女の子に電話番号を聞く……言葉にすれば、簡単なことだが。
 初めての挑戦に、僕は断られるのではないかと、恐怖から桃山さんに声をかけることが出来ずにいた。

 高校生活の最後の日。
 男友達に協力してもらい、卒業式に記念として、桃山さんとみんなで撮影をした。

 それが最後のチャンスだと友達が、助言してくれたのに……。
 桃山さんは女子に人気で、電話番号を聞こうとしても、他の子と撮影ばかりしていた。
 結局、式が始まってしまったので、僕は最後のチャンスを失ってしまう。

 ~それから、数日後~

 ある日、高校の教師から電話がかかってきた。
 卒業アルバムを制作した生徒たちへ、打ち上げとして花見をしようと。

 正直、行く気になれなかったが。
 一応参加するメンバーを先生に尋ねると……。

 桃山さんが参加するらしい!
 これだと思った僕は、即断する。

 と覚悟を決めても、僕はビビりで。
 いざ打ち上げに参加しても、教師や他の生徒たちが邪魔でなかなか桃山さんと会話できない。

(もう無理だ……)

 と落ち込んでいるうちに、打ち上げが終わり。
 先生が運転する車に乗り込む。

 気を利かせて、僕たち生徒を最寄りの駅まで送ってくれるそうだ。
 駅に着くと、先生が最後の別れを告げる。

「じゃあ、お前ら。またな~!」

 と運転席から手を振る。

 駅のロータリーに取り残される、僕と桃山さん。
 偶然だが、ようやく二人きりになれた。
 これはまたとないチャンス!

 桃山さんに電話番号を聞こうとしたその時だった。
 先ほど別れを告げた先生のRV車が、戻ってくる。

「あ、悪い。忘れてたよ、童貞。これ返しておくわ」

 と車の窓から渡されたのは、ムチムチ巨乳のセクシーDVD。
 忘れていた。
 卒業前に友達から先生が噂を聞いて、僕のコレクションを見たいと頼んできたことを……。

(まずい! こんなところを桃山さんに見られたら……)

 脇から汗が滲み出る。
 恐る恐る、彼女の方へ目をやると……そこにはもう誰も立っていなかった。
 桃山さんは黙って、駅の階段を上っている。

「童貞、卒業したのに借りていて悪かったな。この女優さん、なかなか良くてさ。かなりお世話になったよ、ハハハッ!」
「ちょっと、先生。もう良いから早く返してください!」
「あ、悪い」

 先生の手からDVDを奪い返すと、リュックサックの中へ放り込む。
 そして、僕も桃山さんを追いかけるため、駅の階段を急いで駆け上がった。

 プリンとした安産型のヒップを見て、僕はその名を叫んだ。

「桃山さん!」

 すると、その少女は足を止めて、こちらを振り返る。

「え?」

 いつもなら、彼女の可愛らしい童顔と、大きな瞳を拝めるところだが。
 彼女に異変が生じていた。

 何故かはわからないが、星型の黄色いサングラスをかけている。
 アホみたいにデカい……。
 芸人でもなかなか見ないデザイン。

 それを見た僕は、こう思った。

(いや、クッソだせっ!)

 罰ゲームじゃなかったら、好んで着用しないだろと。

「桃山さん……そのサングラスは?」
「あ、これのこと?」

 桃山さんは嬉しそうに、サングラスを自慢する。

「これ、めっちゃ安くて~ 5円で買えたの~」
「……」

 それを売っている店も要らなかったのでは? と心配になってしまう。
 彼女のセンスに動揺してしまったが、今はそれどころじゃない。
 桃山さんを電車に乗せるまで、電話番号を聞かないと。


 改札口を抜けて、駅のホームに降りる。
 あと数分で列車が到着してしまう……。

 なのに、僕は緊張から彼女に電話番号を聞けずにいた。

「「……」」

 桃山さんも、僕と特に話すこともないようで、黙っている。

 その時だった。
 列車が、駅のホームに入ってくる。

 もう躊躇している場合ではない、と僕は唾を飲み込む。

「あ、あの……桃山さんっ!」
「え?」

 振り返る彼女の顔には、先ほどの馬鹿デカいサングラスが。

「プッ……」

 その姿を見た僕は、思わず自身の口を手で抑える。

(ヤバい、吹き出しそう……)

 そうこうしているうちに、列車の自動ドアが開く。
 残された時間は僅かだ。
 このチャンスに、全てを託そう。

「あ、あの! 桃山さん。で、電話番号を交換しない!?」

 その言葉に彼女は固まってしまう。
 無言でサングラスを外し、バッグに入れ込むと。
 大きな瞳で、僕の顔をじっと睨みつける。

(うわっ、警戒されたかな)

「そ、卒業したら……もう会えないし、だから記念にと思って」

 どう考えても、噓丸出しの言い訳だった。
 しばらく二人の間に沈黙が続く。

 ホーム内に列車の車掌と思われる男性の声が、スピーカーから流れる。

『え~ まもなく発車いたします。お乗りになられる方はお早めにどうぞ』


 時間切れだと思った瞬間、桃山さんがようやく口を開く。

「どうぞ」
「へ?」
「だから、童貞くんの番号を教えてください。こっちに登録したら着信入れるので」

 よく見れば、彼女の手には白い折り畳み式の携帯電話があった。
 でも、すごく不機嫌そうに僕を睨んでいる。
 もしかして、気を使って交換してくれるのだろうか?
 社交辞令みたいな感じで。

「じゃあ……」

 僕たちは慌てて同じ列車に乗り込んだ後、お互いの電話番号とメールアドレスを交換した。
 
 この二週間後、初デートへ誘うことに成功し、二ヶ月後には付き合うことになった。
 ただカーおせっせをすることは、一度も無かった……。

 ついでに言うと、夢だった回転ベッドはどこに見つからなかった。
 それ以来、回転ベッドを見つけるのが僕の夢だ。

  了