それから二、三日した後、ようやく視聴覚室を使って、立ち稽古ができるようになった。
「じゃあ、ゲルダがカイを探しに行くところから」
 北原部長の合図で、私は少女ゲルダに変わる。
 場面は、暗くて長い冬のつかの間の晴れの日。
 カイがいなくなった悲しみを抱えながら、ひとりぼっちのゲルダは周りに問いかける。
「お日さま、カイは死んでしまったの?」
「いいえ、死んではいませんよ」
「つばめさん、カイはもうこの世にはいないの?」
「ダメだよ、ゲルダ。希望を捨ててはいけないよ」
 はげまされたゲルダは、顔をあげてカイを探しに行くことを決心するんだけど……。
「バーカ、もう死んでるって!」
「陰気くせぇ芝居やってんなよなー!」
 ギャハハハハ、と意地の悪い笑い声がろう下から響いた。
「もーっ、まただ。ちょっと練習中断。あたし、今日こそ文句言ってやる!」
 北原部長が肩をいからせてろう下のほうに歩いていく。
 練習やってると、ときどきこんなふうに一部の生徒たちからバカにされるんだよね。
 その名を知られた実力校ではそんなことないのかもしれないけど、うちみたいに小さな演劇部では日常茶飯事。
 いつもは無視してたけど、今日はいよいよ北原部長の堪忍袋の緒が切れたみたいで。
「ちょっと、あんたたち!」
 すごい剣幕で飛び出した北原部長を、私たち部員一同はハラハラしながら見守っていた。
 あれっ?
 北原部長よりも先に、バカにして通り過ぎようとした生徒たちを捕まえてるひとがいる。
「ってぇな! 離せよ、オレたちそんな引き止められるほど悪いことしてねぇけど?」
 憎まれ口をたたく生徒たちの腕をそのひとはしっかりと捕まえたまま離さない。
 って、あのひと! 瀧口くんだ。
 どうして、瀧口くんがここに?
「お前ら、自分のキョーミねぇもんに対してくだらねぇって思うのは勝手だけど、わざわざ大っぴらに口に出す必要ねぇだろ。謝れよ」
「はぁ? なんでそんなこと――」
 気の進まないふたりの背中を、瀧口くんは、ガッ! と長い足で北原部長の前に押し出して、
「オレじゃなくて、この人に」
 と、射抜くような視線をふたりに向けた。
「……すぃませんでした」
 蚊の鳴くような声でつぶやくと、バタバタと逃げるようにその場から去って行った。
 いったいなにが起こってるの? と、ポカーンとふたりのあとを見送る部長。
 そして、瀧口くんもいつの間にかこつぜんとその場から消えていた。