翌週の日曜日。私は予定通り、美奈さんの店に行くことにした。

 今日は、美奈さんとどんな話ができるのか、あるいは、どんな子達と出会えるのだろうか。そんな期待に胸を躍らせて店に入ると、なんという偶然だろうか。朱里ちゃんが今日もまたここに来ていたのだ。

「あ、ナナさん! またお会いできてうれしいです!」

 朱里ちゃんは私を見つけるなり、こちらに駆け寄ってきてくれた。

 予想外のことだけど、先週と同じ格好をしているので、余程ボロを出さない限りバレないはずだ。そういう意味では、少しだけ安心できる。私はちょっぴり肩の力を抜いた。

「私も会えてうれしいわ。朱里さんが(すす)めてくれたアリスちゃんは、本当にいい子だったわ」

「私も、ナナさんが推してたミラちゃんのこと、すっごく好きになりました! ナナさんのおかげで幅が広がってよかったです!」

 お互いに連れて帰った子のことを褒め合いながら、家のことや趣味とかの他愛のない話をしていった。

 普段、こうやって友達と深く話すことがないせいか、いつも以上にテンションが上がっていた。そのせいで時々、自分の正体をばらしそうなことを言いかけ、その度にかなりハラハラした。

 それでも、朱里ちゃんとの会話は本当におもしろかったし、なぜだか気がとても楽だった。

「本当、ナナさんとはすごく気が合いますよね。なんかもう、姉妹みたいな感じがしてうれしいです!」

 朱里ちゃんは顔を輝かせながら、私の手をそっとやさしく、両手で包むように握る。私は不意を突かれて、少し驚いた表情を浮かべてしまったけど、内心ではとてもうれしかった。

「そ、そう? そう言ってもらえると私もうれしいわ」

 喜んでいるのを見られるのが恥ずかしかったので、目線を朱里ちゃんから大きく外して言うと、

「もうっ、ナナさんったら恥ずかしがっちゃって!」

 朱里ちゃんは、左手の人差し指で私の左の頬《ほほ》を軽く突いてきた。

「まっ、全くもうっ! 私の方が年上なんだからねっ」

「うふふ、ごめんなさい。ナナさんがかわいかったから、ついつい、やっちゃいました」

 朱里ちゃんは、小悪魔のようなあざいとい笑みを浮かべていた。その笑顔に、私はなぜだかドキッとさせられていた。その後も適当に話をしていると、突然、朱里ちゃんがこう切り出してきた。

「あ、そうだナナさん! 一つ相談したいことがあるんですけど、いいですか?」

 朱里ちゃんは少し首を傾け上目遣いで私を見てくる。私はうん、と首を縦に振った。

「えっと、私じゃなくて親戚の子から相談されたことなんですけど……」

 朱里ちゃんは、相談された内容を詳しく話してくれた。朱里ちゃんによると、その親戚の子には同じ部活で大好きな先輩がいるらしい。

 普段から仲良くはしているけど、もっと仲良くなって、いずれは付き合いたいそうだ。だけど、そうなるきっかけが中々なくて、どうしようかと悩んでいるらしい。

「なるほどねえ……。一つ聞きたいけど、その子って高校生かしら?」

「はい。私と同い年なんですよ。本当は私がこうズバッと答えを出せたらいいんですけど、そう言った事に(うと)くて中々答えが出ないんですよぉ。ナナさん、何か言い考えないですか?」

 朱里ちゃんは困り顔をしている。多分朱里ちゃんは、私がそういう経験が豊富だと思って、私に相談してくれたのだろう。

 だけど、生憎私もそう言った経験に(とぼ)しい。とは言っても、せっかく相談してくれたのだから何か答えは出したい。

 私は頭をフル回転させ、アイデアを絞り出そうとした。すると、普段の学校での私が頭に思い浮かびあがってきた。王子様の私なら、どんな子と仲良くしようと考えるだろうか。そう考えていくと、意外なほどあっさりと答えが出てきた。

「そうだわ。お昼ご飯に誘ってみたらどうかしら?」

 私は思いついたことを、朱里ちゃんに提案してみた。

「お昼ご飯……、ですか」

「そうよ。ちょっと勇気はいるでしょうけど、お昼ご飯の時ってかなり会話も弾むから仲良くなるきっかけになりそうだと思うわ。それに、お昼ご飯一緒に食べましょうって言って、嫌そうにする人なんてほとんどいないじゃない」

「なるほどいいかもです! 親戚の子にこれを教えてあげます! 答えてくれてありがとうございます!」

 これが本当にいい方法なのかはわからない。それでも、朱里ちゃんの参考になったみたいでなによりだ。朱里ちゃんのよろこんでいる様子を見て、私もうれしくなっていた。

「では、先に失礼します。私に合いたくなったら二週間後のこの時間に来てください。必ずここに居ますから。それじゃ!」

 そう言うと、朱里ちゃんは一つ小さなテディベアを持って足早にレジへ向かった。




 翌日のお昼休み。普段は、適当に誘ったクラスメイトの子と食堂に行ってお昼ご飯を食べ、そして、気づいたら周囲に人だかりができているという感じだ。だけど今日は違った。

 四限が終わった直後に、朱里ちゃんが私の教室に来て、私の名前を呼んだ。何事かと思い私は(そば)に駆け寄ると、朱里ちゃんは私の手を取ってこう言った。

「先輩! ご飯一緒に食べませんか?」

 今までになかったことなので私は戸惑った。それでもせっかく誘ってくれたので、その誘いを受けることにした。

 この日はちょうど弁当を持ってきていたので、自分のカバンから弁当を取ってくると朱里ちゃんは、

「それじゃあ、一緒に行きましょっ」

と言って私の手を引いて走り出した。この時の朱里ちゃんが、不覚にもおとぎ話に登場しそうな王子様のようにとてもかっこよく見えて、思わず顔を赤くしていた。

 朱里ちゃんが連れてきてくれたのは中庭だ。今まで興味がなかったので、一度も訪れたことはなかったが、とてもきれいで美しい場所だった。

 緑色のカーペットのように()える芝生に、涼しげに揺れる木々と、その下の木陰に置かれたベンチ。ここなら弁当もおいしく食べられそうだ。

「先輩。いいでしょ? ここ」

「ああ、そうだね。初めて来たけどいい場所だね」

 私の言葉に朱里ちゃんはにこりと微笑んだ。

「ありがとうございます! 先輩によろこんでもらえてよかったです!」

 朱里ちゃんはとても上機嫌そうだ。それを見て私は頬を緩めた。

 というわけで、朱里ちゃんと二人でお昼ご飯を食べている。普段は一緒に食べないので、どのくらい食べるのだろうかと気になって、食事の様子を見てみると、恐ろしいほど量が少なかった。

「朱里ちゃん、そんな量で足りるの?」

 心配になって私は聞いてみる。

「はい。これだけ食べれば夕食までは持ちます」

 朱里ちゃんはにこやかな表情を崩すことなく答えてくれた。

「私からしたら、もっと食べた方がいい気がするけど、これ以上は入らないの?」

「そうですね。入らないことはないんですけど、これより量が増えると、気分が悪くなるのでこれくらいがちょうどいいですね」

「なるほど。じゃあ、朱里ちゃんが食べ放題にいったら大損しそうだね」

「あー、確かにそうですね」

 朱里ちゃんはうんうんと頷いた。この後もこんな感じで、普段なかなか話さないような事を、お互いに話していった――もちろん、自分の秘密は隠している――。

 普段の判で押したようなつまらない会話とは違い、変化に富んで、それでいて、とてもおもしろい内容だった。

 朱里ちゃんとお昼ご飯を一緒に食べてよかった。私は心の底からそう思った。

 けれども、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。気が付くと、そろそろ次の授業の準備をしないといけない時間になっていた。

「では、先輩。またいつかお昼一緒に食べましょっ」

「うん。そうだね。また機会があればお願いね」

 そう言って、私は手を振りながらクールに立ち去ろうとした時、ふと頭に疑問が思い浮かび、

「あ、あのさ、朱里ちゃん!」

 気がついたら、朱里ちゃんを呼び止めていた。

「なんでしょうか?」

「その、なんで今日一緒に食べようって、誘ってくれたのかな? 普段、食堂でも会わないから不思議に思ったんだけど」

 私の問いかけに、朱里ちゃんは照れくさそうに、少しだけうつむいていた。

「えっと、その……、簡単に言うと実験台にしました」

「実験台?」

「その、親戚の子に、仲のいい人ともっと仲良くなれる方法を教えてって言われて、それで、最近知り合った人に、いい方法を教えてもらったんです。でも、それが本当に、効果あるのか、分からなかったので、先輩で試してみて、本当に効果あるなら教えようって思って、試してみました」

 なるほど。あの時に私が言った事を、自分で実践するために誘ったということなのか。それなら納得がいく。

「そういうことだったのね。なるほど。それなら、これはきっといいアプローチだと思うよ? だって、お互いのこと色々知れて、距離が縮まったし、なにより凄く楽しかったからね」

「先輩……!」

「もちろん、本人のトークスキル次第ってところもあるだろうけど、きっと上手くいくと思うよ。だから、親戚の子に伝える時も、試された先輩も上手くいくって太鼓判押してたよって伝えてあげて」

「……はいっ! わかりました! 先輩の言葉、一言一句、正確に伝えておきます!」

 朱里ちゃんは目を輝かせながら、ハキハキとした声で答えてくれた。

「では先輩っ、お先に失礼します!」

 朱里ちゃんは小走りで、教室の方へと向かって行った。それを見送った後、私も少し急いで教室へと向かった。
 
 そういえば、朱里ちゃんは二週間後に来るって言ってたなあ。

 私はふと、昨日朱里ちゃんが帰り際に放った一言を思い出した。行くかどうか少し迷っていた。だけど、私のアドバイスがちゃんと上手くいったか聞いてみたい。だったら行こう。

 私は手帳の二週間後の日曜日のスペースを埋めた。