『だから、僕のために目指してほしい。歌声なら、きっと空の上でも聴こえるから』
久しぶりに唯空に会わない日、課題に手をつけ始めたら唯空のあのときの言葉が脳内で再生された。
こんなに連れ回してくれるのは、私のため?
もっと家族との時間を、旧友との時間を大切にしたいはずなのに、しょっちゅう私と自由に外に出られる残りの時間を過ごしてくれるのは、私が弱音を吐いたから?
……もしそうなら、無駄にできない。無駄にしちゃいけない。
課題のプリントをクリアファイルにしまい、心機一転、まっさらなノートを開き、歌詞に入れたい言葉だったり内容だったりを書き出した。
今回のオーディションは、賞を取れたら恋愛ドラマの主題歌になる。締切は九月の下旬。ちょうど唯空の自宅療養期間が終わるころ。
それまでに歌詞を考えて、それに合わせてメロディーを作り、歌声を録音して応募する必要がある。
もう残り一ヶ月半近く。夏休みを全てつぎ込むくらいの勢いでやらないと、私のペースでは間に合わないのは百も承知だ。
思い出の恋。恋愛経験はゼロだけど、やれるだけやってみよう。
この歌が、生きている間に唯空の耳に届けられるように。
「汐音、ご飯できたよ」
階段下から声をかけられるけど、そんな暇はなかった。
「ごめん、今忙しい」
「またそんな、ひと握りしか掴めない夢追いかけてるの?」
「やる価値はあると思ってるから」
「……あー、もう好きにしなさい!」
声を荒らげて会話をすることに疲れたのか、そう言い捨ててピタッと声は聞こえなくなった。
ごめんね。でも、やらないといけないことだから。
心の中で頭を下げて謝って、私はまたノートに向き合った。
「私、頑張ってみようかな」
向かいの家の、唯空の部屋に向かって口にする。
もちろん答えは帰ってこないけど、壁の向こうで笑って頷いてくれている気がして、気合いが入った。