普段なにげなく通っている大通りの交差点も、週末の夜には別世界になることを、この日私は初めて知ることになった。

 ――なんだろう? 事故でもあったのかな?

 歩道を埋め尽くす人の集団と、それを制止するために声を張り上げる警察官の人たち。車道には赤色灯を回したパトカーがずらりと並び、初夏の蒸し暑さを吹き飛ばすような熱気が漂っていた。

『今日、クレアの恭介が走るみたいだよ』

 通り抜けるスペースが見つからずに足が止まったところで、私と同じ高校生くらいの女子の集団から黄色声が聞こえてくる。ただ、私と違うのは、みんな髪を染めて化粧をしていることだった。

 ――どうしよう……

 よく見ると、集団の大半が絶対に近づきたくないいわゆるヤンキーと呼ばれる人たちばかりだ。私の人生で一生無縁だと思っていた人たちといきなり集団で出くわしたのだから、普通の人ともまともに話せない私はその場で固まるしかなかった。

 臆病と人見知りが加速して一気に上がる体温と乱れる心音に軽いめまいがする中、動きがあったのは突然のパトカーのサイレンだった。

 その音を合図に、みんなはスマホを一斉に車道に向け始めた。中には車道に出る人もいて、ついには警察官と押し問答を始める騒ぎになった。

 数分後、そんな騒ぎをかき消すように現れたのは、目が眩むような光の集団と耳を塞ぎたくなる爆音だった。さらに、その集団を追いかけるようにパトカーの赤色灯とサイレンが響き渡り、歩道にいる人たちの興奮が一気に上がるのが夜風にのって伝わってきた。

 その光景によって緊張に包まれた私の前に現れたのは、爆音を響かせるバイクの集団だった。派手に改造したバイクの集団は、交通ルールもおかまいなしに交差点へと突入すると、長い棒をふりまわしながら、まるでそこがステージかのように旋回し始めた。

 当然、その動きを止める為に警察官たちも必死に制止を試みる。けど、警察官たちを嘲笑うかのように軽やかに交わしていくバイクの集団は、もう手がつけられないくらいに傍若無人となっていた。

 さらに、その様子をみんなはスマホで懸命に撮影していた。中には煽るような言葉を投げかける人もいて、私の知っている穏やかな交差点は、完全に無法地帯になっていた。

 ――どうしよう、早く逃げないと……

 見てはいけないものを見てしまった恐怖に加え、この集団に巻き込まれてはいけないという恐怖がわきあがった瞬間、私は不意に誰かに肩を掴まれた。

「君、もしかしてひとり? こんなところでひとりだと危ないから、よかったら俺らと遊ばない?」

 驚いてふりかえった先には、半袖シャツから入れ墨だらけの腕をのぞかせたヤバイ人たちだった。しかも、質問口調なのにその目と腕は有無を言わせない力があり、あっという間に私は三人のヤバイ人にからまれてしまっていた。

「いえ、わたしは……」

「いいからいいから」

 なんとか声を出そうにも、まともに話せない私はすぐに言葉に詰まった。それをよしとしたのか、三人は無理やり引きずるように私を裏路地に連れていき始めた。

 こんなとき、はっきりものが言えたらどんなに楽だろう。いや、別にはっきり言えなくても悲鳴を上げて助けを求めるか逃げることかできたら、どんなに楽だろう。

 恐怖とパニックでどちらもできない私は、ただ情けないくらいに無言で泣くしかなかった。

「おい、なにやってんの?」

 人気のない建物に連れ込まれる寸前、闇夜を切り裂くような明かりと爆音が近づいてきたかと思うと、バイクから怒号のような声が響き渡ってきた。

「その子さ、俺のツレなんだけど」

 銀色のヘルメットを脱ぎ、顔を隠していた黒いタオルを取ったバイクの運転手が、萎縮する三人に睨みをきかせてくる。よく見ると、短めの髪が金髪ということと鋭い目つきを除けば、絶対に女子ウケ間違いなしのイケメン顔がそこにあった。

 あっけにとられている私をよそに、脱兎のごとく逃げていく三人たち。助かったんだという実感がようやくわいてきたときには、目の前にイケメン顔が迫っていた。

「な、なんでしょうか?」

「お前、泣くくらいに怖い思いするのに、なんでこんなとこに来てんの?」

「いえ、別に来たわけじゃ……」

 おもむろにタバコに火をつける彼を前に、当然のようにうまく話せない私。でも、そんな私を彼は馬鹿にすることなく黙って見ていた。

「お前、葉山みのりだろ?」

「え? なんでわたしの名前知ってるんですか?」

「その様子だと俺のことを知らないみたいだな。同じ学校だってのによ」

「え? 同じ、学校?」

「そう、俺は三年四組の城崎恭介だ」

 よろしくとばかりに手を差し出してくる恭介くんに、私は固まって動けなかった。私が通う高校では、特にヤバイ人たちを集めているのが四組だから、絶対に関わらないと入学以来近づくことはなかった。

「みのり、今日の貸しはしっかり返してもらうからな」

「え?」

「さあて、なにをしてもらおうかな」

 仲間と思われるバイクが来たところで、恭介くんは意味深な笑みと共にとんでもない爆弾を置いていった。

 ――貸しって、え? わたし、一体どうなるの?

 恭介くんの置土産に愕然と震えながら、去っていく彼の背中をただ見つめる。

 これが、蒸し暑い初夏の異様な世界で出会った余命わずかな恭介くんと、完全地味子の私との出会いであり、一生忘れることはない一夏の始まりだった。