放課後まで悩んだ結果、恭介くんに会いに行くことに決めた。理由は、無視したらどんな仕打ちをされるかわからないし、はっきりと断ったがいいと判断したからだ。
蒸し暑い校舎の中を、全身ふるわせながら四組へと向かう。一生関わることはないと思っていた人たちと一瞬でも関わるわけだから、歩く足に力が入らなくなっていた。
何度も深呼吸し、意を決して四組のドアを開ける。放課後だから残っている人は少ないはずという私の甘い考えは、一瞬で消えることになった。
「お、きたきた」
想像以上に派手で怖いオーラ全開の人たちを前に固まっていると、なんの悪びれた様子もなく夏なのにひとりだけ長袖の開襟シャツを着た恭介くんが、笑いながら近づいてきた。
「あの」
一秒でも早くここから離れないとまずいと感じた私は、両手を握りしめてかすれた声をだした。
「みんな、こいつが俺たちの応援団長になる葉山みのりだ」
次に続く言葉が出ないでまごついていると、恭介くんはあっけらかんと私のことをみんなに紹介し始めた。
とたんにざわつく教室内。男子、しかもヤンキーしかいない四組は、突如現れた私に対して好奇とも攻撃的ともとれる眼差しを向けてきた。
「前にも言ったけど、こいつに応援団長をやってもらう以上、みんなはこいつに従ってもらうからな。もし、なめた態度や言うことを聞かなかったら、俺と立花が相手になるから覚えておいてくれ」
ざわつくみんなを睨みつけながら、恭介くんが釘を刺していく。一瞬で静かになった空気の中、立花と呼ばれた金髪で巨漢の人だけが妖しい笑みを浮かべて手を振っていた。
「ちょ、ちょっと」
このまま押し流されるのに恐怖しかなかった私は、最大限の勇気を使って恭介くんを廊下に連れ出した。
「なんだよ、急に」
「あの、こんなの無理なんですって」
「無理って、なにが?」
「なにがって、その、応援団長なんて、わたしにできるはずがないですよ」
四組の圧力から脱した勢いで、下を向いたままなんとか断りを口にする。とても恭介くんの顔を見て話すことはできないから、彼がどんな反応をしているかわからなかった。
「できない理由はなに?」
「え?」
絶対に怒られると覚悟していたけど、予想外に優しい声をかけられたので顔をあげると、さっきまでの怖い顔つきは一切感じられない笑みを恭介くんは浮かべていた。
「どうしてできないって思ってる?」
「だ、だってですよ、こんな地味でなんの取り柄もないわたしなんかに、応援団長なんか務まるわけないですよ」
「取り柄ならあるだろ」
「はい?」
「みのりはさ、すげぇ才能持ってるだろ?」
いきなり真面目口調になった恭介くんが、スマホを取り出して一枚の画像を私に向けてきた。
それは、私がコンクールで受賞した作品の紹介画像だった。作品そのものはある企業の活動を紹介する短い動画だけど、その中の一部である働く人たちの笑顔をスケッチ画にした一コマを紹介画像にしていた。
その画像を、なぜか恭介くんはスマホに保存していた。画像自体はポスターになって廊下に飾られてるけど、誰もそんなものに見向きはしないと思っていただけに、彼が関心を示していたことに体験したことがないくらいに胸が熱くなるのを感じた。
「それによ、簡単に無理って言葉つかうなよ」
「ど、どうしてですか?」
「無理ってのは、絶対に諦めたくないものを、それでも諦めないといけないときに使うんだ。まだなにもやってないくせに、最初から無理だなんて言うなってこと」
説教するというより、むしろなんとか納得させようと気をつかっているように感じられたせいで、私は黙ってうつむくしかなかった。
「でも、なんでわたしなんですか?」
ぐるぐるといろんな感情が胸に広がる中、私は思いきって質問してみた。
「まあ、なんていうか、俺に似てたからかな」
「似てる?」
「そうだ。本当はやりたいことあるのに、周りに屈してうじうじしてるところなんかが特にな。だから、ほっとけないというか気になってたんだよ」
意外な話にびっくりして恐る恐る顔を上げると、恭介くんは目を細めて笑っていた。その笑顔からはヤンキー特有のオーラは感じられなくて、なんだか一気に力が抜けていった。
「なあみのり、本当は自分の気持ちをずっとごまかしてるんじゃないのか?」
「え?」
まっすぐに私を見つめながら語る恭介くんに、息がとまりそうになる。確かに彼の言うとおり、私はずっと自分の気持ちから目をそむけている。本当はみんなと楽しくやりたいし、進路だってやりたいことをやってみたいという気持ちはずっと胸の奥で燻っていた。
「俺もさ、城崎家の長男だからってだけでいろんなやりたいことをやらせてもらえなかった。で、気づいたらこんなことになってるってわけ。みのりも、おとなしくてなにもできないやつって勝手に決めつけられてるだろ?」
「それは……、否定できないかもです……」
「だったらさ、これをチャンスと思ってやってみろよ。馬鹿ばっかりの四組を率いて応援団長をやるんだから、絶対に周りの目は変わるぞ。そうなれば、みのりも親や周りを見返すことができると思うから」
ニッと笑って親指立てた恭介くんが、完全に私を言いくるめてきた。彼の言うことは間違いなさそうだし、もしやることができたらきっと世界は変わるかもしれないだろう。
――でも
脳裏に浮かんできた体育祭での応援団の演舞に、一気に恐怖がわきあがってきた。みんなの前に出るだけでなく、団長として一番声を出して団員を率いらないといけないかと思うと、考えただけで寒気が止まらなかった。
さらに、応援団長には一番注目されるイベントがある。それは口上というもので、本来の意味とは違い、みんなの注目を浴びる中で自分の気持ちや想いを自由に宣言するというものだ。過去には、好きな人に告白したりと様々なバリエーションがあり、その分、口上が決まるかどうかによって最後の演舞が盛り上がるかどうか決まるといってよかった。
――むりむり、絶対むりだよ
想像した瞬間、めまいと吐き気が襲ってきた。人と話すこともうまくできないのに、みんなの前に立つという時点で私には不可能だった。
「覚悟が決まったら連絡よろしくな」
私の顔色を見た恭介くんが、今日はいいからと解放してくれた。けど、応援団長をやることについては、有無を言わせない雰囲気を崩すことはなかった。
蒸し暑い校舎の中を、全身ふるわせながら四組へと向かう。一生関わることはないと思っていた人たちと一瞬でも関わるわけだから、歩く足に力が入らなくなっていた。
何度も深呼吸し、意を決して四組のドアを開ける。放課後だから残っている人は少ないはずという私の甘い考えは、一瞬で消えることになった。
「お、きたきた」
想像以上に派手で怖いオーラ全開の人たちを前に固まっていると、なんの悪びれた様子もなく夏なのにひとりだけ長袖の開襟シャツを着た恭介くんが、笑いながら近づいてきた。
「あの」
一秒でも早くここから離れないとまずいと感じた私は、両手を握りしめてかすれた声をだした。
「みんな、こいつが俺たちの応援団長になる葉山みのりだ」
次に続く言葉が出ないでまごついていると、恭介くんはあっけらかんと私のことをみんなに紹介し始めた。
とたんにざわつく教室内。男子、しかもヤンキーしかいない四組は、突如現れた私に対して好奇とも攻撃的ともとれる眼差しを向けてきた。
「前にも言ったけど、こいつに応援団長をやってもらう以上、みんなはこいつに従ってもらうからな。もし、なめた態度や言うことを聞かなかったら、俺と立花が相手になるから覚えておいてくれ」
ざわつくみんなを睨みつけながら、恭介くんが釘を刺していく。一瞬で静かになった空気の中、立花と呼ばれた金髪で巨漢の人だけが妖しい笑みを浮かべて手を振っていた。
「ちょ、ちょっと」
このまま押し流されるのに恐怖しかなかった私は、最大限の勇気を使って恭介くんを廊下に連れ出した。
「なんだよ、急に」
「あの、こんなの無理なんですって」
「無理って、なにが?」
「なにがって、その、応援団長なんて、わたしにできるはずがないですよ」
四組の圧力から脱した勢いで、下を向いたままなんとか断りを口にする。とても恭介くんの顔を見て話すことはできないから、彼がどんな反応をしているかわからなかった。
「できない理由はなに?」
「え?」
絶対に怒られると覚悟していたけど、予想外に優しい声をかけられたので顔をあげると、さっきまでの怖い顔つきは一切感じられない笑みを恭介くんは浮かべていた。
「どうしてできないって思ってる?」
「だ、だってですよ、こんな地味でなんの取り柄もないわたしなんかに、応援団長なんか務まるわけないですよ」
「取り柄ならあるだろ」
「はい?」
「みのりはさ、すげぇ才能持ってるだろ?」
いきなり真面目口調になった恭介くんが、スマホを取り出して一枚の画像を私に向けてきた。
それは、私がコンクールで受賞した作品の紹介画像だった。作品そのものはある企業の活動を紹介する短い動画だけど、その中の一部である働く人たちの笑顔をスケッチ画にした一コマを紹介画像にしていた。
その画像を、なぜか恭介くんはスマホに保存していた。画像自体はポスターになって廊下に飾られてるけど、誰もそんなものに見向きはしないと思っていただけに、彼が関心を示していたことに体験したことがないくらいに胸が熱くなるのを感じた。
「それによ、簡単に無理って言葉つかうなよ」
「ど、どうしてですか?」
「無理ってのは、絶対に諦めたくないものを、それでも諦めないといけないときに使うんだ。まだなにもやってないくせに、最初から無理だなんて言うなってこと」
説教するというより、むしろなんとか納得させようと気をつかっているように感じられたせいで、私は黙ってうつむくしかなかった。
「でも、なんでわたしなんですか?」
ぐるぐるといろんな感情が胸に広がる中、私は思いきって質問してみた。
「まあ、なんていうか、俺に似てたからかな」
「似てる?」
「そうだ。本当はやりたいことあるのに、周りに屈してうじうじしてるところなんかが特にな。だから、ほっとけないというか気になってたんだよ」
意外な話にびっくりして恐る恐る顔を上げると、恭介くんは目を細めて笑っていた。その笑顔からはヤンキー特有のオーラは感じられなくて、なんだか一気に力が抜けていった。
「なあみのり、本当は自分の気持ちをずっとごまかしてるんじゃないのか?」
「え?」
まっすぐに私を見つめながら語る恭介くんに、息がとまりそうになる。確かに彼の言うとおり、私はずっと自分の気持ちから目をそむけている。本当はみんなと楽しくやりたいし、進路だってやりたいことをやってみたいという気持ちはずっと胸の奥で燻っていた。
「俺もさ、城崎家の長男だからってだけでいろんなやりたいことをやらせてもらえなかった。で、気づいたらこんなことになってるってわけ。みのりも、おとなしくてなにもできないやつって勝手に決めつけられてるだろ?」
「それは……、否定できないかもです……」
「だったらさ、これをチャンスと思ってやってみろよ。馬鹿ばっかりの四組を率いて応援団長をやるんだから、絶対に周りの目は変わるぞ。そうなれば、みのりも親や周りを見返すことができると思うから」
ニッと笑って親指立てた恭介くんが、完全に私を言いくるめてきた。彼の言うことは間違いなさそうだし、もしやることができたらきっと世界は変わるかもしれないだろう。
――でも
脳裏に浮かんできた体育祭での応援団の演舞に、一気に恐怖がわきあがってきた。みんなの前に出るだけでなく、団長として一番声を出して団員を率いらないといけないかと思うと、考えただけで寒気が止まらなかった。
さらに、応援団長には一番注目されるイベントがある。それは口上というもので、本来の意味とは違い、みんなの注目を浴びる中で自分の気持ちや想いを自由に宣言するというものだ。過去には、好きな人に告白したりと様々なバリエーションがあり、その分、口上が決まるかどうかによって最後の演舞が盛り上がるかどうか決まるといってよかった。
――むりむり、絶対むりだよ
想像した瞬間、めまいと吐き気が襲ってきた。人と話すこともうまくできないのに、みんなの前に立つという時点で私には不可能だった。
「覚悟が決まったら連絡よろしくな」
私の顔色を見た恭介くんが、今日はいいからと解放してくれた。けど、応援団長をやることについては、有無を言わせない雰囲気を崩すことはなかった。