月に一度、自分は何をしてるんだろう、なにならできるのだろうと思う。
 僕の目の前にあるパソコンの画面にはYoutubeのアナリティクスが表示されている。登録者数500人、総再生数2万回。2年間も動画投稿やっているのに伸びず底辺止まりだ。昔にコラボしたYoutuberは現在の登録者は1万人になっていて今が伸び盛りだ。
 結局は才能や顔や声、体格などがないとやっていけないものなのだろう。ゲームの才能が有ればそのゲームが好きな人が見るし、声が良ければVtuberやカッコいいイラストやかわいいイラストを使えば人は見に来る。女性のYoutuberなんてちょっとエロい服でも着て話していれば男たちはホイホイついてくる。
 どれも持っていない僕はどうするとこも出来ないのだ。何もない、何もできない自分に嫌気がさしてため息がでる。
 気持ちを変えるために推しの配信のアーカイブに画面を切り替えてみたが気が乗らずパソコンの電源を落とした。
 少し夜風に当たりたくなったので散歩に行こうと時計を見て時間を確認すると0時になっていた。高校生がこの時間から出歩くと間違いなく補導なのだがこんな田舎ではパトロールをしている警察なんていないので大丈夫だろう。パジャマの上からダウンジャケットを羽織りスマホだけを持って家を出た。
 12月の夜中の外は息が白くなるくらい寒い。不意に空を見上げると冬の大三角がきれいに輝いていた。小学生のころ自分はあの一等星のように誰よりも輝ける人間になるんだと思っていた。でも今の僕は勉強もできない、スポーツもできない、Youtubeは底辺でなんの取柄もなく六等星にすらなれない。一等星のような人間は僕の推しのようにみんなを笑顔にさせたり、音楽を歌って感動させたりする才能のある人間なのだろう。
 近くに公園があるのでそこで少し休んでから家に帰ろう。そう思い、僕は公園へと足を進めた。
 夜の公園は静かで人の気配などない。自動販売機で温かい缶コーヒーのボタンを押してスマホでキャッシュレス決済をするために自動販売機にスマホをかざした。缶コーヒーを買いベンチで休憩していると声をかけられた。
 「隣に座ってもいいですか?」
 缶コーヒーに向けていた視線を声のする方向に移すと大学生くらいの女性が立っていた。その声はすごく僕の推しの声に似ていて驚いた。
 「いいですよ」
 無言の間が続き、気まずいので帰ろうと思っていたら女子大生に話しかけてきた。
 「間違ってたらごめんなんだけど君って高校生だよね?」
 「なんでわかるんですか?」
 「うーん、何となくかな」
 「お姉さんは大学生ですか?」
 「そうだよー。聞いたことあるかな、北月大学ってところの2年生だよ。言えなかったらいいんだけど君はこんな時間に何してたの?」
 「いやーちょっと悩んでたことがあって……それで散歩で気をまぎらわそうかなと思ってたんですよ。逆に聞き返しますけどお姉さんは何をしていたんですか?」
 「私はいつもこの時間に散歩しているんだよ。そういえばさっき、悩んでたことがあるって言ってたよね?私でよければ話を聞きくよ。これでも人と話すのは得意な方なので」
 彼女は腰に手をあて、少しどや顔をした。
 正直に話そうか迷ったが自分は底辺Youtuberで身バレにたところで何の影響もないので話してみることにした。
 「自分、Youtubeやっててそれでコラボしてた配信者とか同年代のYoutuberとかが伸びてて、それなのに僕はまだ500人の底辺でYoutubeって結局才能なのかなあって思っただけです。だってそうでしょ、かわいい女の子とか胸が大きい女の子とか声がいいとか面白いとかそういうのがないと伸びないんです。自分は顔もよくない声もかっこよくない面白くもない何もできないんです」
 「そんな事ないと思うよ、たしかに才能も大切だけど一番大切なのは伸びている人を才能があるからで纏めるのではなくなぜ伸びているのかどんなところが視聴者にささっているのかをしっかり分析できることが大切だと思う。」
 彼女の顔はさっきのように柔らかい笑顔ではなく自分の過去を振り返っているかのようなとても真剣な表情だった。
 「もしかしてお姉さんもYoutubeやってたりしますか?その、声がとても僕の推しに似てるので」
 「いや、やってないよ。友達が趣味でYoutubeやってるから話を結構聞いたりするから知ってただけだよ。ちなみに、Youtuberで誰が推しなの?」
 「奏音って言ういろいろなカバーをしてるアーティストがめっちゃ好きです」
 「その人知ってるかも!最近、よく音源が使われている人でしょ!」
 「僕、ずっと推しててアクリルキーホルダーとかも持っているんですよ」
 「その人のどういう所が好きなの?」
 「声が好きなんですけど、やっぱり一番好きなところは人の心を動かす力があるところですかね……」
 「心を動かすってどういうこと?」
 彼女は興味深そうに聞いてきた。
 「奏音さんのコメント欄を見ると『感動した』とか『あなたの歌声で救われました』とか、そんなコメントが多くみられるんです。現に自分もいろいろな場面で奏音さんの歌声に助けられてきました。人の心を動かすっていうのは難しいことだと僕は思います。それなのに奏音さんは多くの人の心を動かしているんです。まあ、この部分は好きというより憧れですかね……」
 「じゃあ、君も憧れの人に少しでも近づけるように頑張らないとだね。私はそろそろ帰らないと明日は1限から講義があるからね」
 お姉さんはあくびをしながら大きな伸びをしながらベンチから立ち上がった。
 「それじゃあね、私は毎日夜は散歩してるからまた相談とか悩みがあったらこの公園に来なよ」
 「また相談にのってください」
 「そういえば、君の名前を聞き忘れてた。君の名前はなんていうの?」
 「僕の名前は一星咲玖です。お姉さんの名前は何ですか?」
 「私の名前は一ノ瀬奏だよ。咲玖君おやすみ」
 「おやすみなさい」
 そう言って奏さんは帰っていった。公園に残された僕は空を見上げてあの一番星のように、僕の推しのように輝ける人間になるんだと決意を固めた。

 「おーい、一星起きろ。号令するぞー」
 4限終了のチャイムとうるさい教師の言葉で僕は目が覚めた。まだ起きてすぐの目を擦りながら重たい体を無理やり動かし立ち上がった。日直の「礼」という掛け声とともに全身から力が抜けたかのように席に着いた。僕が机で突っ伏しているとコツンと頭を叩かれた。
 「なんだ、また夜遅くまで編集してたのか」
 「うん」
 僕は机に突っ伏したまま顔だけを友達の祐二の方に向けた。
 「底辺Youtuberなんだから編集なんてしても意味ないって。大した取柄のないノリしかないお前にはYoutubeは無理だって」
 祐二は冗談っぽく笑いながら言ってきた。
 (は?俺がどれだけ今まで頑張ってきたと思ってるんだこいつは。そんなこと言うくらいなら自分がやってみたらどうなんだ。やってもないのに、やったこともないのに有名な人のデカい数字だけを見て地道に頑張ってる僕を語るなよ。)
 そんな心の叫びを押さえつけ僕は少し笑いながら「たしかにそうだよな」と返した。
 5限の授業も6限の授業も僕はいつまでYoutubeをやり続けるんだろうと考えた。大して有名でもないし有名になるビジョンも全然見えない。やっぱり、何の取柄もない僕には無理なのかな……。ダメだどんどんネガティブな思考になってしまう。
 『たしかに才能も大切だけど一番大切なのは伸びている人を才能があるからで纏めるのではなくなぜ伸びているのかどんなところが視聴者にささっているのかをしっかり分析できることが大切だと思う』ふと、奏さんの言葉が頭に浮かんだ。そうだ、才能で諦めるな。有名な人もおなじ人間だ。多少のスペックは違っても僕にしかできないこともあるはずだ。
 そうして僕は自分にできることを探すのだった……。

 だめだ、何も思い浮かばない。昼から深夜までずっと考えていたが一向に答えが出ない。僕は答えを見つけるために奏さんに相談することにした。
 前に来た時と同じ場所に行くと奏さんが缶のココアを片手にスマホを触っていた。
 「奏さん、こんばんは」
 僕が声をかけると奏さんはビックリして急いでスマホを服のポケットにしまった。
 「咲玖君か、びっくりしたあー」
 「少し相談したいことがあって話しに来たんですけど今時間ありますか」
 「ちょっと歩いて休憩してたところだからぜんぜんいいよ。それで、相談って?」
 「友達にお前は取柄がないからYoutubeは無理だって言われたんです。どうすれば自分にできることが見つかりますか?」
 奏さんは顎に手をあて少し考えてから話し始めた。
 「よし、今から私にできることを咲玖君に特別にお見せしましょう。ってことで私に着いてきて」
 僕は奏さんの横を歩き公園から15分くらい歩いたらカラオケ店の前で奏さんは足を止めた。
 「大丈夫ですか店員さんにバレたら僕、一発で補導ですよ」
 「そこは安心して!ここで私の友達がこの時間帯にバイトしてるから大丈夫だよ」
 僕は奏さんに促されるままお店の中に入った。お店に入ると大学生くらいの女の人が受付カウンターの前でスマホを触りながら立っていた。ピアスの穴が何個か開いていて初めの印象は奏さんとは真逆のチャラいタイプだなだった。
 「いらっしゃいませ。って奏じゃん!こんな時間にどうしたの?」
 「ちょっと歌いたい気分になって」
 「もしかして、隣の人って彼氏?もう、彼氏がいるなら言ってよ!」
 「いえいえ、僕が奏さんの彼氏が務まるわけがないですよ」
 「咲玖君は高校の後輩だよ!あと部屋はいつものところで、今日は1時間で頼むね」
 「わかったよ。あ、ここのカラオケの部屋は監視カメラがあるから変なことをし始めたら一発でバレるからね」
 「し、しないよ!第一、咲玖君はそんな人じゃないもん!!」
 「それじゃあ、部屋は20番で1時間ですね。当店ではドリンクバー付きで機械はそちらの角を左に行ったところにあります。ごゆっくりどうぞ」
 「咲玖君、行こうか」
 「そうですね」
 僕が奏さんの後ろについていこうとすると奏さんの友達に呼び止められた。
 「奏の歌はめっちゃ上手いから期待しててね。あと、奏は今彼氏いないから今がチャンスだよ後輩君」
 「さっきも言いましたけど、僕には無理ですって」
 「とりあえず、楽しんでおいで」
 僕は奏さんの友達知軽く会釈をしてから奏さんのあとを追いかけた。20番の部屋に着いたが奏さんの荷物だけが椅子に置かれており僕は荷物の置いてあるソファーとは反対側の席に座った。席に座ると急に眠気がして小さなあくびが出た。それもそのはずで今の時間は12時で普段なら寝る準備をしているところだ。ソファーに座って奏さんが戻ってくるのを待っていると、コップを片手に部屋に戻ってきた。
 「勝手にリンゴジュースを入れてきたけど、リンゴジュース飲める?」
 「飲めますよ。ありがとうございます」
 奏さんは僕の目の前にコップを置き、荷物が置いているソファーに座った。
 「咲玖君って結構カラオケとか来るの?」
 「あまり来ないですね」
 「私は週1くらいでここのカラオケで練習してるの。今日は咲玖君の推しのオリジナル曲を聴いてきたから歌ってみるね」
 「マジですか!奏さんの声はめっちゃ奏音さんの声に似てるのでめっちゃ楽しみです」
 奏さんはマイクを手に取り僕の推しである奏音のオリジナル曲をタッチパネルで入力し予約をした。画面には『アイドルの覚悟』と映し出されていた。
 この曲は奏音が最初に出したオリジナル曲で作詞は奏音自身がしている。つまり、この曲は奏音の気持ちをそのまま映した曲ということだ。
 前奏が始まり奏さんが息を吸って歌い始めた。さっきまでの眠気が嘘のように吹っ飛ぶくらい彼女の声は推しそのものだった。まるで自分の推しが目の前に立って歌っているかのような感覚があった。音の強弱から感情の籠め方までもがいつも画面の向こうから聴いているものだ。
 曲が終わってまず僕の口から出た言葉は「凄い」この一言だった。
 「どうだった?奏音さんに似てたかな?」
 「似てたというより本人かと思いました」
 「じゃあ、次は咲玖君の番だね」
 「え?この凄すぎる歌の後に僕ってめちゃくちゃ歌いにくくないですか?」
 「咲玖君なら大丈夫だって」
 僕は奏さんにタッチパネルを渡され「早く早く」とせかされながら歌える曲を入れた。正直、あの上手さの後に歌うのは気が引けるが引くに引けない状況なので腹をくくった。
 頑張って歌ったがやっぱり奏さんの後だと少し自分の歌に納得できない自分がいた。
 「やっぱり、咲玖君はいい声で歌うね」
 「やっぱりってどういうことですか?」
 「地声がいい声してるからもしかしたらカラオケも上手いんじゃないかと思って誘ってみたら正解だったみたい」
 「そんなに良かったですか?」
 「うん、そこで提案なんだけど、Youtubeで歌ってみたを出してみたらどうかな。咲玖君の歌う時の感情の籠め方は私も負けるくらい凄いし」
 「でも、僕はパソコンしか持ってないので録音しても音質が悪いですよ」
 「うーん、咲玖君の誕生日っていつ?」
 「一週間後ですけど」
 「誕生日、楽しみにしててね」
 僕は訳が分からず「わかりました」とだけ返した。
 そのあとも奏さんと僕で交代で歌い続け、あっという間にカラオケの終了時間の5分前になった。最後は奏さんと2人で歌いカラオケを終了した。そして僕たちは元居た公園に戻ってベンチに座っている。
 「奏さん、今日もありがとうございました」
 「私も咲玖君の歌が聴けてよかったよ」
 「咲玖君の誕生日を祝いたいから1週間後にまた公園に来てね」
 「それじゃあ、僕はもうそろそろ帰りますね。奏さんにはいつも助けてもらってばかりなのでいつかお礼させてくださいね」
 「気持ちは嬉しいけど私は咲玖君が有名になって君の推しのように人の心を動かせるYoutuberになってくれるだけで嬉しいよ」
 「奏さん、おやすみなさい」
 「おやすみ~」
 そう言って僕は公園を出て自分の家へと歩いた。奏さんと出会ってから少し頑張れる自分がいる。自分のやることが決まり、公園に来る前までの自分よりも心が軽く、足取りも来る前よりも少し軽くなった気がした。

 時計の針が0時を指し、僕の誕生日になった。スマホを見ると誕生日おめでとうとメッセージが何件か来ていた。今日はパジャマではなく私服の上からダウンジャケットを羽織りスマホと財布だけを持って家を出た。
 目的はもちろん奏さんに会うためだ。いつもは寒く感じる冬の夜もいつもより暖かく感じ、重い足取りもいつもよりも軽く感じられた。

 公園に着くと奏さんがカイロをぎゅっと握って座っており、その隣には少し大きな箱が置いてあった。
 「こんばんは、奏さん」
 奏さんは握っていたカイロをポケットの中にしまって隣にある少し大きな箱を持って一度膝の上に置き、箱を持ち直して僕に差し出した。
 「誕生日おめでとう咲玖君!はいこれ、誕生日プレゼント!できれば中身を確認してほしいから開けてほしいな」
 「ありがとうございます!開けてみますね!」
 箱のについているテープを外し箱の中身を確認するとオーディオインターフェースと書かれた箱が入っていた。
 「これなんですか?」
 「これはね、オーディオインターフェースと言って歌ってみたを投稿するのに必要なものだから買ったの。簡単に説明するとマイクとパソコンを直接接続するのではなくてこれを中継してパソコンにつないで使うんだよ」
 「そうなんですね。MIXの勉強しなきゃだなあ~。もらったからには歌ってみたも頑張らなきゃ!」
 「じゃあ咲玖君、今の目標は?」
 「大きな夢を見て登録者10万人を目指します!そして推しの奏音さんといつか絶対歌ってみたでコラボする!!」
 彼女はとても驚いた表情をしたがその驚きと同じくらい彼女は嬉しそうだった。
 「ちょっと、調子にのりすぎたのでやっぱり、今の目標は無しで」
 我に返ると急に恥ずかしくなってきたのでさっきの発言を訂正しようとしたが奏さんの言葉で遮られた。
 「いや、男に二言はないよね。それにそれくらい大きな夢を持ってた方がカッコいいと思う。君の推しの奏音さんも武道館でライブするのが夢だって言ってたしね」
 奏さんの目は僕の方ではなく遠くを見ていてその表情からも決心と奏さん自身に対する期待が感じられた気がした。
 「あれ、奏音さんってそんな事言ってましたっけ?」
 「あれ?配信で言ってなかったっけ?」
 「僕は初めて聞きましたよ」
 「じゃあ、他の誰かと間違えたのかも……。気にしないで」
 「それじゃあ、私はそろそろ帰るね。誕生日おめでとう!素敵な一日になるといいね!」
 そういいながら奏さんはベンチから立ち上がり、大きく伸びをして家の方へと歩いて行った。
 「プレゼントありがとうございます。有言実行できるように頑張ります!」
 「咲玖君、おやすみ」
 「おやすみなさい」
 奏さんを見送ってから僕は立ち上がりプレゼントを大事に抱きかかえながら家へ帰った。

 奏さんからオーディオインターフェースをもらったのはいいものの僕は1週間たってもなお、ぜんぜん使いこなせていなかった。厳密に言うと、MIXの勉強が難しくて行き詰っている。
 焦っても仕方ないと思い、今は推しの配信を見ながら少しずつでもMIXの勉強をしている。
 今日の奏音さんは少し喉が不調らしい。まあ、素人の僕からするといつも通りのきれいな声なのだが。
 それから奏音さんの配信が終わり、することがなくなった僕は勉強の息抜きにいつもの公園まで歩いて行った。
 いつもより早い時間なので奏さんはいないと思ったがいつものベンチの方に行くとベンチに座っている女性がいた。知らない人だと気まずいので一度、何もないかのように前を通って奏さんかどうかを確認した。ベンチに座っている女性が奏さんであることが確認できたのでいつも通りに僕は声をかけた。
 「奏さん、こんばんは」
 「ああ、咲玖君か。コン……コン」
 奏さんも奏音さんと同じで体調が悪いのか軽い咳をしていた。このことから、前から自分の中で少し疑っていた奏さんと奏音さんは同一人物なのではないかという疑いが少し強くなった。いや、でもそんな推しと出会う確率なんて普通に考えて有り得ない。それにその仮説があっていても、間違っていても奏音さんはインターネットで顔を出していないので奏さんは同一人物じゃないと否定するだろう。それでも、このモヤモヤから自分を解放するために恐る恐る奏さんに聞いてみた。
 「奏さんって僕の推しの奏音さんですか?」
 沈黙が少しだけ流れた。でも、この沈黙は僕からするととても長いように感じた。
 「え、ごめん。いまなんて言ったの?ボーとしてした」
 マジか、1回聞くのにかなり頑張ったのにもう1回聞くのか……。まあ、1回も2回も一緒だし覚悟を決めるか。
 「いや~、奏さんと奏音さんの共通点が一緒なので奏さんが奏音さんなのかなと思っただけです」
 「いや~、さすがに違うよ~」
 「ですよね。そんなありえない確率あるわけないですもんね。話変わりますけど、MIXって難しくないですか?」
 「私はやったことないから何もアドバイスしてあげられないわ。ごめんね。でも、応援は出来るから応援するよ」
 「奏さんと話せてめっちゃやる気出ました。それじゃあ、僕は家に帰ってまたMIXの勉強頑張ります」
 「咲玖君、おやすみ~。頑張ってね!」
 「ありがとうございます。頑張ります!おやすみなさい」
 僕は公園を出て奏さんと奏音さんの共通点について考えていた。それでも僕の予想は外れていてしかも、あんなにやさしい奏さんの事を疑ったことを反省した。

 MIXについても少しは理解できるようになっていき、試しにMIXをやってみようと自分の歌を録音してMIXのソフトをダウンロードしてMIX作業をやってみた。分からなくなっては調べてを繰り返し何とか1本の歌ってみた動画を完成させることができた。完成させた動画をYoutubeに投稿してみた。
 僕はこのことを奏さんに報告するためにいつもの公園へ向かった。公園までは少し距離があるのでさっき投稿した歌ってみたのアナリティクスを確認しながら歩いた。結果としては奏さんの言う通りで再生数は今までより少なかったが高評価とその動画からチャンネル登録につながった人数がいつもより多かった。
 アナリティクスを確認していると奏音さんが配信を始めたという通知が飛んできた。配信を見よう思っていたら公園に着いてしまって始めの挨拶の所しか見ることができなかった。まだ風邪が治っていないのか奏音さんの声はいつもより少し低く感じた。
 いつものベンチに行ってもまだ奏さんは来ていなかったため、近くの自動販売機で飲み物を買いに行った。
 自動販売機を見てみるとみたことがない新作の飲み物が置いてあった。僕の性格的に試しに飲んでみたいと思い新作のキャラメルラテのボタンを押した。新作だったからなのか僕が買ったのが最後で売り切れになっていた。ラッキーと心の中でいい、ベンチの場所へ戻った。僕がベンチに座ってアナリティクスを確認していると前から足音が聞こえた。その方向に目をやると少し不機嫌な顔をした奏さんが立っていた。
 「奏さんこんばんは」
 「咲玖君、こんばんは。ところで、そのキャラメルラテもしかしてあの自動販売機から買ったの?」
 「はい、そうですけど。それがどうしたんですか?」
 「それ、私も飲みたいから。ひとくちだけちょうだい!」
 あまりに想定外のお願いが飛んできてしまい、驚いたが子供っぽい一面もあるんだなと思い笑ってしまった。
 「なんで笑うのよ!」
 「今までアドバイスとか助けられてばかりでしたからお姉さんって感じが強かったんですけど、子供っぽい一面があるんだなあ~と思いまして。僕まだ飲んでないんで先に飲んでもいいですよ」
 「ありがとう」
 奏さんがペットボトルに口を付けてから気が付いたがこれって間接キスなんじゃ……。僕が間接キスをするという事実に脳の処理が追いつかず脳の処理が完了する前に奏さんが「ありがとう。これめっちゃおいしいよ」とキャラメルラテを返してくれた。僕が本当に口を付けて飲んでいいのか脳内で葛藤していると「ぜんぜん、口付けて飲んでいいからね。もとは咲玖君のだし」と言ったので一口飲んでみるとおいしかった。
 「そういえば、歌ってみたを投稿したんだね」
 「MIXはまだまだですけど、今できることを全力でやりました。それと、歌ってみたを投稿してから登録者がもう10人も増えました」
 「おお、凄いじゃん!私のアドバイスが役に立ったようでよかったよ」
 「このまま奏音さんに追いつけるように頑張ります」
 「そういえば、奏音さんって今配信してるよね。さっき通知がきてたよ」
 「奏さんも通知登録してるんですか?」
 「まあ、たまに見にいく程度だけどね」
 奏さんがスマホで時間を確認して立ち上がった。
 「もうそろそろいい時間だし帰ろうかな。それじゃあ、またねー」
 「おやすみなさい」
 「おやすみ」
 僕も立ち上がりいつも通り家に帰った。

 1週間前にあげた初めての歌って動画が少し伸び登録者が600人になった。自分でも驚いたのが昨日まで登録者が580人だったのに急に20人もふえたことだ。そして、少しずつファンというかリスナーを増やしていき、前まではコメントが来なかったが最近はコメントが来るようになった。今日は公園に行って奏さんに600人の報告をしに行くことにしよう。

 夜中の0時になりいつもの服装にいつもの荷物を持ち、僕は家を出た。600人を突破したことを早く報告したくて僕はいつの間に公園まで走っていた。空を見ると奏さんと初めて出会った日と同じくらい星が冬の大三角がきれいに輝いていた。いつぶりだろうか、こんなに達成感を感じたのは今の自分は六等星にはなれた気がした。こんな考えや気持ちになったのは奏さんのおかげだ。このまま、奏さんと一緒に一等星を目指したいそう思った。そんなことを考えていたらあっという間に公園に着いた。
 ベンチは奏さんが座っていた。
 「奏さん、こんばんは」
 「咲玖君、こんばんは。あと、登録者数600人突破おめでとう!」
 「ありがとうございます!これも奏さんのおかげですよ」
 「今日は咲玖君に伝えなきゃいけないことがあるの……」
 奏さんが覚悟を決めたような顔で言い始め、急に重い空気が流れ始める。
 「急にどうしたんですか?」
 「私、引っ越しするの……。だから明日からはこの公園には来れないの。咲玖君の相談にも乗ってあげれない」
 「そうなんですか……。でも、なんでもっと前もって言ってくれなかったんですか?」
 「咲玖君のYoutubeの邪魔をしたくなかったからだよ。今の咲玖君は頑張ってるしこのままいけば1万人はすぐにいけると思う。ちょっとでも咲玖君の気のそれることはしたくなかったから」
 「じゃあ、せめて連絡先だけでも交換してくれませんか?奏さんには僕のそばから見ていて欲しいんです」
 「ごめんね。今は携帯を持ってきて無いの。それじゃあ、明日は朝が早いからもう帰るね。少しの間だけだったけど咲玖君の成長が見れて、一緒にいれてよかったよ」
 「奏さん、好きです」
 それは急に僕の口から出た言葉だった。自分でもなぜ言ってしまったのかよくわからない。わからない僕は考えるのをやめて感情のままに気持ちを奏さんに伝えた。
 「最初は推しに声が似てるなって思うだけだった。でも、いろんなことを教えてもらって自分が成長出来て、それを一緒に喜んでくれてそんな奏さんを意識していた自分がいた。正直、まだ会ってからそんなに立ってないからこの感情が好きなのかはわからない。でも、たしかなことは隣で僕の成長を見ていてほしいってことです」
 「それじゃあ、有名になりなさい。ここからは自分の力で……。咲玖君の夢である登録者10万人と推しとコラボするって言う夢を叶えて。その夢が叶ったとき、私はまた君に会いに来るよ。またね咲玖君」
 そう言って僕を残して奏さんは帰っていった。
 次の日も公園に行ってみたがそこに奏さんの姿はなかった……。

 「Youtube最近、めちゃくちゃ伸びてるな咲玖。もう登録者1万人だろ?」
 学校の昼休みに友達の祐二に突然そう言われた。祐二はたまにしか僕のチャンネルを確認していないらしく記憶が1000人の時で止まっていたらしい。
 「そうだな」
 「歌ってみたとかめっちゃ伸びてたもんな~。コメントとかもめっちゃ多いし咲玖って凄いんだな。そろそろアンチとかも出てくると思うけど気にせず頑張れよ」
 「ありがとう!10万人目指して頑張るわ」
 「あと、推しとコラボできるように頑張れよな」
 そう言った感じで学校も今はめちゃくちゃ充実している。話をしているとチャイムが鳴り僕たちは急いで弁当箱を片付けた。

 家に着いてからまずやることはコメントの確認だ。アンチコメントが来てないかとかコメントに反応したりなどをしている。僕がパソコンでコメントを確認していると恐れていた事態が起きた。
 『自分の声がカッコいいとか思ってそうだし声が気持ち悪い』
 『こんなので歌い手名乗るなよクソガキが』
 『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』
 コメント欄がアンチコメントで溢れていた。有名になるには避けては通れない道だとわかっていても気分が良くないし、心がすり減らされるような感覚があった。僕は急いでそのアンチコメントを削除したがそいつはいろいろな動画にアンチコメントをしていて収拾がつかない。アンチコメントの件は一旦置いておいて僕は歌枠のライブ配信の準備をした。
 ライブ配信の準備が整い、配信開始のボタンを押すとコメントが一気に打ち込まれて表示されていった。
 始めの方は順調に進んでいったが途中くらいから荒らしとアンチがやってきて配信どころじゃなくなり始めた。
 『MIXしてないとカスじゃん』
 『地声キモすぎ』
 『雑音』
 などとどんどん荒らされていき、それをやめさせようとリスナーがコメントをして大変なことになった。最終的にはリスナーとアンチの言い合いになり配信をやめざるを得なくなった。
 どうしてこんなことになるんだ……。配信が終わると次は動画のコメントにアンチコメントをしにくるやつもいた。
 奏さん……あなたがいればこんな困難も簡単に乗り越えてしまうのだろう……。僕はどうしていいかわからずベッドの中で頭を抱えた。その時、奏さんの言葉を思い出した。
 『他のYoutuberをしっかり分析することが大切だよ』
 僕はベッドから起き上がり他の人の配信や動画のコメントを片っ端から見ていって、やってることやなぜコメントの治安が守られているのかを分析していった。
 そこから無視が一番効果的だとわかりアンチコメントや荒らしコメントをリスナーと一緒に無視をしていった結果アンチコメントや荒らしコメントは少なくなっていった。

 分析をして対処する。その繰り返しで登録者600人から1年後には目標であったチャンネル登録者数10万人を突破することができた。しかし、奏音もチャンネル登録者数を増やし、奏音さんは登録者数が15万人になっていた。10万人が15万人にコラボの依頼をするなんておこがましいので僕は奏音さんを抜かすために毎日配信を行い、短い動画も毎日投稿した。すると、10万人から1か月後にチャンネル登録者数が18万人になった。それからしばらくして僕は奏音さんのDMにメッセージを送った。返信が来るのか不安だったが無事にコラボの日時と場所と内容が決定した。

 昨日の夜はぜんぜん寝れず眠い眼を擦りながら電車に乗り集合場所のスタジオに着いた。推しに会えるというわくわく感と仕事だからしっかりとしないとという感情が喧嘩している。
 スタジオに入りいつもやっているルーティンを一通りこなし発声の方は問題ない。深呼吸をして息を整えているとスタジオのドアが開き、「おはようございます!今日はよろしくお願いします」と元気よく挨拶する奏音さんの声が聞こえた。僕が緊張で奏音さんの方を見れないでいると奏音さんに声をかけられた。
 「今日はよろしくお願いします!桜チャンネルさん……いや咲玖君」
 「え……」
 僕が驚いて奏音さんの方を向くとそこに立っていたのは奏さんだった。衝撃的過ぎて僕が何も言えないでいると、奏さんはめちゃくちゃ笑い始めた。
 「なんで私がここにいるのって顔してるね。それはね、見ての通り私が奏音だからだよ」
 「で、でも、それだと1回だけ奏音さんが配信中に奏さんと会ってるのが説明できないですよ」
 「あー、あれね。あれはね~友達に私と声がちょっとだけ似てる人がいるからちょっと手伝ってもらったんだよね」
 「嘘ついてたんですか!?」
 「でも、それのおかげでやる気出たでしょ?あ、レンタルだから時間やばいしそろそろ始めよっか」
 「そうですね、1年前の僕とは違うんで期待していてくださいね」
 「どんな進化をしたかが楽しみだよ」

 奏音さんとレコーディングをして3週間後、僕は動画を完成させ投稿するのボタンを押した。
 動画のタイトルは
 ――推しと一緒に『一番星の輝き』を歌ってみた(桜&奏音)