「私、やっぱりこの夢は諦める」
お母さんと喧嘩をして、病院で入院している幼なじみに電話をかけた。
「じゃあ、僕のために目指してよ」
大事な幼なじみの唯空は、消灯時間はとうに過ぎているはずなのに、やけにはっきりした声で話した。
「でも、お母さんは否定的だし……」
難病を患っている唯空にこんな話をするべきではないと内心わかっていたけど、こんな話をできるのは唯空だけ。
「募集のテーマ、『思い出の恋』だっけ?」
今までの話は聞かなかったことになっているのか、スマホに軽く爪が当たる音がたまに聞こえた。きっと、募集要項を読んでいる。
「うん」
「僕と思い出作ろうよ。二ヶ月だけ自宅療養になったから」
「え、ほんと?」
それは嬉しい知らせだった。
少しは回復に近づいている。そういう証拠だと思って、朝を知らせる方向へ傾いている月を眺めて、思わず笑みがこぼれる。
「でもごめん」
私が笑うと、唯空は突然申し訳なさそうに声色を暗くした。
「なにが?」
途端になんだか嫌な予感がした。
さっきまで嬉しかったのに、気分は一気に百八十度回転して、次の言葉を聞くのが怖くなった。
「僕、余命あと半年なんだ」
なにかの覚悟を決めたように、辛い、というよりすっかり死を受け入れたような口ぶりは、悲壮感を漂わせて告白されるよりもよっぽど現実味があるように聞こえる。
「だから、僕のために目指してほしい。歌声なら、きっと空の上でも聴こえるから」
一瞬の涙声もない、いつも通りの唯空。
いつも通りなのに、いつもの何十倍も胸が痛くて、悲しくて、何も言えなかった。
「じゃあ、また明日」
久しぶりに聞く「また明日」は、嬉しくて、嬉しくなかった。
夏休みが始まる日の、深夜一時の出来事だった。