お盆を過ぎ、いよいよ全体練習が始まる日がやってきた。この頃になると、恭介くんは姿を見せないこともあったり、姿を見せたとしても離れたところで座っているだけということが多くなっていた。

「みの、なめられないように最初はガツンと決めるんだぞ」

 私の補佐役である立花くんが、集まった生徒たちを親指でさしながら力強くアドバイスしてきた。

 ――ちょっと、え? 想像はしてたけど、これはあんまりだよ

 ずらりと並ぶヤンキー集団を前に、私は意識が遠くに飛んでいくのを感じた。もともと四組のみんなを相手にするのも大変なのに、そこに四組のみんなと変わらないような人たちが一気に加わるわけだから、その迫力は想像以上に恐ろしいものがあった。

「お前ら、わかっているとは思うけど、みのはクレアの恭介が推薦して団長になっている。当然、みのになめたことしたら、俺たちクレアが相手になることを忘れるなよ」

 緊張と恐怖で固まる私を横目に、立花くんが全員にらみをきかせていく。その立花くんの言葉にざわめきを消したみんなが、興味津々とばかりに私に注目を向けてきた。

 ――むりむり、やっぱむりだよ

 連日の練習で多少は慣れてきていたけど、北軍全員を目の前にした今、私の考えは甘かったと心底思わされることになった。

「みの、どうした?」

「いえ、ちょっと立ちくらみがしただけです……」

「大丈夫か? なんなら、少し休むか?」

 見た目と違い、優しくて気づかいのうまい立花くんが私の異変を察知して声をかけてきた。

「できれば――」

 ちょっと休みたいと言いかけたときだった。ずっと黙って座っていた恭介くんが立ち上がると、怒った表情で早くしろと怒鳴ってきた。

「恭介、みのにはまだ早くないか?」

「立花、お前は黙ってろ! みのり、もたもたしてないで早く始めろよ」

 私を庇おうとした立花くんを一喝した恭介くんが、有無を言わせない勢いで迫ってくる。急に態度が変わったことや、なにに怒っているのかさっぱりわからなかった私は、恭介くんの迫力に押されるまま配置につくしかなかった。

「ほ、北軍の勝利を願って――」

「だめだ! やり直せ!」

 気持ちが定まらないまま練習を開始したけど、すぐに恭介くんのダメ出しが飛んできた。

「ご、ごめんなさい……」

「いちいち謝るなよ。その代わり、もっと気合いを入れろよ」

 反射的に謝る私を厳しく叱責しながら、恭介くんが鬼の形相で指示を出してきた。その寒気すらする迫力にのまれた私は、頭が真っ白になりながら練習を再開した。

 けど、その後は練習を始めたらすぐにダメ出しが入るという無限ループに陥り、いつの間にか私は他の応援団から笑われていたり、北軍のみんなからあきれた目を向けられていることに気づいた。

「恭介、ちょっとやりすぎじゃないか?」

 さすがの恭介くんの態度に業を煮やしたのか、立花くんが恭介くんのもとに抗議に向かった。

「立花、悪いけど今は俺の好きにさせてほしい。あいつを応援団長にすすめた以上、その責任は俺にもあるからな」

 明らかに顔色が悪い恭介くんが、よろよろと立ち上がって立花くんの抗議をはねのけていく。その様子から、どこか恭介くんが焦っているようにも見えた。

「けどよ」

「たのむ、色々とみのりに教えてやりたいけどもうあまり時間がないんだ。だから、今は俺のやることに目をつぶってくれ」

 苦しそうな息を繰り返しながら、恭介くんが立花くんを説得していく。そんな恭介くんの様子になにかを感じたのか、立花くんはそれ以上なにも言わずに引き下がっていった。

「みのり、やるからには中途半端な気持ちでやるなよ」

 無言の圧力が再びかかるなか、練習を再開した私に恭介くんの鋭い声が飛んでくる。

 結局、その態度は練習が終わるまで一度もゆるめられることはなかった。