「はあ…。」
体育館の端っこで、大きなため息をひとつ。
上はジャージ、下は体操着の、長袖短パン女子が多い中、日に当たりたくないがために、肌の露出をしないために、私だけ上下共にジャージだ。長袖長ズボン。
女子たちはワイワイと、ネットを張っている。今日の体育はバドミントン。1番楽しいと言われる単元だ。男子たちもゾロゾロと入ってきた。さすが男子。ほとんどが上下共に体操着だ。半袖短パン。寒くないのか…?
一昨年くらいまでは、体育は男女別で行っていたが、ジェンダーフリーという今の風潮により、クラスでまとめて受けることになった。やる種目は先生がバランスよく選んでいる。
授業が始まった。
あまりやる気のない準備運動の声が体育館に響く。先生は舞台前で、ラケットやシャトルを用意していた。そして、何やら表の書かれたを持っている。
「はい、それじゃあ集まれ〜。」
準備運動後、すぐに呼びかけられて、一斉に舞台前に集まる。
「今日から本格的にバドミントンを始めて行こうと思う。」
まだ、バドミントンは2回しか行っていない。今日で3回目だ。
そして、先生の説明が始まった。
これからは2人1組でペアになり、リーグ戦を行う。差が出ないように、男女ペアだ。うちのクラスは36人。18ペアできるはずだ。コートは5つで、同時に10ペア行える。入れなかった8ペアは、試合観戦だ。
「じゃあ、ペア組め〜。」
やはり、運動神経のいい北園さんや、宮田さんが男子には人気だ。男子からしたら、女子は荷物になるかもしれない。なら、なるべく軽い方がいいのだ。もちろん、今までシングルでやってきて、全敗している私には誰も来ない。荷物が重すぎる。…藤崎くんと組もうかな…。彼なら無口で組みやすいし、授業を耐え忍ぶことができる。藤崎くんを探そうと目線を上げた、その時だった。
「椎奈さん、組もうよ!」
とびっきり笑顔で、私は誘われた。紺野くんだ。え?なんで?なんで私と?紺野くんなら、北園さんも宮田さんも、喜んで組んでくれるはずだ。
「え…。私、弱いですけど…。」
「え?いいっていいって!カバーするし!」
体育祭でのリレーアンカーがニカッと笑う。紺野くんは、リレーのアンカーで、一位に輝いたことがあった。
「ね?お願い!」
「…じゃあ…いいですけど…。」
私はなぜか、クラスで1番運動神経のいい男子と組むことになってしまった。
先生が先ほど持っていた表に名前を書きに行く。
「…なにかつけたいペア名ある?みんなつけてるみたいだし、俺らもつけようよ。」
「……。」
「椎奈さん…紺野…。「こんしいペア」でいい?」
「はい…。」
「こんしい」と、表に書き込まれたのを見て、少し心臓が下がった気がした。紺野くんの足を引っ張ってはいけない。頑張らないと。まず最初は、サッカー部男子とバレー部女子の陽キャペアだった。
「あ?紺野、椎奈さんと組んだのかよ!」
「そうだけど?」
「頑張れよ〜。」
「うるせえうるせえ。さっさと準備しろよ〜。」
…あれは完全に、私が荷物だとわかっている。とんでもなく思い荷物だと知っている。他のペアも見にきて話している。なんで紺野が椎奈と?という声も聞こえる。
怖い。みんなから注目されている。軽くバカにされている。紺野くんは軽く流したけど、私の耳にはこびりついて剥がれない。逃げ出したい。ラケットを持った右手が緩んでいく。
開始のブザーが鳴った。一斉に5試合始まる。相手の女子からのサーブだ。安定して、こちらに向かってくる。よく見て、タイミングを合わせて、思いっきり振ると、なんとか返すことができた。
「ナイス。」
隣から小さく呟かれる。だが、その私があげたふわふわしたシャトルを、男子が逃すはずがない。一気に叩き落とされる。明らかに、私を狙って。
もちろん返せるはずもなく、一点取られてしまった。
「ドンマイドンマイ。次行くよ。」
声を掛けられるが、あまり頭に入ってこなくて、空気中で崩れてしまう。紺野くんがサラッと後ろに動いた。私は促されるように、中央に移動する。前後で行おうとしているのだ。
あと1分くらいだが、さっきから紺野くんの足しか引っ張っていない。ほとんど紺野くんが打ち返している。得点は全て、紺野くんの強烈なスマッシュによるものだ。なんとか同点になっているが、それも奇跡と呼んでいいだろう。
紺野くんのサーブから動き出す。
相手の男子と紺野くんの長めのラリーが始まる。だが、男子が手前に落としてきた。私が打ち返せないと思ってのことだろう。なんとか女子側に返すも、それだけで精一杯だ。
女子が安定した軌道でシャトルを飛ばす。あ、これは、スマッシュを打てる軌道。一瞬で分かった。だが、私が行っていいのだろうか。打とうとして失敗したら大変だ。怖い。右手が引っ込みそうになった。
「椎奈!」
紺野くんの声が響く。霧がかかっていた頭の中に、光が差した。
無意識に体が動き、よく見て、少しジャンプする。まだガタガタのフォームだが、一生懸命手首をひねる。
スパーン!という音が鳴り、その数秒後に終了のブザーが鳴った。
私が、スマッシュを打てた。今日初めての得点だ。私たちは、勝った。
「よっしゃあ!椎奈、勝った!」
「…よかった…。」
「おい!見たか、今のスマッシュ!」
「くそー。悔しい〜。」
周りからひしひしと、「意外」という雰囲気が滲み出る。
怖くて閉じこもっていた私の「殻」を紺野くんが、かち割った。いきなり「さん」を抜かれて呼ばれたから、なんとなく距離が近づいたような気がする。
紺野くんが嬉しそうな様子で、表にマルを書く。
「まずは1勝…かな!」
「はい…。」
「あ、っていうか大丈夫?呼び捨てだけど。」
「いえ…。大丈夫です…。」
まずは1勝。次はどこのペアと行うのだろう。無意識に次の試合を考えている。
「…とりあえず、いえーい。」
「いえーい…。」
まだ慣れないけど、それ以上に嬉しさが込み上げて手を重ねた。
陽キャは本当に距離が近い。でも、今だけは嫌な気持ちはしなかった。
少し紺野くんは驚いたような顔をしたが、すぐにお得意の笑顔になった。
「組んだ相手が、紺野くんで良かった。」そう思う自分が、確かにいた。
体育館の端っこで、大きなため息をひとつ。
上はジャージ、下は体操着の、長袖短パン女子が多い中、日に当たりたくないがために、肌の露出をしないために、私だけ上下共にジャージだ。長袖長ズボン。
女子たちはワイワイと、ネットを張っている。今日の体育はバドミントン。1番楽しいと言われる単元だ。男子たちもゾロゾロと入ってきた。さすが男子。ほとんどが上下共に体操着だ。半袖短パン。寒くないのか…?
一昨年くらいまでは、体育は男女別で行っていたが、ジェンダーフリーという今の風潮により、クラスでまとめて受けることになった。やる種目は先生がバランスよく選んでいる。
授業が始まった。
あまりやる気のない準備運動の声が体育館に響く。先生は舞台前で、ラケットやシャトルを用意していた。そして、何やら表の書かれたを持っている。
「はい、それじゃあ集まれ〜。」
準備運動後、すぐに呼びかけられて、一斉に舞台前に集まる。
「今日から本格的にバドミントンを始めて行こうと思う。」
まだ、バドミントンは2回しか行っていない。今日で3回目だ。
そして、先生の説明が始まった。
これからは2人1組でペアになり、リーグ戦を行う。差が出ないように、男女ペアだ。うちのクラスは36人。18ペアできるはずだ。コートは5つで、同時に10ペア行える。入れなかった8ペアは、試合観戦だ。
「じゃあ、ペア組め〜。」
やはり、運動神経のいい北園さんや、宮田さんが男子には人気だ。男子からしたら、女子は荷物になるかもしれない。なら、なるべく軽い方がいいのだ。もちろん、今までシングルでやってきて、全敗している私には誰も来ない。荷物が重すぎる。…藤崎くんと組もうかな…。彼なら無口で組みやすいし、授業を耐え忍ぶことができる。藤崎くんを探そうと目線を上げた、その時だった。
「椎奈さん、組もうよ!」
とびっきり笑顔で、私は誘われた。紺野くんだ。え?なんで?なんで私と?紺野くんなら、北園さんも宮田さんも、喜んで組んでくれるはずだ。
「え…。私、弱いですけど…。」
「え?いいっていいって!カバーするし!」
体育祭でのリレーアンカーがニカッと笑う。紺野くんは、リレーのアンカーで、一位に輝いたことがあった。
「ね?お願い!」
「…じゃあ…いいですけど…。」
私はなぜか、クラスで1番運動神経のいい男子と組むことになってしまった。
先生が先ほど持っていた表に名前を書きに行く。
「…なにかつけたいペア名ある?みんなつけてるみたいだし、俺らもつけようよ。」
「……。」
「椎奈さん…紺野…。「こんしいペア」でいい?」
「はい…。」
「こんしい」と、表に書き込まれたのを見て、少し心臓が下がった気がした。紺野くんの足を引っ張ってはいけない。頑張らないと。まず最初は、サッカー部男子とバレー部女子の陽キャペアだった。
「あ?紺野、椎奈さんと組んだのかよ!」
「そうだけど?」
「頑張れよ〜。」
「うるせえうるせえ。さっさと準備しろよ〜。」
…あれは完全に、私が荷物だとわかっている。とんでもなく思い荷物だと知っている。他のペアも見にきて話している。なんで紺野が椎奈と?という声も聞こえる。
怖い。みんなから注目されている。軽くバカにされている。紺野くんは軽く流したけど、私の耳にはこびりついて剥がれない。逃げ出したい。ラケットを持った右手が緩んでいく。
開始のブザーが鳴った。一斉に5試合始まる。相手の女子からのサーブだ。安定して、こちらに向かってくる。よく見て、タイミングを合わせて、思いっきり振ると、なんとか返すことができた。
「ナイス。」
隣から小さく呟かれる。だが、その私があげたふわふわしたシャトルを、男子が逃すはずがない。一気に叩き落とされる。明らかに、私を狙って。
もちろん返せるはずもなく、一点取られてしまった。
「ドンマイドンマイ。次行くよ。」
声を掛けられるが、あまり頭に入ってこなくて、空気中で崩れてしまう。紺野くんがサラッと後ろに動いた。私は促されるように、中央に移動する。前後で行おうとしているのだ。
あと1分くらいだが、さっきから紺野くんの足しか引っ張っていない。ほとんど紺野くんが打ち返している。得点は全て、紺野くんの強烈なスマッシュによるものだ。なんとか同点になっているが、それも奇跡と呼んでいいだろう。
紺野くんのサーブから動き出す。
相手の男子と紺野くんの長めのラリーが始まる。だが、男子が手前に落としてきた。私が打ち返せないと思ってのことだろう。なんとか女子側に返すも、それだけで精一杯だ。
女子が安定した軌道でシャトルを飛ばす。あ、これは、スマッシュを打てる軌道。一瞬で分かった。だが、私が行っていいのだろうか。打とうとして失敗したら大変だ。怖い。右手が引っ込みそうになった。
「椎奈!」
紺野くんの声が響く。霧がかかっていた頭の中に、光が差した。
無意識に体が動き、よく見て、少しジャンプする。まだガタガタのフォームだが、一生懸命手首をひねる。
スパーン!という音が鳴り、その数秒後に終了のブザーが鳴った。
私が、スマッシュを打てた。今日初めての得点だ。私たちは、勝った。
「よっしゃあ!椎奈、勝った!」
「…よかった…。」
「おい!見たか、今のスマッシュ!」
「くそー。悔しい〜。」
周りからひしひしと、「意外」という雰囲気が滲み出る。
怖くて閉じこもっていた私の「殻」を紺野くんが、かち割った。いきなり「さん」を抜かれて呼ばれたから、なんとなく距離が近づいたような気がする。
紺野くんが嬉しそうな様子で、表にマルを書く。
「まずは1勝…かな!」
「はい…。」
「あ、っていうか大丈夫?呼び捨てだけど。」
「いえ…。大丈夫です…。」
まずは1勝。次はどこのペアと行うのだろう。無意識に次の試合を考えている。
「…とりあえず、いえーい。」
「いえーい…。」
まだ慣れないけど、それ以上に嬉しさが込み上げて手を重ねた。
陽キャは本当に距離が近い。でも、今だけは嫌な気持ちはしなかった。
少し紺野くんは驚いたような顔をしたが、すぐにお得意の笑顔になった。
「組んだ相手が、紺野くんで良かった。」そう思う自分が、確かにいた。