翌日、私が四組の応援団長をやるという話がクラスに広まっていた。その情報の早さに驚きつつ、矢継ぎ早に質問してくるみんなの対応に四苦八苦するはめになった。

 ――ほんと、最悪だよ

 昼休みになる頃にはすっかり疲れ切った私は、昼ごはんが終わるとひとりで校庭に出た。日に日に強くなる日差しに目を細め、気分のままにぶらぶらするのが誰ともうちとけれない私の気分転換だった。

 ――あれ? もしかして恭介くんと真彦くん?

 校舎の陰で休もうとしたところで、話し声が聞こえてきたので目を向けると、人目を避けるように恭介くんと真彦くんのふたりが向かい合っていた。

 ――なに話してんだろう?

 双子の兄弟といっても、先日の真彦くんの態度を見る限り仲が良いとは思えない。そのため、遠くて表情まで見えないけど、決して楽しい話をしているわけではないことは伝わってきた。

『真彦には関係ないことだろ!』

『だからといって、このままだと兄さんは死んでしまうんだよ。なのに、どうして!』

 なにを話しているかわからない中、突然ヒートアップしたふたりの声が耳をつらぬいてきた。

 ――いま、死ぬって言ったよね?

 突然のワードにあたふたしつつも、全神経を鼓膜に集めてふたりの会話に集中する。とぎれとぎれでうまく拾えなかったけど、どうやら恭介くんは重い病に冒されているらしく、早急に治療が必要らしい。なのに、治療を拒否して好き勝手していることに真彦くんは怒っているみたいだった。

 やがて、話は終わりとばかりに真彦くんが顔を赤くして私の前を通り過ぎていく。もちろん、声をかける勇気などなかったから見送るしかなかった。

「盗み聞きって、あんまりよくないぞ」

 ぼんやり真彦くんの背中を見送っていたところに、急に恭介くんから声をかけられて背中がそり返って倒れそうになった。

「べ、別にわたしは……」

「いいんだ。それより、聞いたよな? 俺のこと」

 なんだか覇気のない笑顔を浮かべながら、恭介くんがまいったというように頭をかきだした。

「病気、なんですか?」

 ごまかすすべなんか持ってない私は、恐る恐る聞いた内容を口にした。

「そういうことになるかな」

「でしたら、病院に行って――」

「もう手遅れなんだ」

「え?」

「ついでに言うと、もうこの夏はこえられないかもしれない」

 とんでもないことを話してるのに、なんでもないことかのように恭介くんは笑いだした。さらに、理解できずに固まる私に、おもむろに長袖のシャツをめくりだした。

 ――え? これって……

 見せられた両腕には、おびただしい数の注射の跡が痛々しく刻まれていた。さらに、恭介くんがポケットから大量の飲み薬を出してきたことで、彼の身に起きていることが大変な事態だとようやく理解できた。

「でも、でもですよ、病院で治療を受けたらまだ良くなる可能性はあるんじゃないんですか? だから真彦くんは、恭介くんに治療をすすめてるんじゃないんですか?」

「まあ、治療を受けたら半年ぐらいは延命できるかもな。けどよ、それを選択したら死ぬまで病院の中だ。どうせ親にも見捨てられてるし、せめて最後ぐらいは好きに生きたいって思ってるわけ」

「でも……」

「もう覚悟はできてるし、みのりが気にする必要はないから。ただ、ひとつだけ心残りがあるとしたら、あいつらと一緒に最後の思い出作りとして体育祭をやりたかったぐらいだ。そのために痛み止めだけでがんばってきたんだけどな」

 ちょっとだけ表情を曇らせた恭介くんが、小さくため息をついた。体育祭は、夏休みが終わったあとの九月に行われるから、余命を宣告されてる彼にとっては、ほんの僅かに届かない現実ということみたいだった。

「でしたら、なおさらわたしが応援団長になるのはおかしいですよ」

「なんで?」

「なんでって、そんな事情があるなら、他の人たちの中から応援団長を選んだほうがいいと思います。わたしなんかがやっても、みなさん納得しないと思うんです」

「それは違うぞ」

 恭介くんが抱えている事情の重さを察した私は、やっぱり無理だということを伝えた。けど、そんな私を彼はあっさりと否定してきた。

「あいつらも、みのりが団長することは納得しているし、俺の代わりに団長するってやつもいないしな。それに、みのりに団長をしてもらうのは、ある意味俺の最後のわがままみたいなものなんだ」

「わがまま、ですか?」

「そうだ。なんていうか、みのりの作品を見たときに、俺、まじで感動したんだ。で、どんなやつなのか見に行ったら、俺と同じようにうじうじしてるのがわかったんだ。だから、なんとかしてやろうと考えてたんだけど、俺ってこんなだろ? 声かけたらみのりは絶対に逃げるってわかってたからチャンスを待ってたんだ」

 照れくさそうに語る恭介くんから、彼なりの想いがじんわりと伝わってくる。恭介くんはなんとかして私にエールを送りたかったらしく、あれこれ考えていたみたいで、その結果、あの夜の出来事をチャンスとして、私に応援団長をやるようにすすめようと考えたという。

「俺さ、本当は野球選手になりたかったんだ。友達と一緒に野球やるのが楽しくて、小学生のときに夢中になってた。けど、城崎家の長男だからという理由で勝手に野球はやめさせられたんだ。それが悔しくて、こんな馬鹿みたいなことやってるんだけど、結局、なにも変えられなかったんだ。だから、そんな思いをみのりにはしてほしくなくて、これをきっかけに変わってくれたらって思ったわけだ」

 少しだけ顔を赤くして視線をそらした恭介くんが、その恐いオーラからは想像つかないようなことを語ってくれた。

 ――どうしよう……

 意外な恭介くんの言葉に、断ろうとした決心が揺さぶられていく。私の作品に込めた想いを彼が感じてくれたことは嬉しかったし、ここまで気をつかってくれてることもありがたかった。

 それに、恭介くんは本当は応援団長としてみんなとの最後の思い出を作りたかったはず。けど、それが叶わないとわかったとはいえ、私にその想いを託そうとしているわけだから、断るのはしのびなかった。

「わたしに、ほんとうにできますか?」

「できるさ。これは、勝つための戦いじゃないし、みのりが勇気を出して前に進むための挑戦なんだからな」

 ニッと笑っておもむろに肩を叩いてくる恭介くんに、迷いに満ちた胸の中が揺れ動いていく。気づくと恭介くんを見つめていた私は、この胸の高鳴りが不安からくるのかどうかもわからなくなっていた。