学校が始まってちょうど一週間が経った夕方、正門までの道を歩くと、茶色く塗られた門を背もたれに、誰かを待っているように立っている制服の男の子がいた。
地元の、レベルがこの高校よりひとつ下の学校の制服。滑り止めで受けたなと、二年前の冬を思い出した。
「あ、汐音!」
聞いたことある声で、その人は手を挙げて私を呼んだ。
「……えっ?唯空?」
「制服似合ってるね。可愛い」
「なんで、なんで?」
周りが私たちのことを横目に見て、右へ左へと分かれていく。一番人が通る門の前で他校の異性と話しているのは、やっぱり目立った。
そんな状態で、私に唯空の声なんか聞こえていなかった。
「制服デートしようと思って、中学のときの友達に借りた」
真面目に返してくれる。そういうことじゃないんだけど、まあいいか。
「じゃあ行こう!」
とりあえず、一刻も早くこの場を離れたくて、私から唯空の手を掴んだ。
「今日ってなにするの?」
学校から離れた公園で息を整えて、先に整ったのをいいことに聞いてみる。
「え、なにするんだろ。制服デートだから、カラオケとか?」
サラッとすごいことを口にした。
「制服デートって言った?」
「うん。だってそうでしょ?制服着て出掛けるんだから」
平然とした顔で、私の方が変なことを言っているみたいな雰囲気でまっすぐ私の目を見つめる。
「デートは、恋人同士が出かけることだよ」
ほとんど自分に言い聞かせるように口にしたその言葉は、我ながらしっかり、痛々しく刺さった。
「男女が二人で出かけることもデートでしょ」
「そっか……。確かに?」
半ば強引に納得させられて、とりあえずカラオケに向かう。
「これが目的なんだよね」
部屋に着いて間もなく私にマイクを持たせて、きっと世界でいちばん有名な、お誕生日の歌を入れた。
誰もがアカペラでも歌えるような歌を全力で歌い、唯空はマイクを持つこともしないで、曲を選び、くつろいでメロンソーダを飲んでいた。
「唯空、次」
「僕歌わないよ」
そう、呑気にフードメニューを開いた。
「じゃあなんで連れてきたの?」
「大音量で汐音の歌声を聞くため」
なんだそれ。
でも確かに、いつも唯空とカラオケに来たら私しか歌っていなかった。
ちょうど話が途切れると、それを見聞きしたように音楽が流れ始めた。
唯空の曲選びのセンスは昭和チックで、お母さんがよく聴くような、有名なアニメソングだったり、大物アイドルだったり。
次々ととめどなく流れてくるそれは、今風のものは数少なかった。歌えてしまう私も私なのだが。
「いつか汐音の曲も、ここに入る日が来るんだよなー」
感慨深そうに、カラオケによくある歌われている曲ランキングを下へ下へとスライドさせる。
「じゃあそのときは、一緒に歌いに来ようね」
「それなら、来世まで残るような大物歌手になってもらわないとな」
名残惜しそうに、引きつった笑みを浮かべるけど、その表情はタブレットに向けられていて、こちらには一切向かってこなかった。
終了時間を知らせる電話を受けて、その足で近くのゲームセンターに向かった。外はもう薄暗かった。
審査が緩いらしく、制服で中をうろついていても十八時はとっくにすぎているはずなのに声をかけられることはなかった。
「あれやろう!」
両替した百円を専用カップに入れて、テレビゲームで有名なカートレースのゲームを指さした。
「こういうのはじめてかも」
備え付けの椅子に座り、お金を投入する。
コースを選び、ゲームがスタートすると、そこは白熱したレース会場に一変した。
「汐音早くね?まじで初めて?」
「今必死だから!絶対唯空には負けたくない!」
ハンドルを切り、三週目のゴールが近づいてくる。
あと少し、もう少し。
身体まで前のめりになりながら、私はゴールテープを切った。
「実は得意だろ」
「隠れ特技見つけたかも」
椅子から降りて、適当にUFOキャッチャーで遊んで、結局何も取れなかった。
「最後にあれ、撮ろう」
プリクラ機の前で言った。
偏見かもしれないけど、こういうことを言うのはいつも女子からだと思っていた。
「うん、撮ろう」
割り切れなくなった五百円を早いもの順で入れて、人数を選び、プリ機の説明を聞いてお互い好みの背景を選ぶ。久々だけど、そこは変わっていなかった。
「指ハートってなに?」
「小顔ポーズとか初めてなんだけど」
たまに、流れてくる指示に言葉を返しながら、楽しそうにプリクラを撮り終えて、上手い具合に落書きをする。
出てきたそれは、唯空は可愛い寄りのかっこいい人にバッチリ加工されていた。
「今日は楽しかったね」
「うん。また行こうね」
明日でも、来週でもいい。とりあえず、また会いたいという意思表示だけでもしておきたかった。
「おう。約束な」
家の前で小指を絡めて、指切りのちょっと刺激強めの歌を歌い、それぞれの自宅へ帰った。
これが唯空の顔を見れる最後の日になるなんて、このときの私は知る由もなかった。
地元の、レベルがこの高校よりひとつ下の学校の制服。滑り止めで受けたなと、二年前の冬を思い出した。
「あ、汐音!」
聞いたことある声で、その人は手を挙げて私を呼んだ。
「……えっ?唯空?」
「制服似合ってるね。可愛い」
「なんで、なんで?」
周りが私たちのことを横目に見て、右へ左へと分かれていく。一番人が通る門の前で他校の異性と話しているのは、やっぱり目立った。
そんな状態で、私に唯空の声なんか聞こえていなかった。
「制服デートしようと思って、中学のときの友達に借りた」
真面目に返してくれる。そういうことじゃないんだけど、まあいいか。
「じゃあ行こう!」
とりあえず、一刻も早くこの場を離れたくて、私から唯空の手を掴んだ。
「今日ってなにするの?」
学校から離れた公園で息を整えて、先に整ったのをいいことに聞いてみる。
「え、なにするんだろ。制服デートだから、カラオケとか?」
サラッとすごいことを口にした。
「制服デートって言った?」
「うん。だってそうでしょ?制服着て出掛けるんだから」
平然とした顔で、私の方が変なことを言っているみたいな雰囲気でまっすぐ私の目を見つめる。
「デートは、恋人同士が出かけることだよ」
ほとんど自分に言い聞かせるように口にしたその言葉は、我ながらしっかり、痛々しく刺さった。
「男女が二人で出かけることもデートでしょ」
「そっか……。確かに?」
半ば強引に納得させられて、とりあえずカラオケに向かう。
「これが目的なんだよね」
部屋に着いて間もなく私にマイクを持たせて、きっと世界でいちばん有名な、お誕生日の歌を入れた。
誰もがアカペラでも歌えるような歌を全力で歌い、唯空はマイクを持つこともしないで、曲を選び、くつろいでメロンソーダを飲んでいた。
「唯空、次」
「僕歌わないよ」
そう、呑気にフードメニューを開いた。
「じゃあなんで連れてきたの?」
「大音量で汐音の歌声を聞くため」
なんだそれ。
でも確かに、いつも唯空とカラオケに来たら私しか歌っていなかった。
ちょうど話が途切れると、それを見聞きしたように音楽が流れ始めた。
唯空の曲選びのセンスは昭和チックで、お母さんがよく聴くような、有名なアニメソングだったり、大物アイドルだったり。
次々ととめどなく流れてくるそれは、今風のものは数少なかった。歌えてしまう私も私なのだが。
「いつか汐音の曲も、ここに入る日が来るんだよなー」
感慨深そうに、カラオケによくある歌われている曲ランキングを下へ下へとスライドさせる。
「じゃあそのときは、一緒に歌いに来ようね」
「それなら、来世まで残るような大物歌手になってもらわないとな」
名残惜しそうに、引きつった笑みを浮かべるけど、その表情はタブレットに向けられていて、こちらには一切向かってこなかった。
終了時間を知らせる電話を受けて、その足で近くのゲームセンターに向かった。外はもう薄暗かった。
審査が緩いらしく、制服で中をうろついていても十八時はとっくにすぎているはずなのに声をかけられることはなかった。
「あれやろう!」
両替した百円を専用カップに入れて、テレビゲームで有名なカートレースのゲームを指さした。
「こういうのはじめてかも」
備え付けの椅子に座り、お金を投入する。
コースを選び、ゲームがスタートすると、そこは白熱したレース会場に一変した。
「汐音早くね?まじで初めて?」
「今必死だから!絶対唯空には負けたくない!」
ハンドルを切り、三週目のゴールが近づいてくる。
あと少し、もう少し。
身体まで前のめりになりながら、私はゴールテープを切った。
「実は得意だろ」
「隠れ特技見つけたかも」
椅子から降りて、適当にUFOキャッチャーで遊んで、結局何も取れなかった。
「最後にあれ、撮ろう」
プリクラ機の前で言った。
偏見かもしれないけど、こういうことを言うのはいつも女子からだと思っていた。
「うん、撮ろう」
割り切れなくなった五百円を早いもの順で入れて、人数を選び、プリ機の説明を聞いてお互い好みの背景を選ぶ。久々だけど、そこは変わっていなかった。
「指ハートってなに?」
「小顔ポーズとか初めてなんだけど」
たまに、流れてくる指示に言葉を返しながら、楽しそうにプリクラを撮り終えて、上手い具合に落書きをする。
出てきたそれは、唯空は可愛い寄りのかっこいい人にバッチリ加工されていた。
「今日は楽しかったね」
「うん。また行こうね」
明日でも、来週でもいい。とりあえず、また会いたいという意思表示だけでもしておきたかった。
「おう。約束な」
家の前で小指を絡めて、指切りのちょっと刺激強めの歌を歌い、それぞれの自宅へ帰った。
これが唯空の顔を見れる最後の日になるなんて、このときの私は知る由もなかった。