「楽しみです…!」
「そうだね〜。」
椎奈が今、目を輝かせている相手はスクリーンだ。俺らは映画館に来ていた。
「オーバーグラウンド」。サッカー漫画らしい。俺も少し聞いたことはあった。今回映画化されたのは、主人公・明日葉翔が高校サッカーの大会に出場する場面。
俺はサッカー経験あるしルール知ってるけど…椎奈は大丈夫なのだろうか。あまり知っているようなイメージがない。
ちなみに、俺ら2人は変人で、傍にポップコーンはない。椎奈はオレンジジュースのみだし、俺もコーラとポテトのみだ。俺はポテト派で、椎奈は映画に集中したいからだ。
CMが終わり、本格的に暗くなり始めた。
「…すごかったです…!感動しました…!」
「俺も、面白かったな〜。」
途中、ふと隣を見ると、椎奈がほろほろと泣いていた。よっぽど感動したんだろうな〜。まあ確かに、初めて知る俺が見ても面白いものだった。
「っていうか椎奈、サッカーのルールとか知ってたんだ。」
「はい。漫画を何回も読んで覚えました!」
「れもきみ」も話せる内容のひとつではあるが、俺としてはこっちの方が話しやすいかもしれない。サッカーなら話せる内容はたくさんある。
「本当に…!翔くんが成長してて…!」
「お〜第二波来ちゃってる〜。」
またもや椎奈が感動に溺れる。そして、涙を拭いながら、次に向かうのは昼食場所だと伝えた。またもや電車に揺られ、隣にはなにやら調べ物をする椎奈が座った。
「あ、紺野くん。多分、紺野くんはノリについていけないと思いますけど、頑張ってください。」
「え?どういうこと?」
「…頑張ってください。ファイトです。私は、めいいっぱい楽しむんで。」
「あ…はい…。」
ノリ…?ノリが必要な飲食店ってなんだ…?
♢♢♢
「おかえりなさいませっ!お嬢様、ご主人様〜。」
あーなるほどね?そういうことかー!
秋葉原に数多くある、メイド喫茶の一店舗。俺たちはメイドさんにお出迎えされていた。
メイドさんに導かれるやいなや、席に案内される。席には、別のメイドさんが構えていた。
「あっ!いろはちゃん!」
「あっ、ひまりお嬢様っ!また会いに来てくれたんですね!嬉しいです〜。お席へどうぞ〜。」
俺らが席につき荷物を下ろすと、メイドさんの口から、多分何回も言っているのであろうセリフが飛び出た。
「では改めまして…。おかえりなさいませ、お嬢様、ご主人様〜!今回、お給仕を担当させていただきます、「いろは」です!お嬢様方は、本日が初めてのご帰宅ですか?」
「私は違うけど、紺野くんはそうだよね。」
「うん。」
「わかりました!それでは簡単に、ルールを説明させていただきますね〜。」
そう言って、流れるようにメニューの最初らへんのページを見せる。
背はそんなに高くなく、高めのツインテールを結ぶ、いろはさん。まだ、どこかあどけなくて、新人感も漂っていた。
ここのメイドさんたちは、魔法にかかった猫らしい。毎日毎日、ご主人様やお嬢様が帰ってくるのを待って、頑張っているのだとか…。
メイドさんたちに触ると、メイドさんに呪いがかかってしまい魔物に返信してしまうので、触らないこと。写真に写り込んでもかかってしまうので、勝手に撮らないこと。最後に、久しぶりの帰宅だから、めいいっぱい楽しむこと。
メイドさんを呼びたい時は、「おいでー。」と声をかければ来てくれるらしい。
「それでは、ごゆっくりお楽しみください!」
いろはさんはそう言うと、メニューを置いて離れて行った。
「わ〜どうしよう…。やっぱり定番のオムライス?でも、これも美味しいんだよな〜。迷っちゃう〜。」
さっきの映画と同じくらい、椎奈の目がキラキラしていた。本当に、好きなんだろうな。
「じゃあ俺、この、「ぴよりんカレー」ってやつにしよ〜。さっきコーラ飲んだし、ウーロン茶でいっか〜。」
「むむ…。紺野くんが「ぴよりんカレー」なら…やっぱり、「すやすや猫ちゃんオムライス」ですかね〜。それで、ホワイトウォーターにします。…おいでー。」
近くにいた「いろは」さんに、惜しげもなく「おいでー。」と言う椎奈を見て、少し面白くなってしまった。いろはさんもそれに、全力で「はーい!」と明るく答えて向かう。
椎奈はサラッと全て注文し、ついでに自分のチェキとステージを所望した。
確かに、すぐ近くには一段上がった場所がある。そこで歌ってくれるのか。
少し経って、料理が運ばれてきた。お決まりの、「美味しくなるおなじない」も添えて。
あ、意外に美味しい。てっきりこういうのはレンチンか何かだと思っていたけど、実際は美味しかった。そして、いろはさんがマイクを持ってステージに立つ。
少し照明が暗くなり、いろはさんにスポットライトがあたる。客は全員、いろはさんを見ている。
「それでは聞いてください!「Dreamer」!」
キラキラした軽快な音楽が流れ出し、いろはさんがステップを踏み始める。椎奈が手拍子を打ち始める。
きっと、何度も練習したんだろう。結構動く曲なのに、一切声がブレない。それどころか、俺や椎奈にファンサまでしてくれている。
限りない努力の結晶が、このステージなんだろうな。
駅につづく道を俺らは歩いていた。椎奈の手には、いろはさんと、ついさっき撮ったばかりのチェキが握られている。
「…いろはちゃん、私がずっと応援してきたメイドちゃんなんですよ。最初は、歌もダンスもあんまり上手じゃなくて、オムライスに絵を描くのだって失敗して、チェキも戸惑ってばっかりだったのに…。」
椎奈はいろはさんの、最初のチェキの相手であり、ステージを所望した人だった。最初は歌詞が飛んだりステップを間違えたり、ファンサができなかったりだったが、今ではあんなふうに可愛く輝いている。椎奈からすれば、「成長したなあ…。」という感じなのだろう。一種の母性本能のようなものだろうか。と、不意に椎奈が何か気づいたように立ち止まる。
「ん?」
「ガチャが…特別ガチャがあります!回してもいいですか?」
「うん。いいよー。」
すぐさま滑り込んだのはゲームセンター。少し大きめのガチャガチャを前に、椎奈が目を輝かせる。
「これ、ブイラヴの特別ガチャですー!なかなかないから、ラッキーだな〜。」
1回500円、はずれなし。隣にある景品棚から選べるようだ。早速、100円玉を5枚投入して、ガチガチと回す。
コロンとピンク色のカプセルが出てきた。
「なにかな〜。おー!B賞!B賞は…?」
青く囲まれた棚を見ると、まあまあな景品が並んでいる。まあ、下にあるC賞よりはマシだな。
結局選んだのは、天月羽衣のラバーストラップだった。
♢♢♢
「それでは、紺野くんはランダム缶バッジ8個とマリアちゃんのアクスタ、マリアちゃんのクリアファイルを。私はストラップとミニ色紙と手乗りマスコットを手に入れます。」
あ、多分、これが戦場なんだろうな。肌で感じる緊張感と高揚感。グッズに群がる人々。素早く補充する店員。俺たちは今、漫画の展示会のグッズ売り場に来ていた。どうやらここだけでしか買えないグッズが多くあるとのことで、みんな気合いが入っている。俺は、椎奈の買いたいものを集めることになった。
人混みを掻き分け、なんとか缶バッジの棚へ辿り着く。すると、横から巨漢にグイグイと押される。なんとかサッカーのように体を入れて、踏みとどまり、8個分手に入れた。次は、マリアとか言うキャラクターのアクリルスタンドだ。
なんとか棚に辿り着くも、どれがマリアだか分からない。確か…これ?でもこれは台座にルシフェルって書いてある…。あ、これか。
一番左にあった、一番売れているアクスタを手に取る。台座にはしっかり、マリアと書かれていた。
最後は同じくマリアのクリアファイル。ここもだいぶ混んでいる。クリアファイルなだけに、大量購入する人が多い。えーと、マリアマリア…。ようやく見つけ、手中にあるマリアは、もう売り切れ寸前だった。
確かに、ここは戦場だ。
♢♢♢
「最後は、アニメショップに行きますよ〜。」
派手なショッパーを肩にかけ、椎奈は勇ましく進んでいく。
ここは見たことがある。メジャーなショップだ。単にアニメショップと言っても、漫画も売っている。やっぱり、この店に入る人は大体、なんかしらのグッズを持っていた。
椎奈が目指したのは、アーティスト系のフロア。ここには、アーティストのグッズやらCDやらが売っている。
「やっぱり入荷してる〜!」
と、興奮気味に手に取ったのは…青飛宙のアクスタだった。思わず時間が止まる。青飛宙は、Mimiさんの曲のキャラクターだった。
Mimiさんは、毎回物語のような曲を歌う。今までだったら例えば、病的なまでに彼氏が好きな女の子、海の王国で繰り広げられる痛快コメディ、魔法使いのほんわかのんびり1人旅などを歌ってきた。Mimiさんが作詞して、俺が曲を作って編曲し、Mimiさんが歌う。ミュージックビデオは絵師の「シリウス」さんが描いている。本格的なアニメーションビデオだ。
青飛宙は、半年前くらいにアップした「ブループラネット」のキャラクターだ。
宙は、毎日に飽きてしまった、干からびかけた世界の住人。その世界では、年々海面が下降しており、いつか海はなくなってしまうと言われていた。そんなある日、宙は朝倉寧々という女子に会う。一緒に世界を救おうと言われ、なんだか分からぬままついていく。そして、「宙と寧々の世界救おう大作戦」が始まる…。
まあ最終的に奇跡の雨が降って元通りになるのだが、確かに「ブループラネット」は人気な曲だった。
「あ、俺も知ってる!「ブループラネット」でしょ?いいよね〜。」
「知ってるんですか!?ですよね〜。あの綺麗な歌詞と、メロディーが素晴らしくて…!私、Mimiさんの曲では、「ブループラネット」が1番好きなんですよ〜。」
「へ〜。」
それはありがとうございますっ…!確かに、「ブループラネット」は頑張った曲だ。いつもサラサラ歌詞を書くMimiさんが、珍しく悩んだ曲だし、俺もいつもより気合いを入れた。シリウスさんも、キャラクターをどうするかで唸ってた。
「紺野くんは、1番なにが好きですか?」
「えー…なんだろう…。全部好きだけど…「春嵐」かな。」
「あー分かりますー!あのかっこいい雰囲気とリズム…!いいですよね〜。今まで作曲担当が日向さんに決まった曲でもありますし。」
確かにそうだった。中2の冬ごろ、依頼を来て、その頃はまだ有名なネットシンガーじゃなかったから気軽に作って届けて…。今思えば、その気軽さから、日向とMimiさんは始まったのだと思う。
ビデオ担当のシリウスさんは最初から一緒にいたが、作曲担当は俺が担当する前まではコロコロ変わっていたのだ。
「…日向、知ってるんだ。」
「はい!3年前くらいに活動を開始して、可愛い曲からかっこいい曲までマルチに作れるクリエイターさんなんですよね。」
「…今週、椎奈が録音したやつ送ってくれたじゃん?あれ、今MIXしてもらってるんだけど…。日向にやってもらってるんだよね〜。」
「…はい?」
「え?だから、俺が送ったの。今やってくれてるところ。」
「えええええええ!?」
店内に声が響く。手に持っていた宙のアクスタが震えだす。
「え!?あんな崇高な方に!?はい!?」
完全にパニックモードな椎奈が面白くて、つい笑ってしまう。
崇高か…。悪い気はしないかも。
「なんで連絡先知ってるんですか!?」
「ん〜まあ、いろいろ?」
宙のアクスタ、俺も買っていこうかな〜。Mimiさんに見せよ。シリウスさんにも見せたいな〜。
いつのまにか高い場所にいた俺たちに、少し驚きながらも嬉しい気持ちが、そこにはあった。
なんやかんやあって、俺たちの戦は終結したのだった。
「そうだね〜。」
椎奈が今、目を輝かせている相手はスクリーンだ。俺らは映画館に来ていた。
「オーバーグラウンド」。サッカー漫画らしい。俺も少し聞いたことはあった。今回映画化されたのは、主人公・明日葉翔が高校サッカーの大会に出場する場面。
俺はサッカー経験あるしルール知ってるけど…椎奈は大丈夫なのだろうか。あまり知っているようなイメージがない。
ちなみに、俺ら2人は変人で、傍にポップコーンはない。椎奈はオレンジジュースのみだし、俺もコーラとポテトのみだ。俺はポテト派で、椎奈は映画に集中したいからだ。
CMが終わり、本格的に暗くなり始めた。
「…すごかったです…!感動しました…!」
「俺も、面白かったな〜。」
途中、ふと隣を見ると、椎奈がほろほろと泣いていた。よっぽど感動したんだろうな〜。まあ確かに、初めて知る俺が見ても面白いものだった。
「っていうか椎奈、サッカーのルールとか知ってたんだ。」
「はい。漫画を何回も読んで覚えました!」
「れもきみ」も話せる内容のひとつではあるが、俺としてはこっちの方が話しやすいかもしれない。サッカーなら話せる内容はたくさんある。
「本当に…!翔くんが成長してて…!」
「お〜第二波来ちゃってる〜。」
またもや椎奈が感動に溺れる。そして、涙を拭いながら、次に向かうのは昼食場所だと伝えた。またもや電車に揺られ、隣にはなにやら調べ物をする椎奈が座った。
「あ、紺野くん。多分、紺野くんはノリについていけないと思いますけど、頑張ってください。」
「え?どういうこと?」
「…頑張ってください。ファイトです。私は、めいいっぱい楽しむんで。」
「あ…はい…。」
ノリ…?ノリが必要な飲食店ってなんだ…?
♢♢♢
「おかえりなさいませっ!お嬢様、ご主人様〜。」
あーなるほどね?そういうことかー!
秋葉原に数多くある、メイド喫茶の一店舗。俺たちはメイドさんにお出迎えされていた。
メイドさんに導かれるやいなや、席に案内される。席には、別のメイドさんが構えていた。
「あっ!いろはちゃん!」
「あっ、ひまりお嬢様っ!また会いに来てくれたんですね!嬉しいです〜。お席へどうぞ〜。」
俺らが席につき荷物を下ろすと、メイドさんの口から、多分何回も言っているのであろうセリフが飛び出た。
「では改めまして…。おかえりなさいませ、お嬢様、ご主人様〜!今回、お給仕を担当させていただきます、「いろは」です!お嬢様方は、本日が初めてのご帰宅ですか?」
「私は違うけど、紺野くんはそうだよね。」
「うん。」
「わかりました!それでは簡単に、ルールを説明させていただきますね〜。」
そう言って、流れるようにメニューの最初らへんのページを見せる。
背はそんなに高くなく、高めのツインテールを結ぶ、いろはさん。まだ、どこかあどけなくて、新人感も漂っていた。
ここのメイドさんたちは、魔法にかかった猫らしい。毎日毎日、ご主人様やお嬢様が帰ってくるのを待って、頑張っているのだとか…。
メイドさんたちに触ると、メイドさんに呪いがかかってしまい魔物に返信してしまうので、触らないこと。写真に写り込んでもかかってしまうので、勝手に撮らないこと。最後に、久しぶりの帰宅だから、めいいっぱい楽しむこと。
メイドさんを呼びたい時は、「おいでー。」と声をかければ来てくれるらしい。
「それでは、ごゆっくりお楽しみください!」
いろはさんはそう言うと、メニューを置いて離れて行った。
「わ〜どうしよう…。やっぱり定番のオムライス?でも、これも美味しいんだよな〜。迷っちゃう〜。」
さっきの映画と同じくらい、椎奈の目がキラキラしていた。本当に、好きなんだろうな。
「じゃあ俺、この、「ぴよりんカレー」ってやつにしよ〜。さっきコーラ飲んだし、ウーロン茶でいっか〜。」
「むむ…。紺野くんが「ぴよりんカレー」なら…やっぱり、「すやすや猫ちゃんオムライス」ですかね〜。それで、ホワイトウォーターにします。…おいでー。」
近くにいた「いろは」さんに、惜しげもなく「おいでー。」と言う椎奈を見て、少し面白くなってしまった。いろはさんもそれに、全力で「はーい!」と明るく答えて向かう。
椎奈はサラッと全て注文し、ついでに自分のチェキとステージを所望した。
確かに、すぐ近くには一段上がった場所がある。そこで歌ってくれるのか。
少し経って、料理が運ばれてきた。お決まりの、「美味しくなるおなじない」も添えて。
あ、意外に美味しい。てっきりこういうのはレンチンか何かだと思っていたけど、実際は美味しかった。そして、いろはさんがマイクを持ってステージに立つ。
少し照明が暗くなり、いろはさんにスポットライトがあたる。客は全員、いろはさんを見ている。
「それでは聞いてください!「Dreamer」!」
キラキラした軽快な音楽が流れ出し、いろはさんがステップを踏み始める。椎奈が手拍子を打ち始める。
きっと、何度も練習したんだろう。結構動く曲なのに、一切声がブレない。それどころか、俺や椎奈にファンサまでしてくれている。
限りない努力の結晶が、このステージなんだろうな。
駅につづく道を俺らは歩いていた。椎奈の手には、いろはさんと、ついさっき撮ったばかりのチェキが握られている。
「…いろはちゃん、私がずっと応援してきたメイドちゃんなんですよ。最初は、歌もダンスもあんまり上手じゃなくて、オムライスに絵を描くのだって失敗して、チェキも戸惑ってばっかりだったのに…。」
椎奈はいろはさんの、最初のチェキの相手であり、ステージを所望した人だった。最初は歌詞が飛んだりステップを間違えたり、ファンサができなかったりだったが、今ではあんなふうに可愛く輝いている。椎奈からすれば、「成長したなあ…。」という感じなのだろう。一種の母性本能のようなものだろうか。と、不意に椎奈が何か気づいたように立ち止まる。
「ん?」
「ガチャが…特別ガチャがあります!回してもいいですか?」
「うん。いいよー。」
すぐさま滑り込んだのはゲームセンター。少し大きめのガチャガチャを前に、椎奈が目を輝かせる。
「これ、ブイラヴの特別ガチャですー!なかなかないから、ラッキーだな〜。」
1回500円、はずれなし。隣にある景品棚から選べるようだ。早速、100円玉を5枚投入して、ガチガチと回す。
コロンとピンク色のカプセルが出てきた。
「なにかな〜。おー!B賞!B賞は…?」
青く囲まれた棚を見ると、まあまあな景品が並んでいる。まあ、下にあるC賞よりはマシだな。
結局選んだのは、天月羽衣のラバーストラップだった。
♢♢♢
「それでは、紺野くんはランダム缶バッジ8個とマリアちゃんのアクスタ、マリアちゃんのクリアファイルを。私はストラップとミニ色紙と手乗りマスコットを手に入れます。」
あ、多分、これが戦場なんだろうな。肌で感じる緊張感と高揚感。グッズに群がる人々。素早く補充する店員。俺たちは今、漫画の展示会のグッズ売り場に来ていた。どうやらここだけでしか買えないグッズが多くあるとのことで、みんな気合いが入っている。俺は、椎奈の買いたいものを集めることになった。
人混みを掻き分け、なんとか缶バッジの棚へ辿り着く。すると、横から巨漢にグイグイと押される。なんとかサッカーのように体を入れて、踏みとどまり、8個分手に入れた。次は、マリアとか言うキャラクターのアクリルスタンドだ。
なんとか棚に辿り着くも、どれがマリアだか分からない。確か…これ?でもこれは台座にルシフェルって書いてある…。あ、これか。
一番左にあった、一番売れているアクスタを手に取る。台座にはしっかり、マリアと書かれていた。
最後は同じくマリアのクリアファイル。ここもだいぶ混んでいる。クリアファイルなだけに、大量購入する人が多い。えーと、マリアマリア…。ようやく見つけ、手中にあるマリアは、もう売り切れ寸前だった。
確かに、ここは戦場だ。
♢♢♢
「最後は、アニメショップに行きますよ〜。」
派手なショッパーを肩にかけ、椎奈は勇ましく進んでいく。
ここは見たことがある。メジャーなショップだ。単にアニメショップと言っても、漫画も売っている。やっぱり、この店に入る人は大体、なんかしらのグッズを持っていた。
椎奈が目指したのは、アーティスト系のフロア。ここには、アーティストのグッズやらCDやらが売っている。
「やっぱり入荷してる〜!」
と、興奮気味に手に取ったのは…青飛宙のアクスタだった。思わず時間が止まる。青飛宙は、Mimiさんの曲のキャラクターだった。
Mimiさんは、毎回物語のような曲を歌う。今までだったら例えば、病的なまでに彼氏が好きな女の子、海の王国で繰り広げられる痛快コメディ、魔法使いのほんわかのんびり1人旅などを歌ってきた。Mimiさんが作詞して、俺が曲を作って編曲し、Mimiさんが歌う。ミュージックビデオは絵師の「シリウス」さんが描いている。本格的なアニメーションビデオだ。
青飛宙は、半年前くらいにアップした「ブループラネット」のキャラクターだ。
宙は、毎日に飽きてしまった、干からびかけた世界の住人。その世界では、年々海面が下降しており、いつか海はなくなってしまうと言われていた。そんなある日、宙は朝倉寧々という女子に会う。一緒に世界を救おうと言われ、なんだか分からぬままついていく。そして、「宙と寧々の世界救おう大作戦」が始まる…。
まあ最終的に奇跡の雨が降って元通りになるのだが、確かに「ブループラネット」は人気な曲だった。
「あ、俺も知ってる!「ブループラネット」でしょ?いいよね〜。」
「知ってるんですか!?ですよね〜。あの綺麗な歌詞と、メロディーが素晴らしくて…!私、Mimiさんの曲では、「ブループラネット」が1番好きなんですよ〜。」
「へ〜。」
それはありがとうございますっ…!確かに、「ブループラネット」は頑張った曲だ。いつもサラサラ歌詞を書くMimiさんが、珍しく悩んだ曲だし、俺もいつもより気合いを入れた。シリウスさんも、キャラクターをどうするかで唸ってた。
「紺野くんは、1番なにが好きですか?」
「えー…なんだろう…。全部好きだけど…「春嵐」かな。」
「あー分かりますー!あのかっこいい雰囲気とリズム…!いいですよね〜。今まで作曲担当が日向さんに決まった曲でもありますし。」
確かにそうだった。中2の冬ごろ、依頼を来て、その頃はまだ有名なネットシンガーじゃなかったから気軽に作って届けて…。今思えば、その気軽さから、日向とMimiさんは始まったのだと思う。
ビデオ担当のシリウスさんは最初から一緒にいたが、作曲担当は俺が担当する前まではコロコロ変わっていたのだ。
「…日向、知ってるんだ。」
「はい!3年前くらいに活動を開始して、可愛い曲からかっこいい曲までマルチに作れるクリエイターさんなんですよね。」
「…今週、椎奈が録音したやつ送ってくれたじゃん?あれ、今MIXしてもらってるんだけど…。日向にやってもらってるんだよね〜。」
「…はい?」
「え?だから、俺が送ったの。今やってくれてるところ。」
「えええええええ!?」
店内に声が響く。手に持っていた宙のアクスタが震えだす。
「え!?あんな崇高な方に!?はい!?」
完全にパニックモードな椎奈が面白くて、つい笑ってしまう。
崇高か…。悪い気はしないかも。
「なんで連絡先知ってるんですか!?」
「ん〜まあ、いろいろ?」
宙のアクスタ、俺も買っていこうかな〜。Mimiさんに見せよ。シリウスさんにも見せたいな〜。
いつのまにか高い場所にいた俺たちに、少し驚きながらも嬉しい気持ちが、そこにはあった。
なんやかんやあって、俺たちの戦は終結したのだった。