「えっ…。」
「さあ、どうぞ〜。座って〜。」

 中学1年生の時。友達が家に遊びに来た。まあ、小さい頃からずっと陰キャだったため、人生初の「友達が自宅に遊びに来る」だ。
 その友達は紗良(さら)ちゃんという。明るくて、キッパリとものを言う子だ。
 早速私の部屋に招いたが、紗良ちゃんは少し戸惑ったような表情をした。

「これ…。陽葵ちゃんの…?」
「うん。そうだよ。」

 部屋にあるキャラクターフィギュアを見て、紗良ちゃんが尋ねた。素直に答えると、紗良ちゃんは…。

「えっ…。気持ち悪い…。」

 一瞬、それが嘘だと信じたかった。でも、紗良ちゃんは呟くように言った。すぐさま「いけない…!」みたいな顔をして、急用を思い出したとか言って帰ってしまった。
 ただ、立っているしかなかった。見せたフィギュアに目をやる。
 アニメのキャラクターのフィギュアで、茶色の長い髪をはためかせながら歩いている女子高生だ。確かにセーラー服のスカートはとても短い。だけどこれは初めて手に入れたフィギュアで、思い出があるものだ。それを、気持ち悪いだなんて。
 普通の人にはそう見えるんだ。私は陰キャだから、感覚がおかしいんだ。
 これは隠さねば。そう思った。アニメや漫画が好きなのを隠して、「気持ち悪い」と思われないようにするんだ。

 今まで隠してきた。ラノベにはカバーをかけて。グッズは絶対に持ってこない。漫画やアニメは、できるだけ知らないふりをする。
 これで今まで耐えてきた。
 
 なのに今、私は自分から友達を無くそうとしている。なんでだろう。でもいい。どうせ紺野くんなんだ。紺野くんと私は釣り合わない。どうせ友達になんてなれやしない。後々それに気づいて苦しむなら、今切り捨てた方がいい。
 多分紺野くんも、私のホビールームを見て気持ち悪いと思うだろう。それでいいんだ。


「…お邪魔します…。」
「どうぞ…。」

 生まれて初めて、男の子がこの家に遊びに来た。やっぱり思った通り、お母さんとお父さんは帰ってきていない。
 ダイニングを横切って階段へ進み、2階へあがる。2階に上がると、3つのドアが見えてくる。そのうち1つはお父さんとお母さんの寝室。2つは私が使っている。そのうち遠い方の部屋へ入った。

 ベッド、勉強机、本棚、クローゼット、何一つ変な場所などない、普通の部屋。

「…ここが椎奈の部屋?」
「はい…。」

 リュックをベッドのそばに置く。ふと時間を確認すると、時計の針は4時を少し過ぎたところを指していた。
 もう一度廊下に戻り、今度は隣のドアの前に立つ。

「…こっちが気持ち悪い方の私の部屋です。開けてください…。」
「…うん。」

 少しぎこちなく、紺野くんが扉を開く。
 そして、目を見開いた。

 ⒋2畳に敷き詰められた棚たち。その中には漫画だのフィギュアだのDVDだのが所狭しと並んでいる。そして、デスクの前にあるゲーミングチェアには、羽衣ちゃんのクッションが置いてある。デスクも、キャラクターのステッカーまみれで、本来の魅力を失っている。デスクの上もフィギュアが立ち並び、カーテンは閉められ、まさにこの部屋は魔境だ。
 中1の頃から一層進化して、キャラクターたちのカラフルさに目が潰れそうだ。流石に紺野くんも、これには圧倒されている。気持ち悪いだろ。隣の席の真面目そうな陰キャ女子が、実はこんなのだったら。引くでしょ。ずっと隠して生きてきたことが気持ち悪いでしょ。

「…気持ち悪いですよね…。それじゃあ…」
「ねえ。」

 紺野くんに声をかけられて、顔を上げる。紺野くんは、(さげす)んだり怖がったりするような目をしていなかった。むしろ、驚きとワクワクに支配されたような瞳を持っている。

「あの人、好きなの?結構グッズあるよね。」

 指さしたのは、チェアに置いてあった羽衣ちゃんクッションだ。

「えっ…。気持ち悪くないんですか…?」
「え?なんで?めっちゃすげーじゃん!入っていい?」
「どうぞ…。」

 紺野くんは私が許可するとすぐに部屋へ踏み込んだ。漫画の棚を眺めたり、フィギュアをキラキラした目で見たり、DVDを少し取り出して楽しんでいる。

 「めっちゃすげーじゃん!」。その言葉が胸に残る。反響して鳴り止まない。今までこれは、陽キャから見て気持ち悪い趣味なのだと思っていた。だから、陰キャと陽キャは分かり合えないと思っていた。…違うのかもしれない。私の趣味は、気持ち悪くて(いびつ)なものではないのかもしれない。すごいものなのかもしれない。
 心の(くさり)が落ちて行く音がした。

 私の趣味は、めっちゃすごい。

「…椎奈?大丈夫?」

 つい目頭が熱くなってしまう私に、紺野くんは優しく声をかける。初めて話した時のように。

「…大丈夫…!」

 泣き声混じりにそう答えた。もう立てなくて、よろよろと座り込む。

「…椎奈、教えてよ。椎奈の好きなこと。俺…「隣の人とは仲良くしたい主義」なんだよね。自己中だから。」

 お得意の笑顔が優しくて、あたたかい気持ちになる。意思が伝わるように、こくんと頷いた。紺野くんは本当に変な人で、とても優しい人だ。

「あっ、これ知ってる!俺も友達から借りて読んでるわ〜。」

 紺野くんが手に取ったのは、大人気少年漫画。アニメ化もしてて、映画化もしている、今注目されている作品だ。

「あっ!これ、そのクッションと同じ人じゃね?ほら。」

 羽衣ちゃんのフィギュアを手に取る。ツインテールがよく似合う、ステージ衣装で、マイクを持って手をこちらへ差し出している。

「それ、「天月羽衣」っていうVtuberで…私がずっと好きな子なんです…。」
「へ〜!」
「あ、ちょっと待っててください…。」

 服の袖で目元を拭い、隣の部屋から椅子を運んでチェアの横に置く。そして、パソコンを操作して羽衣ちゃんの動画を開いた。紺野くんも椅子に座ってくれている。

「羽衣ちゃんの「歌ってみた」で…。これなら知ってるかも…。」

 できるだけ紺野くんが知っていそうな曲を選び、クリックする。すると羽衣ちゃんの声が流れ出した。これは大ヒットソングで、明るい曲調のアップテンポな曲だ。

「…すげー…。なんかこう…透明って言うの?透き通ってる…。」

 ちゃんと感じてくれた。そうだ。羽衣ちゃんの歌声の魅力はなんと言っても透明度。透き通ったガラス細工のような声で歌うのだ。そのため、羽衣ちゃんの歌声は「天然水」とも呼ばれている。どこも濁っていない、透明な声だ。

「…あ。この曲知ってる。」

 紺野くんが指さしたのは、少しマイナーな曲で、本家はボーカロイドが歌っている。正直意外だ。紺野くんみたいなタイプは、こういうのは聞かないものだと思っていた。

「っていうかこれ、ゲームパソコン?すごいな〜。」
「ありがとうございます…。…自分で作ったゲームパソコンで…。」
「え!?自分で作った!?すごっ!俺、いとこからのお下がりしか持ってないんだけど。しかもゲーム用なの!?」
「はい…。」

 そう言って、FPSを開く。ローディング画面から5秒して、ホーム画面へと切り替わった。

「すげー!シューティングゲームだ!…ちょっとやってみてよ〜。」
「え…そんなに上手くないですけど…やるだけなら…?」

 ランク戦に参加した。
 一応、紺野くんにも音が聞こえるように、ヘッドホンは外しておく。
 
 今回はバトルロワイヤル。通称・バトロワだ。まずは資材集め。近くの森林に向かう。
 私が何かするたびに、隣から驚きや楽しむ声が聞こえる。

「…よしっ。一枚(いちまい)。」
「ん?一枚?」
「敵を1人倒したってこと…っ!」

 走って、撃って、跳んで、集めて、建てて…本当にこのゲームは面白い。飽きが来ない。いつまでもできそうだ。

「…なんでそこに隠れるんだ?なんか狙ってる?」
「うん…。…よしっ!」
「うわっ!えぐいって!超遠距離(ちょうえんきょり)1発は凄すぎるって!」

 上手く当たった。普段もなかなかできないことなので、思わず声が出る。隣の紺野くんも、すごく喜んでくれている。
 …が、その時だった。

「うわっ…。」
「え?なんだよあいつ!やり返して来た!」

 一瞬でゲームオーバー画面へと切り替わった。油断して立ち上がったのが敗因だな。結果は、15人中4位。まあまあだ。

「でもすごいな、こんなうまいなんて。」
「そんなこと…。紺野くんは趣味とかないんですか?」
「え…俺は…。ん〜…色々あるかな。スポーツは好きだし…音楽も好きだし…あ、ゲームとか漫画も好きだし…出かけることも好きだな〜。」
「スポーツとか、何するんですか?」
「ん〜…。まあ基本的にやるのははランニングだけど、バスケ部の(すけ)っ人とか、サッカー部の助っ人とかもやるな〜。あ、流石に野球とか柔道とかラグビーとかは無理だけど。」
「へえ…。」

 助っ人を頼まれるのか。まあ、紺野くんなら納得だな。基礎運動能力が高いのだろう。趣味がランニングって…どんだけ健康なんだよ。
 私は話を聞きながら、無意識に動画投稿サイトへアクセスする。そして、マイページを開いてしまった。

「…あ。」
「えっ…?」
「…なんでもないです忘れてください…。」
「え!?なんか今すごい画面見えたんだけど!?え!?椎奈って配信者なの!?」
「見せるつもりなかったのに…!」
「え〜?でももう、俺の脳内に焼きついちゃったんですけど〜?椎奈さ〜ん、白状しちゃいましょうよ〜。」

 あー私のバカ…!わたしは仕方なく、マイページを再び映す。
 そうだ。私は動画投稿サイトに動画をアップしている。名前は「ゆうなぎ」。「夕凪」から取っており、昼と夜の境目の、海が凪ぐ時間帯を指す言葉だ。静かな感じが合っているな〜と感じて、そう名付けた。

「え!?チャンネル登録者、1、5万いんの!?やば!」

 私の動画は、半分趣味なようなものだ。
 顔バレしたくないがために、自分で作ったキツネの面をつけて「踊ってみた」を投稿している。
 白い面に銀色の装飾を少しつけたシンプルなもので、私のトレードマークとなっている。
 可愛い曲からかっこいい曲まで幅広く踊っており、上手な方らしく、よくコメントを読んでニコニコしていた。私としては、趣味で踊っていたものをアップしただけでこんなにいい反響を呼ぶとは思ってもおらず、少し信じられないところもあった。

「すげー。」

 と、私の動画が開かれる。明るい音楽と共に私が踊っている。あの自分とこの自分は違う。あの自分はキラキラしていて、この自分は輝きひとつさえない。

「…これで稼いでんの?」
「はい…。」
「やっぱそうなんだ…。あ、ちなみに俺はデリバリーのバイトやってんだ〜。」
「へえ…。」
「…なんか、やってみたいことってある?このチャンネルで。」
「え…。」

 急な質問に、一瞬戸惑う。でも、前から思っていたことが素直に口からこぼれ落ちた。

「…歌ってみた…。」
「ん?」
「羽衣ちゃんみたいに、歌ってみたとか投稿してみたいな〜って気もするんですけど…まあ、難しくて…。」
「え?なんで?」

 「歌ってみた」は、その名の通り、ある歌をカバーした動画のことである。今や定番なジャンルと化し、たくさんの配信者がアップしている。
 歌う曲を決め、録音し、それを調整・MIXする。そして最後に、音源や流す()を編集・エンコードして出来上がるのだ。

「MIXって、専門知識とかも必要で…。エンコードもやり方学ばないとだし…。歌を録音しても、アップできないんですよね〜…。まあ…プロのMIX師とかエンコード師にお願いするのもありかな〜と思うんですけど、コミュニケーションを取れる気がしなくて…。」
「ふ〜ん…。歌は、うまいんだ?」
「あ…いや…それは…。分かんないです…。」
「…俺さ、友達にMIXやってる奴いて〜。お願いしてみよっか?そいつ、エンコードとか編集とかもできるから、役に立つと思うよ〜。多分暇だから、あっさり作ってくれるよ。」

 陽キャはこういう時に便利だ。友達の種類が多いとできることも多い。陰キャは友達の種類も何もないから、全て1人で行わなければならない。

「…じゃあ…お願いします…。」
「んー。それじゃあ、録音したら音源ちょうだい。渡すから。っていうか椎奈、LINE持ってる?」
「はい…。」

 スマホを取り出して、QRコードの読み取り画面を出す。それと同時に、紺野くんは自身のコードを表示した。ピコンという音がなり、紺野くんが追加される。もしかしたら、初めて友達と交換したかもしれない。

「…今週の日曜って、予定ある?なかったら、一緒に遊び…」
「いえ、(いくさ)がありますので。」
「…え?戦?武士なの?」
「そうじゃなくて…趣味の予定が詰まってるんです…。」
「へ〜。何するの?」
「…今日公開の映画を見に行ったり…展示会に行ったり…。」
「へ〜面白そう!俺もついて行きたい!」
「えっ…。まあ…いいですけど…。…きっと、分からない漫画やアニメについて色々やるだけですよ…?」
「いいっていいって!」

 結果、私たちは日曜に、ともに戦へ向かうこととなった。日曜日の9時に、駅集合。まあ、家は隣なのだが、私が紺野くんの家のチャイムを鳴らせず、紺野くんも私に、母親たちが騒ぎそうだから鳴らすなと言われているのでそうなった。駅からここまでは歩いて10分程度だ。