唯空が完全に音信不通になって、三ヶ月。
時計をじっと眺めて定刻の十二時を待つ。
秒針が少しづつ一周を回り終えて、時間が変わると同時にホームページを更新する。
グルグルと読み込んで、切り替わった。トップページに大きく、さっきまではなかったオーディション結果発表と表示が現れた。
心臓が飛び出てしまうのではないかと思うほど緊張して、手がわかりやすく震えた。
目的のページに飛ぶと、今回の募集要項と審査員の紹介が書かれていて、下へスクロールすると『大賞』と書かれた枠が出てきた。
目を瞑ってスクロールを続けて、目を開けたときに真っ先に飛び込んできた結果は、他の人の名前。目標は達成できなかった。
「え、えっ!」
驚いて、スマホを落としてしまった。ゴトン、と鈍い音が耳に届いて、その先の画面には何度目をこすっても間違いなく私の名前が載っていた。
部門は優良賞だった。
中間報告も見ないようにしていたし、唯空はああ言っていたけど、実際まだまだ程遠い話だと思っていたから悲しさも顔が歪んでしまうほどの苦しさもなくて、素直に嬉しさだけが私の中に着地した。
そうだ、電話。電話しよう。
未読のままのメッセージに不安になったけど、通話ボタンを押して耳に押し付けた。
呼び出し音がなりかけて、『ただいま電話に出ることができません。ピーという発信音のあとに……』と抑揚のない自動音声が流れた。
電話に出ないなら、会いに行こう。きっと元気になる。唯空なら泣いて喜んでくれる。
自分勝手だとわかっていたけど、どうしても今日伝えたかった。唯空との思い出の歌で賞が取れたことを。
玄関に置いてあるつっかけを履いて、唯空の家のインターホンを鳴らした。外の光が眩しくて、気分が上がった。
でてきたのは当たり前に唯空のお母さんで、少し痩せたように見えた。
「汐音ちゃん、どうしたの?」
「唯空はどこの病院に入院してるんですか?」
一秒でも早く伝えたくて、急かしたような言い方になってしまった。
「……入って」
招かれた家の中に入ると、線香の匂いがした。
「ごめんね、伝えるのが遅くなって」
靴を脱いで、ついて行った和室の襖を開けた先には、今まで置いてなかった黒い仏壇と、その中に唯空の笑顔の写真が置いてあった。
「汐音ちゃんと最後に電話した日に、亡くなったの。聞かれるまで言わないでくれってお願いされたから、黙ってた。ごめんね」
「でも余命半年だって。まだ一か月あるはずじゃないですか」
まだ、久しぶりに遊び歩いた夏休みから五ヶ月しか経っていない。まだ生きているはず。
「半年じゃなくて、二ヶ月。最期はどう過ごすか先生に聞かれて、家で過ごすことにしたのよ」
なにそれ。なんで?なんのために?
……あぁ、私のためか。私が、あの夜夢を諦めると電話で話したから。
そんなの全然ありがたくないよ。私に何も言わずに死なないでほしかった。半強制的に切られたあの「ありがとう」が、私に向けられる最期の言葉だったなんて、綺麗事がすぎる。
私にも、手を握って、ありがとうと、泣きながら言わせてほしかった。
最後はせめて、ちゃんと実物の顔を見て泣いて、見送らせてほしかった。唯空のことが大好きだからこそ、そうしたかった。
まだ生きていると思って生きてきた三ヶ月が、馬鹿みたいだ。
「これ、唯空から汐音ちゃんに。受け取ってくれる?」
「はい。……私、手だけ合わせて帰ります」
おりんを鳴らして、手を合わせる。
ちゃんと言ってほしかった。
泣いて見送られるのが嫌なら、笑顔で見送ったよ。ちょっと歪んでたかもしれないけど、楽しい思い出の方が多いから。
でもきっと、私が言えなくしてたんだよね。
優柔不断だから。諦めると諦めないをグラグラしてたから。最初に夢を応援してくれたのが唯空だからっていうのもあったのかな。
ねぇ、私、唯空との思い出の曲で優良賞を取ったんだよ。
一番にはなれなかったけど、唯空のおかげでこんなに嬉しい気持ちをもらえたし、もっと頑張ろうって思えた。
だから、見守っていてね。
唯空がもうこの世にいないっていう事実を受け入れるのにはもちろん時間がかかると思うけど、いつかきっと、ちゃんと前を向くから。
目を開けた。足は痺れていた。
涙はでなくて、その代わり追いついてきた気持ちとともに、心に大きな大きな穴が空いた。
穴が空いたくせに、それは軽くなるわけではなく、ずっしりと重みを感じる。
「じゃあ、帰ります」
もらった手紙を握って、唯空の家を出た。
外の眩しい光が鬱陶しい。暗い部屋に、閉じこもりたい気持ちに襲われた。
鍵をかけ忘れた自宅の、部屋までの階段を上り、電気をつけないままベッドに寝転がる。
そのまま数時間寝て、起きたら傾きはじめた日が窓から差し込んでいた。
手紙を開くのは今度にしよう。寝る前はそう思ったけど、起きた今、縋るように糊付けされていない封筒を開いて、中身を取りだした。
『汐音へ』
唯空の字で書かれた、たまに涙が染み込んだ跡がある手紙は、泣けて、泣けて、泣けた。
そして、引きこもりになりそうな私を元の位置に戻した。もちろん埋まらないもののほうが大きいけど。
私は部屋の電気をつけた。立ち止まっている暇なんてない。来世のカラオケに残る歌手にならなければいけない。
だから頑張るね。また一緒に過ごせるようになったときのために。
ありがとう。大好きだよ。またね。
本音と強がりがごちゃ混ぜになった言葉を並べて、髪を括り、ペンを取った。