『朝だよっ!起きて起きてー!』

 朝6時。スマホから流れるルルの声で目を覚ます。ちなみにルルというのはアニメのキャラクターで、この声は限定ボイスだ。
 なんと心地のいい朝だろう。ルルに起こされるなんて…!
 さて。朝食を食べなければ。腹が減っては戦はできぬ。
 リーゼルの抱き枕カバーをホビールームへ持っていき、代わりに茉莉(まつり)のカバーをかける。これでよし。

 結局悩んだ末に、お母さんが買ってきたものということになった。まあ、できるだけ着飾った方がいいもんな。しょうがない。
 今日の気温は高く、一日中快晴だ。少し風は吹くらしいが、今月1番の高さになるかもしれないとキャスターさんが言っていた。長袖に薄い上着程度でいいらしい。地球温暖化というやつだろうか。…まあ、よく知らないが。

 まず、シャワーを浴びて体を清める。そして、着替えたらヘアセットが待っている。それが終わったら、1番時間のかかる、メイクに移る。
 戦の日は、私の女子力が総動員される日でもあるのだ。

♢♢♢

 午前8時50分。かれこれ待って5分くらいになる。
 人通りの多い駅前。俺の隣には謎のモニュメントがある。ここの待ち合わせ場所といったら、このモニュメントだ。確か、有名な芸術家がデザインしたものらしい。動物のようにも、植物のようにも見える不思議な形だ。
 ふとすると、なんで俺はここに立っているのか分からなくなってくる。
 また襲われる、不思議な疑問。今回は、何か違う気がする。なんで遊びに行かないかと自分から誘ったのだろうか。不思議でならない。
 思えば、先月あたりから、なんとなく目に留まっていたような気がする。いつも誰かと一緒にいるせいか、いつも1人でいる椎奈に興味があったのかもしれない。

「好き…。」

 いや、ないないない。…たぶん。だって、俺はただ、「隣の人と仲良くしたい主義」なだけで…。椎奈はただのクラスメイトで…。
 ピコンと着信音が鳴る。
 見てみると、「Mimi」さんからのメールだった。中2の冬ごろから仲良くさせてもらってるネットシンガーさんだ。どうやら、新曲の評判が良かったことを伝えたいらしい。設定上、性別は隠しているが、地声的には多分男だろう。…分からないが。会ったことないし。ずっとメールとか電話だし。

『日向さん。「SUN」が、1000万再生突破しましたー!いつも素敵な曲を書いてくださり、ありがとうございます!この前伝えた件ですが、いかがでしょうか。返事、待ってます!それでは、これからもよろしくお願いします!』

 この前伝えた件とは、お金のことだ。現在、俺は無料で楽曲を制作している。デリバリーのバイトがあるし、制作スピードは遅いしで、受け取れないんだ。

『1000万再生、おめでとうございます。こちらも、いつも素敵な歌詞で感服しています。さて、この前の件ですが…やっぱり受け取れません。本来趣味で行っていることなので、申し訳ないんです。また気が変わったらお伝えしますね。それでは、今後もよろしくお願いします!』

 これでよし。スマホをしまって、目線を上げると…少し驚いた光景があった。

 知らない女子が、こちらに向かって手を振りながら近づいてくる。え?なんだ?誰だ?…あ、椎奈!?

「お待たせしました。」
「え、あ、いや、大丈夫…。」
「…なんでしょう。」
「なんか変わったな〜と思って…。」
「まあ、戦の日ですからね。気合い入れました。」

 普段、椎奈は長袖を着ている。夏でも長袖シャツだったし、長袖ジャージだった。
 でも、何を思ったのか今日は短いスカートを穿いていた。
 いつもはただ低めに結ばれただけの、まっすぐな髪も、今日は解かれてふわふわになっている。
 白くてオーバーサイズのスウェットに、グレーのプリーツスカート。
 うわ〜俺の好みど直球〜。エスパーなのかな?

「紺野くん?行きますよ。」
「あ、うん…。」

 電車に揺られながら、目的地を目指す。と言っても、隣駅だけど。うちは始発駅であり、これはローカルな路線なので、人は少なかった。
 本当に、隣に座っているのが椎奈だと認識できない。違う誰かに見えてくる。

「…なんですか?」

 俺の目線に気づいたらしく、椎奈が反応する。

「いや、可愛いな〜と思って。…あ。」

 つい口から漏れた本音に、椎奈も俺も、時間が止まる。
 まずい。今のは言っちゃダメだろ俺!絶対、椎奈に怖がられる。青ざめて、凍りついたような目線で見られる。

「あ、ごめん!キモいこと言った。今の忘れて…。」

 その瞬間、俺の時はもう一度止まる。
 頬から耳までが赤く染まり、驚いたような表情をしていた。椎奈が。
 
「あ…はい…。」

 椎奈の声と同時に、電車は停止した。

「…あ、降ります。」
「うん…。」

 恥ずかしさと驚きが混じった気持ちで、ホームに降りる。