「あ――――――、ぅ――――――ぁあ~~~~っ!!!」
言っておくが……っ!モンスターの鳴き声ではない……!正真正銘俺、主人公の鳴き声だ……!なお、主人公俺は人間である……!そして俺は、少し離れたところから見ている弟くんの元へと突撃した。
「あ゛――――――――っ!」
この恥ずかしさを、誰かと分かち合いたい!そばで見守っていた両親を振り切り、弟くんの両肩をぐわしりと掴む!
「しかしやっちまったなぁ……。やっちまった……。やっちまったあぁぁっ!!でも分かってた!お兄ちゃん分かってたよ……!こうなるって……!」
夢の異世界ファンタジーの世界に転生し、「じゃない方」に生まれたのだと物心ついた頃に悟って早18歳。
「やっぱりかぁ。やっぱり俺は、「じゃない方」からの宿命からは逃れられなかったんだ……ごめんよ、弟よ……。一族のことは……任せた」
俺、任されたことないけどね。
「いや、何言ってるのかよく分からない。バカなの?」
はぅんっ!弟くんから『おバカコール』いただきましたよっと!
しかもこの異世界は、よくあるなんちゃって西洋ファンタジーではなかったのだ。
――――和風ファンタジーだ。
しかも俺の生まれた家は、妖怪退治を生業とする退魔師の名門と言うことで立派な武家屋敷。両親と弟くんの他にも、両親のお弟子さんやら使用人までいるのだ。
そして着ている服だってもちろん和服である。しかも退魔師の家系だからか、両親と弟くん、お弟子さんたちは狩衣!継母すらも退魔師だからね、狩衣美女。使用人たちは動きやすい作務衣みたいな服装かな。しかし俺は……退魔師の才能ゼロ、毎日引きこもりニートなので着流しナマ足つんつるてん!
だとしても別に冷遇されているわけでも虐げられているわけでもない。
ただ単にニートしているだけである。
しかしそれでも、退魔師の家系の宿命からは逃れられなかった。
そう……退魔師と言う存在がいることからも分かる通りこの異世界、どんだけ和風なんだと言うほどに、妖怪がいた。しかも大人でも普通の人でも見える設定だ……!!
そしてこの退魔師の名門一家にはとある奇妙なルールがある。
別に才能ゼロの落ちこぼれが虐げられるルールとかじゃない。むしろその方が実は才能に溢れてました、てへっ!っつー成り上がりヒーロールートがあったかもしれない。
しかし、なかった……。なかったんだよ……どうしても。
さらにはこの一家の特殊ルールだ。
その、ルールとは……。
――――まず、当主の父はパパ。そして俺が幼い頃にお空のお星さまになった産みのママ。
さらには後妻のママママ。
うん、ママママ。ママママ……めっちゃ言いにくいが、両親をパパとママと呼ぶのは我が家のルールなのである。
仕方がないのである。
でもめんどいから普段は普通にママと呼んでる。そんくらいまでのアレンジはまだ許される。
ほんっと何この微妙にほんわかしてる異世界の名門一家特殊ルール……。
「やっぱり、ねぇ、弟よ。パピーとマミーはどうだろうか……?」
やっぱりほらさ、俺も分かってたけども恥ずかしいわけよ。尤もらしい召喚の呪文を使えもしないのに覚えさせられ、使役妖怪召喚儀式に望んだわけである。
とぼとぼと召喚陣から出た俺は……唐突に弟ーー正確には異母弟くんにこうきりだした。
因みに弟くんは天下に名だたる天才退魔師である。しかもイケメン、超モテる。兄にないとこ全部持っていきやがった。転生先に落ちこぼれの兄主人公と才能に溢れる異母弟がいた場合……異母弟からは冷遇されたりバカにされたりと言う末路があるのがテンプレ。
しかし才能溢れる異母弟は、毎日上手くもならないお琴を弾いている俺とは違い退魔師のお稽古に勤しむ身。ご飯の時くらいしか一緒にならないんだ。
「……は?バカなの?そんなの言った途端にパピーマミー呼びになるでしょ。バカなの?ねぇ、バカなの?」
怒濤のバカ3回~~っ!
でも弟くん、諭吉くんだから。名前、諭吉くんなの。名前からしてありがたい、才能の塊。俺よりも3つ年下なのにすごすぎるんだよこの子。そんな天才諭吉くんから言われた言葉が、――――――これでぇすっ!
お兄ちゃん完封負けっ!もう諭吉くん満塁ホームラン大差つけられコールド完封負け~~っ!
俺の青春はその時、終わったのである。
いや、最初からなかったのかもしれないけど。
そして諭吉くんからの容赦のないおバカコールを受けた俺は、先ほどの召喚陣の近くに立っている両親を振り返る。
和風なくせに金髪碧眼のイケメンパパ。
ま、異世界だからね、ここ。
因みにそんなパパの隣には、その使役妖怪がいる。お座りすると2メートル級狼ーーわふちゃんだ。――――なお、命名はパパである。
そしてその隣にはママ。継母のママママ。黒髪黒目の美しい女性である。
髪型はストレートロングを巧みにアップにした夏に晴れやかな項の映えるスタイル。
和風ファンタジーだが髪型は割と自由。時代劇みたいに前髪かき上げなくても大丈夫。眉毛剃らなくても大丈夫。多分ここら辺はファンタジーのお陰。
そしてママママも退魔師でもあるから、パートナーがいる。ホスト系にキラキラしてキメポーズをとる、バニーボーイ姿のウサギの妖怪だ。
名前はウサウサ。ママ命名。なお、人妻の横にイケメン妖怪ってヤバピじゃない?と思うかもだが、ウサウサはオネエである。
ママママとは気さくな女友だちみたいな関係である。
そしてママママにそっくりな黒髪碧眼のイケメンボーイが弟くんこと諭吉くん。さらにその傍らには召喚した九尾の美青年がいた。
優秀すぎるこの弟くんは、18になる前にとっとと召喚の儀式をこなしていたのだ。
……てか、すごくない?九尾だよ?普通ラスボスとかで出てくる九尾っ!美青年の頭にはちゃんとふわふわ真っ白狐耳があるし、後ろからはもっふもふ9本のしっぽっ!わぁ、ふっわもふぅ~!
因みに名前コンちー。
ほんとね、うちの家族のネーミングセンスよ。かわいすぎ。今時のゲームプレイヤーかよ!この世界のゲームと言ったら将棋や囲碁だけど!あとはしりとりとかホンキオニとか!
あ、ホンキオニって知ってる?鬼役が5人以上で生贄役を本気で追い回す子どもたちの本気が光るゲーム。
だからかな。これは大人になってもやる人が多い。
俺なんて、ちょっとコンビニに行くだけでいきなり本気鬼でいきなりスタートしたゲームにより、鬼最高30人から、たったひとりの生贄として追い回されたなぁー。だからかなぁー。おうちで引きこもってずっとお琴弾いてたの。
なんぼ練習しても上手くならないお琴、弾いてたの。
因みに異世界、コンビニあるよ。交番もあるよ。和風建築だけどねっ!自動ドアじゃなくて自動障子だよーっ!初めて見た時俺、感動したぁっ!!何で異世界にコンビニ……と言いたいところだが、多分そこら辺は……ファンタジーだから。便利だし、いいじゃない……。主人公が生きやすい異世界、素晴らしいじゃない。
でも俺はただの落ちこぼれ。分かっていたけど何も召喚できなかった。
「あの……っ」
勇気を振り絞って声を出す。
「はぁ……しかたがないな……」
……ん?諭吉くん?何も身構えることなくサッと諭吉くんの方を振り向けば。
「おっめでとぉ――――――」
はいいぃぃ!?突如諭吉くんがパチパチと拍手を贈ってきた!?そして光のない真っ黒な目で。しかも棒読みってマジかいっ!
何これこっわ!?何の心構えもしてなかったからマジビビったわぁ――――っ!そして一体何が始まるわけ……!?
いやいやいや、いきなり何が始まった!?棒読み劇場!?
そしてその無の表情何――――――っ!?口元にだけ笑み浮かべてるよ!?
こんなことならいっそのこと、おバカコール4連発の方がマシだったよぉ~~っ!ほんと虚無感に満ち溢れてるぅ――――――っ!!!
ま、まさかとは思うけど、俳句コンテストでペンネーム「フクザワ」にしたのがまずかったの!?それに怒ったのかな、諭吉くん!?
ゆきちくん
みんなのゆきち
つねならむ
フクザワ
一応結構ウケたんだけど、それ!?まさかのそれ!?
プチバズりしたものの、勝手にフクザワ名乗ったから怒ってるのぉ!?ひいぃ~~っ!みんなの諭吉、ぼくらの諭吉、勝手にフクザワ名乗ったのは謝るからぁ~~っ!!
しかし諭吉への祈りは虚しくも崩れ去る。
札束は、崩れ去る。いや、そもそもニートの俺に札束など存在するはずがなかったのである。
……パチパチ
パチパチ
パチパチパチ
パチパチパチパチパチチチチチ――――――……
「おでめーおでめー」
「おめー、おめおめおーめっ!おーめんっ!」
「おっめめとー、ひゃっほっ」
「おめおめー、マジおめー」
「わふっわふわふっ!わふっ!」
パパママとその相棒たち、コンちーまで拍手して、抑揚のない声で祝福してくれたよぉっ!?ほんっとこのノリ何やねん~~っ!
うぐっ、わふちゃんの『わふっ』はがわいかっだけどぉ~~~~っ!うえぇ~~~~んっ、ぐすっ、えぐっ。わあぁぁぁ~~んっ!分かってた。それが俺なんだって、知ってたぁ~~っ!
「あぁ、いとあわれなり。こうなることは、必然だったんだぁ……」
って、いきなり何だ!?諭吉くぅん!?何その語り調!相変わらず抑揚のない棒読みはぁっ!
「そうね。これは決して逃れられない宿命だったのよ――――……」
続いてママまで!棒読みに加えて生気のないその虚無の眼差し何ぃっ!?
こんなことならいっそのこと、ママママが絵に描いたような悪女だった方が良かったのかもしれない。
いや、それだと俺の精神がきっともたないから却下だ。ごめーん☆
むしろ虚無感たっぷりに棒読みセリフを読んでくれるママママ。
ぐるっと回り……きらない170度くらい回転すれば……愛情味溢れるママに見えてこないかい?
え、見えてこない?おかしいなぁ。今の俺の精神がヤバイのかなぁ~。棒読みですらヤバイの俺の精神。
ママママが、ママママで良かったぁ~。前妻の息子は、ママママにとても感謝していまっす!
さぁ~て気を取り直して、うちのパパはどうかなぁ~?
「あぁ、そうだな。これは逃れられない宿命。避けられない底なし沼ぁ――――――」
パッパああぁぁんっ!おぅ、パッパあぁぁんっ!これならよくある追放もののように、「お前なんて息子じゃない!とっととこの家から出ていけ!」「お前のような落ちこぼれは我が家にはいらん!とっととどこへなりでも消え失せろっ!」「この家の跡取りは今日から諭吉だ!お前など、息子と思ったこともない!出ていけっ!」とか、言われた方がマシだったかもしれない。
ふんぎれついたかもしれない。
よくある追放もののように成り上がりルートあったかもしんない。
――――――でもこれなくない!?やっぱり最初に睨んだとおり、追放成り上がりルートまったくあらへんねんで!?何この棒読み!てか底なし沼とか例えが独特すぎるよパッパあぁぁんっ!!
これならいっそのこと、パピーと呼んでいたほうが笑って我が家を後にできたかもしれない。
なお、我が家の跡取りは俺がまるで使えないと判明した時からずっと諭吉くんだ。
いいじゃないか、諭吉くん。とってもありがたい響きの諭吉くん。きっと富に恵まれるよ、だって諭吉くんなんだもぉんっ!!
あぁ、おおいに崇めよ、諭吉!諭吉を崇めるのだぁーっ!そこに輝かしい諭吉ハッピー繁栄物語があ~るっ!
俺はどうせ、百円玉だよ。百円玉なんだ。百円玉の束なんだ。
諭吉には遠く及ばない。百円玉100個あつめにゃぁ諭吉には及ばない。
百円玉100個集めるやつがどこにいる。みんな諭吉を選ぶだろう。
――――――――これが、百円玉と諭吉の圧倒的差。越えられない差。俺はどうせ……百円玉だもの。
俺の名は白群。頭にニートの『ー』を足せば百円玉の群れ。百円玉の群れは、どう足掻いたとしても魅惑の諭吉にはかなわないのだ。
あぁ、諭吉。
さよなら諭吉。
おれのミリオンマネードリーム、さらば。
いや、そもそも和風ファンタジーの世界に転生した時点で……諭吉など、どこにもいなかったのだ。いたのはちょっと口の悪い弟の諭吉くん。
ミリオン長者のごとき諭吉くん。
この世界の貨幣は……大判、中判、小判、和同開珎である。
西洋ファンタジー風に言えば、プレミア金貨、金貨、銀貨、銅貨。どう?いきなり小判ファミリーでてきてむっつかしっ!と思った画面の向こうのみんな~!とっても分かりやすかったよね~?ね?ねぇ~~?
――――――あ、いかんいかん、俺も虚無感に満ち溢れてしまった。ヤッベ。これ呑まれる。マジ呑まれるわ。パパが言った通り足を踏み入れなくても引きずり込まれる底なし沼だわ、マジでほんとやばたん。
「……てなわけで、来なさい。ビャク」
ちゃんと俺の名前ーーしかも愛称を呼んでくれるパパは、案外いいパパだ。
異世界追放ものに出てくる飛んでもオヤジとは違う。成り上がった息子にざまぁされる系じゃない。落ちこぼれの方にも愛情を注いでくれて、お金までくれるいいパパだ。
あ、何か表現がキャバクラのパパみたいになっちゃったけど。因みにこの世界、キャバクラやホストクラブもあるよ。ゲイバーもある。こないだママがウサウサと一緒にゲイバーフェスに行ってきたと興奮気味に話していた。「お布施ーお布施ーチップチップ~~っ!」とすっごい楽しそうだった。ママは一体何を観に行っていたんだ……。聞いてはならない。多分俺も……連れて行かれるぅっ!
俺はごく普通の、焦げ茶色の髪に色素薄めなみかんブラウンの瞳の平凡男子ですぅ~~っ!
まぁ、そんな脳内ツッコミをキメながらパパの後に続けば、他のみんなも後を付いてくる。何だろう。やっぱり家から締め出されるのかな。俺、才能もない役立たずだもの。
家に置いておいたって何のメリットもないよな。
俺はどうせ……
「ビャク」
パパの重苦しい声が俺を呼ぶ。分かってる。分かってるよ。多分手切れ金のようなものを置いた部屋に通されて――――……って、ちょま――――――っ!?
ちょま、ちょっと……ちょっと待ってっ!!
何ココ!
何このダンジョンエリアボスの間に続くみたいな荘厳な扉はぁっ!
しかも木製。シックなダークブラウンの木質に、四天王彫ってあるぅぅぅ――――――っ!もちろん、魔王軍四天王じゃない。日本の四天王像みたいなの~~っ!
実物と相違ないかは自信ない。いやだって、両開きの扉の左右に2人ずつ恐そうな像の紋様が彫ってあるだけだもの。でも恐くて強そうなので……多分……四天王である。
てか、何この扉ぁ――――――。この武家屋敷で18年間暮らしてきたけれど、こんな扉知らんわぁっ!そもそも才能のこれっぽっちもない俺には、立ち入ってはいけない部屋やゾーンが多すぎるんだ。
諭吉くんの鍛練ルームとかあるし。術の練習とかしてたら巻き込まれるし!一回、パパが巻き添えになったらこうなる!と言うのを見せてくれたから、俺は不用意に立ち入らなかったのだ。
因みに巻き添え役はパパ。術を放ったのはママである。敢えてそこ、ママに仕留められる役に回ったパパは、立派だと思う。しかしまぁ、こんな扉があったなんて……、驚きだ。
何だろう。この奥に、何が?
まさかとは思うけど、ここからさらに違う世界には通じる扉?それとも何か恐ろしい妖怪がこの中にいて、俺エサにされんの?今度はごっこじゃなくて、ほんまもんの生贄にされんのかな、俺。
さすがにほんまもんの生贄は嫌やわぁ~。いや、えぇ人なんておらんやろ。
「さて、開けるぞ、ビャク。心しておきなさい」
ちょまっ!?何その真剣な眼差し、強張った表情っ!ちょっとパパ!?まさか本当に……生贄……。もしくはRPG風西洋ファンタジーの世界に放り込まれる~~っ!?
放り込まれたところで俺、チートに目覚めるとは思えない。むしろチートに目覚めたところで、何すればええねん。
お琴やる?お琴上手くなるなら演奏するけども。てか、西洋風ファンタジーの世界に……お琴あるかなぁ――――――……。
「さぁ、ここから大いなる扉が開かれるのだっ!」
いや、ママぁっ!?こんなところで新たな冒険が始まる~~みたいなこと言わんといてぇ~~っ!しかも今回棒読みじゃないっ!まさに雄々しき女神っ!女神なのに雄々しい!カッコいい始まりの言葉!始まりの言葉が雄々しき女神でも、いいじゃない!何かプロの声優さん並みにかっこよ~~っ!カッコよかったよママ~~っ!最高っ!パチパチパチパチ~って……マジで!?マジでRPGなの――――――っ!?このママの本気のナレーション……マジなのぉっ!
そしアンニュイ風クール系な諭吉くんが、突如としてカッと目を見開く。
ビクンッ。
「そして世は混沌にまみれるのだァ――――――っ!」
「あ゛、ぎゃぁぁあぁああぁぁあ――――――っ!!?」
まさかの迫力。ド迫力。俺は発狂するように叫んだ。絶叫した。
こっぅええええぇぇえぇよおぉぉぉ――――――っ!?
何今のっ!恐いっ!恐いわぁっ!何で急にホラー入ったの!?ホラーテイスト入ったののおぉぉぉっ!!
希望に満ち溢れた(所持金0、職業:自称お琴奏者……いや無職住所不定)冒険が始まるのかと思いきや、マジで突き落として来たぁーっ!山の頂上から一気に転がり落として来たよぉっ!何で!?やっぱり諭吉だから!?
諭吉は時に、ひとを山の頂上から一気に転がり落とす。所持金僅か13円と言う、絶望と混沌渦巻く世界へ……。
諭吉は夢を見せてくれるだけの存在じゃない。時にひとを天から地に容赦なく叩き落とすのだ。
しかし叩き落とされたからこそ分かることもある。
「んー、ほんとに開けるんですかぁ?諭吉くん」
ここで、コンちーが弱気な発言。天下の九尾さまが弱気ってえぇっ!!
どうしちゃったの!?あらゆる物語に於いて最凶のラスボスを務める九尾くんなのに~~っ!
「ダメよ、コンちー。これは宿命、逃れられない運命なのよ」
と、ウサウサ。
「わふっ」
頷くわふちゃんは、……かわよす。
何か妖怪たちまで不穏げなんだけどぉー。
「あの、ほんとに開けるの?」
今一度、パパに問う。
「お前が何も召喚できなかった以上は、仕方のないことだ」
うん。俺が西洋風ファンタジーの世界に捨てられるのも仕方のないことだよね。分かった。
「……受け入れる」
「……いいのか、ビャク」
「だって……仕方がないもの」
俺は才能のないぐーたらぷーすけ。このまま腐ってニートになるくらいなら、壮大な西洋風ファンタジーの世界でのたれ死ぬのも……仕方がないのだ。
「大丈夫。俺、上手くやるからさ」
上手く、西洋風ファンタジーな異世界で自分の存在を消滅させるよ。上手く行かないことだらけの異世界人生だったけど、自分の死に様くらいはしっかりとやり遂げたい。
魔物とホンキオニしながら、生贄となる。きっと痛いだろう。泣きたいほどに呻きちらすだろう。だけど、それも運命。
「パパ、ママ。これまで育ててくれて、ありがとう」
「ビャク」
「ビャクさん、あなたっ」
パパとママが目尻に涙を溜めている。ママは後妻で継母のママママだったけど、それでも俺を虐めたりせず、ちゃんとお使いをくれて、たいして上手くもならないお琴の楽譜を買ってくれた。とってもいいママママだった。
「だから、最後に、だけど」
もう、お別れだもの。きっとこの扉を潜り、西洋風ファンタジーの異世界に足を踏み出して……扉が閉じられたら、きっとこちらの世界には帰って来られないのだろう。異世界転移は一方通行が基本だ。それがテンプレ。なら、最後にやり残したことをやってもいいじゃない。
「どうした?」
「何でも言ってちょうだい」
パパも、ママも、こんな時にまで優しい。いい両親を持ててよかった。
「あのね、俺……っ」
その時、諭吉くんが何かを感じ取ったのか叫ぶ。
「やめろっ!」
止めるな諭吉くうぅぅんっ!ここは、お兄ちゃんの最後のお願いを聞いてくれっ!
「パピーとマミーって」
「やめるんだ!それだけはぁっ!」
諭吉くんがこちらに走って来ようとするのを、コンちーとウサウサが止めていた。
「いけません!諭吉!もう彼には触れられないのです!」
「そうよ、彼自身が受け入れたのだもの」
コンちーとウサウサの言葉に、諭吉くんがくわっと吠える。
「だけど……っ!!」
ごめん、ごめんね、諭吉くん。お兄ちゃん、あっちでも上手く、やるからさぁ。最後の最後のお願い。
「呼んでも、いいかな?」
そう、パパとママに問えば……
「パピー、素晴らしい」
「いいわね、あなた!」
喜ぶ両親。力なく「あぁ゛~~~~っ」と泣きながら崩れ落ちる諭吉くん。
ごめんな、でもお兄ちゃん最後に、呼びたかったんだ。やっぱり呼びたかったんだ。だって俺をここまで育ててくれた両親だもの。
「諭吉くん」
「あぅ~~~~っ、もう終わったぁ~~っ、終わったよぉ~~~~っ」
「悲しまないでくれ。俺、お兄ちゃんらしいこと何もできなかったど、諭吉くんと過ごした日々はお兄ちゃんの一生の宝物だっ!」
そんなたいして過ごしてないけど!
「やめてぇ、もうやめてぇ~~~~~っ」
虚空を見上げながらも両手で顔を覆い、咽び叫ぶ諭吉くん。
俺、どんな形であり、そこまで諭吉くんに思われていたんだな。
「お兄ちゃん、とっても幸せだった。大丈夫、俺、幸せになるよ」
幸せな形で骨を埋められるように、頑張る。
「うあぁぁぁ――――――――――っ」
泣き叫ぶ諭吉くん。でも、行かなきゃ、俺。
「本当に、いいんだな」
「うん、パピー」
いいよ、俺行くよ。
「では、開けるぞ」
意を決したようにパピーが頷き、そして重々しい扉が開かれた……。
さぁ、この先にどんな異世界が……
「うふふふっ!嬉しいです!ビャク!私を選んでくれるなんて!」
そこから出てきたのは、一人の美青年だった。白髪に青い目をした爽やか系お兄さん。着流しの夏らしい着物姿。しかも扉の向こうは三畳ほどの小さな何もない部屋。そこに異世界など、なかった。
「異世界は?」
俺は残され……ない普通にいる家族に声をかける。
「何言ってるの!ほんとバカ!バカなのバカ!やっぱりバカ――――――っ!」
諭吉くんのおバカコール、遂に4回達成、ヤったねっ!
「私のビャクをバカバカ言うあのガキはなんです?」
美青年がムッとする。
「いいんだ、あれが諭吉くんの愛情表現だからさ」
「ほんとバカ――――――――っ!」
俺ってば、愛されてるぅ~~。
「では、ビャクが受け入れると言ってくれたので」
カチャッ
へ……?
俺の首に何かが付けられた。
「これ……」
革製の首輪?しかもご丁寧にリード付きである。
「何これ」
「今日からビャクが私のしもべ……パートナーになると言う、とってもステキな首輪ですよ~!」
「今しもべって言わなかった?ねぇ、言ったよね!?しもべって何、そしてお兄さんは何!?」
そもそもこのお兄さん、誰!
「妖怪を隸属させて従わせてる退魔師と同じでしょう?」
まぁ、パートナーではあるものの、主従の契約を結ぶのが退魔師と召喚された妖怪である。
――――――だが、
「俺人間だけど」
一応、人間を隸属させることはできない。退魔師協会が禁じているのだ。才能のない俺だけど、一応もしかしたらとパパに勉強はさせられたんだよ。座学の方だけね。だからそう言うのは知っている。
「それが何の問題が?」
「人間が人間を隸属させんのダメでしょーがっ!」
倫理観的にも!それママとウサウサが観に行くの大好きなショーの世界だよ確実にっ!
「私は妖怪ですよ?」
ケロっと告げる、お兄さん。
「はへ?」
普段はヒト型とってるコンちーとウサウサみたいな?あ2匹はケモ耳しっぽも出ているのだが……目の前の青年にはない。
「何の妖怪なの?」
「あぁ……それはですね」
そう言うと、青年の背中からバキバキバキッともふ毛に覆われた3対の脚が出てきた。雪のように白い毛並みだ。
「蜘蛛です」
「土蜘蛛――――――っ!?」
蜘蛛妖怪と言えば、土蜘蛛である。よくある妖怪土蜘蛛イメージでは土の中にいそうにないけれど!?
「うーん、蜘蛛は蜘蛛ですが、土蜘蛛ではないですよ。種類で言えば、正確には白いオニグモですね。突然変異の白いオオオニグモです」
「うっそ、どこが違うの?」
「そこなの?ねぇそこなの?」
諭吉くんがずっとそう囁いてるのだが。え、他のドコだと言うんだい!?
「諭吉、ビャクくんの幸せをちゃんと祝ってあげないと」
「そうだぞ、諭吉……!」
両親からの言葉に、諭吉くんがくわっと目を見開き、そして力なく目蓋が降りてくる。
「うん……もう、手遅れだもんね」
悲壮感に満ち溢れたそのコメント何だろうね……?
さて、俺は蜘蛛の青年妖怪に連れられて、いい感じの和風屋敷に案内されてきた。
何と言うか、現代日本の純和風旅館みたいだな。和風庭園も緑とグレーのコントラストが美しい。鹿威しの音もいいよなぁ。なんだろうね、この和む感!
「さて、ビャクは今日からここで暮らすのですよ」
「え、そうなの?何で」
俺は相変わらず首輪を嵌められて、リードを引かれている。実家から神隠しかよ的な感じで移動してきちゃったけど。
まさかの実家の障子の向こうとこちらの屋敷を繋げた青年について、とうとうこんなところまでやってきてしまった。
でもなんか、俺に拒否権なさそうだし。家族に泣きながら「言ってらっしゃい幸せにね~」と送り出されれば、今さら後には退けない。
「コンちーやウサウサだってそうでしょう。ご主人さまの屋敷で暮らすのは基本です」
いや、まぁ確かにコンちーたちも主人の諭吉くんたちの住んでいる実家で暮らしてるけど。
てか、妖怪たちの普通に名前呼んでる。昔からの知り合い?
まぁ妖怪の場合、そう言う繋がりもあるっちゃあるみたいだしなぁ。
「てか、何でお前が……名前聞いたっけ?」
今さらだけど、知らなかった。
「真冬です」
今、真夏だが。いやまぁいいか。真夏が過ぎればすぐ秋が来る。
そして今はしまっているが、真っ白毛並みの蜘蛛の脚はその名によく合うなぁ。
「でも何で真冬が俺のご主人さまなんだよ」
妖怪の方がご主人さまとか聞いたことないんだけど!?いや、悪い妖怪に奴隷のごとく囚われるとか言う設定なら分かるけどっ!そんな展開嫌だけど!そこからの下克上成り上がりファンタジーとかちょっと憧れるけど!でも実際現実でできる自信は皆無である……!
「……だってビャクったら、霊力まるでないじゃないですか」
「げほぁっ」
他人の心の傷をぁっ、いともあっさりとぉっ!お前は鬼かっ!いや、オニグモだけど。ほんにん曰く、突然変異の白いオオオニグモらしいけど……!
それよりもそんな簡単にひとの傷を抉るなあぁぁっ!
「だから契約を結ぶには私の妖力で結ぶしかないでしょう?」
いやまぁ、俺の霊力が0な以上はそうなるけど。
結ぶにしても、それ相応の霊力がいる。召喚しても霊力が見合わなければ契約はできない。せっかく召喚に応じてくれた妖怪には申し訳ないがお帰りいただくことになる。
素直に帰ってくれるならいいけど、そうじゃないなら戦闘になる。だからこそ、召喚の儀式には必ずパピーやマミーのような熟練退魔師が付き添う。
恐らく諭吉くんの時もそうだ。
自身の霊力に見合わない妖怪を召喚することは……滅多にないけどな。
そして俺のような霊力0の人間が行えばーーまるで効果がないのである。
「あんた、妖力強いの?」
俺相手ならどんな妖怪でもご主人さまになれそう。でも妖怪たちがそうしないのは、それをやれば退魔師たちに総叩きにされるからである。
そして弱い妖怪なら退魔師たちはいとも簡単にペラペラ札ビンタ1回で消滅させられるのだ。
札使うだけでも、手加減はしてるんだよ。素手でやってない分、……多分……?
だけど俺の家族が同意した上で俺のご主人さまになったってことは、家族が同意するくらいの大妖怪と言うことなのだろうか。
てか何で同意したの、退魔師一家ぁ――――……。
「ふふふ、それも分からないなんてぇ、ビャクはかわいいですねぇ~~」
ニヨニヨと笑いやがるこのご主人さま。
「悪かったなっ!俺にかかれば霊験あらたかなコンちーの九尾のしっぽに込められた膨大な妖力の素晴らしさなんて分からないよ。単なるもっふもふ天国だってことしか分かんないよ。そもそも大妖怪九尾とか言う前に反則級のもっふもふじゃん、あいつ」
もはや、ふわっふわなしっぽの前には妖力なんてペロペロパーなのではと、こっそりコンちーに囁いてみたら驚愕されたのを思い出す。
こっそりもふっちゃおうと思ったがやめた。さすがに怒られそうなんだもの。何か神秘的で触れがたいんだもの。
あと諭吉くんに怒られそう。また『バカっ!』って言われそう。お兄ちゃん、ゾクゾクしちゃうぞっ☆あ……なら、一度やってみた方が良かった?良かったのかな、これ。いーやいや、諭吉くんからのおバカはまだしもコンちーからの復讐が恐ろしそう……!やっぱなし……!
「……まぁ、だからこそいいのですけど」
何がいいのか、まるでよく分かんない。だけど……。
「何で俺なの?俺よりも強い退魔師と組んだ方がいいんじゃないの?」
強い妖怪と言うのは、強い霊力を持つ人間を好むのだ。あとパートナーとしてやっていく上での相性にも関わってくる。もちろん性格とか他にもバディを組む分にはいろいろあるだろうけど。
「ビャクのそう言うところが気に入ったからですよ!ふふふっ」
いや、気に入られたところがまるで分からないのだが。
「んーと……それにしても……ここは真冬の屋敷なのか?」
「えぇ。そしてどちらかと言うと妖怪の世界向きですからね、使用人も妖怪です」
「えぇっ、そんなところに俺が来ていいの!?」
「私のパートナー兼、使役人間ですもの」
ぅわーぉ。使役人間――――――。異世界ファンタジーNEWワード来ちゃったよ、コレ。妖怪のご主人さま付きの、使役人間・俺ですよ~。
「あのー……その、確認しておきたいんだけども。妖怪に襲われたりとか……しないよね?」
妖怪の屋敷に非力な人間がINしちゃった時のお約束ぅっ!
あるいは霊力持ってても戦う術のない主人公ヒロインが襲われちゃうお約束ぅっ!
「そんな治安の悪い屋敷ではありませんよ。あ、ここビャクの部屋です」
しれっと案内された部屋は純和風旅館の和室そのもの!
そして治安のいい妖怪屋敷、大事。うん。
部屋は畳の香りがどこか懐かしさを誘う。いや実家でもそうだったけど、やはり住み慣れた家じゃぁない場合はこの畳の匂いが気を落ち着かせてくれる気がするなぁ。
畳まれたお布団もあるし、小さな机もある。それから……琴も。
え……琴おぉぉっ!?ま、まままさか。まさか……!?
ひ、弾けと!?俺のオンチ琴弾けと!?俺は人間界……いや、暮らしている都中が恐れてやまない天下の琴オンチですけどおぉぉっ!?
いやそれとも練習しろと言うのとか……?無理だろ何年も散々やってオンチ琴極めちゃったんだからぁ……っ!
もしくは……俺が退屈しないようにと言う心遣いかも知れないけど。
「そして私の部屋は隣です」
「え、隣なの?」
それはそれでビックリ。まぁ迷わなくていいんだけど。
治安がいいとはいえ、妖怪屋敷だ。相棒を探して迷って悪戯妖怪にペロペロリとか嫌。
「夜恐くてひとりで寝られなかったら来てもいいですよ。わふちゃんもビャクのパピーと寝てるでしょう?」
「まぁ……」
むしろわんこなのだけど。ご主人と一緒に寝たいだけのわんこ属性爆発させちゃってるのがわふちゃんなのだけど。
めちゃくちゃかわいいの。パピーに身を寄せて眠る表情めちゃとろんとしてるの。
だから一度『コンちーもどう?』と問うて見れば、本気でドン引かれた。あともちろん諭吉くんから『おバカ』とのお言葉を賜った。
「でもひとりで寝れるから……!」
そんな歳じゃないわー。現代日本じゃぁ成人しとんねんで?あと、この国の成人年齢は15歳。けど儀式は18歳。お酒は20歳になってから。
「おやおや、それは残念ですねぇ」
何か本気で残念がってない?わふちゃんごっこしたかったのかな!?あれはわんこ(※狼)とやるから楽しいのっ!人間とやってもたいして楽しくないから!
「ところでここにはどんな妖怪が住んでるの?」
ちょっと気になった。
「紹介しましょう」
それはありがたい。日本家屋恒例の細長い廊下を進み、真昼が障子を開け放つ。そこには……
「くー、くかー……ボリボリ……」
何か、寝てた。何かってか、確実に妖怪だ。下半身蛇だもの。そしてお腹丸出しで、お腹をボリボリ掻いていた。お腹部分はかろうじてヒト型である。
「えぇっと……」
俺が反応に迷っていれば、
「カラスヘビです」
真冬がそう教えてくれた。
「カラスヘビ!」
つまり蛇妖怪ってことか。カラスじゃない。鳥の方じゃない。蛇の方。
そして畳に思う存分寝っ転がってゴロゴロしてる。お腹ボリボリ掻いてるでもその仕草もかわいいなぁっ!
黒髪の彼がすうっと瞼をあげると、その下から黒曜石のような黒目が覗く。因みに蛇体は黒である。一瞬目を開けたカラスヘビは……再び、寝た。だらだらしすぎとちゃいまっかっ!!
ニートの俺よりもだらだらしてるよーっ!!上には上がいたぁー……
「安心してください、ニホンマムシとか、ヤマカガシ系のカラスヘビじゃないので」
「そらぁよかった」
彼らにはたしか毒があったはずだ。毒あったら恐いもんね。
でも、何で異世界ファンタジーの世界の蛇に『ニホン』が付いてるのかは分からん。
いくら和風と言えど……異世界だからなー。因みにこの国の名前はーーサンボンだ。
あちらがニホン、こちらがサンボンなのだから……もしかしたらニホンマムシも二本マムシなのかもしれない。……いや、何が二本あるのか知らんけどもっ!!
「因みに何系カラスヘビなの?」
「シマヘビ系です」
あぁ、何だ。なら安心かも。
まぁ噛まれると破傷風などの危険もあるから無闇に手は出せない。でも妖怪ならば別だ。野生の動物の狐には触っちゃならないが、妖怪のコンちーには触れても大丈夫。でも怒られそうだから、触りたい時はちゃんと声をかけようね!
そうだ……!思い出したぞ……!いきなり触ったら……2時間ヒトダマホンキオニだ。
何かそんな会話を、諭吉くんとコンちーがしてたの聞いた。
ヒトダマホンキオニ……怖そう。俺、勝手に触らなくって良かったぁ――――――。
「フレンドリーなコなので、おやつねだりに来たらあげてくださいね」
え、餌付けっ!!まさかのワンポイントアドバイス、まさかの餌付け!
※なお、もちろんだが野生のヘビの餌付けはいけません。妖怪だから、可なのだ。まぁ妖怪の中でもNGあるけど。
わふちゃんったら大好きなジャーキーねだってくるけど、与えすぎたらダメだし。パピーが誘惑に負けて与えすぎそうになり、マミーに怒られていたのを思い出す。
「あと、アオダイショウは働き者です」
「ふぇ?」
真冬がさっと示した方向には、パタパタとお盆を持って走るアオダイショウ蛇体の青緑の髪と目の蛇妖怪がいた。いや、蛇体だからパタパタとじゃない。ずもずもずもだった。
――――――いや、しかし……
「カラスヘビさぁんっ!!?」
おうちの守り神的な存在のアオダイショウさんが働いてるのに、カラスヘビさんのんびりしすぎぃっ!くったりしすぎぃっ!そこがかわいいんだけども!
いや、むしろここは妖怪の自由だけども……!!
「あと、こちら」
「あぁ、はい」
くったりまったりカラスヘビさんの元をあとにし、真冬に手招きされて開け放たれた障子を覗いて見れば……。
そこには、竜がいた。東洋風の、尾の長い竜……!!白いきれいな鱗である!わぁ、竜~~っ!この世界に於いて竜は伝説ではないが、出会えることはほぼない。そんな竜がいる~~っ!テンション上がるぅ~っ!
「あ、まふゆたん。そのコは?」
大体5歳くらいの見た目の、頭に竜角、お尻からしっぽを生やしたかわいいコちゃんが真冬と俺に気が付いたようだ。
「私のペッ……相棒のビャクですよ」
いや、あの――――……飼われてる身であまり贅沢は言えないのだけど、今『ペット』って言おうとしなかった!?ねぇ、言おうとしたよね!?ペッて言いかけたよね!?
俺のこといったい何だと思ってるのこのご主人さまぁっ!!
「こんにちわ」
「こんにちは」
ちび竜が挨拶してくれたので俺も。
「かわいいなぁ」
何だ、かわいい妖怪もいるんだなぁ。
ちびちゃんをなでなでしていれば。
「因みに2000歳くらいのじじいなのに幼児の格好をしています」
「早く言ってぇっ!?何か恥ずかしいよぉっ!」
俺よりもうーんと、うんとう――――――んと年上のおじいちゃんの頭なでなでしちゃったじゃぁんっ!!
「その、ごめん、なさい?」
一応謝っとく。
「なでなでもっとほちいれす」
ぎゃっふーっ!かわいい!かわいいよこのコ!ほんとに?このコほんとに2000歳のじいじなの!?ねぇ真冬さん、からかってないよね俺のこと……!!!
「さぁて、次はっと」
次行くのぉ!?真冬さあぁぁんっ!ちょっと待ってぇー!今行くからリード引っ張らんといてぇっ!てか何で俺リードで繋がれてんのっ!?わふちゃんですら首輪もリードもしてないのにぃっ!
ちび竜ちゃん(おじいちゃん?)にバイバイと手を振って別れて、続いての障子を開ければ。
「あっ、えとっ、どうしたの?」
そこにはとてもとてもきれいな鬼がおりましたとさ。ピンク色の髪に妖艶な赤い目。透き通る肌の色に加えて人外の美しさを放っている。頭から伸びる2本の角はどちらもピンク色。
唇なんてぷるっぷるん。女性にも見えるのだが、着物の帯の位置が男性であることを示している。
てか鬼――――――っ!?下手したら九尾よりもヤバい、この世界の妖怪のドンがここにおるぅ――――――っ!この和風異世界ファンタジー世界に於いて、最恐と呼ばれるのが鬼なのである。
鬼が怒れば天変地異。悪さをすれば災害級避難警報ものである。
「彼女は桜鬼」
ピンクの角が示す通りの色の鬼だ……!そして、『彼女』……!男モノの着物だけど、彼女として扱わねばならない。この世の平穏のために。鬼はヤバい。でもオネエはもっとヤバい。ウサウサオネエを見てきたから分かる。
妖力霊力抜きに考えれば、実家で一番恐いのは……オネエのウサウサだ……!
「ビャクを連れてきました。私のどれっ、いえパートナーです」
いや、ちょっ、まーてーや――――――っ!?今何て言いかけた!?奴隷!?奴隷だよね何言いかけてんの!それはむしろツッコミドコロかな!?それとも本気?マジなの?それとも冗談なのどっちやねんっ!!
「あら、初めまして。みんなから姐さんって呼ばれてるの。よろしくね」
にこりと微笑んでくれる桜鬼……いや姐さん。
「い、いえす、姐さん!」
俺の腕は自然と敬礼時のきれいな弧を描き、そして額に指先をちょんと付けるようにして止まり、世界の真なるドン、オネエ鬼姐さんに敬礼を向けた。
「何か面白いですね。ぷっ」
何笑ってんのご主人さまぁ――――――っ!?
「あと、いろんな蜘蛛妖怪が出入りしてますから」
「あぁ、やっぱいるんだ蜘蛛妖怪」
「そこら中にいますよ。家にとっては益虫なので結界とか意味を成しませんし」
「そんなの初めて知った。蜘蛛すげぇね」
――――――あ、てことは。
「うちの結界も意味なし?」
一応退魔師の屋敷だから、契約を結んだ妖怪以外は入れなくなっているのだ。
「特にないです」
マジかよ。
「あ、真冬がうちにいたのも?」
「えぇ、もちろんすり抜けましたよ~!」
「最強じゃん、蜘蛛最強じゃん入り放題じゃん。でも何であの狭いスペースにいたんだ?」
「サプライズを仕掛けるために、儀式が始まってからずっと待機してました」
まさかのぉ――――――っ!?
「でもやはり、霊力0ですからね、目論んだ通り」
「うぅ……」
俺が役に立たないことは自分でも分かってた。ぐすん。
「あ、じゃぁさ、牛鬼とかどうすんの。入られちゃうじゃん」
退魔師も恐れる強恐牛鬼さんである。
「あれは蜘蛛の姿をとっているように見えますが、蜘蛛妖怪フレンズではないので別物です」
何蜘蛛妖怪フレンズっ――――――っ!?牛鬼はしょられてんの!?蜘蛛妖怪フレンズから仲間に入れてもらえてないのぉーっ!
まぁ、蜘蛛の姿をちょこっと持ってるとは言え……牛と、鬼だもんな。仮にその鬼がオニグモの鬼であったとしても……やっぱ弾かれるんだろうか。
「じゃ、ジョロウグモは?」
蜘蛛妖怪3選のうちの2匹目っ!
「ジョロウグモならよく蜘蛛女宴会をしてますから来ますよ。いえ、大体ここに居座ってますかねぇ」
「いんのかよっしかも居座ってるのぉっ!?そして宴会!?蜘蛛女の!?それもう女子会やんけっ!」
ジョロウグモ、まさかの女子会開いてた――――――っ!!!
「覗くと引きずり込まれて愚痴を延々と聞かされます」
「地味に嫌だなそれ!?」
糸でぐるぐる巻きにされるよりはましだけど!
「なら、土蜘蛛はどうだ――――――っ!」
蜘蛛妖怪3選最後の砦!みんな知ってる土蜘蛛!
強いぞでかいぞ大妖怪~~っ!
「……会いたいん、ですか?」
「そりゃぁ……あ、でも食べられたりしないよね?」
ご主人さま、俺のことちゃんと守ってくれるよね?散々恐いワードと言い間違えそうになってたけど、俺たち相棒だよねぇ~~っ!?
ねぇ、どうなの、ねぇっ!!
さてはて……前世でも有名だった妖怪土蜘蛛さんは……どないな感じ!?つか、でかいよね?アイツでかいよね?屋内に入るの!?ドキドキしながら待っていれば。
「ほぉ~ら、おいでおいで~!この人間のお兄ちゃんがですねぇ~」
真冬が手招きをして、わらわら集まってきた茶色い集団に語りかける。
「君たちに食べられたりしないかと怯えているんですよ~!うっふふふぅ~っ」
ニッコニコ真冬ご主人さまさまの傍らには、5歳児ほどの茶色い髪に黒い瞳、背中からもっこもこな蜘蛛脚を生やしたちび蜘蛛妖怪ちゃんたちがいた。
何か……かわいいんだけど!もっふもふだよもふいよちび蜘蛛ちゃんたちぃっ!!
「……ふぇ?」
「たべる?」
「おかち、おかちたべりゅ!」
なーんか超絶恥ずかしいんですけどぉ――――――――っ!?
「あぁ、紹介しますね、ビャク。このコたちが土蜘蛛。正確にはツチグモとエゾトタテグモ、ちょっと色の淡いコはワスレナグモ。みんな土蜘蛛仲間ですよ」
「がっはぁ――――――っ!」
その何事もなかったかのような解説~~っ!逆に心にぐっさりと突き刺さるぅ~~っ!ひえぇ、ドSぅ~~っ!!!
想像していたよりもずっと、いや遥かにかわいすぎるわっちゃわっちゃちび蜘蛛ちゃんたちだったのぉっ!!あ~んっ!
「……あの、えぐっ。そ、そのぅ、でっかい土蜘蛛は」
前世にテレビとかで見たでかい土蜘蛛は……い、いればまだ、恥ずかしさを紛らわせることができると……俺は信じたいっ!
「ふむ、そうですねぇ」
真冬にお菓子をもらってはむはむしているちび蜘蛛たちに手を振り、また違う部屋の前にやってきた。
「ほら、中にいますよ」
この中に、でかい土蜘蛛が……っ!?開けた瞬間襲われたらどうしよう。でも、真冬さんもいるし……。だい、じょぶだよね?ドキドキバクバクする心臓を鎮めるように唾を呑み込……
すとんっ
みきる前に開~け~ら~れ~たぁ――――――っ!?
「ひいぃぃっ!?食われるぅ――――――――っ!?」
つい絶叫してしまったのだが。
「あら、真冬ちゃん?どうしたの?」
「ようやっとビャクちゃんが来たのねぇ」
「かわいいわねぇ。食われるって、なぁに?」
その中なら響いてきた声はとてもかわいらしい女性のものだった。
彼女たちはさっきのちび蜘蛛ちゃんたちをそのままおっきくしたような、かわいらしいお姉さんたち……いわゆる蜘蛛女たちがいた。
「……」
俺、またスベったぁ――――。隣で笑い堪えるのやめてぇ真冬さぁ――――ん。
うん、そだね。
何か……何かチガウ――――――――っ!確かに大きいよっ!さっきのちび蜘蛛ちゃんたちに比べれば大きいよ!でもチガウ、そゆことやないぃっ!!
「オスは?」
オスならでかい?いやでも蜘蛛ってメスの方がでかいイメージがある。
「……いますけど、そんなに会いたいんですか?」
真冬が堪えていた笑いを呑み込み、こてんと首を傾げる。
「恐い土蜘蛛は!?恐い土蜘蛛はいないの!?」
もう、前世で見たテレビでのトラウマ土蜘蛛なんて知るかあぁい!!ここは、ここはもうおっかなビックリ土蜘蛛を見るまで終われない……!これは、俺のプライドを懸けたなんやかんやであるっ!
「口から糸をシャーッと吐くのは!?」
「あら、糸を?」
「シャーッて、蛇かしら」
「ヘビは糸を吐かないわよ?」
と、ぽかんとしているお姉さんたち。
「ビャクは土蜘蛛が糸を口から吐くと思っているようです」
「そうそう!そうでしょ!?」
前世テレビとかで見たもんんんっ!!
「え?土蜘蛛が口から?」
キョトンとするツチグモお姉さん。
「んまっ、最近の若い子ったらっ!!」
口に手を当てて驚愕するワスレナグモお姉さん。
「人間ってそう言う想像をするの?やぁねぇ」
と、エゾトタテグモのお姉さん。
がはっ。
何か相当見当違いなことを口走っていたらしい。はっずかしぃ~~っ!
「蜘蛛女は怒ると恐いですよ」
「……。ごめんなさい」
即、陥落っ!
「いいのよ~。あと、ユカヤマシログモなら口から糸を吐けるわね」
吐ける蜘蛛もいるんすか、ツチグモお姉さんっ!
「ツチグモでは……」
「ないですね」
そっすか――――――。前世の土蜘蛛ドリームは、ボロボロに崩れ落ちたぁ~~っ!
まぁでも妖怪は男妖怪より女妖怪が恐いってのも分かる。オネエ妖怪も強いよね。あと、どこの世界でもおかんは強い。母は強い。マミーも強いよ。パピーを術式でぶっ飛ばすくらいである。最強である。
「蜘蛛女は最強です。この屋敷では合言葉ですよ」
蜘蛛屋敷ならではの合言葉――――――っ!
「そうよぉ」
「蜘蛛女は怒らせると恐いのよ」
「うふふふふ~っ」
ゾクッ。
何だか蜘蛛女土蜘蛛シスターズのお姉さんズの朗らかな笑みに、背筋がゾクッとなった。
「おや、ビャクも妖怪にゾクリと来るんですねぇ」
感心するように告げる真冬。そりゃぁね!?一般庶民ですら恐いと思う鬼にも俺はノーリアクションっ!ノーリアクションすぎて鬼がいじけちゃって、諭吉くんがその隙付いて叩きのめしてくれたことあるよ……!
いやー、諭吉くんは鬼も倒せるんだすごいなぁー。俺には真似できないよー。霊力0だしぃ。
鬼の自尊心バキバキに折ったことしかありませんっ!でも反省はしてませんっ!だって霊力0は自分でもどぉにもできないもんね――――。
んもう開き直りっ!イェイイェイイェイッ!
そんなこんなで俺は激にぶちんなのだ。でも、お姉さんズの笑みにはゾクリときた。多分これは、そう言うのじゃないんだ。妖怪うんぬんじゃなくて、男として、これは逆らっては行けないと本能が告げているんだぁ~~っ!!!
※※※
蜘蛛屋敷一日目は蜘蛛屋敷の探検で幕を閉じた。ご飯もお風呂も済ませて部屋に戻れば、ちゃんとお布団が敷いてあった。
「わぁ、ふかふかぁ」
枕は変わったが、これなら快適に寝られそうだ。
ぽふんと横になれば……
すすっ
すとんっ
寝室の襖が開いて、一瞬ビクンと来たのだが、そこにいたのは本日出会ったかわいらしいちび蜘蛛ちゃんたち。ツチグモ、ワスレナグモ、エゾトタテグモだったよね。
「どうしたの?」
丁寧に襖を閉めたあと、とたとたとこちらに歩いてきた3匹に上体を起こせば、俺のお布団の上にころんと転がる3匹。
なにこのもこもこ。かわいすぎないか。
「まふゆににがゆってた」
「真冬が……?何て?」
「びゃく、夜こわくてひとりで寝られないかもって」
「だからいっしょに寝てあげなさいって」
「おトイレもいっしょに行ってあげるね」
ぐぁっはぁ――――――っ!!!真冬ぅっ!真冬ご主人さまは俺をどないしたいん~~っ!?最後の最後までドSやんっ!俺、ひとりで寝られないキャラにしてくれるぅっ!
――――――いや、でも夜中のトイレは……ありがたいかも?なんと言うか、この世界に転生して18年なのだが、日本家屋の夜中のトイレは……恐い。廊下が底知れない闇を宿しているからねっ!
トイレまでの廊下が妙にひんやりとしていて、薄暗くて、遠い。その廊下を進まなくては行けない恐怖、心細さ。これだけは未だに慣れない。
そしてここは来たばかりの日本家屋っ!寝る前にトイレには行ったが、夜中突然おトイレに行きたくなった時、一緒に行ってくれるちび蜘蛛ちゃんたちがいるなら、まだ堪えられるっ!
いい歳した男が何言ってんだと言う感じかもだが、しかし日本家屋の夜の廊下はそう言うものなんだぁっ!
「ちょっと外のぞいていい?」
「覗く?」
「いこいこ」
試しに襖を開けて廊下に出る。すると闇が深いその先の見えない廊下に思わずぶるりとする。
しかしどこからか賑やかな声がする。振り返って見れば、真冬の部屋の更にその先の廊下が明るい?いや、部屋の明るさかな。
「あれは」
「くもおんなのうたげ」
例の女子会かぁ――――――っ!
「いく?」
え、行ってもいいの?
「もどれなくなる」
ひぃっ!引きずり込まれるんだぁっ!屋敷内の治安はいいけどあそこだけは魔境~~っ!
「あさまで」
いや、朝になったら戻れるのかぁ~。でも朝まで寝かせてもらえなさそう、絶対行かない、俺眠い。
「寝よっか」
「びゃく、びびり?」
ぐはっ。確かにそうだけど、ストレートに言われるとグサッとくる。ちび蜘蛛たちに言われると妙にグサッとくる。
襖を閉めて、お布団に横になれば、ちび蜘蛛たちも思い思いの場所に寝転がる。昼間は暑くても夜は涼しいこの国の夏。
掛け布団もないと寒いから、お布団の中で丸くなってくれるもふもふちび蜘蛛たちはありがたいかも。お布団にごろんと仰向けになれば。
「さぁ~て、寝よっか」
「びゃく、上」
へ……?上?ツチグモちゃんの言葉に天井を見上げれば。
「もう就寝かえ?人の子は早寝だのう?」
天井に、いた。逆さまに吊り下がった……
「あ゛ぁ゛――――――――っ!?」
蜘蛛脚を背中から出して、ばぁっと両手を広げた色素の薄い髪と瞳の蜘蛛と思われる青年の姿に絶叫した。
「だ、だだだだだっ、だれ」
「タイリクユウレイグモじゃ。じじいじゃ。よろしゅう」
えぇっと、その、彼も蜘蛛妖怪?そして、じじいて。
「おじい」
「おやしきすんでる」
「おじいおやすみー」
どうやらみんなのおじいポジらしい。
しゃべり方も少し古風だものなぁ。
「お、お休みなさい」
と、挨拶をすれば……
「うむ、良い夢を見るとよい。夜中トイレに行きたくなったら言うがよい。ちび蜘蛛たちが熟睡しているやも知れぬからのぅ」
いやまぁ、その可能性は確かにあるかも。
「……そ、その時は、よろしくお願いします」
ちび蜘蛛ちゃんたちが、起きなかった時のためにぃっ!!!
「うむ」
天井から吊り下がっているのはホラーだけども、ここはお言葉に甘えとこうと思う俺なのであった。
ボロ゛ン゛ボロ゛ン゛リ゛ン゛ッ
ボロ゛ン゛ボロ゛ン゛ギイ゛ン゛ッ
不協和音が響く。
いつもちゃんと弾いてるはずなのに、どうしてだろう。
「おれ、へたくそだ」
「……そうでしょうか」
その柔らかな声色に、俺は顔を上げた。
「私は、好きですよ」
そう言って微笑んだのは、誰であっただろうか。
※※※
「ビャク、ご存知ですか?」
「んん、んにゅぅ~~。何だよ、朝っぱらから」
朝起きたら、枕元にいた真冬。ほんと、自由すぎる。でもおじいもいつの間にかいて、朝になったらどこか別の場所に行ってしまったし……ここの妖怪たちは自由だ。
――――――――蜘蛛だからかも知れないが。
しかし……蛇もかもしれない。だって……。
掛け布団の上でカラスヘビさんが腹出してくーすか寝てたんだもの。自由だ。自由すぎる。
そんな寝室で起き上がって、カラスヘビさんを起こさないようにそっと横によけて、腹にタオルケットを掛けてやる。
そうしていればちび蜘蛛たちも起き出した。もふもふですごいいい寝心地だったのに、朝から何だよ、真冬ったら全く。
「このサンボンより南の国に、このくらい大きな蜘蛛がいるのですよ」
真冬がヒト型の腕でこんくらいと見せてくれる。大人の顔よりもでかい。
「ちび蜘蛛じゃなくて?」
「えぇ、妖怪ではありません」
「ふぅん……でか」
実際の野生生物ってことか。
でも地球でも……東南アジアにそれくらいでかい蜘蛛がいると聞いたことがある。
こちらの世界にいたとしても別に不思議ではないかも。
「その蜘蛛なのですが……」
「ん?」
何だよ、もったいぶっちゃって。
「こうやって後ろ足を掻き掻きしていることがあります」
見ればツチグモちゃんが蜘蛛脚で身体を掻き掻きしていた。見る分にはとてもかわいらしい。
「へー、かわいいじゃん」
頭なでなでしてあげちゃう。そして喜ぶ様子もかわいいなぁ。
「でしょう?でもこうしている時は、チクチク痒~くなる毛を熱心に飛ばしている合図なのですよ」
「あぎゃ――――――っ!?」
思わずツチグモちゃんの頭から手を離して跳びはねそうになったのだが。
「ぷっ、ククッ」
「ふぇ?」
真冬が吹き出した。
「ちび蜘蛛にそう言った能力があったら、一晩同じお布団の中で寝ただけで、麻痺して動けなくなっていることでしょうね。それも、3匹だなんて……ふふふふふっ」
あれまーと言う表情を向けてくる真冬。
「いや、3匹差し向けたのお前だろーがっ!」
「いえ、ビャクの妖怪に対する危機管理能力がどのくらいなのかを試してみたのですが……全く皆無じゃないですか。天井にはおじいまでいたのでしょう?」
何故そこまで知ってる。声でも聞こえていたのだろうか。それとも何か、蜘蛛同士通じるものがあったのだろうか。
「でもま、夜のトイレの心配もあると思いますし?」
「ギクッ」
完全に見透かされてるぅー。
「良いセラピーだったでしょう」
「あー、うん、まぁ。てか騙したなっ!?」
ちび蜘蛛たちにそんな恐ろしい能力なかったじゃんっ!!ただもふもふに癒されただけじゃんっ!あと、夜中のトイレに着いてきてくれるぅっ!
「ですが、知らない妖怪を寝室にホイホイ招くとか普通あり得ないですね~」
「うぐっ」
確かにそうだけど!
「ちび蜘蛛たちは真冬が紹介してくれた子たちだし、おじいもいい蜘蛛っぽかった。いや確実に蜘蛛だったし。ちび蜘蛛たちも懐いてるみたいだったからいいかなって」
天井から吊り下がってたのにはビビったけど。
「まぁ、そうですねぇ。私のこと信頼してくれてるんですねぇ」
真冬が穏やかに笑む。
「そ、そりゃぁ、その。パートナー、なんだろ?」
諭吉くんとコンちーも、パピーとわふちゃんだって、マミーとウサウサも、互いを信頼し合うバディである。
「俺たちも、パートナーなんだから信頼しあったっていいじゃん?」
主従関係は真逆だけども。
俺の方が使役されてる。ご主人さまが蜘蛛妖怪真冬さんの方。……ぐすん。
「ん――――……それもそうかもしれませんね」
クスリと微笑む真冬。何だか妙に嬉しそうな……?
「さて、今日はお仕事に行きますよ」
「お仕事?何の?」
「決まっているじゃないですか。妖怪関係のお仕事です。今日は諭吉くんとコンちーも一緒です。待ち合わせ場所や時間はこちらで調整しましたので。はい、着替え」
「え、それって退魔師のお仕事?俺行っていいの?あー、でも着替えはもらう」
普段なら霊力まるでない俺は、危険だから同行は絶対不可とされるのに。
「えぇ、どうぞ。しかし……ビャクが同行するのは構いませんよ。だからこそ私がいるのですし」
何て頼もしいバディ名言っ!!……でも、
「真冬……。俺、何もできないよ?」
「マスコットです」
「はい?」
いきなり何の話ぃっ!?
「たいしたことはできないですけど、退魔師少女の隣でぴーちくぱーちくしゃべるマスコット使役妖怪も、相棒ですよ。あなたは使役人間ですけど」
あぁ俺そう言う立ち位置ね!?うん、よぉくワカッタタタタッ!退魔師少女……地球風に言えば魔法少女!俺は魔法少女のだいたい隣にいるけど大した戦闘力ないマスコットぉっ!うん、よぉく、ワカッタアァぁッ!!
……。
……あの、
…えーっとね、泣いていいですか。今だけ。