そして時は進み、3時間目の数学となった。
数学は、まだ国語と比べればできる方だが、いつも平均点ギリギリだ。
妄想しながらノートを書く。
陽キャ女子は、可愛らしいペンでノートを見やすく彩るが、私のノートは黒と赤。たまに青が入るくらいだ。字は、小さい頃に習字を習っていたので綺麗に書くことができる。
「…はい。みんな終わったかな?じゃあ、ここの列、答え言ってください。」
私の列が当てられる。私は1番最後の問題だ。
まずい。これ、分かんなかったところだ。後で答え聞いて書いておこうと思っていた場所。
間違えたら、「え〜?椎奈さんって頭も悪いの〜?」と思われるだろう。
頑張って考えるも、わからない。もう3番目の人が答えを言っている。
もうダメだ。素直に分からなかったと言おう。そう思った時だった。
私の机に横から付箋が貼られる。付箋には、「a=3,b=7」と書いてある。そして、私の番になった。
「次…椎奈さん。」
「は、はい…。えっと…a=3,b=7…?」
「はい。正解です。」
一気に肩の荷が降りた。そして、付箋を貼った人・紺野くんの方を覗いてみた。
ノートにはシンプルながらも分かりやすくメモが取られている。そして紺野くん本人は、先生の方を向いて、話を聞いていた。
そして、目が合う。私はすぐに目を自分の机へ向けた。
「はい。じゃあ今日はここまで。ありがとうございました。」
みんなは口々に「ありがとうございました」と言ってから、友達と話に行ったり次の授業の用意をしたりした。
私も、心の中で「ありがとうございました」を言ってから、次の授業の準備をした。
「…椎奈さん。」
隣から声をかけられる。
「危なかったね。」
「あ…はい…。」
どうしても、「ありがとう」が出てこなくて、目線があちこちに泳ぎ散らかした。陽キャの中にも、いい人はいるのかもしれない。
「…椎奈さん、最近何かあったー?」
紺野くんは、どうしても私と友達になりたいらしく、鋼のメンタルで話しかける。
「い、いえ…なにも…。」
「俺さー、一昨日引っ越したんだけどさ〜。それが学校から離れちゃって〜。いつもより早く起きなくちゃならなくなったんだよね〜。」
いや、知らんがな。お前の起きる時間なんて。興味ない。それをグッと堪えて、作り笑いを浮かべる。私の得意技だ。
「あ、椎奈さんのこと、なんて呼べばいい?」
「え…。なんでもいいです…。」
「じゃあ、これまで通り、「椎奈さん」ね!俺も別になんでもいいから。呼び捨てでも、「〜くん」付けでも、なんでもどうぞ〜。」
やっぱり、溢れ出るフレンドリーさがやばい。目に染みる。
「おーい!蓮ー!」
「ん〜?」
ここで紺野くんは、友達に呼ばれてしまった。私は少しだけ、心の中で小さくガッツポーズをしていた。
♢♢♢
放課後になった。今日はなんの予定もない。私はすぐに、学校を後にした。ちなみに、紺野くんが話しかけたそうにしていたが、それより前に教室を出た。
私の自宅最寄駅は、学校の最寄り駅から間に3つ挟んだものだ。
少し小走りになりながら、駅を目指す。
電車に乗り、またもや妄想を膨らませる。
にやけないよう細心の注意を払って入り浸った。はあ…マリアちゃんに抱きしめられたい…。2次元の世界に行けたらいいのに…。
電車を降りたら、またもや小走りで家を目指す。私の家は駅から少し離れた場所にあり、少し疲れてしまった。でも構わない。あの子のためなら…!
帰ってすぐに、手を洗って制服を脱ぐ。そしてジャージに着替え、自分のパソコンの前に座る。
私は一人娘なのだ。だから兄弟がいる子より、親が買ってくれる率が高い。このゲーミングパソコンと椅子は、誕生日プレゼントにもらった。
すぐに起動させ、動画投稿サイトを開く。
「あっ…ギリギリ間に合った…!」
そんな私の声と同時に、画面から、超絶可愛い声が流れ出す。
『みんな〜こんうい〜!天月羽衣の時間だよ〜。』
Vtuberの天月羽衣。3年前に「ブイラヴ」からデビューし、瞬く間に人気となったVtuber。名前の通り、天界から舞い降りた天使なのだ。ふわふわとした声と、歌声の透明感。編集や作詞などマルチにこなせるところが人気となった。最近は、アクションゲームやダンス動画などにもチャレンジしてくれている。
私の1番好きなVtuberだ。
「こんうい〜!今日も可愛い〜!」
リアルで感嘆の声をあげながら、コメントでも「こんうい!」と打つ。
あまり見ている人がいないこの時間でも、たくさんのコメントが流れ、すぐに私のものなど埋まってしまう。さすが羽衣ちゃんだ。
『今日はね〜。こちらをやっていきたいと思います!』
そう言って映したのは、ホラーゲームのホーム画面。確か、とても怖いと有名なやつだ。羽衣ちゃんはホラーが苦手である。大丈夫か…?
羽衣ちゃんいわく、もちろんホラーは怖い。だから昼にやることにしたんだそうだ。可愛い…!ホラーが苦手なのに頑張っちゃうところも可愛い…!
「ファイト!」などを送りつつ、羽衣ちゃんを見守る。
『え〜…?絶対出てくるよ…きゃあ!』
さすが苦手なだけあって、どんなに小さいことでも驚いてくれる。その度に羽衣ちゃんのツインテールが揺れて、可愛さを倍増している。
羽衣ちゃん…可愛すぎるって…!反則だって…!
そして私は2時間悶え続け、羽衣ちゃんは2時間リアクションし続けた。
『おつうい〜。またね〜。』
「おつうい〜!またね〜!」
またもや、届くわけのない声を出して、コメントを打って、サイトを閉じた。
いやあ…可愛かった…!まだ頭の中には羽衣ちゃんの悲鳴が轟いている。
「はあ…。」
と、思い出す。そういえば今日は、あの漫画の最新刊発売日だった気がする。カレンダーを確認すると、確かに赤い文字で書いてあった。
やばい。なんとしてもゲットしなくては。
今日は、人気漫画・「レモンは君のせい」、略して「れもきみ」の発売日だ。
主人公の宮水檸檬がクラスのクール系男子・露木青と隣の席になり、だんだんと好きになっていく…という、王道少女漫画だ。爽やかに描かれた恋模様が女子人気を集め、アニメ化も果たした。
流石にジャージだとまずいかと思い、タンスを開く。
アニメTシャツ、羽衣ちゃんのグッツパーカー…まともな服は少ししか持ってない。というか…私としては、まともな服も、まともじゃない。母が買ってきたもので、いわゆる「ガーリーファッション」というやつである。
「着たくねえ…!」
そう思い、Tシャツだけはアニメグッツのものを着る。そして、ズボンは服の中で1番まともかと思われるジーンズ。パーカーだけ母が買ってくれたやつにした。
「こうやって、ファスナーを閉めれば…よし。Tシャツが隠れる。いや、灰色なのはいいんだけど、これ…腕にリボンついてるんだよな…。…まあいっか。クラスメイトに会うわけでもないんだし。」
そして私は、ドアを開けた。…あ。
「あ。…やっほー。」
すぐにドアを閉じる。
なんで紺野くんが…!?ストーカーかよ!
ドアスコープから覗いてみても、やっぱり紺野くんだった。不思議そうにこちらを見ている。
一応、ドアチェーンをつけて開けてみる。
「…こんにちは…。」
「わぁ、ドアの隙間から挨拶されるの初めてだわ〜。警戒心強すぎない?」
「…な、なんで…。」
「え?だって俺の家、椎奈さんの隣だもん。」
「え…?」
拍子抜けして、外に出て隣の家の表札を見る。そこにはしっかりと、「紺野」と書いてあった。
「ほんとだ…。」
「でしょ?一昨日引っ越したんだって言ったじゃん。」
「あ…確かに…。」
確かに一昨日、母親が新しいお隣さんが来た〜とか言ってた。新しく建て替えず、そのまま移ってきたらしいことも聞いていた。
「これからどっか行くの?」
「あ…本屋まで…。」
「へえ〜…。」
紺野くんの目線が降下する。
「…似合ってるね。その服。」
あ、と自分の服に目をやる。まずい、こんなリボンがついてるパーカー、見られたくなかったのに…!
「あ…いやこれは…。」
「そうだ!本屋行くんでしょ?ちょっと待ってて。」
そう言うと、紺野くんは自分の家へ入ってしまった。え?「待ってて」とは?紺野くんの意図を検索したい気持ちだった。
1分くらいして、紺野くんが家から飛び出してきた。明らかに私服と思われる服装で。
「ごめん。じゃ、行こっか。」
ん?
脳内がフリーズして、私のキャパシティが限界に達する。
え?「行こっか」ってなに?は?頭の中がクエスチョンマークだらけだ。
「え…?」
「あ、俺も欲しい漫画あるんだ。一緒に買いに行こうよ。」
陽キャが得意とする言葉・「一緒に」が出た。本当は1人で買いに行きたい。「れもきみ」を、緊張しながら買いたくない。でも、これぞ陰キャの特徴・「断れない」が発動してしまった。ほんと、陽キャ撲滅委員会があれば入りたい気分だ。
「え…あ…はい…。」
静かな住宅街の道を、私と紺野くんが踏みしめる。
「まあ、欲しい漫画って言っても、妹に頼まれたやつなんだけどさ。えっと…「レモンは君のせい」ってやつ。「れもきみ」…?少女漫画なんだって。」
「えっ…。」
「ん?知ってる?」
「…私もそれ…買おうとしてました…。」
「マジで!?お揃いじゃん。いえーい。」
急にハイタッチを求められ、少し控えめに手を出す。
ほんと、陽キャは距離が近い。近寄らないでくれ。眩しいから。
「…なんで…そんな私なんかにかまってくれるんですか…。」
不意に出た、本音。紺野くんみたいな陽キャは、別の友達と遊びに行けばいい。わざわざ、陰キャの私と一緒にいる利点が分からない。紺野くん、君の株が下がっちゃうよ。
「ん〜…。俺、隣の席の人とは仲良くしたい派なんだよ。」
「でも…それじゃあメリットが…。」
「え?友達にメリットとかいらなくない?これはただの自己満だよ。」
ニカッと笑顔で答える紺野くん。わざわざ非合理的なことをする男子。でも、笑顔が似合うクラスメイト。
微笑み返せなくて、少し先の地面を見る。私たちの影が、伸びていた。
数学は、まだ国語と比べればできる方だが、いつも平均点ギリギリだ。
妄想しながらノートを書く。
陽キャ女子は、可愛らしいペンでノートを見やすく彩るが、私のノートは黒と赤。たまに青が入るくらいだ。字は、小さい頃に習字を習っていたので綺麗に書くことができる。
「…はい。みんな終わったかな?じゃあ、ここの列、答え言ってください。」
私の列が当てられる。私は1番最後の問題だ。
まずい。これ、分かんなかったところだ。後で答え聞いて書いておこうと思っていた場所。
間違えたら、「え〜?椎奈さんって頭も悪いの〜?」と思われるだろう。
頑張って考えるも、わからない。もう3番目の人が答えを言っている。
もうダメだ。素直に分からなかったと言おう。そう思った時だった。
私の机に横から付箋が貼られる。付箋には、「a=3,b=7」と書いてある。そして、私の番になった。
「次…椎奈さん。」
「は、はい…。えっと…a=3,b=7…?」
「はい。正解です。」
一気に肩の荷が降りた。そして、付箋を貼った人・紺野くんの方を覗いてみた。
ノートにはシンプルながらも分かりやすくメモが取られている。そして紺野くん本人は、先生の方を向いて、話を聞いていた。
そして、目が合う。私はすぐに目を自分の机へ向けた。
「はい。じゃあ今日はここまで。ありがとうございました。」
みんなは口々に「ありがとうございました」と言ってから、友達と話に行ったり次の授業の用意をしたりした。
私も、心の中で「ありがとうございました」を言ってから、次の授業の準備をした。
「…椎奈さん。」
隣から声をかけられる。
「危なかったね。」
「あ…はい…。」
どうしても、「ありがとう」が出てこなくて、目線があちこちに泳ぎ散らかした。陽キャの中にも、いい人はいるのかもしれない。
「…椎奈さん、最近何かあったー?」
紺野くんは、どうしても私と友達になりたいらしく、鋼のメンタルで話しかける。
「い、いえ…なにも…。」
「俺さー、一昨日引っ越したんだけどさ〜。それが学校から離れちゃって〜。いつもより早く起きなくちゃならなくなったんだよね〜。」
いや、知らんがな。お前の起きる時間なんて。興味ない。それをグッと堪えて、作り笑いを浮かべる。私の得意技だ。
「あ、椎奈さんのこと、なんて呼べばいい?」
「え…。なんでもいいです…。」
「じゃあ、これまで通り、「椎奈さん」ね!俺も別になんでもいいから。呼び捨てでも、「〜くん」付けでも、なんでもどうぞ〜。」
やっぱり、溢れ出るフレンドリーさがやばい。目に染みる。
「おーい!蓮ー!」
「ん〜?」
ここで紺野くんは、友達に呼ばれてしまった。私は少しだけ、心の中で小さくガッツポーズをしていた。
♢♢♢
放課後になった。今日はなんの予定もない。私はすぐに、学校を後にした。ちなみに、紺野くんが話しかけたそうにしていたが、それより前に教室を出た。
私の自宅最寄駅は、学校の最寄り駅から間に3つ挟んだものだ。
少し小走りになりながら、駅を目指す。
電車に乗り、またもや妄想を膨らませる。
にやけないよう細心の注意を払って入り浸った。はあ…マリアちゃんに抱きしめられたい…。2次元の世界に行けたらいいのに…。
電車を降りたら、またもや小走りで家を目指す。私の家は駅から少し離れた場所にあり、少し疲れてしまった。でも構わない。あの子のためなら…!
帰ってすぐに、手を洗って制服を脱ぐ。そしてジャージに着替え、自分のパソコンの前に座る。
私は一人娘なのだ。だから兄弟がいる子より、親が買ってくれる率が高い。このゲーミングパソコンと椅子は、誕生日プレゼントにもらった。
すぐに起動させ、動画投稿サイトを開く。
「あっ…ギリギリ間に合った…!」
そんな私の声と同時に、画面から、超絶可愛い声が流れ出す。
『みんな〜こんうい〜!天月羽衣の時間だよ〜。』
Vtuberの天月羽衣。3年前に「ブイラヴ」からデビューし、瞬く間に人気となったVtuber。名前の通り、天界から舞い降りた天使なのだ。ふわふわとした声と、歌声の透明感。編集や作詞などマルチにこなせるところが人気となった。最近は、アクションゲームやダンス動画などにもチャレンジしてくれている。
私の1番好きなVtuberだ。
「こんうい〜!今日も可愛い〜!」
リアルで感嘆の声をあげながら、コメントでも「こんうい!」と打つ。
あまり見ている人がいないこの時間でも、たくさんのコメントが流れ、すぐに私のものなど埋まってしまう。さすが羽衣ちゃんだ。
『今日はね〜。こちらをやっていきたいと思います!』
そう言って映したのは、ホラーゲームのホーム画面。確か、とても怖いと有名なやつだ。羽衣ちゃんはホラーが苦手である。大丈夫か…?
羽衣ちゃんいわく、もちろんホラーは怖い。だから昼にやることにしたんだそうだ。可愛い…!ホラーが苦手なのに頑張っちゃうところも可愛い…!
「ファイト!」などを送りつつ、羽衣ちゃんを見守る。
『え〜…?絶対出てくるよ…きゃあ!』
さすが苦手なだけあって、どんなに小さいことでも驚いてくれる。その度に羽衣ちゃんのツインテールが揺れて、可愛さを倍増している。
羽衣ちゃん…可愛すぎるって…!反則だって…!
そして私は2時間悶え続け、羽衣ちゃんは2時間リアクションし続けた。
『おつうい〜。またね〜。』
「おつうい〜!またね〜!」
またもや、届くわけのない声を出して、コメントを打って、サイトを閉じた。
いやあ…可愛かった…!まだ頭の中には羽衣ちゃんの悲鳴が轟いている。
「はあ…。」
と、思い出す。そういえば今日は、あの漫画の最新刊発売日だった気がする。カレンダーを確認すると、確かに赤い文字で書いてあった。
やばい。なんとしてもゲットしなくては。
今日は、人気漫画・「レモンは君のせい」、略して「れもきみ」の発売日だ。
主人公の宮水檸檬がクラスのクール系男子・露木青と隣の席になり、だんだんと好きになっていく…という、王道少女漫画だ。爽やかに描かれた恋模様が女子人気を集め、アニメ化も果たした。
流石にジャージだとまずいかと思い、タンスを開く。
アニメTシャツ、羽衣ちゃんのグッツパーカー…まともな服は少ししか持ってない。というか…私としては、まともな服も、まともじゃない。母が買ってきたもので、いわゆる「ガーリーファッション」というやつである。
「着たくねえ…!」
そう思い、Tシャツだけはアニメグッツのものを着る。そして、ズボンは服の中で1番まともかと思われるジーンズ。パーカーだけ母が買ってくれたやつにした。
「こうやって、ファスナーを閉めれば…よし。Tシャツが隠れる。いや、灰色なのはいいんだけど、これ…腕にリボンついてるんだよな…。…まあいっか。クラスメイトに会うわけでもないんだし。」
そして私は、ドアを開けた。…あ。
「あ。…やっほー。」
すぐにドアを閉じる。
なんで紺野くんが…!?ストーカーかよ!
ドアスコープから覗いてみても、やっぱり紺野くんだった。不思議そうにこちらを見ている。
一応、ドアチェーンをつけて開けてみる。
「…こんにちは…。」
「わぁ、ドアの隙間から挨拶されるの初めてだわ〜。警戒心強すぎない?」
「…な、なんで…。」
「え?だって俺の家、椎奈さんの隣だもん。」
「え…?」
拍子抜けして、外に出て隣の家の表札を見る。そこにはしっかりと、「紺野」と書いてあった。
「ほんとだ…。」
「でしょ?一昨日引っ越したんだって言ったじゃん。」
「あ…確かに…。」
確かに一昨日、母親が新しいお隣さんが来た〜とか言ってた。新しく建て替えず、そのまま移ってきたらしいことも聞いていた。
「これからどっか行くの?」
「あ…本屋まで…。」
「へえ〜…。」
紺野くんの目線が降下する。
「…似合ってるね。その服。」
あ、と自分の服に目をやる。まずい、こんなリボンがついてるパーカー、見られたくなかったのに…!
「あ…いやこれは…。」
「そうだ!本屋行くんでしょ?ちょっと待ってて。」
そう言うと、紺野くんは自分の家へ入ってしまった。え?「待ってて」とは?紺野くんの意図を検索したい気持ちだった。
1分くらいして、紺野くんが家から飛び出してきた。明らかに私服と思われる服装で。
「ごめん。じゃ、行こっか。」
ん?
脳内がフリーズして、私のキャパシティが限界に達する。
え?「行こっか」ってなに?は?頭の中がクエスチョンマークだらけだ。
「え…?」
「あ、俺も欲しい漫画あるんだ。一緒に買いに行こうよ。」
陽キャが得意とする言葉・「一緒に」が出た。本当は1人で買いに行きたい。「れもきみ」を、緊張しながら買いたくない。でも、これぞ陰キャの特徴・「断れない」が発動してしまった。ほんと、陽キャ撲滅委員会があれば入りたい気分だ。
「え…あ…はい…。」
静かな住宅街の道を、私と紺野くんが踏みしめる。
「まあ、欲しい漫画って言っても、妹に頼まれたやつなんだけどさ。えっと…「レモンは君のせい」ってやつ。「れもきみ」…?少女漫画なんだって。」
「えっ…。」
「ん?知ってる?」
「…私もそれ…買おうとしてました…。」
「マジで!?お揃いじゃん。いえーい。」
急にハイタッチを求められ、少し控えめに手を出す。
ほんと、陽キャは距離が近い。近寄らないでくれ。眩しいから。
「…なんで…そんな私なんかにかまってくれるんですか…。」
不意に出た、本音。紺野くんみたいな陽キャは、別の友達と遊びに行けばいい。わざわざ、陰キャの私と一緒にいる利点が分からない。紺野くん、君の株が下がっちゃうよ。
「ん〜…。俺、隣の席の人とは仲良くしたい派なんだよ。」
「でも…それじゃあメリットが…。」
「え?友達にメリットとかいらなくない?これはただの自己満だよ。」
ニカッと笑顔で答える紺野くん。わざわざ非合理的なことをする男子。でも、笑顔が似合うクラスメイト。
微笑み返せなくて、少し先の地面を見る。私たちの影が、伸びていた。