【完結】王太子と婚約した私は『ため息』を一つ吐く~聖女としての『偽りの記憶』を植え付けられたので、婚約破棄させていただきますわ~

「依頼?」
「そう、国賓としてクリシュト国に行ってくれないか、って」
「それで、行ったの?」
「行った。コーデリア国の代表として、聖女として」

 いきなり国を背負って行けといわれる気持ちはどうだったんだろう。
 私だったら緊張どころか、もうのたうち回るくらいのプレッシャーだし、何をしていいのかもわからない。

「聖女っていっても一度呪いにかかった騎士団長を救っただけ」
「え!? 騎士団長を救ったの?」

 あら、すごい?なんて冗談めいた感じで言うお母さん。
 いや、騎士団長を助けるなんて……しかも呪いを解いたとは聞いてたけど、でも、すごいんじゃ……。

「偶然だと思うわ。たぶん。だって、あれ以降一度も力を使えなかったし」
「そうなの?」
「そう」
「で、クリシュト国に国賓としてついたんだけど、その食事会帰りの廊下で倒れたのよ」
「え!?」

 なんでもないことのように言うが、倒れたなんて聞いたらそりゃ驚く。
 昔からやっぱり身体が弱くて、異世界での疲れがきてたのかもしれない。
 お母さん大丈夫だったの?

 そんな心配そうな気持ちが出ていたのか、お母さんは私の背中をポンポンと叩いて安心させる。
 ゆっくりと赤ちゃんを泣き止ませるようなゆっくりしたリズムで二回。
 不思議とそれだけで安心できた。

「それでね、クリシュト国のお医者さんに診てもらった時、人払いをされたのよ」
「え?」

 人払いってことはもしかしてなんか重篤な病気だったんじゃ……。
 そんな風に考えて私は息を飲んでその後を聞いた。

「ミスティア様……当時の王妃様だけ残って話を聞いてくれてね。それで……」
「それで?」
「私のお腹に子供がいることがわかったの?」
「え?」

 意外な言葉に、私は何度もまばたきをした。

「当時、異世界に行く前、現代で結婚していた人がいたの」
「まさか……」
「そう、あなたのお父さん。それで、お腹にいたのは友里恵、あなたよ」

 お母さんから語られた私の出生の秘密、そしてお父さんの存在。
 そっか、お母さんは聖女として召喚された時、現代で結婚してたんだ。

 少しだけ冷たい風が、私の頬を撫でていった──



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【ちょっと一言コーナー】
もう少しで最終回となります!(あと2話くらい)


【次回予告】
母親の異世界での過去を知っていく友里恵。
そうして母親はどんな選択をしたのか。
次回、『母娘の時間と桜(3)』。
 その話を聞いて、お母さんはなんて不安な気持ちになっただろうって思った。
 知らない世界で一人、好きな人との子供と共に異世界に来てしまった事に気づく。
 私も偽りの記憶を植え付けられた知った時、誰が味方で誰が敵なのかわからなくて怖くなった。
 だからこそ、少しだけわかる。
 ──お母さんが、怖くて不安で仕方ない思いをしたってこと。

 俯く私にお母さんはコーヒーのおかわりを勧めてくれた。
 水筒のおかげで氷は一つだったのに、まだ冷たく感じる。

「お父さんとお母さんはね、学校で出会ったの」
「え?」
「お母さんは学生で、お父さんは先生。ふふ、憧れの先生だったのよ」

 意外な馴れ初めを聞いて私は少しだけ胸が躍った。
 そんな少女漫画みたいな話あるわけないと思ってたけど、本当にそれで好きな人ができて、さらに結ばれて……。

「あ! もちろん、付き合ったのは高校卒業してからね。卒業式の日に言ったのよ。好きですって」
「お母さんからだったの!?」
「うん、なんかさすがに娘に話すのは恥ずかしいわね。やめましょう」

 珍しく顔を赤くして背を向けるお母さん。
 もう、自分で言ったのに恥ずかしがるなんて……。
 でも、乙女なお母さんが見られてちょっと新鮮というか、なんだか嬉しい。

「だから、倒れた時にもクリシュト国でミスティア様がよくしてくれて。私にも子供がお腹にいるのよって」
「そうだったんだ」
「うん、だから。不安でどうしようもない気持ちが少しだけ和らいで。でもやっぱりお父さんに会いたくて」

 そうだよね……。
 好きな人との子供を授かって、それを知った時に傍にその人はいないなんて。
 嬉しさも共有したいし、これからの明るい未来のことも話したいだろうし。

「それで、お母さんはどうしたの?」
「クリシュト国の王宮魔術師さんに頼み込んだ。現代に戻りたいって」
「……戻れたの?」
「うん、ミスティア様の計らいでコーデリア国にも報せを飛ばしてくれて。それで、私はお礼にって首につけてた真珠のネックレスを渡したの」

 真珠のネックレス……。
 どこかで聞いたことのある……。

「友里恵が卒業式から帰ってきたときからつけてた、それ」

 そこで初めて自分がユリウス様から預かってた大事なネックレスの存在に気づいて手をやる。

「それで気づいたのよ。あ、そっか。友里恵もかもしれないって」

 異世界に行ったことにそれで気づいたんだ。
 きっとそれがユリウス様のお母様に、そしてユリウス様にいった……。
 そうして、私に戻ってきてた。

「じゃあ、帰れたの? お母さんは」
「ええ、王宮魔術師さんのおかげでね。でも、帰った時から1年が経ってた」
「え……」
「その間に、私が帰る数日前で事故で亡くなってたの。お父さん」
「──っ!」

 あまりの事実に私は息が止まるような思いがした。
 いや、でもきっと、お母さんはこの何倍も何倍も悲しくて辛かっただろう。
 やっとの思いで帰ってきたのに、そこに好きな人はいなかった──

 私はなんていっていいかわからず、お母さんの小さな背中を抱きしめた。
 なんだかまた細くなったような気がする。

「友里恵……」

 だから、お父さんの写真がほとんどない。
 ましてや私とお父さんの写真がないのは当たり前だ。
 こんな辛い思いをしていたの?
 それなのに、私を一人で育ててくれて、毎日明るく接してくれて……。

 ごめんなさい、お母さんの悲しみに気づいてあげられなくて。
 ごめんなさい、何も助けてあげられなくて。

「友里恵」
「なに?」
「これ……」

 お母さんから差し出されたのは、私が持っていた帰還用の小瓶と同じような瓶。

「これ、あなたにあげる」
「え……でも……」

 聞けばいつでも異世界に戻ってきていいからと渡された薬らしい。
 実は私の薬は帰還用の分は効果があまりわからなかった。
 日記にも書いていなかったし、文献にも載ってなかったそう。
 だからこそ、私は異世界にもう戻れないかもという気持ちで現代に戻ってきた。

 でも今私の手の中には帰還用の薬がある。
 じっとその瓶を見つめていると、お母さんは私の頭を撫でた。

「行きなさい」
「え?」
「あなたは向こうに大事な人がいる。そうじゃない?」

 そういわれてお母さんにはやっぱり敵わないな、と思った。
 なんでもわかっちゃうし、私の事も一番に考えてくれてるからこそ理解してくれてる。

 私はユリウス様の声を思い出して、涙が出てくる。
 好きで好きで、でももう会えないかもって思った。
 お母さんが心配な気持ちをわかってくれて、帰っていいよといってくれた。

「でも、お母さんが……!」
「大丈夫、私は一人で生きていける。あなたと生きた18年間。いえ、おなかにいた時からの19年間は幸せだった。もう十分よ」
「お母さん……」
「ほら! しっかりしなさい! 私の娘でしょ!? なにくよくよしてんのよ! 好きな人がいるなら、ちゃんと捕まえなさい! 傍にいなさい!!」

 お母さんは私の背中をもう一度さすると、ポンと一つ叩いた。

「あなたのことをずっと思ってる。でも、私が一番願ってるのは、あなたの幸せ。その手でつかめる明るい未来」

 私はお母さんの手を握って、そうして胸の中に飛び込んで泣いた。
 まるで子供の時のようにわんわん泣いて、お母さんを感じる。

 ああ、なんて幸せなんだろう。
 こんなに想ってくれる人がいて、私は……。

 そうして私は自分の気持ちを吐き出す。

「ユリウス様に会いたい! 会って、ちゃんと好きだって……!」
「うん」

 もしかしたら薄情なのかもしれない。
 でも、それでも私はもう一度、あなたの隣に戻りたいと思った。


「お母さん」
「いつも見守ってくれて、支えてくれて、傍にいてくれて、ありがとう。私、自分の足で生きていく。ちゃんと自分の未来を生きる」

 お母さんはその言葉に安心したように頷く。
 そうして私の涙を拭うと、もう一度抱きしめて囁いた。

「いってらっしゃい、友里恵」
「いってきます、お母さん」

 そうして私は小瓶の蓋を開けて、ゆっくりと飲んだ──


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【ちょっと一言コーナー】
少し悲しくなってしまったかもしれません。
それでも母の強さと娘の幸せを願う気持ちが友里恵ちゃんに届いたように思います。


【次回予告】

次回、最終話『時を超えて、再び』。