そう言った瞬間、瀧口くんは、はぁっ? と口を開けた。
 あ……これは、完ぺきに「お花畑な女子」ってかんちがいされたかも。
「あっそ、せいぜい頑張れよ」
 背を向けて、つかつかと私から離れていく瀧口くん。
「待って、待って! ちゃんと最後まで聞いて!」
「るせーな、まだなんかあんのかよ」
 そう、話せば長いことなんだけど。
「私、その王子さまに出会うまで、好きなものが分からなかったの」
「なに?」
 瀧口くんが、ピタリ、と足を止めた。
「それまで、好きなものなんて選べなかったの」

 はじめの記憶は三歳のとき。
「歌奈ちゃん、おやつ、プリンとアイスクリーム、どっちがいい?」
 ニコニコと明るいお母さんの問いかけに、
「どっちもたべたーい」
 と答えた私。
「えー、どっちかにしなきゃダーメ」
 結局どっちを選んだか忘れたけど、このときのお母さんの笑顔は今も私の記憶に残っている。今ではあまり見られなくなったからかもしれない。
 そして時はすぎて、私は七歳になった。
「歌奈ちゃん、もし、もしもだけどね。パパとママ、どちらかと暮らすとしたらどっちがいい?」
 お母さんは、神妙な面持ちで私にたずねてきた。
「パパー」
「どうして?」
 うろたえるお母さんに、私はこう返した。
「あんまりおうちにかえってこないから、いっしょにいたーい」
 私のお父さんはめったに家にいなかった。プリンかアイスクリームかで迷っていたときはときどき家にいたけど、もうずいぶん顔を見ていない。
「でも、でもね。歌奈ちゃん。パパといっしょに暮らしたら、ママとははなればなれになるのよ。おじいちゃんともおばあちゃんとも、このおうちともお別れよ」
 お母さんの手が私の両肩をしっかりとつかんでいた。
「じゃあ、ママー」
 この年、私の苗字が秋山から春名に変わった。秋から一気に春に変わった。
 一年後、八歳の夏休みに、お父さんのところに遊びに行った。お父さんの家には、知らない女の人がいた。
「歌奈、この人はうちにお手伝いに来ている七恵さんだ」
「よろしくね、歌奈ちゃん」
 七恵さんはお父さんよりも少し年下で、目のクリッとした美人だった。やせていたが、おなかが妙にふくらんでいた。父は日中仕事に出ていたので、その間、私は七恵さんといっしょにいた。