昼に連絡が来て、今日は大型ショッピングモールに併設されている映画館で、泣けると話題の恋愛映画を観るらしい。
近くのバス停から、ショッピングモール行きの市バスに乗って、出入口の前で降りる。夏休み真っ只中だからか、やけにガヤガヤしていて、この地にはこんなにも人がいたのかと驚いてしまう。
人混みをかき分けて、はぐれないように唯空のショルダーバッグの紐を掴んでエスカレーターを使って三階まで上がる。そこから少し歩いたところに薄暗くて予告が永遠と流れている空間があった。
「ポップコーン食べるよね。何味にする?」
映画館ならではなのか、味のバリエーションが豊富なポップコーンの写真が縮小されて横並びになっていた。
王道の塩とキャラメル、バター醤油。他にはチョコやストロベリー、抹茶にカレー。期間限定でトロピカルというものまであった。
「唯空は?何が食べたい?」
「キャラメルかな」
「甘党なの、変わってない」
「味覚はそうそう変わんないよ。で、汐音は?」
当然のように私の選択を聞いてくる。ほらほらと、何度もポップコーンの写真を指さしながら。
「キャラメルでしょ?」
「ハーフにするから。汐音も好きなの選んで」
なるほど、その手があったか。
映画館でポップコーンを食べる習慣はないし、それ以前にまずあまり映画を見に来ないから、長い間外に出ていない唯空のほうが詳しいことになんだか笑えてしまう。
「笑ってないで、早く。時間になっちゃうよ」
壁にかけられた時計をチラチラ見ながら、身体を上下に小さく動かしながら、使えるものを全て使って私を急かす。
「じゃあ、バター醤油にする」
結局二人で王道を選んで、大きいポップコーンバケットに半分づつ、若干黄色っぽいのと確実にキャラメルが絡んだ透き通った茶色いものが左右に入れられた。
一緒に頼んだ私のアイスココアと、風情を感じさせないコップに入れられた唯空のラムネを同じトレーにセットしてもらって、それをゆらゆら揺らしながらスクリーンのある部屋へ入った。
「映画とか何年ぶりだろ」
私がこぼすと、控えめに笑う声が聞こえる。
「それ、僕のセリフだから」
「確かに」
しばらくすると会場は暗くなり、映画は録音してはいけませんよ、と定番の映像が流れて本編が始まった。
映画を見ながらポップコーンに手を伸ばし、お互いの手が触れ合って……。なんてことはなく。
お互いしっかり見入っていたから、結局ほとんど余ってしまった。ドリンクだけは空っぽになったけど。
片付けの人が親切に、持ち帰りますか?と聞いてくれて、専用の紙袋に移してくれた。なんだか小さいときにやってみたかった、お店で大音量で音楽と話し声が流れるキャラクターのポップコーンマシンをやり終えたあとみたいな手元になった。
ポップコーンを持って、フードコートでクレープを食べた。
「懐かしいな」
賑わっている周りを見渡して、しみじみと吐き出した。
「上手に食べられるようになったもんね」
未だに私の中の唯空は、口の周りを白く染めながらクレープを食べる、幼稚園のころのまま。
「バカにすんな。もう十七だぞ」
そう、顔が前のめりになったとき、頬に白く跡がついた。生クリームのひんやりした温度で気付いてしまったらしく、恥ずかしそうに指で拭った。
「可愛いね」
「汐音がね」
「なんで?」
「鼻、ついてる」
いつの間に撮られていた写真には、鼻の先を白くした私が映っていた。
「え、いつから?」
「一口目から」
嬉しそうに言う彼は、いたずらっ子の気が残っていた。
「ねぇ、言ってよ」
怒ったふりをしてみるけど、唯空には通用しなかった。
「言ったよ、今」
真面目な顔をして食べ進めるから、ぷっと吹き出してしまった。
「早く元気になってね」
余命半年の唯空には、辛い言葉だったかもしれない。
でも、これが私の本音で、この先の未来も唯空が隣にいるのが見えた気がした。
「うん」
それは前向きなものではなく、ごめんねの言い換えのように、私の耳に届いた。
だから私も心の中で、ごめんねと謝った。
近くのバス停から、ショッピングモール行きの市バスに乗って、出入口の前で降りる。夏休み真っ只中だからか、やけにガヤガヤしていて、この地にはこんなにも人がいたのかと驚いてしまう。
人混みをかき分けて、はぐれないように唯空のショルダーバッグの紐を掴んでエスカレーターを使って三階まで上がる。そこから少し歩いたところに薄暗くて予告が永遠と流れている空間があった。
「ポップコーン食べるよね。何味にする?」
映画館ならではなのか、味のバリエーションが豊富なポップコーンの写真が縮小されて横並びになっていた。
王道の塩とキャラメル、バター醤油。他にはチョコやストロベリー、抹茶にカレー。期間限定でトロピカルというものまであった。
「唯空は?何が食べたい?」
「キャラメルかな」
「甘党なの、変わってない」
「味覚はそうそう変わんないよ。で、汐音は?」
当然のように私の選択を聞いてくる。ほらほらと、何度もポップコーンの写真を指さしながら。
「キャラメルでしょ?」
「ハーフにするから。汐音も好きなの選んで」
なるほど、その手があったか。
映画館でポップコーンを食べる習慣はないし、それ以前にまずあまり映画を見に来ないから、長い間外に出ていない唯空のほうが詳しいことになんだか笑えてしまう。
「笑ってないで、早く。時間になっちゃうよ」
壁にかけられた時計をチラチラ見ながら、身体を上下に小さく動かしながら、使えるものを全て使って私を急かす。
「じゃあ、バター醤油にする」
結局二人で王道を選んで、大きいポップコーンバケットに半分づつ、若干黄色っぽいのと確実にキャラメルが絡んだ透き通った茶色いものが左右に入れられた。
一緒に頼んだ私のアイスココアと、風情を感じさせないコップに入れられた唯空のラムネを同じトレーにセットしてもらって、それをゆらゆら揺らしながらスクリーンのある部屋へ入った。
「映画とか何年ぶりだろ」
私がこぼすと、控えめに笑う声が聞こえる。
「それ、僕のセリフだから」
「確かに」
しばらくすると会場は暗くなり、映画は録音してはいけませんよ、と定番の映像が流れて本編が始まった。
映画を見ながらポップコーンに手を伸ばし、お互いの手が触れ合って……。なんてことはなく。
お互いしっかり見入っていたから、結局ほとんど余ってしまった。ドリンクだけは空っぽになったけど。
片付けの人が親切に、持ち帰りますか?と聞いてくれて、専用の紙袋に移してくれた。なんだか小さいときにやってみたかった、お店で大音量で音楽と話し声が流れるキャラクターのポップコーンマシンをやり終えたあとみたいな手元になった。
ポップコーンを持って、フードコートでクレープを食べた。
「懐かしいな」
賑わっている周りを見渡して、しみじみと吐き出した。
「上手に食べられるようになったもんね」
未だに私の中の唯空は、口の周りを白く染めながらクレープを食べる、幼稚園のころのまま。
「バカにすんな。もう十七だぞ」
そう、顔が前のめりになったとき、頬に白く跡がついた。生クリームのひんやりした温度で気付いてしまったらしく、恥ずかしそうに指で拭った。
「可愛いね」
「汐音がね」
「なんで?」
「鼻、ついてる」
いつの間に撮られていた写真には、鼻の先を白くした私が映っていた。
「え、いつから?」
「一口目から」
嬉しそうに言う彼は、いたずらっ子の気が残っていた。
「ねぇ、言ってよ」
怒ったふりをしてみるけど、唯空には通用しなかった。
「言ったよ、今」
真面目な顔をして食べ進めるから、ぷっと吹き出してしまった。
「早く元気になってね」
余命半年の唯空には、辛い言葉だったかもしれない。
でも、これが私の本音で、この先の未来も唯空が隣にいるのが見えた気がした。
「うん」
それは前向きなものではなく、ごめんねの言い換えのように、私の耳に届いた。
だから私も心の中で、ごめんねと謝った。