目の前は真っ青で、耳から聞こえる音は涼しさを感じさせる。
「私、海って初めて来たかも」
潮の香りが漂うこの場に立つと、はじめてのはずなのに、あぁ、海に来たんだな、と何度も来たことのある人みたいな感想が頭に浮かんだ。
「青春っぽいだろ?」
満足そうに、ズボンの裾を折り曲げて浅瀬へ入っていく姿は、無邪気で可愛らしい。
「ほら、汐音!」
手招きをする唯空のもとへ走っていくと、パシャっと海水をかけられる。
「わっ!ちょっとー!」
負けじとかけ返すと、唯空は楽しそうに笑っていた。
「冷たっ」
「ねぇ服濡れたー」
「こっちだって濡れてるから!」
夏休みにしてはあまり人のいない砂浜で、足にかかる水をかけ合う。
マンガでこんなシチュエーションを読んだときは、これのどこに青春を感じるのだろうと疑問に思っていた。でも実際やってみると、唯空にかける海水が太陽の光を浴びてキラキラ輝いて、まるで唯空にフィルターがかかったみたいに、スローモーションで私の目に映った。
きっと私、一生忘れない。忘れられない。
まるでドラマのセリフみたいな言葉が、自然と頭に浮かんだ。
「はぁー、遊んだね」
水浸しになった服に跳ねた濡れた砂を払いながら、満足気な顔をした。
「大丈夫?寒くない?」
先に目的地さえわかっていれば、タオルくらいなら持ってきたのに。自宅療養期間中に風邪なんて引かせられないと、遊び尽くしてお互い救いようがないくらいベチャベチャに濡れたあとに気が付いた。
「大丈夫だよ。ほら、足拭きな?」
唯空が背負っていたリュックから、ふわふわなタオルが二つ出てきて、一つが私の頭に乗せられた。
「服、これに着替えて。あそこに更衣室あるから。この夏、風邪ひいてる暇なんてないから」
やけに気合いが入っているのは、きっと唯空にとっての最後の思い出作りの期間だからだろうか。ずっと自分と私のための着替えとタオルを背負って、歩いていたと考えると申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ありがとう」
赤と青の表示で分かれて更衣室に入って、唯空の服に着替える。なんか、ダメだった。服から伝わる香りが、唯空に包まれているみたいで。優しく抱きしめられているみたいで。
心臓がおかしかった。ドキドキと、耳まで届くほど早く動いていた。それがなぜか。思いあたるのは、確実に失う寂しさか、気から来た病の前兆か、それくらい。
貸してもらった半袖パーカーの、フードの付け根に顔を埋めると、少し、鼻がツン痛くなった。
「お待たせ」
「うん。服、いい感じだね」
「ありがとう」
濡れた服は、カバンに常備しているビニール袋に入れて、自分で持った。なんなら、唯空の服も持ちたいくらいだ。頼んでも絶対持たせてくれないから、言わないけど。
「その手に持ってるの、なに?」
重心が若干右側に傾いているのを見ると、重たいものだろう。緑色の透けない袋に入った、丸い物体。
「なんだと思う?」
「……まさかとは思うけど、スイカ?」
いやいや、まさかね。
自分で言いながらもありえないと思っているのに、唯空はそれを砂浜に置いて手を叩いた。
「正解。スイカ割りして帰ろう!」
スイカが入っている袋をシート代わりにして、その上に小ぶりなスイカを置いた。
「その棒、どこから持ってきたの?」
「そこの八百屋のおじちゃんが貸してくれた」
手渡された手触りのいい木の棒は私の手にわたり、なぜかカバンから出てきた唯空の温まるタイプのアイマスクをつけられる。
「なんでこんなの持ってるの?」
「出すの忘れてた」
いたずらに笑うと、数を数えることで私の目を回し、「右右!」「まっすぐ!ねぇ曲がってる!」と指示される。
言われた通りに歩き、「そこ!」とやけに楽しそうな声が響いたとき、木の棒を振り下ろした。
先端が何かに当たったような気がするけど、割れた!という達成感はない。
アイマスクを外してみると、てっぺんの右側が申し訳程度に欠けているだけだった。
欠けた部分だけ食べた。甘くて美味しかった。冷たくはなかったけど。
棒を返すときに貰えたラップを赤いところにかけて、来た道を戻る。
「アイス食べない?」
唯空の一言で駅前のコンビニに入ると、そこは天国だった。扉が開くとひんやりした風が頬を撫でて、灼熱の道を歩いて来た私たちにとって、まさに極楽。
真っ先に向かったオープンになっている冷凍庫のアイスは、海が近いのもあってかもう底の網が見えていた。
「なににする?」
「夏といえば、これかなぁ」
そう、当たり付きのソーダアイスを手に取った。
「じゃあ私もこれにする」
同じアイスを取り、唯空の手のアイスも奪い取ってレジに置いた。
「僕が払うよ」
「いいの。楽しかったから、お礼」
先に百円玉を二枚、水色のトレーに出して、テープを貼られたアイスとレシートを受け取った。
「……また会えるよね?」
まだバイバイするには早いのに、つい口にしてしまう。こんなこと言うつもりはなかったのに。きっと今日の私はどうかしている。久しぶりに外で会ったから、頭が喜びでおかしくなってしまった。
「会えるよ。また明日も、僕に時間くれる?」
アイスの袋を開けて、一口かじった。シャクっと小さく聞こえる音が、若干の涼しさを感じさせた。
「うん。もちろん」
袋を破って、景色が熱で歪む中でアイスを食べた。冷たくて美味しかった。いつもの何倍も、何十倍も美味しく感じた。
「知ってる?氷菓ってアイスの中で一番太りにくいらしいよ」
「余計なお世話!」
ハズレの棒を駅のゴミ箱に捨てて、ICカードをかざした。
「私、海って初めて来たかも」
潮の香りが漂うこの場に立つと、はじめてのはずなのに、あぁ、海に来たんだな、と何度も来たことのある人みたいな感想が頭に浮かんだ。
「青春っぽいだろ?」
満足そうに、ズボンの裾を折り曲げて浅瀬へ入っていく姿は、無邪気で可愛らしい。
「ほら、汐音!」
手招きをする唯空のもとへ走っていくと、パシャっと海水をかけられる。
「わっ!ちょっとー!」
負けじとかけ返すと、唯空は楽しそうに笑っていた。
「冷たっ」
「ねぇ服濡れたー」
「こっちだって濡れてるから!」
夏休みにしてはあまり人のいない砂浜で、足にかかる水をかけ合う。
マンガでこんなシチュエーションを読んだときは、これのどこに青春を感じるのだろうと疑問に思っていた。でも実際やってみると、唯空にかける海水が太陽の光を浴びてキラキラ輝いて、まるで唯空にフィルターがかかったみたいに、スローモーションで私の目に映った。
きっと私、一生忘れない。忘れられない。
まるでドラマのセリフみたいな言葉が、自然と頭に浮かんだ。
「はぁー、遊んだね」
水浸しになった服に跳ねた濡れた砂を払いながら、満足気な顔をした。
「大丈夫?寒くない?」
先に目的地さえわかっていれば、タオルくらいなら持ってきたのに。自宅療養期間中に風邪なんて引かせられないと、遊び尽くしてお互い救いようがないくらいベチャベチャに濡れたあとに気が付いた。
「大丈夫だよ。ほら、足拭きな?」
唯空が背負っていたリュックから、ふわふわなタオルが二つ出てきて、一つが私の頭に乗せられた。
「服、これに着替えて。あそこに更衣室あるから。この夏、風邪ひいてる暇なんてないから」
やけに気合いが入っているのは、きっと唯空にとっての最後の思い出作りの期間だからだろうか。ずっと自分と私のための着替えとタオルを背負って、歩いていたと考えると申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ありがとう」
赤と青の表示で分かれて更衣室に入って、唯空の服に着替える。なんか、ダメだった。服から伝わる香りが、唯空に包まれているみたいで。優しく抱きしめられているみたいで。
心臓がおかしかった。ドキドキと、耳まで届くほど早く動いていた。それがなぜか。思いあたるのは、確実に失う寂しさか、気から来た病の前兆か、それくらい。
貸してもらった半袖パーカーの、フードの付け根に顔を埋めると、少し、鼻がツン痛くなった。
「お待たせ」
「うん。服、いい感じだね」
「ありがとう」
濡れた服は、カバンに常備しているビニール袋に入れて、自分で持った。なんなら、唯空の服も持ちたいくらいだ。頼んでも絶対持たせてくれないから、言わないけど。
「その手に持ってるの、なに?」
重心が若干右側に傾いているのを見ると、重たいものだろう。緑色の透けない袋に入った、丸い物体。
「なんだと思う?」
「……まさかとは思うけど、スイカ?」
いやいや、まさかね。
自分で言いながらもありえないと思っているのに、唯空はそれを砂浜に置いて手を叩いた。
「正解。スイカ割りして帰ろう!」
スイカが入っている袋をシート代わりにして、その上に小ぶりなスイカを置いた。
「その棒、どこから持ってきたの?」
「そこの八百屋のおじちゃんが貸してくれた」
手渡された手触りのいい木の棒は私の手にわたり、なぜかカバンから出てきた唯空の温まるタイプのアイマスクをつけられる。
「なんでこんなの持ってるの?」
「出すの忘れてた」
いたずらに笑うと、数を数えることで私の目を回し、「右右!」「まっすぐ!ねぇ曲がってる!」と指示される。
言われた通りに歩き、「そこ!」とやけに楽しそうな声が響いたとき、木の棒を振り下ろした。
先端が何かに当たったような気がするけど、割れた!という達成感はない。
アイマスクを外してみると、てっぺんの右側が申し訳程度に欠けているだけだった。
欠けた部分だけ食べた。甘くて美味しかった。冷たくはなかったけど。
棒を返すときに貰えたラップを赤いところにかけて、来た道を戻る。
「アイス食べない?」
唯空の一言で駅前のコンビニに入ると、そこは天国だった。扉が開くとひんやりした風が頬を撫でて、灼熱の道を歩いて来た私たちにとって、まさに極楽。
真っ先に向かったオープンになっている冷凍庫のアイスは、海が近いのもあってかもう底の網が見えていた。
「なににする?」
「夏といえば、これかなぁ」
そう、当たり付きのソーダアイスを手に取った。
「じゃあ私もこれにする」
同じアイスを取り、唯空の手のアイスも奪い取ってレジに置いた。
「僕が払うよ」
「いいの。楽しかったから、お礼」
先に百円玉を二枚、水色のトレーに出して、テープを貼られたアイスとレシートを受け取った。
「……また会えるよね?」
まだバイバイするには早いのに、つい口にしてしまう。こんなこと言うつもりはなかったのに。きっと今日の私はどうかしている。久しぶりに外で会ったから、頭が喜びでおかしくなってしまった。
「会えるよ。また明日も、僕に時間くれる?」
アイスの袋を開けて、一口かじった。シャクっと小さく聞こえる音が、若干の涼しさを感じさせた。
「うん。もちろん」
袋を破って、景色が熱で歪む中でアイスを食べた。冷たくて美味しかった。いつもの何倍も、何十倍も美味しく感じた。
「知ってる?氷菓ってアイスの中で一番太りにくいらしいよ」
「余計なお世話!」
ハズレの棒を駅のゴミ箱に捨てて、ICカードをかざした。