僕が幼稚園の頃だった。
 毎週土曜日は決まって、お母さんたちが園までお迎えに来てくれる。

 だから、僕も母さんと手を繋いで、家まで帰ろうとしたその時だった。
 だいぶ園から離れたところで、呼び止められる。

 振り返ると、そこには同じクラスの花ちゃんとそのお母さんの二人だった。

 花ちゃんは幼いわりになんていうか、お姉ちゃんぽくて優しい女の子。
 当時の僕は、常にボケーッとしていて、「早く幼稚園おわんねーかな」とか思って、鼻をほじっていた。

 花ちゃんが僕に言う。
「童貞くん、あの、これ受け取って」
 そっと差し出されたのは、不●家のクレヨン型チョコレート。
「うわ、いいの? ありがとう!」
 僕は嬉しくてたまらなかった。
 大好きなチョコをタダで、くれるなんて。
 花ちゃんはなんて優しい子なんだろう。

 そして、互いに「バイバイ」と言って別れたのであった。

 帰りながら、チョコの銀紙をむいて、むしゃむしゃ食べだす。
「うまっ! ところで、花ちゃんって。なんでいきなりチョコくれたんだろ」
 僕がそう言うと、母さんが呆れた声で、こう呟いた。
「童貞……あんたにあげたかったんでしょうが」
「僕に? なんで?」
「今日、バレンタインデーでしょ」
「え? なにそれ?」

 あの子、なんだったろう……。