いよいよ今日から卒業式の練習が始まった。まだ練習だというのに光里は練習が始まった途端鼻を一定間隔で啜り出した。
今日はまだ一回目の練習ということもあり、一人一人担任の先生から呼名してもらうところまでだった。

うちの学年は三年五組まであって、私は三組だ。そして出席番号が真ん中らへんなので学年で名前が呼ばれるのもだいたい真ん中。今更だけどなんかとてもいい番号な気がする。

「遠山瑠璃」

先生の大きな声が体育館中に響き渡る。「ああ。次だ。」練習なのに私の胸は音が聞こえてしまうのではと思うくらいドキドキしていた。

「並木咲乃」

「、、、!はいっ」

余計なことを考えていたせいか、間を置いてしまったし、少し声が裏返ってしまった。私の後の出席番号で隣に座っていた、「沼田昴」がくすっと笑い小さな声で

「どんまーい。」

と言ってきたことに少しイラッとした。あいつも失敗しちゃえばいいのに。私の頭の中はそのことでいっぱいになり、卒業証書をもらってから降りる階段で一段抜かしてしまい、転びそうになった。なのに、私の小さな思いは届くことなく、あいつは失敗ひとつせず、初めから終わりまで全て綺麗にやってのけた。
そんなこんなで、一回目の卒業式練習が終わった。

教室に戻り、帰りのホームルームの時、先生が卒業式練習の反省を話し始めた。

「大きな声で返事ができた人もいれば、できなかったり、失敗してしまったりした人もいると思います。まぁ、それはしょうがない。まだ練習ですからね。でも、本番。卒業式当日は親御さんや在校生、他の学年の先生もみんな名前が呼ばれた人一人一人を見てると思います。普段はうるさい三組なんだから、返事くらい余裕でいかないと。さぁ、あとちょっと頑張りましょうね。」

そうだ。ママが来てくれるんだ。あと何回あるか指で数えられるくらいの私の晴れ舞台。私は、卒業合唱で指揮を振ったり伴奏をしたりするわけじゃないしっかり目立ってママに見てもらえるのは呼名だけだ。ママに今までの感謝を伝えるつもりでしっかりやろう。
先生の話を聞いてそう感じた。

夜八時。残業を終えたママが家に帰ってきた。

「ただいまー。」

私は一回からずっと待っていたその声が聞こえると握っていたシャーペンを置いて、階段を急いで駆け下り、ママのところへ行った。

「ママおかえりー。」

こうして仕事終わりのままに付きまとうのが私の日課だ。

「ねぇねぇ。ママ。昴って覚えてる?沼田昴。」

私は今日の卒業式練習の話をしようと思い、昴の名前を出した。

「昴、、、ああ!あの昴くん?小学生の時六年間クラス同じだった子?」

ママはちょっと考えると思い出したようだ。昴と私は小学校六年間同じクラスでずっと出席番号も前後だった。昴が引っ越す前までは私の家の隣に住んでいて、よく一緒に遊んでいた。今思えば、あんなやつとよく遊んでいられたなと自分で自分に感心してしまう。

「そうそう。その昴。中二、三年も同じクラスなんだよ?あれ、言ったことなかったっけ?」

「えー初耳な気がするけどなぁ。」

「まあ、別に話に出ることもないくらい今は全然仲良くないんだけどね。」

「男子と女子ってだいたいそんなものよ。高校生になればそんなこともなくなるんだろうけどね。お互い難しい時期だから。」

「あ、そうだ。私と昴受けた高校も同じなんだよ?」

そんな感じで私とママはしばらく昴の話で盛り上がった。

話が途切れるとママは、

「卒業式楽しみにしてるね。もしかしたらおばあちゃんも来てくれるかもね。」

と言った。

「え、ほんと!?」

私はそう言った後、この前おばあちゃんと気まずい関係になってしまったことを思い出した。でも、そのことはママには話していない。だから表面だけでも嬉しそうにしておいて正解だったのかもしれない。

「良かったね。」

ママの言った言葉はいつも通り優しかったけれど、話し方がいつもと違って少し投げやりだった気がする。

気のせいだといいな、、、


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その日の夜、私は夢を見た。
学校から家に帰るとママではない女性がキッチンで料理をしている。

「咲乃、おかえりなさい。」

その人はここが自分の家だと思っているかのように、まるで私がその人の娘であるかのように、普通に接してくる。夢の中の私も、その人のことを「お母さん」と呼びキッチンへ行った。

「お母さん、何作ってるの?」

私がそう聞くと

「咲乃が大好きなフルーツパイ。おばあちゃんたちからいっぱいフルーツ届いたから気合い入れちゃった。」

とその人は笑顔で答えた。その笑顔はママの穏やかな優しい笑顔とは違う、明るくて無邪気な子どもみたいだった。でも笑った時の目元がどこかママに似ている気がした。

「さ。一緒に食べよっか。出来立てパイ。」

「うん!!」

私はその人と一緒にダイニングテーブルでパイを食べた。夢の中だったから味や匂いなどを感じ取ることはできなかったけど、それでもその人が作ったパイはどこか懐かしさを感じた。

「お母さん、いつかケーキ屋さんになりなよ。そしてこのパイを色んな人に食べてもらうの。」

夢の中の私は中学生の体のくせに発言がまるで幼稚な小学生だった。

「そんなにおいしい?」

「うんっ!あったり前じゃん。お母さんが作ったパイは日本一だよ。」

「ふふ、咲乃の喜んだ顔が見れて、お母さんとっても嬉しい。」

こんなアニメや漫画の世界のようなもとから作られたような会話をして、平和な時間を過ごしている家庭がこの世界にこの家以外に存在するのだろうか。
私は夢の中の二人を客観視しながらそう思った。
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朝ごはんの時、ママに夢の話をしてみた。何となく話しておいた方が良いように感じたから。

「夢でさ、誰か知らない人がこの家でフルーツパイ作ってくれたの。私、その人のことお母さんって呼んでたんだよね。誰だったんだろ?あれ。」

ママは私の話を聞いて

「不思議な夢見たんだね。」

と無表情で言った。そして、

「今日帰り何時頃?」

とごまかすように言った。私はママがそんな態度をとるなんて珍しいなと不思議に思いながら、

「え、、、と。四時くらいかな。」

と答えた。