夢を、見ていたい。甘くて綺麗な夢を。

「おはよ〜。」
「あ、おはよう。あれ?前髪切った?」
「あ〜分かっちゃう?切ったよ〜。」
「めっちゃ似合ってる!」
「ありがと〜。」

 今日もクラスの女子がキャーキャーと高い声で会話する。「ありがと〜」じゃねえんだよ。たかが前髪を切っただけでなんだ。

 …と、周りの女子を毛嫌いしているのが、この私。高校1年生、椎奈陽葵(しいなひまり)。それが私の名前だ。太陽の下で明るくキラキラと輝くひまわりを連想させる可愛らしい名前だが、私にはもちろん似合わない。何が「陽葵」だ。陰キャな私には、豚に真珠同然だった。
 好きなものはゲーム、アニメ、漫画など。人と関わることが苦手で、陽キャとは1番関わりたくない。陽キャは敵なのだ。運動神経が良くて頭が良くて、人当たりも良く、人気がある。私とは大違いだ。私は…まあ、運動神経は中の下。頭も中の下。人と話すと緊張しかしない。人気はもちろんないだろう。
 クラスの女子がおしゃれなカフェに行って、「可愛い〜!」など言っている間、私は1人、家でアニメを見て「え…やばい。マジでやばい。可愛すぎて死ぬんだが。」などと独り言を呟いている。

 ちなみに、今読んでいるやつは、真面目そうな表紙をかけているだけで、中身はラノベだ。にやけてしまいそうなのを必死にこらえている。
 ああ…リーゼルちゃん、本当に可愛い…嫁に欲しい…!いや待って。私にはマリアちゃんが…!でもあの子も…いや、あの子も…!…これは、もう…一夫多妻制にするしかないな。女だけど。

「はい、席つけ〜。」

 私のそんな妄想も、先生の声でかき消されてしまった。なんだよ、今せっかく結婚生活を妄想していたのに。

「今日は…お待ちかね、席替えを行うぞ〜。」

 教室が一瞬で歓喜の声に包まれる。もちろん私は、無言で本をしまっただけだ。
 チラッと隣をみると、同じように無言だった藤崎くんがいた。
 彼は静かで、穏やかで、まあ迷惑はしない隣人だ。一体次は誰になるのだろう。

 列になって、先生の用意したくじを引き始めた。うちに担任は体育教師で、失礼ながら字が綺麗とは言えない。でも、くじの番号は見やすいように書いてくれた。

「ねえねえ何番〜?」
「私、8番。」
「あ〜私2〜。」
「私、3だ!近いかも!」
「マジで!?やったー!」

 女子は早くも情報共有を始める。私のくじには…赤色で15が書かれていた。

「えーと、女子は赤。男子は黒で書いてあるからな〜。じゃあ席順は…これだ。視力とかで前に行きたいやつは交換してもらえ〜。」

 先生がプリントを黒板に貼りつけた。…やっぱり、予想通りだ。
 1番後ろの、1番左。天国の席だ。人に囲まれなくて済む。
 少しワクワクして机と椅子を運び、早速座ってみた。すぐ近くが窓ということもあって、とても景色がいい。あとは…周辺環境だけだ。

 私の前には、菊池さんが座った。確か、ほんわかした優しい子だったと思う。よし。当たった。そして、右斜め前には細田くんが座った。こちらもあたりだ。陽キャグループには属しているものの、いつも笑顔で相槌を打つ役なのだ。
 そして隣が…。

「お〜!(かど)っこにめっちゃ近いじゃん!ラッキー!」

 思わずフリーズした。…マジかよ…。
 私の隣の席は紺野くん。紺野蓮(こんのれん)くんだ。
 私でも一瞬で分かる、圧倒的陽キャ男子。部活は無所属でありながら、持ち前の運動神経と頭の良さで常にトップに立っている。明るい性格から、友達も多い。なぜか、部活に入っていないのに、先輩達とも仲良くしている。
 今は10月の終わりあたりで、私は未だ、なんの委員会にも属していないし、属そうともしていないが、紺野くんは、体育祭実行委員会と放送委員会に所属していた。
 つまり、私の1番苦手な人種。関わりたくないタイプ。思わず目が泳ぐ。いや、自分から泳ぎにいく。
 不意に紺野くんの声が止まった。隣が私だと知って言葉も出ないほど嫌がっているのだろう。でも紺野くんの声は、また再開された。私に向かって。

「よろしくっ。」

 ん?誰に向かって言っているんだ?え?私?なわけ…いや…私だ。これ。

「あ…よろしくお願いします…。」

 2秒遅れて挨拶する。挨拶してきやがった…。宣戦布告か?
 紺野くんは一瞬迷ってから、また声を届けた。

「えーと…椎奈さん…だよね?」
「あ…はい…。」
「俺、紺野蓮…って知ってた?」
「あ…はい…。」
「多分2学期の終わりまで一緒だから…よろしくね?」
「あ…はい…。」

 気まずい間が生まれる。できるだけ優しく話しかけてくれたのがすごく伝わったが、そんなにこちらは話す気はないのだ。