美優羽ちゃーん、秋葉さーん。生徒会の仕事終わったから帰ろう」

 奏お姉ちゃんの仕事がようやく終わったようだ。私は本をカバンの中にしまう。楓は持ってきた本を元の場所に戻しに行った。

「二人ともどんな話してたの?」

 奏お姉ちゃんは微笑みながら聞いてくる。

「楓が料理得意だから、いつか楓の家に行ってもいいかって話をしてたの」

「へえー。ねえ秋葉さん。その時は私も一緒に行っていいかな?」

「いっ、いい……ですよ…………」

 奏お姉ちゃんの無邪気な笑顔とは対照的に、楓は苦虫でも噛んだような表情をしていた。楓は何もないと言ったが、奏お姉ちゃんの時だけ露骨に態度を変えてる気がする。

 一体何があったのだろう。私はそのことが気になって仕方なかった。




「それでね、会長さんは椅子があると思って座ろうとしたらないから尻餅ついたの。普通座る前に椅子があるか確認するはずなのに、あるって思い込んでて。確認って大事なんだなあって思ったよぉ」

 奏お姉ちゃんは今日の生徒会であったエピソードを面白おかしく語ってくれた。私的に生徒会はもっとお固いイメージがあったが、こういう面白いこともやってるんだと感心した。

「生徒会にもそんなイタズラする人がいるのね。生徒会って真面目な人たちの集団ってイメージがあったから、そんなことするイメージがなかったわ」

 私がそう言うと、奏お姉ちゃんは笑いながらそんなことないよーと、否定してきた。

「どっちかと言うと、変わった人の集まりだと思うよぉ。もちろんやる時はしっかりやるけどね」

 奏お姉ちゃんは楽しそうに語った。

 夢にまで見た奏お姉ちゃんとの帰り道。思っていた以上に会話が弾み楽しい。こうやって帰り道ならもしかして、素直に色々なことができるかもしれない。

 そうなればもっと大胆なことだって……。私はこれからの期待に胸を躍らせていた。

 その一方で気になることもある。楓がここまで一言も喋っていない。顔もそんなに楽しそうに見えない。

 普段からそんなに明るい表情をする子ではないが、こんな顔をしているのは流石に気になってしまう。

 一体どうしたのか。私が声をかけようとした時だった。

「秋葉さん……、ずっと黙っているけど楽しくなかった?」

 奏お姉ちゃんが先に声をかけた。その顔は少し心配そうな顔だった。奏お姉ちゃんも同じことを思っていたらしい。

 声をかけられた楓は首を横に振った。

「そんなことないですよ。ただ、お二人が楽しそうに会話をされていたので、邪魔をしてはいけないと思ってただけです」

 楓は軽く微笑んでいた。それならいいのだが、楓も会話に入ってくればいいのに。私はそう思った。

「そうなの。ならよかったけど、秋葉さんも会話に入ってきていいんだよぉ」

「あっ、はい。わかりました」

 楓は真顔で答えた。それから少しの間、3人の間を沈黙が包み込んだ。

 いけない。何か喋らないと。そう思い口を開こうとすると、先に奏お姉ちゃんが言葉を発していた。

「そういえば、秋葉さんと美優羽ちゃんってどうして仲がいいの?」

 奏お姉ちゃんは不思議そうにしていた。

「えっと、話しているうちに仲良くなったよね。楓?」

 私が楓に問いかけると、楓は何故か黙り込んでしまった。少し待ってみたが、何も返事をする気配がない。何か地雷でも踏んでしまったのだろうか。

「か、楓……? どうしたの?」

 そう問いかけると、楓は少し驚いていた。

「あっ、そっ、そうですね。私と美優羽さんとは話している間に仲良くなったんです」

 楓は少し言葉を噛みながらも答えてくれた。よかった。てっきり仲がいいのは私が思い込んでるだけかと思ってしまったから、そう答えてくれて少し安心した。

「へえー。じゃあ秋葉さんからしたら美優羽ちゃんはどんな人?」

「とても優しい人で、私にとって恩人です」

 楓は奏お姉ちゃんの問いに、即答でまっすぐな瞳で答えた。その目には曇り一つすら感じ取れなかった。

「お、恩人なんて大袈裟な! 私はただ仲良くしてるだけだよ」

 私は照れ臭くなって楓の言葉を否定した。だが、楓はその目を変えることはなかった。

「いいえ。美優羽さんがどう思っていらっしゃっても、私にとっては恩人で大切な人なんです。奏さんにとってもそうなんでしょうけど、この気持ちは誰にも負けるつもりがありません」

 楓はどこか覚悟が座っているようだった。ここまで強く自己主張の激しい楓は、初めて見たかもしれない。

「うわー。なぜか宣戦布告されちゃったよぉ。美優羽ちゃん」

 奏お姉ちゃんは口を軽く開いて両手で押さえていた。

「だけど、美優羽ちゃんが他の友達にも大切に思われてるって知って嬉しくなったよぉ。お互い美優羽ちゃんを大事にしていこうね」

 奏お姉ちゃんが手を差し出すと、楓はその手をぎゅっと強く握っていた。

「ええ。私負けませんので」

 普段の楓からは想像もつかない力強い声で言った。とりあえず、これで仲良くなれたの……かな? それならよかった。私は少し安心した。

 そんな事をしていると、私の家の前に着いた。帰り道はこれで終わりだ。

 そう言えば、今日の帰り道は誰にもつけられている感覚がしなかった。いつもならもう2、3回は振り返ったり、早足になったりするのにそれもなかった。

「今日誰にもつけられなかった。これ、もしかしたらいいのかもしれない」

 私がそう言うと、奏お姉ちゃんは私の手を握ってきた。

「そうなの! じゃあ明日から学校の日は一緒に帰ろう!」

「そうねっ。それで解決だわ!」

 こうして、学校のある日は3人で一緒に帰ることになった。これがよかったかはわからないが、3人で帰りだしてからはつけられてる感覚がなくなった。

 これでストーカー問題は解決した。私はそう思っていた。
 学校のない土曜日の夕方。夕飯の買い出しに私は買い物に出かけた。いつも行っているスーパーで買い物をして、帰っている最中だった。

 スタスタスタスタ……。

 私以外の足音が聞こえる。明らかに誰かにつけられている。早歩きでなんとか撒けないか試してみる。だが、ストーカーもついてくる。

 ダメだ。早歩きじゃ撒けない。走ってもいいが、今は買い物の荷物を持っている状態。中身がぐちゃぐちゃになる事態は避けたい。

 ならば警察に電話? だけど、すぐに来てくれないから犯人は取り逃してしまう。打つ手がない。

 仕方がない。とにかく追いつかれないように早歩きで家まで帰ろう。

 私はなんとか追いつかれないよう、かつ荷物がぐちゃぐちゃにならない速度の早歩きで家に帰った。

 家に着いた私は、琴姉と奏お姉ちゃんに先程の状況を伝えて相談することにした。

「うーん……。ここまで被害があるのなら、いよいよ警察に相談するしかないんじゃないかなあ」

 開口一番に琴姉は深刻そうな表情で言った。

「そうだねぇ。何かあってからじゃ遅いしねぇ」

 奏お姉ちゃんは真剣な表情で言った。奏お姉ちゃんも、その意見に同意しているようだった。

「そうするしかないのかなあ……」

 私は少し複雑な気分だった。

 確かに警察に相談すれば解決しやすくなるだろう。その方が賢明な選択なのだろう。だが、何故か私はそうしたくないのだ。

 解決させたくない訳ではない。ストーカーから一刻も早く解放されたい。そのはずだが、本能的な何かがそれを拒むのだ。

 本能的な何かが具体的に何かはわからない。けど、それが警察に相談するのを拒絶しているのだ。

 そうやって私が黙り込んでいると、琴姉が口を開いた。

「そんなに悩んでいるのならこうしよう。明日一日私と奏が美優羽と常に一緒に行動する。それでも、誰かにつけられるんなら、警察に直行しよう」

 琴姉は私をまっすぐな目で見つめていた。

「そ、そうしよう美優羽ちゃん」

 奏お姉ちゃんも私を説得するように見ていた。そこまで二人に言われるのなら、仕方がない。私が折れよう。

「わかったわ。じゃあ明日は二人についてもらう。それでダメなら警察に行く」

「了解。それじゃあ明日は私と奏が一緒について回るから安心しろ」

 琴姉は私の手を優しく握ってくれた。




 日曜日の夕方。私はどうしても買いたい本があったので本屋に行っていた。今読んでいる小説の最新刊だ。

 図書館に続きが置かれるのを待つという手もある。しかし、それだといつ入荷してくるのか分からない。その上、入荷しても直ぐに読める保証がない。

 お小遣いが減るのは痛い。ただ、どうしても気になる展開で待たされているので、好奇心が抑えられない。やむを得ず買いに行くわけだ。

 新刊ということもあり、本屋さんでお目当ての本はすぐに見つかった。私は会計をさっさと済ませて、家路についていた。

 もちろん、この買い物には琴姉と奏お姉ちゃんが着いて来ている。

「なあ。買った小説ってどんな中身なんだ?」

 琴姉が興味津々に聞いてきた。

「えっとね。簡単に言うと中世に転生した主人公が旅をして、旅した先々の問題を解決するって話。それで今友人に告白されて、どう答えを出すのかってのが今回の話になるの」

「ふーん。美優羽的にはどうなるって予想してるんだ?」

「多分断ると思うの。主人公は妹が好きだから、妹が振り向くまで頑張ると思うの。けど、妹が好意に気づいてないのが、なんとももどかしいんだよねえ」

「それはまるで……おっとっと」

 琴姉は口を止めた。おそらく言おうとしたのは、まるで私みたいだと言うことだろう。そうに違いない。読んでいて私も自分っぽいと思わされるもの。

 しかし、それ故とても共感ができて読むことができるのだ。姉と妹という違いはあれど、姉妹を愛する気持ちは変わらないはずだ。きっと私と同じくらい、主人公は妹を愛しているはずだ。

 だからこの主人公はとても応援できる。報われてほしいと。まるで自分を重ねるように。

「なあ、奏だったらこういう告白されたらどうするよ」

 琴姉が奏お姉ちゃんに尋ねる。奏お姉ちゃんは間の抜けた顔をしていた。

「うーん。私だったら断るのも申し訳ないから付き合うかもしれないなあ。ただ好きな人が別にいるんでしょ? うーん……、迷うよねえ。いい答えが出ないや」

 奏お姉ちゃんはそう言って、少し笑って誤魔化した。なるほど。奏お姉ちゃんは押しに弱そうだなあ。もしかすると、私が強引に迫れば案外落ちてくれるかも。そんなことを私は考えだしていた。

 その時だった。

 グキッ。

 後方から謎の音がした。もしかして今さっきまでつけられていた? 私は後を振り向く。

「どうしたの美優羽ちゃん?」

 突然私が後を向いたので、奏お姉ちゃんは心配そうに聞いてきた。

「あそこ、なんか怪しい」

 私は茂みを指差した。その茂みは草の高さに対して明らかに何かが盛り上がっていた。

「本当だ。怪しい。ちょっと行ってみよう」

 奏お姉ちゃんがそこへ近づいていく。すると、そこから人と思われる物が凄い勢いで逃げ出して行った。あれがきっと犯人だろう。

「追いかけるよ! 美優羽ちゃん! 琴葉お姉ちゃん!」

 奏お姉ちゃんが猛然と犯人を追いかける。私はなんとか離されないよう必死についていった。

 犯人の脚が速くないのもあるだろう。そして奏お姉ちゃんが俊足の持ち主というのもあるだろう。差がどんどん縮まっていく。

 犯人は捕まらないよう、障害物を使ってうまいこと逃げようとするが、奏お姉ちゃんにはほとんど意味をなさなかった。

 結局差を詰められ、ついには奏お姉ちゃんに捕まえられた。

「捕まえたよっ!」

 がっしりと犯人をホールディングしていた。さてようやく捕まったか。一体どんな顔をして……。

「えっ⁈ 嘘でしょ……」

 その犯人の顔を見た時私は驚かざるをえなかった。

「な、なんで……楓が……?」

 そう。犯人が楓だったのだ。こんなことをするような子じゃないのに一体何故。何が楓をそうさせてしまったのか。

 いや、これはたまたまかもしれない。たまたまそう言う風になっただけなのかもしれない。

 私の頭は色んな思いで一杯一杯になっていた。

「ご、ごめんなさい! ほんの出来心だったんです!」

 涙目になりながら楓は事の顛末(てんまつ)を話だした。

 楓の話によると、私がストーキングをされていると感じる前の2月中旬から今まで、ずっとストーキングをしていたらしい。

 土日に関しては私が買い物によく出かける時間を調べて、それを基にストーキングをしていたとのことだ。

 つまり最初から犯人は楓だったわけで、私は犯人に相談をするという、なんともお間抜けなことをしていたらしい。

 どおりで3人で帰った時に都合よくストーキングされなかったわけだ。じゃあ、あの苦い顔はストーキングができなくなるから都合が悪いってことでやってたのかな。そう考えると辻褄があう。

 しかし、なんでストーキングをやってしまったのだろうか?

「じゃあどうしてストーキングしていたの?」

 私は楓に尋ねた。

「…………一緒にいたかったんです」

 虫の声のような小さい声で楓は答えた。

「美優羽さんと学校の外でも一緒に居たかったんです。そうすれば、寂しくないから」

 なるほど。そんな理由だったのか。恨んでいたとかそう言う理由じゃなくてよかったと、私は一安心した。でも、言うべきことはしっかりと言わないといけない。

「あのね、楓。そういうのはちゃんと言ってくれれば私は断らないし、一緒に居てあげるから。だから、こういうストーキングだけは私も嫌だからやめてね」

「はい……もう二度としません」

 楓はしょんぼりと答えた。

「それから、今度から一緒に帰ろう。図書委員の当番の日は一緒に待ってあげるから。だから一緒に帰ろう」

 私は楓に右手を差し出した。

「い、いいんですか? こんな私と一緒に帰ってもらって……また仲良くしてもらって……」

「いいに決まってるじゃない。この話はこれで終わりだし、そしたらまた仲良くしましょうよ。仲良くするんだから一緒に帰るくらいどうってことないわよ」

 私がそう言うと、楓は私の差し出した右手を握った。その右手にはポツリポツリと、涙が落ちてきていた。

「ありがとう……ございます……」

 楓は涙で声を振るわせながら言った。そんな楓を私は抱きしめて背中をさすってあげた。

「はぁ、はぁ。やっと追いついた……って何事⁈」

 ようやく追いついた琴姉はこの状況を見て驚くしかなかったようだった。
 翌日の放課後。一人で帰っていた家路に楓が加わっていた。

「それで結局主人公はその友人の告白を断ったのよ。けど、それでも友人として付き合うようにするっていう私の予想通りだったけど、いい話だったわ」

「そうですか。いい話だったんですね」

 私が昨日読み終えた小説の話を、楓は笑顔で聞いてくれた。

「楓は何か小説とか読まないの?」

「そうですねえ……、こう見えてあまり小説とか読まないんですよね。いつも料理のレシピとか料理の歴史、食文化に関する本ばかり読んでいるので」

「意外だわ。料理本が好きなのは前に聞いてたから納得だけど、小説読まないのね。私のでよければ何冊か貸すけど読んでみる?」

「そうですね。たまには読むのもアリだと思うので、借りてみたいと思います」

 そんなことを話していると、家の前についてしまった。

「そうだ。折角家に着いたんだから、その本今から取ってくるよ」

「えっ、いいんですか。ありがとうございます」

 楓はぺこりとお辞儀をした。

「それじゃあ取ってくるから待っててね」

 私は玄関へと入り本を取りに行った。

 この事件ある意味楓が犯人で良かったと思う。もしも変なおじさんとかだったらこんな解決はしてないし、もっと大変なことになってたと思う。

 それに、楓と一緒に帰ることも出来なかっただろうしね。私は内心でそう思った。

 探していた本が見つかり、部屋から再び玄関に戻る。外では楓がピシッとした姿で私の事を待っていてくれた。

「はい、お待たせ。一応2冊ね。あんまり渡しすぎても読めないだろうし。読み終わったらでいいから返してくれると助かるかな」

「わかりました」

 楓は軽くお辞儀をする。

「それじゃあ、またね。楓」

 私がそう言って振り返ろうとした時。

「あ、あの美優羽さん!」

 楓が少し大きい声で私を呼ぶ。

「どうしたの楓」

「こ、こ今度、美優羽さんの家に、ああ遊びに行ってもいいですか?」

 楓は少し真っ赤な顔をしていた。なんだ、そんなことか。こんなこと聞くくらいで緊張しなくてもいいのに。楓はかわいいなあ。私は微笑ましくなった。

「いいわよ。その時は連絡ちょうだい」

「わ、わかりました! 私の家も、いつでもいいので来てください! それじゃあ!」

 そう言い残し、楓は駆け足で帰っていった。

 何度も言うが事件がこんな感じでスッキリとした終わり方ができて良かった。私の心は晴れ晴れとしていた。
 それは昼休みのことでした。

「あのねっ。楓、秘密の相談があるんだけど……」

 彼女、美優羽さんからあまりよろしくない表情で相談をされました。普段こんなことはあまりないので、私はとても驚きました。

 美優羽さんは私の友人です。本人はいたって普通の人間だと言いますが、決してそんなことありません。

 学年全体で10番以内にはなるくらい成績がいいですし、運動だって何をやらせても、すぐに上手くこなしてしまいます。

 脚だって50メートル走で7.4秒を叩き出すほどの俊足です――ちなみに、高校1年生女子の平均タイムは8.88秒です――。

 顔もとてもかわいらしい顔をしています。白銀のショートヘアーに、大きな瞳。顔のパーツ一つ一つが精巧に、美しく出来ています。

 そして常に見せる明るい太陽のような表情。この顔は人をダメにする魅惑の表情だと言えます。

 スタイルも非常にスレンダーで整った、美しい体つきをしています。

 クラスメイトに聞いたら、10人中10人が美人だとか、かわいいという評価を口にするでしょう。

 その証拠に、美優羽さんのファンクラブがあります。私もその一員です。そこには、男女問わず沢山の会員がいます。

 そんな高い頭脳、運動能力、容姿を持ちながらも性格も明るく真面目で、誰にでも優しいのです。まさに出来すぎた人間と言ってもいいような人です。

 そして、私が恋をしている人でもあります。

 そんな美優羽さんが悩んでいると言うのですから、とても重大な問題に違いありません。私は話を聞きます。

「どういう悩みでしょうか?」

「そのね……、実は1週間くらい前誰かにつけられているような気がしてね……。昨日も帰る時に誰かにつけられてる感覚がしてね」

 美優羽さんはそう語ります。なるほどつけられているですか。それはとても大変なことです。

 ストーカー被害は重大な犯罪に繋がることも珍しくありません。一刻も早く解決するしかないでしょう。

 ですが、それは無理な話です。なぜならその犯人は私だからです。昨日もしっかりとストーキングをしていました。

 始めたのは2月の中旬から。きっかけはほんの出来心でした。もしも美優羽さんと一緒に帰れたらどれだけ楽しいのだろう、と思ったことがきっかけです。

 一応一緒に帰ろうと誘われはしてるのですが、私は素直にその誘いに乗れず、断ってしまっています。

 だから、こう言う形でも一緒に帰れたら楽しいのではないかと思い、始めてしまったのです。

 最初は距離をかなり開けてストーキングしていましたが、一緒に帰れているという感覚が快感に変わり、もっと近くもっと近くと、徐々に感覚を詰めていってました。

 最近、後を振り向かれる回数がかなり増えていると思っていましたが、流石にストーキングされてることに気づかれたみたいです。

「それでさ。琴姉にも相談したんだけど、効果があまりなくて……。だから、何かいい対策がないかなあって思って」

 美優羽さんは頭に手を当てとても悩んでいます。さて、どうしましょうか。犯人が私だとバラしてしまうわけにはいきません。

「なるほど……。最近つけられていると」

 私はそれっぽく考えてる風に装います。メガネをクイっと上げて、さらにその雰囲気を強めます。そうすれば、よく考えてくれてるように見えるはずです。

 見せかけだけではいけません。何かそれらしいことも言わなければいけません。けど、私に辿り着いてしまうようなモノはダメです。

 良さそうに見えて実は意味のない対策。それでいいのなら一つあります。

「無視すればいいんじゃないでしょうか?」

 私は美優羽さんに言います。美優羽さんは少し驚いた表情をしています。

「これじゃ、解決しなさそうじゃない?」

 美優羽さんは私にそう言います。まあ美優羽さんの言うこともご(もっとも)です。だって意味のない対策ですし。そしたらそれなりに理由のありそうな話をしましょう。

「反応するから、面白がってストーキングしているって側面もありそうな気がします。美優羽さんが何も気にしなければ、面白く無くなって飽きて辞めるんじゃないかなと思います」

 私は真面目な顔して言いました。これで、大丈夫なはずです。私はそう思い少し安心していましたが、美優羽さんの表情は冴えません。

「そうかなあ……」

 と、美優羽さんは呟きます。うーん、これは説明の失敗みたいです。もっとそれらしい事を言えば良かったでしょうか。そんなことを考えている時でした。

「美優羽ちゃーん!」

 隣のクラスから奴が、私たちのところにやって来ました。

 奴とは、美優羽さんの双子の姉の奏さんです。奏さんも美優羽さん並みに、というかそれ以上に頭脳と運動能力が優れています。

 顔は、私は美優羽さんの方が好みですが、誰に聞いてもかわいいと言われるのは間違いないでしょう。

 奏さんも例に漏れず、美優羽さんのようにファンクラブがあると聞いています。噂によると、他校の生徒までいるとかいないとか。

 性格は非常におっとりとされていて、それでいて誰にでも優しいお方です。そんな方をなぜ奴と呼んだのか。

 それは奏さんが私の憎き恋敵(こいがたき)だからです。

 美優羽さんは気づかれていないと思われているようですが、私は知っています。というか、みんなが知っていると思います。

 奏さんのことが大好きなのであると。それが姉妹愛ではなく恋愛の方であると。

 しかし、奏さんにはその気が全くないのです。なので、二人が両想いであるというわけではありません。ありませんが、私の恋にとっては大きな障壁です。

 なので、どうしても仲良くなれないのです。

 とは言え、あまりにも邪険な対応をして美優羽さんを悲しませるのも気が引けます。なので、凄くどっちつかずな感情になってしまうのです。

「楓、なんかすごい顔してるけどどうしたの?」

 どうやら美優羽さんに気づかれてしまったようです。

「あっ、すいません。そんな顔していましたか?」

 私は慌てて返事をしてしまいました。

「うん。すっごいどうしようか悩んでそうな複雑な顔してた。何かお姉ちゃんとあったの?」

「いえ。ちょっと……いえ、なんでもありません」

 私は少し頬を緩ませ、誤魔化すように言いました。この場であなたの姉が私の恋敵だ、なんて言えませんからね。

「ふーん、そうなんだ」

 美優羽さんは特に気にしてないようでした。これなら大丈夫なようです。

「ところで二人はどんな話をしていたの?」

 と、奏さんはにこやかな表情で聞いてきます。どうしましょうか。ここで言ってもし何か特定に繋がるアドバイスをされたらたまったもんじゃありません。

 しかし、ここではぐらかしては、美優羽さんの不信感を買ってしまいそうです。そんな事を考えていると、

「実は……」

 美優羽さんが口を開きました。これは言われますね。となれば、私は何も邪魔をせず、黙っているのが正解なようです。

 私は黙って美優羽さんの話を聞きます。奏さんも黙って話を真剣に聞いているようです。

「なるほどぉ。つけられているかぁ」

 奏さんは顎に手を当て、何かを考えているようです。それから何か思いついた奏さんはこう言いました。

「それなら、一緒に帰らない?」

 ほう。二人が一緒に帰るということですか。これで目撃者を増やしてしまおうって算段でしょうか。私はそう推測します。

「一緒に帰ってどうなるの?」

 美優羽さんの問いに奏さんはこう答えます。

「ストーカー被害がなくなるとは思わないけど、一緒に帰ってれば人数が多いからストーカーさんは何もしてこないと思うよぉ。それなら危なくないから安心して帰れると思うんだぁ。ただ私が生徒会で遅くなるから待たせちゃうのが申し訳ないんだけど、美優羽ちゃんに何かある方が嫌だから、こうしようかなあって思ったのぉ」

 確かに、二人でいるのなら私は何も手出しはしないでしょうし、変な動きは避けるでしょう。

 しかし、これでは特定に繋がるとは言えません。私が尻尾を見せなければいいだけの話です。これは勝ちました。私の犯行はバレません。

 私は心の感情を隠すよう、ひっそりと喜びます。

「いい考えだわ。じゃあ一緒に帰りましょう」

 美優羽さんは奏さんの提案に乗るようです。よし、これで今日もストーキングができる。私がそう思っていた時でした。

「わかったわ。それじゃあ二人ともちょっと遅くなるけどよろしくねっ」

 なんということでしょう。私も一緒に帰ろうと、誘ってきたではありませんか。

「えっ? 私もですか?」

 私は戸惑いを隠せません。なんせ、二人だけの話と思っていたのですから。

「ダメ……だったかな?」

 奏お姉ちゃんが困ったように言います。断ってもいいのですが、ここで断ると雰囲気悪くなりそうですし、私の行動が怪しまれてしまいます。

 それに、こんな顔で頼まれたら断ろうという気にもなりません。仕方ありません。ここは誘いに乗りましょう。私は首を横に振ります。

「い、いえ。大丈夫ですよ」

 そう言い切ると同時に笑みを浮かべて、少し悩んでいたことを誤魔化しておきます。少し誤算ですが、美優羽さんと一緒に帰ることを楽しみましょう。

 こうして私は美優羽さん、奏さんと帰ることになりました。
 奏さんを待つ間、私達は図書館で待つことになりました。図書館は当番の人を除いて誰もおらず、実質私と美優羽さんの二人きりという状態です。

 好きな人と一緒に、しかも独占的にいられる。なんと素晴らしいことなのでしょうか。こんな滅多にない時間、堪能しないわけにはいきません。

 とは言え、図書館に来たのですから本も読みたいところ。ならば、この雰囲気を味わいながら本を読みましょう。

 私は何冊か本を集め、美優羽さんの前に座ります。ちなみに集めてきた本は、私の大得意な料理に関する本です。

 美優羽さんが読んでいるのは、ファンタジー系ですかね? 私は図書委員とはいえ、小説系には疎いので何を読んでいるのかはわかりません。

 これに関しては後ででも聞いてみましょう。私は私の本を読んでいきましょう。

 私は本を取り、読み始めます。

 どうしてでしょうか。好きな人と一緒に読んでいるからでしょうか。普段より本を読む速度が速くなっている気がします。

 私の好きな料理研究家のレシピ本ってのもあるでしょうが、やはり、いつも以上に集中できています。内容が隅々まで入ってきます。

 やはり誰かと、大好きな美優羽さんと読むのはいい効果があるようです。今度から本を読む時は誘っても良いくらいですね。

 ただ、私なんかが誘ってもいいんでしょうか。私は日陰者。美優羽さんはクラスの人気者。立場が違いますし、美優羽さんは常に誰かから誘いを受けているでしょうし。

 でも、そこをなんとかしたい。そんなことを考えていた時、美優羽さんが背後に立っていることに気づきました。

「ど、どうかしましたか?」

 私は慌てて後を振り向き、問いかけます。

「あっ。えっとねえ、楓がすっごい面白そうに見ていたから何が面白いのか気になって……」

 美優羽さんは軽く微笑んできます。

 どうしましょう。ただ私は好きな料理本を読んでいただけですが、この事は美優羽さんには明かしていませんでした。

 少し恥ずかしいですが、美優羽さんのお陰で読むスピードが上がったことを隠して言いましょう。

「実は、私料理が大好きなんです。だからこうやってレシピ本とか見ちゃうとつい興奮して読んじゃうんですね」

 私は半分本当、半分嘘な内容を言いました。

「へえー。私は本が面白いからかなあって思ってたけどそうだったんだ」

 美優羽さんは私の言った内容に特に疑問を抱いてる様子はないようです。良かった。これで秘密は守られたようです。私は一安心しました。

「面白い料理本があれば、それはそれで見てみたいですけどね」

 私は軽く笑いながら言いました。

「けど、料理が大好きってことは腕にも自信があるのかしら?」

 美優羽さんはそう言ってきました。この質問待っていました。私は料理が大得意です。

 多少の料理なら目を閉じていても作れます。味も多分美味しいはずです。両親と祖父母しか食べたことないんですが、不味いと言われたことはありません。

 多少お世辞はあるでしょうが、きっと私は料理が上手なはずです。それにこうやって研究も欠かさずに行っています。これで不味いはずがありません。

「そうですね。人並み以上にはできると思います。色んな研究をしているので」

 私は自信満々に答えました。すると美優羽さんは、

「そんなに自信があるなら一度でいいから食べにきてみたいなあ」

少し口元を緩くして、間髪入れずに言ってきました。

 これはチャンスです。これを口実に家に誘えば、休日一緒に過ごすことができます。それだけでなく、私の手料理を食べてもらえます。

 もしもお口に合えば、私は美優羽さんの胃袋を掴むことができます。こんなチャンス逃すわけにはいきません。

「あ、あのっ。言ってくれれば作りますんでっ。いつか家に来てくれませんかっ?」

 私は想いが強すぎて、ちょっと声が固くなってしまいました。テンションも上がりすぎたので、顔も少し赤みがかってるはずです。ちょっとがっつきすぎたでしょうか。

 そんなことを心配していると、美優羽さんは優しく微笑んでいました。

「いいわよ。いつか都合のいい時に連絡するね」

 美優羽さんは優しい声でそう言いました。やりました! チャンスを掴むことができました! これで一緒に過ごす権利をゲットできました!

 私の心は興奮の感情で一杯です。大火事状態です。

「おっ、お待ちしていますっ! いつでもどうぞ!」

 私は興奮を隠すように、これ以上心が燃え上がらないように下を向いて言いました。

 楽しみすぎて仕方がないです。いつになるかは分かりませんが、美優羽さんが家に来てくれる。これ以上の幸せはありません。

 私はいつの日かの美優羽さん訪問を想像して、胸が一杯になります。待ち遠しくてたまりません。

 家に上がった美優羽さんと一緒に私の部屋に行って、何気ない会話を楽しんで、そして料理を振る舞う。料理を食べた美優羽さんはきっと美味しいと言ってくれるでしょう。

 そして、また食べたいなあなんてことも言ってくれるかもしれません。そうすれば、また誘うことができます。

 これは幸せの無限ループです。最高です。

 そんな妄想をしている時でした。

「美優羽ちゃーん、秋葉さーん。生徒会の仕事終わったから帰ろう」

 私と美優羽さん二人きりの幸せの時間の終わりを告げる存在がやってきました。もうちょっと仕事が長引いても良かったのに……。

 と、私は心から残念がりました。

 終わった時間は仕方ないです。私は急いで本を片付けにいきます。幸い本は同じ箇所に固まっていたので、片付けはすぐに終わりました。

 一方の美優羽さんと奏さんは何やら話をしているようです。(はた)から見ていると簡単に気づくのですが、美優羽さんは奏さんと話している時の方がいい表情をしています。

 明らかに口元が緩い感じがしますし、目だって私と話している時よりもキラキラしています。

 やはり私では勝てないのでしょうか。いやいや。諦めてはいけません。諦めなければ可能性は僅かでも、切り開くモノですから。私は心でそう誓います。

 美優羽さんと奏さんが話終わったようです。

「へえー。ねえ秋葉さん。その時は私も一緒に行っていいかな?」

 そういった奏さんはにこやかに微笑んでいます。

 げっ。奏さんも一緒ですか……。まあその方が確実に来てくださるでしょうから、その点では問題ないです。ないですが、私にとって奏さんは恋敵。正直一緒に居たくありません。

 絶対にノーと言いたいところですが、今ここには美優羽さんが居ます。もし奏さんを邪険に扱えば、美優羽さんは相当に悲しむでしょう。

 そして、私の印象が悪くなるでしょうし、家に来てくれなくなるでしょう。仕方ありません。ここは心を殺して答えましょう。

「いっ、いい……ですよ…………」

 私は自分の心を必死に押し殺してなんとか答えました。本当はこう言う時は、笑ってすらすらと答えるのがベターでしょう。

 しかし、私にはそういう経験があまりないので、そういう対応ができません。それでも、本音を言わずに押し殺せた点は評価できるのではないでしょうか。

 私はそうやって自分を肯定しました。
 帰り道。美優羽さんと奏さんが、とてもとても楽しそうにお話をしています。

 私はというと、会話に入ることが出来ません。二人の雰囲気がとてもいいですし、美優羽さんも奏さんもどちらも楽しそうです。私の入る隙間なんてありません。

 こうなることはわかってはいました。わかってはいたんですけど、いざそうなるとちょっとくるものがあります。

 私は陰鬱な気分を抱えてしまいます。一人で寂しさを感じるのは慣れっこだから別にいいです。

 しかし、今は大好きな美優羽さんと一緒にいるのです。折角美優羽さんと一緒に帰っているのに、こんなに楽しくない、疎外感のあるのはあんまりです。

 そう思っていた時でした。

「秋葉さん……、ずっと黙っているけど楽しくなかった?」

 と、奏さんが心配そうに声を掛けてきました。

 流石に顔に出しすぎていたようです。露骨すぎました。ここで、はい楽しくありません。貴方たちのせいです、と言ってしまうのはダメでしょう。

 私はある程度大人です。ここは誤魔化しましょう。私は首を横に振ります。

「そんなことないですよ。ただ、お二人が楽しそうに会話をされていたので、邪魔をしてはいけないと思ってただけです」

 そう言って愛想笑いを浮かべます。これである程度は誤魔化せるはずです。

「そうなの。ならよかったけど、秋葉さんも会話に入ってきていいんだよぉ」

 奏さんはまだ少し心配そうにしています。もう少し笑顔で答えた方が良かったですかね。

「あっ、はい。わかりました」

 私はそう返事をしました。

 それから少し、私達の間は沈黙に包まれました。二人が楽しそうに会話しているのも辛いですが、これはこれで辛いです。

 とはいえ、私にこの状況を打破する会話の種はありません。さてさて、どうしましょうか。

「そういえば、秋葉さんと美優羽ちゃんってどうして仲がいいの?」

 奏さんが口火を切りました。内容は私も入っていける内容です。

「えっと、話しているうちに仲良くなったよね。楓?」

 美優羽さんはそう即答しました。

 話しているうちにですか。まあ確かにそう言われれば、その通りです。美優羽さんにとってはそのくらい軽いものでしょう。

 しかし、私的にはそれは違います。私にとって、美優羽さんとの出会いは、革命的なものでした。

 私は幼い頃から筋金入りのいじめられっ子でした。小学校1年生の頃から、みんなにいじめられて過ごしてきました。この事は美優羽さん、奏さんは絶対に知らないと思います。この学校の人は誰も知らないはずです。

 物がなくなるのは日常茶飯事。筆箱や机が誰かにゴミ箱に捨てられていたり、窓から投げ飛ばされたり。男の子から殴る蹴るの暴力のオンパレード。女子からは無視や陰口、トイレをしているときに水をかけられたりと、陰湿な嫌がらせのフルコース。

 こんなのが毎日続いていました。だから、毎日毎日涙を流して泣きながら、学校から帰っていました。不登校になることも考えましたが、そんな勇気私にはありませんでした。

 来なかったら、家に押しかけられて何かされるんだろうなと思って。あと、親に心配をかけたくなかったと言うのもあります。

 だから、明日こそは誰かが助けてくれて、イジメは止まって欲しいなと願いながら学校に行くしかありませんでした。けど、そんな日は訪れませんでした。

 私が敬語調で話しているのも、きっとこのイジメが原因なんだろうと思います。少しでも、イジメられる要素を減らそうとした結果、それが習慣になってしまったのでしょう。そのくらい、私の人生に影を落としているのだと思います。

 高校になってからは、両親の仕事の都合で引っ越すことになり、この町にやってくることになりました。その時はひたすら嬉しかったのを覚えています。これでやっと、イジメてきた奴らと離れられるんだと。

 それで高校に進学したわけですが、こんな私だからでしょう。誰とも話すことが出来ませんし、誰も話しかけに来てくれません。まあ、こんな地味な女の子だから仕方がないと思います。

 そうして、入学から1週間が経った日の昼休みでした。

「ねえ。秋葉さんだっけ? 何してるの?」

 美優羽さんからそう声を掛けられました。同級生からそんな声を掛けられた事がなかったので、私はすごく緊張しました。

「え、えっと、特に何もしていないでしゅっ……」

 私が噛みながらそういうと、美優羽さんは微笑んでいました。

「そんなに緊張しなくてもいいじゃん! 私達同級生なんだから」

 それはまさに、私を明るく照らす太陽のようでした。

「そっ、そう言われましても……」

「そうだ! 折角だから私とおしゃべりしましょ? 毎日同じ人と喋ってても退屈だからさ!」

 それから、私と美優羽さんは色んな事をお話ししました。お互いがよく見ている動画や、その日の数学の授業の感想、お弁当の何が美味しかったのか。本当に他愛のない事でした。

 私は上手く喋れた自信はありません。それまで、同級生とそんな会話をしたことがなかったので、仕方ないと思います。

 それでも、美優羽さんはそれを茶化す事なく、真面目に話を聞いて、相槌を打ってくれて、自分はどう思ったのかを話してくれました。

 正直に言うと、その瞬間はとても楽しかったですし、夢を見ているようでした。同級生とそんな会話ができるなんて、微塵も思ってませんでしたから。それに、こんなに優しくしてもらえるとも思ってもいませんでした。

 終わって欲しくない。この時間だけが永遠に続いて欲しい。けれど、時間は残酷にも過ぎ去っていきます。

 予鈴のチャイムが鳴り、楽しい時間が終わります。会話の終わり際、美優羽さんは笑顔でこう言いました。

「そんな名残惜しそうにしなくても……。また誘うから、一緒に喋ろうよっ」

 私はこう言われて、とてつもなく嬉しかったのを今でも覚えています。また、この楽しい時間を過ごせる。優しく話を聞いてくれる、と。

 それから、美優羽さんは私と積極的に話してくれましたし、日によっては、美優羽さんのグループに入れてもらえました。

 そのお陰で、少しずつですが交友関係ができましたし、人の優しさ、温かみに触れることが出来ました。

 そして、私は次第に美優羽さんの優しさや明るさに惚れていきました。この優しさを出来れば私だけに浴びたいと思うようになりました。これは人生初の恋だと思います。

 私にとって美優羽さんとは恩人なのです。私に優しい世界を教えてくれた、導いてくれた、恋を教えてくれた恩人なんです。

 そんな美優羽さんを、私はストーキングして苦しめているのです。私は性格が悪いんだろうなあと、思ってしまいます。

「か、楓……? どうしたの?」

 美優羽さんがどうしたのか心配そうにしています。ちょっと回想に入りすぎたようです。

「あっ、そっ、そうですね。私と美優羽さんとは話している間に仲良くなったんです」

 私はちょっと焦りながら答えました。焦る必要はないのに、どうしてか焦ってしまいました。

「へえー。じゃあ秋葉さんからしたら美優羽ちゃんはどんな人?」

 奏さんがそう聞いてきます。これはチャンスかもしれません。私の美優羽さんに対する想いを伝える。

「とても優しい人で、私にとって恩人です」

 私はすぐに力強く回答しました。恋しているということだけを隠して。

「お、恩人なんて大袈裟な! 私はただ仲良くしてるだけだよ」

 美優羽さんは少し顔を赤くしながら、私の話を否定します。

「いいえ。美優羽さんがどう思っていらっしゃっても、私にとっては恩人で大切な人なんです。奏さんにとってもそうなんでしょうけど、この気持ちは誰にも負けるつもりがありません」

 私は否定させません。真っ直ぐ目を見つめます。そして、奏さんにもこの私の想いをぶつけます。

「うわー。なぜか宣戦布告されちゃったよぉ。美優羽ちゃん」

 奏さんは、手を軽く口に当てて驚いた表情をしています。宣戦布告。そうかもしれません。私は、奏さんに勝負を挑もうとしているのかもしれません。

 勝ち目が薄く細い勝負を。それでも負けるわけにはいきません。私は心を燃やします。

「だけど、美優羽ちゃんが他の友達にも大切に思われてるって知って嬉しくなったよぉ。お互い美優羽ちゃんを大事にしていこうね」

 奏さんが右手を差し伸べてきました。握手ですか。敵同士と言えど、フェアプレーは大事ですからね。まあ私はストーキングという、レッドカード級の反則をしていますが。

 そんなことを思いながら、私は奏さんの手を強く握りました。

「ええ。私負けませんので」

 私は力強く宣言します。私のキャラらしくはないですが、このくらい強くしておいた方がいいでしょう。舐められないことに越したことはありませんし。

 そんなことをしていると、美優羽さんの家に着きました。なんだかんだで実りのある帰り道は、これでおしまいです。私は若干の寂しさを覚えます。

「今日誰にもつけられなかった。これ、もしかしたらいいのかもしれない」

 美優羽さんは嬉しそうにしています。それを見て。奏さんは美優羽さんの手を握ります。

「そうなの! じゃあ明日から学校の日は一緒に帰ろう!」

「そうねっ。それで解決だわ!」

 二人とも喜んでいるみたいです。ただ、この様子だと私の犯行だと気づいていないみたいです。まだまだストーキングが出来そうです。

 私はしめしめと、この状況を一人喜んでいました。
 それから数日経って土曜日。私は美優羽さんのストーキングをしています。なぜ、土曜日にストーキングができるのかというと、簡単な話です。

 美優羽さんは家の炊事をされているらしく、よく買い物に出掛けております。その時間さえ把握してしまえば、ストーキングは可能なのです。

 家へのルートは確認済みで、必ず通らなければならない道も私は知っています。

 時間帯もルートも抑えているので、あとは特定の場所で待ちぼうけしていれば、自ずとストーキングができるわけです。

 そんなことを考えていると、ターゲットの美優羽さんがやって来ました。今日も今日とてとても綺麗です。こんな美しい方のストーキングをするとなると、中々興奮してきます。

 いつもやっている事ですが、今日はいつもより興奮しているかもしれません。平日に予定外の事で出来なかったからでしょうか。

 そんな事は置いておきましょう。今はストーキングをすることに専念しましょう。

 スタスタスタスタ……。

 いつ振り返られてもいいように、遮蔽物を確認しながら進みます。

 今日は私、ストーカーの存在を際立たせる為に、足音をいつもより目立たせましょう。そうすればいつもより気になってしまうはずです。

 私は普段よりも大きな足音を立てて歩きます。

 美優羽さんは何度か立ち止まります。作戦は上手く行ったようです。完全にストーカーのことを意識しています。

 この意識されてるという感覚が最高に堪りません。まるで、私だけのことを意識してもらえてるような感覚に陥ります。まあ、美優羽さんは私だと気づいていないわけですが。

 あと、好きな人を独り占めできているような感覚にもなれます。この空間には私と美優羽さんしかいないわけですし。学校でこんなになれることなんて、ありませんからね。大事にしたいです。

 おっと、美優羽さんは早歩きを始めました。かなり早いペースです。私の足は遅いです。ですが、このペースならついていけます。本当はもっと早く歩く、または走りたいはず。

 ですが、それは無理でしょう。そんなことをすれば、バッグの中身はぐちゃぐちゃになってしまうからです。

 私はいいタイミングでストーキングができたようです。そのまま私は、美優羽さんが家に辿り着くまでつけ回しました。

 今日もストーキング成功です。非常にいい時間でした。さて、これからどうしてくるでしょうかね。明日も同じ時間帯に同じ場所で待機するとして、美優羽さんも流石に何か対策を練ってくるでしょうか。

 まあ、どんな対策を打ってこようと、私はそれを上回ってみせるのみです。

 私はそう心に誓いました。




 迎えた日曜日の夕方。いつもの時間、いつもの場所。ここに来れば何があろうと必ずここを通るはずです。とはいえ、もう30分以上待ち伏せしています。

 いくら3月になったとは言え、まだまだ時期的には夕方は寒いです。早く来ないかなあなんて思いながら、美優羽さんを待ちます。

 すると、美優羽さんが現れました。私は息を潜めて、通り過ぎていくを待ちます。なるほど。今日は奏さんと、えっと、美優羽さんがよく話している琴姉さんですかね? 3人一緒にいるみたいです。

 なるほど。一人だと危ないかもしれないから、三人で一緒に居ようと言う事ですか。警戒されていますね。まあこれだけ長期間ストーキングしていれば、警戒されるのもやむなしですが。

 今日の美優羽さんは、クリーム色のセーターに赤いスカートを着こなしています。何を着ても綺麗でよく似合っています。今日もとてもかわいいです。

 奏さんも似たような服装ですね。白いカッターシャツに、小豆色のスカートを着ています。認めたくはありませんが、かなり似合ってらっしゃいます。

 琴姉さんは、ピンクのジャージ姿ですね。ちょっとダボダボなのが気になります。顔は見た感じ美人そうなだけに、なんか惜しいですね。

 対する私は、黒を基調とした長袖のシャツに黒のチノパンという感じです。地味な感じですが、ストーキングするのに、着飾る必要はないですし、目立っちゃダメですからね。

 さて、服装の事はこれくらいにして、だいぶ距離が空いたので美優羽さん達を追いかけましょう。今日は足音を消して追いかけましょう。

 私はまるで忍者のように、隠密に行動します。バレないように、そっと、そおっと。

 ストーキングしながら、美優羽さんを観察します。

 いつものことではありますが、美優羽さんは奏さんと一緒に居るのが心の底から楽しいようです。

 表情が普段よりもずっと柔らかいですし、ここから聞こえてくる声も、普段より明るい声色をしています。

 わかってはいるのです。美優羽さんの好きな人と一緒にいるのだから、そうなるのは仕方ないのだと。だけど、私の心はそうだと理解してくれません。

 あの笑顔を私も独占したい。あの声を聞きたい。あの感情を私のものにしたい。心の欲望がはち切れんばかりに溢れてきます。

 けど、それは叶わないことなのです。美優羽さんの好きは奏さんに向いているのですから。

 なのに。なのに。なのに、奏さんには伝わっていない。奏さんは気付いてすらいない。あの笑顔の、声の意味をわかってはいない。

 ずるい。憎い。私と変われ。私なら美優羽さんの思いに1000%で応えてあげられるのに。欲望の感情が今度は憎悪の感情に上書きされます。

グキッ。

 そんな感情に気を取られすぎたせいか、木の枝を踏んでしまい足音を立ててしまいました。美優羽さんがその音に気付いたのか、立ち止まりました。

 まずいです。隠れないと。けれど、場所がありません。仕方ありません。草むらに身を隠しましょう。

 私は草むらに身を隠します。なんとかバレていないことを祈ります。

 ただ、そんな祈りも無力だったようで、奏さんがこちらに向かってきます。このままここにいても私は捕まってしまいます。一か八かです。走って逃げましょう。何もしないよりはマシなはずです。

 私は勢いよく、その場から逃げ出します。

 相手は奏さん。陸上部ですら彼女に追いつける人はおらず、体育祭のリレーで無双していたのを私は知っています。だから、逃げた先にある、障害物を使いながらなんとか逃げていきます。

 ですが、どんどん奏さんが迫ってきます。私は必死に足を回し、逃げます。障害物を使って、追い辛くしていきます。しかし、それでも関係なく、奏さんは差を詰めてきます。

 この化け物め。心の中でそう叫びました。

 そして逃げ出して数分後。

 私はついに捕まってしまいました。

 奏さんの力は強く、がっちりとホールドされた腕から逃れることはとてもできそうにありません。

 私は逃げることを諦めました。美優羽さんが、こちらに来ました。ついにバレてしまう時が来たようです。

「えっ⁈ 嘘でしょ…………な、なんで……楓が……?」

 美優羽さんはとても驚いた表情をしています。当たり前でしょう。友達と思っていた人物が、ストーカーの犯人だったんですから。私だって同じ反応をするでしょう。

 ここまで来てしまったのですから、私は謝るしかありません。

「ご、ごめんなさい! ほんの出来心だったんです!」

 私は少し涙を流しそうになりながら、謝りこれまでのことを全て洗いざらい話しました。美優羽さんに恋愛感情を持っているとか、奏さんに敵対心を持っているみたいなことを除いて。

 話を聞いた美優羽さんは、少し明るい表情を浮かべた後、すぐさま険しい表情に変わりました。

「あのね、楓。そういうのはちゃんと言ってくれれば私は断らないし、一緒に居てあげるから。だから、こういうストーキングだけは私も嫌だからやめてね」

 言われたことは至極真っ当なことです。誰だって、ストーキングされるのは嫌ですから。

「はい……もう二度としません」

 力なく私は答えました。

 さて。もう美優羽さんとは絶縁になってしまうことは決まってしまいました。好きな人、大好きな人ですが仕方ありません。私のしたことは許される行為ではないのですから。

 そうなると、今まで築いた、というより美優羽さんのお陰でできた交友関係もリセットされるでしょう。またひとりぼっちに逆戻りです。私の恋物語もここで終幕です。

 でもいいんです。この約一年が私にとって出来すぎていただけで、元々私は一人だったわけです。大丈夫です。一人には慣れっ子ですから。私はそういうところには強いのです。

 ただ、いざそうとなると、とても寂しく思えてきます。誰かといるのが当たり前になりすぎたからでしょう。

 でも、こうなってしまった以上。私がストーカー行為に手を染めた以上、こうなることは決まっていたのですから受け入れるしかありません。

 ただいま、ひとりぼっちの自分。

 そんなことを思っている時でした。

「それから、今度から一緒に帰ろう。図書委員の当番の日は一緒に待ってあげるから。だから一緒に帰ろう」

 そう言って、美優羽さんは右手を差し出してきました。

「い、いいんですか? こんな私と一緒に帰ってもらって……また仲良くしてもらって……」

 私は、驚きの感情しか出てきませんでした。私は美優羽さんをストーキングして、困らせていた張本人です。悪人なのです。それなのに、ここで謝ったからと言って、また仲良くしてもらえる。それが信じられなかったのです。

 美優羽さんは穏やかな表情をしています。

「いいに決まってるじゃない。この話はこれで終わりだし、そしたらまた仲良くしましょうよ。仲良くするんだから一緒に帰るくらいどうってことないわよ」

 そう言って美優羽さんはにこりと笑顔を見せます。

 私は差し出された右手を握ります。目から涙が溢れてきます。

「ありがとう……ございます……」

 震える声で私は精一杯感謝を伝えます。こんな私を許してくれる美優羽さんへの想いが、涙に変わり、止まることを知りません。

 美優羽さんは私の背中を優しくさすってきました。

 私は美優羽さんに一生ついていきます。例え自分の恋物語がバッドエンドで終わろうとも、絶対に離しません。そう心に誓いました。
 翌日の帰り道。私は約束通り美優羽さんと一緒に帰っていました。帰りながら、美優羽さんは昨日買ったらしい本の話をしていました。

「それで結局主人公はその友人の告白を断ったのよ。けど、それでも友人として付き合うようにするっていう私の予想通りだったけど、いい話だったわ」

「そうですか。いい話だったんですね」

 私は笑顔で美優羽さんの話を聞きます。どんな話でも、あの美優羽さんとお話ができるのだから私はとても幸せです。まあ、本の話は実際に面白いのですが。

 話を聞くにその友人さんは、私みたいな人物だなあと感じました。あと、主人公はどう考えても美優羽さんです。おそらく、美優羽さんも自分自身で主人公に自分を投影していることでしょう。

「楓は何か小説とか読まないの?」

 美優羽さんが私に話しかけてきます。

「そうですねえ……、こう見えてあまり小説とか読まないんですよね。いつも料理のレシピとか料理の歴史、食文化に関する本ばかり読んでいるので」

 私は素直に回答します。見た目が図書委員長っぽいとよく言われますが、実はこの通り、小説はあまり読みません。多分意外に思われるでしょう。

「意外だわ。料理本が好きなのは前に聞いてたから納得だけど、小説読まないのね。私のでよければ何冊か貸すけど読んでみる?」

 やはり、意外に思われました。先生に一度聞かれた際にも同じ反応をされたので予想はできていました。

 それは置いておいて。美優羽さんが本を貸してくれるとのことです。なんと畏《おそ》れ多いことでしょうか。私のような人間に本をお貸し頂けるとは。もちろん答えは一択です。

「そうですね。たまには読むのもアリだと思うので、借りてみたいと思います」

 私は美優羽さんに本を貸してもらうことにしました。そんなことを言っていると、美優羽さんの家に着いてしまいました。

「そうだ。折角家に着いたんだから、その本今から取ってくるよ」

「えっ、いいんですか。ありがとうございます」

 なんと、今から本を取ってきてくださるそうです。私は綺麗にお辞儀をしました。

「それじゃあ取ってくるから待っててね」

 そう言って美優羽さんは家の中に入っていきました。

 今の出来事。昨日の夕方頃からは1ミリも想像できなかったと思います。まさか、愚行を許してもらって、その上、本を貸してもらえる。私は幸せ者です。

 玄関に人影が見えます。美優羽さんが本を取り終えて戻ってきたのでしょう。ピシッとした格好で出迎えましょう。私は姿勢を正します。

 そのタイミングで美優羽さんが玄関から出てきました。

「はい、お待たせ。一応2冊ね。あんまり渡しすぎても読めないだろうし。読み終わったらでいいから返してくれると助かるかな」

 爽やかな表情で、本を渡してきます。

「わかりました」

 私は軽くお辞儀をして、丁寧に本を受け取りました。この本、大事に読まなければなりませんね。私はそう誓います。

 さて、あとは帰るだけ……。そう言えば、美優羽さんの家ってどんな感じなんでしょうか。とても気になってきました。

 きっと、とても綺麗で華やかなお部屋であるのでしょう。いい匂いもしそうです。

「それじゃあ、またね。楓」

 美優羽さんがそう言って、手を振ります。言うなら今しかないでしょう。勇気を出して言ってみましょう。

「あ、あの美優羽さん!」

 ちょっと力を出しすぎて大きい声になってしまいました。

「どうしたの楓」

 美優羽さんは優しげな表情で私をみています。

「こ、こ今度、美優羽さんの家に、ああ遊びに行ってもいいですか?」

 私は緊張してカミカミになりながら、提案をしました。流石に、これはちょっと厳しいかもしれません。私はストーカーだったのですから、何されるかわかったもんじゃありません。きっと断れるでしょう。

 しかし、美優羽さんの反応は意外なものでした。

「いいわよ。その時は連絡ちょうだい」

 なんとOKでした。私のテンションは有頂天に達します。

「わ、わかりました! 私の家も、いつでもいいので来てください! それじゃあ!」

 そう言い残して、私は駆け足で家の前を後にしました。

 やった! これで美優羽さんの家に入れる! 私の家にも来てくれる!

 喜びを表すように、私は全力で駆けていきます。こういうお願いは言って損はしないものなのですね。私はそう思いました。

 さて、いつ美優羽さんの家には行きましょうか。いや、その前にいつ美優羽さんは私の家に来てくださるのでしょうか。楽しみすぎて今日は眠れそうにありません。

 私は興奮しながら、家路へと着きました。
 ストーカー事件からしばらく経ち、4月になった。春の陽気は暖かく、春眠暁を覚えずとはまさにこういう気持ちなのだろう。そんな気分にさせてくれる。

 当然ながら、私は高校2年生になった。2年生になっても特に変わったことはないだろう。そう思っていた。

 だが、運命は私の都合の良いように悪戯をしてくれた。

 なんと、奏お姉ちゃんと同じクラスになったのだ。私たちの高校の場合、2年生からは成績がいい生徒を集めたクラスが一クラス設けられる。そのクラスに私と奏お姉ちゃんは入ることになったのだ。

 さらに私と奏お姉ちゃんは同じ文系で、日本史専攻である。なので、どの授業も同じ教室で受けられる。その上、苗字も一緒だから席も至近距離だ。

 これからは毎日奏お姉ちゃんを拝みながら勉強できる。なんと素晴らしい環境を与えてもらったのだろうか。私は学校のシステムとこの運命に大きな感謝をした。

 あと、楓も同じクラスだ。これも嬉しいことである。仲良くなれた子と一緒になれるというのは嬉しいものだ。

 そんなわけで、私の高校2年生のスタートは上場の滑り出しなのだ。そして嬉しいことが珍しく続いているのだ。

 なんと、今週の日曜日に奏お姉ちゃんと二人きりで、遊びに出かけることになったのだ。普段は誰かが必ず付いてくるので、二人きりというのは随分久しぶりな話なのだ。

 これほどまでに嬉しい出来事が続いていいのか心配になったが、これはしっかり堪能しなさいという神様の啓示なのだろう。そう受け止めておこう。

 そんなわけで、私はオシャレをしなくちゃいけない。奏お姉ちゃんと一緒に出かけるのだから、恥ずかしい格好はできない。それに、もしかしたら奏お姉ちゃんの気を少しでも引けるかもしれない。

 そんな淡い期待をしながら、私は着ていく服の準備をしていく。まだ月曜日だというのにも関わらず。

 準備をしているのだが、どの服を着ていこうか全然決まらない。2、3時間も悩んでいるのに、全く決まらないのだ。

 まだ時間はあるからいいのだが、こうも決まらないとなると、一生決まらないんじゃないかとも感じてしまう。

 ここは、第三者の視点を入れてみよう。そしたら、すんなりと決まるかもしれない。

 琴姉は…………、ないな。琴姉にファッションのことを聞いても絶対にいいことがない。唄姉も微妙だ。服のセンスは琴姉より明らかにいいが、私の好みと合わない。あと、真剣に選んでくれなさそう。

 遊びに行くんだろ? そんなもんテキトーでいいだよ。こんなことを平気で言いかねない。まあ、私の事情を知らないわけだから仕方ないんだけどね。

 というわけで、家族内には相談が出来ない。となれば友人にあたるしかない。

 私はスマートフォンを取り出し、候補を探し出した。

 加奈子(かなこ)は、こういうのにセンスがありそうだ。優菜(ゆうな)もそういうのには精通してそうだ。美沙(みさ)も悪くはないかも。

 なるほど。意外と候補はいる。しかし、みんな真剣に見てくれるかがやはりネックになる。遊びに行く、しかもボーイフレンドとかではなく、奏お姉ちゃんだから、そこまで真剣に選んでくれなさそうだ。

 真剣に選んでくれる……。いた。一人いた。とても真面目で、こういう条件でも絶対に真剣に見てくれそうな子が。

 雷に打たれたかのように閃いた私は、早速スマートフォンから、その子に電話を掛けた。




 夜の8時頃。私が勉強机に座って明日の予習をしているそのその時に、その電話は突然かかってきました。

「あのね、楓。お願いがあるんだけど」

 電話の主は美優羽さんです。声のトーンを聞く限り、何か悩んでいるようです。電話がかかってくること自体はそう珍しいことではありませんが、悩んでいるのは相当珍しいです。一体どんな要件なのでしょうか。

「どうしたのでしょうか?」

 私は美優羽さんに尋ねます。もしかすると、何か大変なことに巻き込まれてしまっているとか。多分そんなことではないでしょうが、一応心配します。

「今度の日曜日、お姉ちゃんと出かけることになって……。それで、着ていく服を悩んでいてね。だから、その……私の服をどれがいいかって教えてくれない?」

 美優羽さんはとても真剣な声でそう言います。なんだ、奏さんとのお出かけのことですか。変なことに巻き込まれていなくてよかったです。変なことは、私がすることだけで十分ですから。私は一安心します。

「選ぶ、ですか。けど、私はそんなに洋服のセンスには優れていませんよ? 見てもらうのなら、優菜さんなど、そういう方面に明るい人がいいのではないでしょうか?」

 私はそう聞き返します。私の言うように、服のセンスに明るい人は他にいます。それを差し置いてなぜ私なのか。それが気になります。

「ちょっと、真剣に選んで欲しくてね……。いやっ、お姉ちゃんとはそういう関係とかそういうのじゃないのよっ。そうじゃないんだけど、お姉ちゃんが喜びそうな服を真剣に選んでくれそうなのが、楓くらいしか思い浮かばなくて。だから、楓に頼んでるのっ」

 美優羽さんは少し声が上擦っています。なるほど。私が真面目そうだから、真剣に選んでくれると思っているらしいですね。普段から真面目にしておいた甲斐があったようです。ありがとう、普段の私。私は普段の自分に感謝します。

 ただ、美優羽さんが奏さんのことが好きなんて周知の事実ですから、優菜さんに言っても真剣に選んでくれそうですけどね。まあ、今は黙っておきましょう。本人も、周りには秘密にしていそうですし。

 それに、私を信頼してくれてるのは嬉しいですし。私はこの事を黙っておくことにしました。

「それで、どのようにして選べばいいのでしょうか?」

「私が何通りか写真を送るから、その中から選んで欲しいな」

 美優羽さんはそう言います。ただ、私はそれよりももっといい方法を思いつきました。

「写真で選ぶですか……。それよりも、実際に見た方がいいような気がします。写真の印象と実際に見た印象は変わりますし。それに、他の服も見た方がいいって場合もありますし」

 ありのまま、思ったことを美優羽さんに伝えます。

「言われてみればその通りだわ。じゃあ、明日の放課後、(うち)に来てくれない?」

 美優羽さんもそれに賛同してくれます。

「あっ、わかりました。明日は当番もないのでそのまま帰るついでに行きますね」

「分かったわ。それじゃあ、明日よろしくね。じゃあまた明日」

 美優羽さんがそう言うと電話が切れました。と言うわけで、明日は美優羽さんの家に行くことになり、家に行く?

 なんと言うことでしょうか! 美優羽さんの家に行くことが決まってしまいました! 今になって急に興奮してきました。やばいです。あの美優羽さんの家に行けるのです。興奮するなという方が無理があります。

 卓上ミラーに映る私の顔は真っ赤になっています。とてもじゃないですが、落ち着くことができません。

 決して下心を持って提案したわけではないのです。ただ思ったことを素直に言っただけです。それが功を奏したのかもしれません。

 あの日に言ってから、これまで叶わなかった美優羽さんの家を訪れるという夢が、叶ってしまいました。まるで夢のようです。

 しかも、美優羽さんの姿を間近で見られるわけです。これはご褒美です。ご褒美に違いありません。神様からの嬉しいプレゼントでしょう。

 こうなっては、私も全力で美優羽さんに応えなければなりません。

 これがもしかすると、奏さんとの仲を進展させるかもしれません。しかし、そんなのは知りません。折角頂いたプレゼントですので、いいお返しをしなくては美優羽さんに申し訳ないです。

 私は、スマートフォンで『オシャレ』『女子高校生』というワードで検索をかけます。少しでもオシャレについて勉強して、美優羽さんの役に立たなくてはなりません。

 付け焼き刃でも、出来る限りの知識を身につけましょう。

 こうして、私は人生で初めてオシャレについて学んでいくのでした。