その夜は、夕矢さんと沢山話をした。最近のニュースで取り上げられているものを中心に、お互いがバランスよく話を広げていた。
夕矢さんは、どうしてこんな年下と関わるのが上手なのだろうか。
私が、小さな時から少し大人思考だから、そういう所まで気にしてしまうのだろうか。
そんな夜が、三日ほど続いている。
夕矢さんと夜を過ごすことが、習慣になりつつある。
「おはようございます、原先生」
「おはよう、小野さん」
先生といつも通りの会話をして、勉強して、下校する。
また夜が、やってくる。
「…夕矢さん、なにかあった?」
今夜は、夕矢さんの様子がいつもと違った。少し曇ったような、夜と同じ色の空気。
「え、いや…。昔、というか前のこと、思い出しちゃって」
私は、とっさに言った。
「私でよければ聞くよ、その話」
夕矢さんは、一瞬驚いたようだったが、ほんのり笑って
「…じゃあ、いい?」
と言った。
いいよ、と言うと、想像していたよりも、その奥は深かった。
「…僕、ずっと教師になりたかったんだ。小学校の時の先生がすごくいい先生で、自分もあんな風になれたらって。そう思ってたら、中学の職業体験で小学校に行く時一緒になった奴と意気投合して、親友になった。すごくいい奴で、そいつも教師を目指してたから、ライバルでもあった」
物語でよくある、これはその後主人公がどん底に落とされるパターンのシナリオか。
でもそれが、みんな平等に同じ苦しみだとは限らないのだ。
「そいつとはもうずっと仲良くて、大学でも同じ教育学部に入って、ちょうど去年教育実習に行った。担当する学年は違うから、俺は四年生で、あいつは確か…。五年生担当だったかな」
「…ここまでは、別にいい話だけど」
「うん。それで…。僕が担当したクラスで、起きたことなんだけど。僕はこう、朝小学校へ来て、荷物置いて、その日はたまたま担当のクラスの様子を見に行ったんだ」
どんどんと、深くなればなるほど、暗い。
「そしたら、朝だと思えないくらい、教室が騒がしくて。僕、ちょうどその時、はっきりと暴言が聞こえたから、え?と思って聞いてたんだ。そしたら、なんか…。バケツ?みたいなのを蹴り飛ばす音が聞こえてきた。さすがにまずいって思って、ドアから教室をのぞいたんだ」
まるで深い海の底で、怪しげな深海魚と目が合って、全身が痺れるような感覚がした。
「完全に、いじめだった」
私は、ただ聞いていることしかできなかった。
「一人の男の子に向かって、男子女子関係なく罵詈雑言を浴びせたり、その子が気に入らないのかなんなのかわからないけど、とにかく怖かった。善悪の区別がついていないにせよ、小学四年生が発するような言葉じゃないものまで、全部笑って言っていた。…同じ人間の会話を、聞いている気がしないほど」
ある一部の子供は、時に何本もの言葉のナイフを持つ。
「僕は、すぐ職員室に行って、担任の先生を呼んだ。…時間はかかったようだけど、問題は解決はした」
それは、善悪の区別がうまくつけられていないからだ。
「それがあってから、怖くなったんだ。あんなことが、子供にできるのかって。もし僕がいじめのあるクラスの担任で、それを見つけられなかったら…。僕は、責任を持てるのかって…」
私は、そのナイフが刺さってしまった、情けない人間。
「それから僕は、教師になることを諦めた」
そんな子供のあやし方すらもわからなかった、どうしようもない人間。
「…僕は、どうすればいい?」
夕矢さんは、どうしてこんな年下と関わるのが上手なのだろうか。
私が、小さな時から少し大人思考だから、そういう所まで気にしてしまうのだろうか。
そんな夜が、三日ほど続いている。
夕矢さんと夜を過ごすことが、習慣になりつつある。
「おはようございます、原先生」
「おはよう、小野さん」
先生といつも通りの会話をして、勉強して、下校する。
また夜が、やってくる。
「…夕矢さん、なにかあった?」
今夜は、夕矢さんの様子がいつもと違った。少し曇ったような、夜と同じ色の空気。
「え、いや…。昔、というか前のこと、思い出しちゃって」
私は、とっさに言った。
「私でよければ聞くよ、その話」
夕矢さんは、一瞬驚いたようだったが、ほんのり笑って
「…じゃあ、いい?」
と言った。
いいよ、と言うと、想像していたよりも、その奥は深かった。
「…僕、ずっと教師になりたかったんだ。小学校の時の先生がすごくいい先生で、自分もあんな風になれたらって。そう思ってたら、中学の職業体験で小学校に行く時一緒になった奴と意気投合して、親友になった。すごくいい奴で、そいつも教師を目指してたから、ライバルでもあった」
物語でよくある、これはその後主人公がどん底に落とされるパターンのシナリオか。
でもそれが、みんな平等に同じ苦しみだとは限らないのだ。
「そいつとはもうずっと仲良くて、大学でも同じ教育学部に入って、ちょうど去年教育実習に行った。担当する学年は違うから、俺は四年生で、あいつは確か…。五年生担当だったかな」
「…ここまでは、別にいい話だけど」
「うん。それで…。僕が担当したクラスで、起きたことなんだけど。僕はこう、朝小学校へ来て、荷物置いて、その日はたまたま担当のクラスの様子を見に行ったんだ」
どんどんと、深くなればなるほど、暗い。
「そしたら、朝だと思えないくらい、教室が騒がしくて。僕、ちょうどその時、はっきりと暴言が聞こえたから、え?と思って聞いてたんだ。そしたら、なんか…。バケツ?みたいなのを蹴り飛ばす音が聞こえてきた。さすがにまずいって思って、ドアから教室をのぞいたんだ」
まるで深い海の底で、怪しげな深海魚と目が合って、全身が痺れるような感覚がした。
「完全に、いじめだった」
私は、ただ聞いていることしかできなかった。
「一人の男の子に向かって、男子女子関係なく罵詈雑言を浴びせたり、その子が気に入らないのかなんなのかわからないけど、とにかく怖かった。善悪の区別がついていないにせよ、小学四年生が発するような言葉じゃないものまで、全部笑って言っていた。…同じ人間の会話を、聞いている気がしないほど」
ある一部の子供は、時に何本もの言葉のナイフを持つ。
「僕は、すぐ職員室に行って、担任の先生を呼んだ。…時間はかかったようだけど、問題は解決はした」
それは、善悪の区別がうまくつけられていないからだ。
「それがあってから、怖くなったんだ。あんなことが、子供にできるのかって。もし僕がいじめのあるクラスの担任で、それを見つけられなかったら…。僕は、責任を持てるのかって…」
私は、そのナイフが刺さってしまった、情けない人間。
「それから僕は、教師になることを諦めた」
そんな子供のあやし方すらもわからなかった、どうしようもない人間。
「…僕は、どうすればいい?」