放課後。帰り道では特に何事もなく玲華と別れ、無事家に帰り着いた。私は重い足取りで自室に向かい、入ると同時にベッドの上に乱暴に横たわった。
今日も私は素直になれなかった。そのせいで、玲華に酷いこと言ったし、あんな顔までさせてしまった。
十年間ずっと玲華に片想いをし続けているのに、何も変わってない。嬉しいのに、好きなのに、それを素直に表現できず、塩対応をしてしまう。
だから、この友達という関係から何も進展しない。いつになれば、素直に好きを言えるのだろうか。
私はため息を吐いた。
「あやちゃーん、帰ってきてるの?」
お母さんの声が聞こえてきた。どうやら、仕事が終わって帰ってきたらしい。はーい、と私は返事をして、お母さんがいるであろう下の階のリビングに向かった。
「どうしたのお母さん?」
「ちょっと買い物してきたから、冷蔵庫に入れるの手伝って」
私がリビングに降りるなり、私はお母さんの手伝いをさせられた。肉類は一番上に、野菜は一番下にとテンポよく入れていく。買い物袋いっぱいに詰まっていた食料はあっという間になくなっていった。
「あやちゃんありがとう。そういえば、下に降りて来た時深刻そうな顔してたけどどうしたの?」
痛いところを突かれた。
「えっ、えっと……」
私は正直に言っていいかわからず答えに困った。しどろもどろしているとお母さんから答えを切り出して来た。
「玲華ちゃんのことでしょ? わかるわよそんなことくらい。どうせ素直になれなくてまたやってしまったー! って落ち込んでたんでしょ」
お母さんは一発で私の答えられないことを言い当てて来た。私は黙って首を縦に頷いた。
「全く。あなたって子は……。いい加減好きなら好きって言えばいいのに」
お母さんはため息をついた。お母さんは私が玲華を好きなことを知っていて応援もしてくれている。それだけに、私がいまだに想いを伝えられないことにヤキモキしてるのだろう。
「だ、だって、恥ずかしいって言うかつい思ってることと違う言葉が出ちゃうんだもん」
「そんなこと言ってたら、玲華ちゃん他の男の子とかに取られちゃうわよ」
お母さんからグサリと刺さる言葉を言われ、私はシュンとするしかなかった。
「玲華ちゃんは美人さんだから、男の子の人気もあるんでしょ? 告白して上手くいくかはわからないけど、このままじゃ何もしないで初恋が終わっちゃうわよ? それでいいの?」
一言一句お母さんの言う通りだ。玲華を狙っている男の子は少なくない。春や恵からもそれは言われている。
このままじゃ私は何もしないまま終わってしまう。だけど、私には想いを告げる術が思いつかない。
私がうーんと唸っている時だった。
「あやちゃん。あと一週間後はなんの日だったっけ?」
お母さんはそう言うと、板チョコを取り出した。そうだ。一週間後はバレンタインデーだ。バレンタインのチョコを渡すタイミングで勢いよく言ってしまうのなら、私にも出来るかもしれない。
「お母さん! 私それならできるかも!」
「そう。じゃあ次の日曜日にチョコを一緒に作りましょ? 手作りならより一層想いも伝わるでしょうし」
私はお母さんの提案にうんと大きく首を縦に振った。チョコを手作りで作った経験はないから多少不安ではある。けれど、それでより自分の決意も固くなるかもしれない。
私はチョコを作って、玲華に想いを告げる決心をした。
翌朝。いつものように玲華を起こしに行く。今日は珍しく起きていたようで、インターホンを鳴らすと、おはようと元気よく笑顔でお出迎えしてくれた。
「おはよう、玲華」
「彩乃ちゃん、なんだか機嫌がいいね」
「そ、そうかしら?!」
玲華に思わぬ指摘をされて体温がきゅっと上がった。
私が機嫌がいいのは玲華に言われた通りだ。今日は起きていてくれた上にあの笑顔を拝めたのもあるが、それだけではない。一週間後ではあるが、チョコを渡して玲華に今までの想いを告げられると思うと、昂る気持ちを抑えきれなかったからだ。
チョコも作ってないのに気の早い奴だ。そう言われればその通りだ。だけど、いつもあと一歩が踏み出せなかった私からすればその一歩が踏み出せると思うだけで、胸の高鳴りを抑えきれないのだ。
「彩乃ちゃんが朝から機嫌いいなんて珍しいいけど、何かあったの?」
玲華はにこりと微笑む。
「べ、別に。何もないわよ」
私は平静を装い返事をした。答えが一瞬口から出かけたが、なんとか我慢することができた。こういうのはサプライズ性が大事だし、事前に渡すなんて言ったらそれだけで終わる気がするので、言わない方がいいだろう。
「そう? まあ彩乃ちゃんが機嫌いいならなんでもいいや」
玲華は深堀してこなかった。それから私達は今日の授業がどうだの、昨日見たテレビがおもしろかっただの他愛のない会話をしながら学校に向かった。
昼休みのことだった。
「あやのん、今日やたら機嫌がいいね? なんか良いことあった?」
恵が頬杖をついて、髪をくるくると指で回しながら言った。
「別に。何もないわよ」
「えー、絶対なんかあったよ」
「そうですわ。こんなにも機嫌のいい彩乃さん、見た事ありませんもの」
私が素気なく返すと、恵と春が餌に食いついた魚のようにぐいぐいと迫ってきた。
「えー、何もないってば。強いて言えば朝ちゃんと玲華が起きてたことだけど」
私は何もないと言わんばかりに、無愛想に返した。恵と春はそれを聞くと、つまらなさそうにしていた。
「確かにぃ、玲華が時間通りに起きてるって相当珍しいけどぉ、それだけじゃないでしょ?」
「本当に何もないからね? ただそれだけよ」
恵はうーん、と唸るとうんと首を縦に頷いて
「じゃあそう言うことにしとく」
と言った。とりあえずこれ以上詮索される事はなさそうだ。私はそっと胸を撫で下ろした。
「しっかし、玲華はなんで今日は起きてたの?」
恵は少し微笑みながら玲華に尋ねた。確かに今日なんで起きていたのかは私も気になっていた事だ。私は恵に心の中で感謝した。
問いかけられた玲華はうーんと軽く唸りながら答えた。
「なんかわからないけど、今日はぱちっと目が覚めたの。そしたらいつもより早い時間だけど、彩乃ちゃん来るの早いからそのまま起きておくことにしたの」
なるほど。たまたま起きてたと言うことか。私はいつも迷惑かけてるから今日は頑張って起きた、みたいな答えがくると思っていたから少しガッカリした。
「なーんだ。別に頑張ったとかじゃないんだ。これじゃあまた明日からも寝坊すけさんだねぇ」
恵も同じ私と同じ様な反応を見せていた。玲華はキョトンとしながら私たちを見つめていた。それを見て私と恵はヤレヤレと言った表情をしていた。それから私達はどうでもいい日常の話をしながら昼休みを過ごしていた。
「そう言えばもうすぐバレンタインデーですわね。玲華さんと彩乃さんは何かしたりしますの?」
昼休みが残り十分くらいのタイミングで春は思い出した様に言った。
「バレンタインデー? 私達何もしないかなあ」
玲華が少し寂しげな表情で答えた。そう、私達はこれまでの十数年間バレンタインデーは特に何もしていない。それはお互い料理が苦手だからだ。
過去に一度だけ。確か小学校三年生の時だったと思うが、当日にクッキーを作ろうとして、玲華と私でクッキーを作ったことはあった。残念ながら食べられたものじゃない産物が出来上がってしまった。
それ以来お互い何もしない方がいいよね、という結論に達してバレンタインデーは何もしないという事にしていた。まあそれも、今年までの話ではあるが。
「えーっ⁈ 勿体無いじゃないですの! こういうイベント事は楽しまないと!」
春が普段見せない様な勢いで激しく言った。春はどうやらバレンタインデーガチ勢だったらしい。
「そうは言っても、昔クッキー作って失敗したから、それがどうしてもトラウマでさ。春は何かするの?」
私が春に問いかけると、春は自信満々な表情をしていた。
「それはですね、恵さんとお互い手作りのチョコを交換しますの」
なるほど。チョコの交換か。今年はやらないが、来年からはチョコの交換というのもアリな気がする。ただ玲華にチョコが作れるかがわからないが。
「へぇー……いいなあ……」
玲華は羨ましそうに春を見つめていた。
「玲華? 私達はやらないからね」
「はーい……」
私が釘を刺す様に言うと、玲華は残念そうに呟いた。待っててね玲華。一週間後に私がとびっきり美味しいチョコを渡すからね。
私は心に誓った。
今日も私は素直になれなかった。そのせいで、玲華に酷いこと言ったし、あんな顔までさせてしまった。
十年間ずっと玲華に片想いをし続けているのに、何も変わってない。嬉しいのに、好きなのに、それを素直に表現できず、塩対応をしてしまう。
だから、この友達という関係から何も進展しない。いつになれば、素直に好きを言えるのだろうか。
私はため息を吐いた。
「あやちゃーん、帰ってきてるの?」
お母さんの声が聞こえてきた。どうやら、仕事が終わって帰ってきたらしい。はーい、と私は返事をして、お母さんがいるであろう下の階のリビングに向かった。
「どうしたのお母さん?」
「ちょっと買い物してきたから、冷蔵庫に入れるの手伝って」
私がリビングに降りるなり、私はお母さんの手伝いをさせられた。肉類は一番上に、野菜は一番下にとテンポよく入れていく。買い物袋いっぱいに詰まっていた食料はあっという間になくなっていった。
「あやちゃんありがとう。そういえば、下に降りて来た時深刻そうな顔してたけどどうしたの?」
痛いところを突かれた。
「えっ、えっと……」
私は正直に言っていいかわからず答えに困った。しどろもどろしているとお母さんから答えを切り出して来た。
「玲華ちゃんのことでしょ? わかるわよそんなことくらい。どうせ素直になれなくてまたやってしまったー! って落ち込んでたんでしょ」
お母さんは一発で私の答えられないことを言い当てて来た。私は黙って首を縦に頷いた。
「全く。あなたって子は……。いい加減好きなら好きって言えばいいのに」
お母さんはため息をついた。お母さんは私が玲華を好きなことを知っていて応援もしてくれている。それだけに、私がいまだに想いを伝えられないことにヤキモキしてるのだろう。
「だ、だって、恥ずかしいって言うかつい思ってることと違う言葉が出ちゃうんだもん」
「そんなこと言ってたら、玲華ちゃん他の男の子とかに取られちゃうわよ」
お母さんからグサリと刺さる言葉を言われ、私はシュンとするしかなかった。
「玲華ちゃんは美人さんだから、男の子の人気もあるんでしょ? 告白して上手くいくかはわからないけど、このままじゃ何もしないで初恋が終わっちゃうわよ? それでいいの?」
一言一句お母さんの言う通りだ。玲華を狙っている男の子は少なくない。春や恵からもそれは言われている。
このままじゃ私は何もしないまま終わってしまう。だけど、私には想いを告げる術が思いつかない。
私がうーんと唸っている時だった。
「あやちゃん。あと一週間後はなんの日だったっけ?」
お母さんはそう言うと、板チョコを取り出した。そうだ。一週間後はバレンタインデーだ。バレンタインのチョコを渡すタイミングで勢いよく言ってしまうのなら、私にも出来るかもしれない。
「お母さん! 私それならできるかも!」
「そう。じゃあ次の日曜日にチョコを一緒に作りましょ? 手作りならより一層想いも伝わるでしょうし」
私はお母さんの提案にうんと大きく首を縦に振った。チョコを手作りで作った経験はないから多少不安ではある。けれど、それでより自分の決意も固くなるかもしれない。
私はチョコを作って、玲華に想いを告げる決心をした。
翌朝。いつものように玲華を起こしに行く。今日は珍しく起きていたようで、インターホンを鳴らすと、おはようと元気よく笑顔でお出迎えしてくれた。
「おはよう、玲華」
「彩乃ちゃん、なんだか機嫌がいいね」
「そ、そうかしら?!」
玲華に思わぬ指摘をされて体温がきゅっと上がった。
私が機嫌がいいのは玲華に言われた通りだ。今日は起きていてくれた上にあの笑顔を拝めたのもあるが、それだけではない。一週間後ではあるが、チョコを渡して玲華に今までの想いを告げられると思うと、昂る気持ちを抑えきれなかったからだ。
チョコも作ってないのに気の早い奴だ。そう言われればその通りだ。だけど、いつもあと一歩が踏み出せなかった私からすればその一歩が踏み出せると思うだけで、胸の高鳴りを抑えきれないのだ。
「彩乃ちゃんが朝から機嫌いいなんて珍しいいけど、何かあったの?」
玲華はにこりと微笑む。
「べ、別に。何もないわよ」
私は平静を装い返事をした。答えが一瞬口から出かけたが、なんとか我慢することができた。こういうのはサプライズ性が大事だし、事前に渡すなんて言ったらそれだけで終わる気がするので、言わない方がいいだろう。
「そう? まあ彩乃ちゃんが機嫌いいならなんでもいいや」
玲華は深堀してこなかった。それから私達は今日の授業がどうだの、昨日見たテレビがおもしろかっただの他愛のない会話をしながら学校に向かった。
昼休みのことだった。
「あやのん、今日やたら機嫌がいいね? なんか良いことあった?」
恵が頬杖をついて、髪をくるくると指で回しながら言った。
「別に。何もないわよ」
「えー、絶対なんかあったよ」
「そうですわ。こんなにも機嫌のいい彩乃さん、見た事ありませんもの」
私が素気なく返すと、恵と春が餌に食いついた魚のようにぐいぐいと迫ってきた。
「えー、何もないってば。強いて言えば朝ちゃんと玲華が起きてたことだけど」
私は何もないと言わんばかりに、無愛想に返した。恵と春はそれを聞くと、つまらなさそうにしていた。
「確かにぃ、玲華が時間通りに起きてるって相当珍しいけどぉ、それだけじゃないでしょ?」
「本当に何もないからね? ただそれだけよ」
恵はうーん、と唸るとうんと首を縦に頷いて
「じゃあそう言うことにしとく」
と言った。とりあえずこれ以上詮索される事はなさそうだ。私はそっと胸を撫で下ろした。
「しっかし、玲華はなんで今日は起きてたの?」
恵は少し微笑みながら玲華に尋ねた。確かに今日なんで起きていたのかは私も気になっていた事だ。私は恵に心の中で感謝した。
問いかけられた玲華はうーんと軽く唸りながら答えた。
「なんかわからないけど、今日はぱちっと目が覚めたの。そしたらいつもより早い時間だけど、彩乃ちゃん来るの早いからそのまま起きておくことにしたの」
なるほど。たまたま起きてたと言うことか。私はいつも迷惑かけてるから今日は頑張って起きた、みたいな答えがくると思っていたから少しガッカリした。
「なーんだ。別に頑張ったとかじゃないんだ。これじゃあまた明日からも寝坊すけさんだねぇ」
恵も同じ私と同じ様な反応を見せていた。玲華はキョトンとしながら私たちを見つめていた。それを見て私と恵はヤレヤレと言った表情をしていた。それから私達はどうでもいい日常の話をしながら昼休みを過ごしていた。
「そう言えばもうすぐバレンタインデーですわね。玲華さんと彩乃さんは何かしたりしますの?」
昼休みが残り十分くらいのタイミングで春は思い出した様に言った。
「バレンタインデー? 私達何もしないかなあ」
玲華が少し寂しげな表情で答えた。そう、私達はこれまでの十数年間バレンタインデーは特に何もしていない。それはお互い料理が苦手だからだ。
過去に一度だけ。確か小学校三年生の時だったと思うが、当日にクッキーを作ろうとして、玲華と私でクッキーを作ったことはあった。残念ながら食べられたものじゃない産物が出来上がってしまった。
それ以来お互い何もしない方がいいよね、という結論に達してバレンタインデーは何もしないという事にしていた。まあそれも、今年までの話ではあるが。
「えーっ⁈ 勿体無いじゃないですの! こういうイベント事は楽しまないと!」
春が普段見せない様な勢いで激しく言った。春はどうやらバレンタインデーガチ勢だったらしい。
「そうは言っても、昔クッキー作って失敗したから、それがどうしてもトラウマでさ。春は何かするの?」
私が春に問いかけると、春は自信満々な表情をしていた。
「それはですね、恵さんとお互い手作りのチョコを交換しますの」
なるほど。チョコの交換か。今年はやらないが、来年からはチョコの交換というのもアリな気がする。ただ玲華にチョコが作れるかがわからないが。
「へぇー……いいなあ……」
玲華は羨ましそうに春を見つめていた。
「玲華? 私達はやらないからね」
「はーい……」
私が釘を刺す様に言うと、玲華は残念そうに呟いた。待っててね玲華。一週間後に私がとびっきり美味しいチョコを渡すからね。
私は心に誓った。