「ねえお母さん。この服どう思う?」
少し気合を入れて選んだ服装を見せて聞いてみる。今日はこれから咲希と晴来との三人で、遊園地に行く予定だ。
「あら、可愛いじゃん!え、好きな人とデートでも行くの?」
「ち、違うわ!」
余計なことを言うお母さんに、つい小っ恥ずかしくなって大袈裟に否定してしまう。
そこに、隣にいたお父さんが冗談交じりに口を挟んでくる。
「もし付き合ったらまずお父さんの面談からだな。良い人かどうか見極めてやる!ははははは!」
「気が早い!だからまずそんなんじゃないってば!ただ咲希たちと遊びに行くだけだから」
何も間違ったことは言っていない。そう思いながら胸の当たりの違和感を唾と一緒に飲み込む。
「とりあえず気をつけて行ってくるんだよ」
二人の送り出しに軽く手を振って応じる。
「うん!行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
遊園地の最寄り駅で降りて、入口を目指して歩いていく。その道中でそっと手のひらを開いて、「なんでも願いを叶える券」が握られていることを確認する。後ろには今朝記入した、"咲希の恋が叶いますように"の文字。今日は恋の呪いにかけられてしまっている親友を応援しようという目論見だ。だから、この予定自体、私から二人に提案した。
つい先日、咲希と通話をしている時に、二人の詳しい事情を聞くことができた。私が翼と会っていた間の出来事を深堀りすると、恥ずかしがりながらも、少し浮ついた声で何があったのかを教えてくれた。どうやら告白はしていないものの、咲希の失言によって、ほぼ確定で晴来に好きバレしてしまったらしい。
咲希との会話を思い出し、今日はどんな段取りで二人をくっつけようか、そんなことを深々と考えていると、背後から元気な声が聞こえてきた。
「ゆいー!」
振り向くと、咲希と晴来がこちらに向かって来ているのが見える。私もそれに両手を振って応酬する。"はるさきカプ"成立作戦開始だ。
◇◇◇
遊園地内に入って、私はまず近くにあるジェットコースターに乗ろうと提案した。一席二人乗りであることを見越して、晴来の隣に座る算段だ。予め唯が今回のお出かけで私の恋路を手助すると言ってくれたので、それに存分に甘えさせてもらうとしよう。私の提案に唯はもちろん、晴来も承諾してくれた。
そのままジェットコースター乗り場にたどり着くと、私の想定通りそれは一席につき二人乗りだった。最初は晴来が気を使って一人で乗ると言い出したけれど、唯の計らいのお陰で私は何とか晴来の隣に座ることができた。
キャストさんの合図と同時に、カタカタとジェットコースターが急勾配のレールを登り始める。景色を見渡すふりをするついでに、大好きな晴来の顔を見ながら、もしかしたら、吊り橋効果なんかも発動するかもしれないと考える。そんな風に心臓をドキドキさせていると、いつの間にかジェットコースターがレールの頂上にたどり着いていた。一瞬、コースターの動きが止まったと思うと同時に、身体が背もたれに押し付けられ、重力の思うがままに、急スピードで下に落ちていく。
(あ、やばい)
そこでようやく、自分が絶叫系が苦手であることを思い出した。晴来とのお出かけということに浮かれすぎて、完全に忘れていた。けれど、今となっては後の祭りだ。私は諦念と同時に、できるだけ意識を削ぐようにして、目を瞑った。
「苦手だったなら言ってくれればよかったのに」
「意外だな絶叫系乗り回してそうなのに」
そう言って、私の顔を覗く晴来と唯。ジェットコースターが初期位置に戻った後、一瞬気を失った私は、晴来と唯に支えられて、近くのベンチへと向かった。もはや吊り橋効果どころの話ではないけれど、晴来の肩に触れられたから良しとしよう。
「う、うう……飲み物」
「はいよ」
ベンチの背もたれから体を起こしつつ、唯に向かって手を伸ばすと横からひょいっとペットボトルの水が手渡された。晴来の手からだった。
「え……」
何も気にした様子のない晴来に思わず戸惑ってしまう。ペットボトルの中身は六割ほどで、確実に飲みかけだ。
「どうした?ただの水だから安心しろ。流石に体調悪い時にいたずらなんかしてねえよ」
「う、うん。ありがとう」
できるだけ何も考えないようにして、ペットボトルに口をつけ、ぐっと水を飲む。ありがとうと言って、晴来に水を返すとカッと顔が熱くなった。
晴来と間接キス。死ぬほど嬉しい。今にも遊園地中を走り回って、叫びたい気分だった。けれどそれに反して、少しもやもやとした疑問も湧き出てきてしまう。こんなにも普通に、飲みかけのペットボトルを渡せるなんて、ただの友達としてしか見られてないのだろうか。ついそんなことを思って、意識的に振り払う。恋って難しい。こんな些細なことで、意味もなく敏感になってしまう。いつもの自分と別人になったみたいだ。
考えながら俯いていると、横から唯のフォローが入った。
「またすぐ乗り物に乗るのは難しそうだし、ちょっと早いけど、お昼ご飯にするのはどう?咲希は飲み物だけとかでもいいし」
聞いて、私と晴来はそれに従い、次は唯の提案で遊園地内に併設されているレストランに入ることになった。
「私このエビフライビチビチ盛り丼ください!」
「体調悪かったんじゃないのかよ」
私の頼んだメニューを聞いて、晴来がクスッと笑う。その顔を見て、また、たまらなく嬉しいと思う。私のことで笑ってくれた。たったそれだけで、心がビチビチと跳ねる。
「じゃあ俺観覧車ぐるぐる恵方巻きで」
「私は夢のメリーゴーランド定食にしようかな」
各々注文を済ませると、やることが無くなってしまって、自然と皆雑談タイムに入る。夏休みの宿題の話とか先生の愚痴とかを一通り済ませた後で、私は思い切って話題を挙げてみる。
「ねえ2人とも好きな人とか居ないの」
「ここでそんな恥ずかしい話すんのかよー。修学旅行の夜だけでいいだろそんなもん」
口を尖らせる晴来。それにすかさず唯が反論する。
「恋バナはどこでしても楽しいんだから!生きる活力だよ」
「全然わかんねえ。まあいいけど」
晴来が相変わらずスカした態度を取るので、私は少しいたずらな気持ちで聞いてみる。
「え、もしかして近くに好きな人がいるからばらしたくないとか?」
自分で言っておきながら、かなり攻めた質問だと思った。ドクドクと自分の心臓の音が耳に響く。冗談めかして言ったつもりだったけれど、私の質問に対して晴来が意外にも真剣な表情で考え出すものだから、少し焦ってしまう。
「俺は、」
「お待たせしましたー。エビフライビチビチ盛り丼です」
晴来が言いかけたところで、頼んだ料理が運ばれてきた。
「うわー!美味しそう!」
目の前にはドデカエビフライが六本ご飯の上に乗せられていた。それに続いて、晴来と唯の前にも料理が運ばれて来る。
「いただきまーす!」
全員の注文が出揃ったところで、私は我慢できずに勢いよくかぶりつく。
「咲希のやつ美味そうだな」
私の食べる様子を横目で見ていた晴来がぼそっと呟いた。これを聞いた私はチャンスだと思い、
「えじゃあちょっと交換しようよ」
できるだけ平然と言って、半分ほど齧ったエビフライをそのまま晴来に差し出す。さっきの仕返しだ。
「え、いいのか」
そうして私の方を一瞥すると、晴来は何を気にするでもなく、私の持つ箸から直接エビフライを口に入れた。
「んふぇ!?」
思わず変な声が出てしまって、手で慌てて口を塞ぐ。本当にこの人は。
「お、美味いな。はい、お返しに俺のもやるよ」
言って、またもや食べかけの恵方巻きを差し出してくる晴来。けれどここで断る方法も理由もなく、流れのままに口を開ける。
ほとんど正常な意識が無いまま、変な顔にならないように控えめにかぶりつき、咀嚼した。
「お、おいしい……」
その時私がどんな顔をしていたかは自分では分からない。けれど、唯が私を見て、テーブルの向かい側の席からそっと微笑みを浮かべたのが見えた。
昼食を終えた後は、メリーゴーランドに乗ったり、観覧車に乗ったりして、遊園地を思う存分堪能した。時々思わせぶりな態度をとってみたけれど、晴来は全く気づいた様子もなく、純粋に乗り物を楽しんでいた。
そんなこんなで数時間が経つと、空が橙色に染まって、皆の間でそろそろ帰ろうかという雰囲気が流れはじめた。それに寂しさを覚え、私は思い切って、勇気を振り絞る。
「晴来、今日楽しかった?また一緒に遊びに来よう」
言うや否や私は晴来の手をそっと握る。なんて暖かいのだろう。どうしてこんなに安心するのだろう。手のひらの全てで晴来を感じながら、随分と高くにある彼の顔を見上げる。
それを感じ取った晴来が私を一瞥し、徐に口を開く。けれど、返ってきたのは、私の問いかけにはまるで対応していない言葉だった。
「今、気づいた」
先程までどこか遠くを見つめていた晴来の目が私を捉え、身体がこちらを向く。繋がっていなかったもう片方の手がゆっくり伸ばされて、自然と両手を繋ぐ。晴来の顔が、夕陽では隠しきれないほど、赤く染まっているのが分かる。そうして再び晴来が言葉を継いだ時、私は世界で一番、幸せな人間になった。
「好き。俺、咲希のことが大好き。だから、付き合って欲しい」
言われた途端、夢でも見ているのかと疑った。心が跳ねて、心臓はうるさすぎる音を鳴らしている。
「私も晴来のことがずっと、ずっと大好き。だから、よろしくお願いします」
何とか絞り出した答えに、整った晴来の顔がくしゃっと歪む。それを見て、愛おしいと思うと同時に、ふっと私の全身が感じたこともないような優しい温もりに包まれる。少しして、晴来に抱きしめられたのだと理解する。けれど、思った以上に力は強くて、晴来の胸に押さえつけられた顔は、足掻いても離しようがなかった。それに従って、私もめいいっぱい晴来の腰に手を回す。見た目は華奢だけれど、触れると時折服の上からでも感じる筋肉質な身体が心臓に悪い。そんな状態の私に晴来がさらに追い打ちをかける。
「最初は友達って感じだったんだけど、本当はめちゃくちゃ努力してんだなってわかった時とか、友達思いで優しいところとか見て、俺が、幸せにしたいって」
喋ろうとしたけれど何も言えなくて、きゅっと喉の奥が鳴った。やっと、愛してもらえた。やっと、認めて貰えた。ただそのことだけが嬉しくて。唯も真横にいるのに、もう、止められなかった。寂しくて寂しくて、ずっと一人で悩んできたのに、たったこれだけで、今までの全てが許されてしまう。
「もう、いいよ強がらなくて。この前話してた親の話とかもさ、本当はずっと、寂しかっただけなんだろ。そりゃあ、本当の辛さとかは経験してない俺にはわかんないけどさ、もっと、甘えていいって。俺は、どんな境遇でも、何があっても、今ここに、目の前にいる咲希を愛してるからさ」
それにはもはや何も答える気は起きなかった。その代わりに溢れる涙を隠すみたいに、晴来の胸に顔をこすり付けながら声を上げて泣いた。そうすると、晴来はそれ以上何も言わず、ゆっくりと私の頭に手を乗せて撫でてくれた。世界がこんなにも心地いいと感じたのは生まれて初めてだった。私も晴来を絶対幸せにしよう。そう心の中で思いながら、もう一度、抱きしめる力を強くする。目下で微かに揺れる雑草すら、今は私を褒めてくれている気がした。
◇◇◇
咲希がこんなに泣いているところを見るのは初めてだった。常に私の前ではかっこよくて、だめな私を引っ張っていってくれる明るい親友だった。だから、咲希が晴来に抱きついて泣きじゃくる光景を見た瞬間、私は酷く衝撃を受けた。けれど少しして、これ以上にない安堵が私の心を覆った。強がりで、努力家で、本当は寂しがり屋で。そんな私の大切な親友を愛してくれる人が見つかったんだって。心の底から、安心した。
胸の隅っこに芽生え始めていた晴来への恋心をぎゅっと握りつぶして、空に投げ捨てる。まだ大きくなる前でよかったと思う。私には咲希の本音を引き出すことは出来なかったから。きっとここに私の出る幕はないのだろう。後は全て晴来に任せよう。そう思って、私はそっと遊園地を後にする。しばらく一人でとぼとぼと帰り道を歩いた後、地図に表示された人通りのない裏道に入った。そこに佇む小さな木に背中を預け、するすると地面に座り込む。
「そんな簡単に、消えるわけないじゃん。あんな思わせぶりな態度してずるいよ。晴来の、人たらし……」
ぽつりと零れた心の声に、胸のあたりをぎゅっと抑えて声を押し殺す。コンクリートの地面がモノクロの水玉模様に変わっていく。
魔法がきっかけで喋るようになって、翼との再会の為に仲良くなって、最後は親友の為に恋心を捨てる。思えばなんだか大層な物語のように感じてしまって、1つの小説の冒頭を思い出す。
"僕は今、世界で1番奇妙な恋をしている"
少し気合を入れて選んだ服装を見せて聞いてみる。今日はこれから咲希と晴来との三人で、遊園地に行く予定だ。
「あら、可愛いじゃん!え、好きな人とデートでも行くの?」
「ち、違うわ!」
余計なことを言うお母さんに、つい小っ恥ずかしくなって大袈裟に否定してしまう。
そこに、隣にいたお父さんが冗談交じりに口を挟んでくる。
「もし付き合ったらまずお父さんの面談からだな。良い人かどうか見極めてやる!ははははは!」
「気が早い!だからまずそんなんじゃないってば!ただ咲希たちと遊びに行くだけだから」
何も間違ったことは言っていない。そう思いながら胸の当たりの違和感を唾と一緒に飲み込む。
「とりあえず気をつけて行ってくるんだよ」
二人の送り出しに軽く手を振って応じる。
「うん!行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
遊園地の最寄り駅で降りて、入口を目指して歩いていく。その道中でそっと手のひらを開いて、「なんでも願いを叶える券」が握られていることを確認する。後ろには今朝記入した、"咲希の恋が叶いますように"の文字。今日は恋の呪いにかけられてしまっている親友を応援しようという目論見だ。だから、この予定自体、私から二人に提案した。
つい先日、咲希と通話をしている時に、二人の詳しい事情を聞くことができた。私が翼と会っていた間の出来事を深堀りすると、恥ずかしがりながらも、少し浮ついた声で何があったのかを教えてくれた。どうやら告白はしていないものの、咲希の失言によって、ほぼ確定で晴来に好きバレしてしまったらしい。
咲希との会話を思い出し、今日はどんな段取りで二人をくっつけようか、そんなことを深々と考えていると、背後から元気な声が聞こえてきた。
「ゆいー!」
振り向くと、咲希と晴来がこちらに向かって来ているのが見える。私もそれに両手を振って応酬する。"はるさきカプ"成立作戦開始だ。
◇◇◇
遊園地内に入って、私はまず近くにあるジェットコースターに乗ろうと提案した。一席二人乗りであることを見越して、晴来の隣に座る算段だ。予め唯が今回のお出かけで私の恋路を手助すると言ってくれたので、それに存分に甘えさせてもらうとしよう。私の提案に唯はもちろん、晴来も承諾してくれた。
そのままジェットコースター乗り場にたどり着くと、私の想定通りそれは一席につき二人乗りだった。最初は晴来が気を使って一人で乗ると言い出したけれど、唯の計らいのお陰で私は何とか晴来の隣に座ることができた。
キャストさんの合図と同時に、カタカタとジェットコースターが急勾配のレールを登り始める。景色を見渡すふりをするついでに、大好きな晴来の顔を見ながら、もしかしたら、吊り橋効果なんかも発動するかもしれないと考える。そんな風に心臓をドキドキさせていると、いつの間にかジェットコースターがレールの頂上にたどり着いていた。一瞬、コースターの動きが止まったと思うと同時に、身体が背もたれに押し付けられ、重力の思うがままに、急スピードで下に落ちていく。
(あ、やばい)
そこでようやく、自分が絶叫系が苦手であることを思い出した。晴来とのお出かけということに浮かれすぎて、完全に忘れていた。けれど、今となっては後の祭りだ。私は諦念と同時に、できるだけ意識を削ぐようにして、目を瞑った。
「苦手だったなら言ってくれればよかったのに」
「意外だな絶叫系乗り回してそうなのに」
そう言って、私の顔を覗く晴来と唯。ジェットコースターが初期位置に戻った後、一瞬気を失った私は、晴来と唯に支えられて、近くのベンチへと向かった。もはや吊り橋効果どころの話ではないけれど、晴来の肩に触れられたから良しとしよう。
「う、うう……飲み物」
「はいよ」
ベンチの背もたれから体を起こしつつ、唯に向かって手を伸ばすと横からひょいっとペットボトルの水が手渡された。晴来の手からだった。
「え……」
何も気にした様子のない晴来に思わず戸惑ってしまう。ペットボトルの中身は六割ほどで、確実に飲みかけだ。
「どうした?ただの水だから安心しろ。流石に体調悪い時にいたずらなんかしてねえよ」
「う、うん。ありがとう」
できるだけ何も考えないようにして、ペットボトルに口をつけ、ぐっと水を飲む。ありがとうと言って、晴来に水を返すとカッと顔が熱くなった。
晴来と間接キス。死ぬほど嬉しい。今にも遊園地中を走り回って、叫びたい気分だった。けれどそれに反して、少しもやもやとした疑問も湧き出てきてしまう。こんなにも普通に、飲みかけのペットボトルを渡せるなんて、ただの友達としてしか見られてないのだろうか。ついそんなことを思って、意識的に振り払う。恋って難しい。こんな些細なことで、意味もなく敏感になってしまう。いつもの自分と別人になったみたいだ。
考えながら俯いていると、横から唯のフォローが入った。
「またすぐ乗り物に乗るのは難しそうだし、ちょっと早いけど、お昼ご飯にするのはどう?咲希は飲み物だけとかでもいいし」
聞いて、私と晴来はそれに従い、次は唯の提案で遊園地内に併設されているレストランに入ることになった。
「私このエビフライビチビチ盛り丼ください!」
「体調悪かったんじゃないのかよ」
私の頼んだメニューを聞いて、晴来がクスッと笑う。その顔を見て、また、たまらなく嬉しいと思う。私のことで笑ってくれた。たったそれだけで、心がビチビチと跳ねる。
「じゃあ俺観覧車ぐるぐる恵方巻きで」
「私は夢のメリーゴーランド定食にしようかな」
各々注文を済ませると、やることが無くなってしまって、自然と皆雑談タイムに入る。夏休みの宿題の話とか先生の愚痴とかを一通り済ませた後で、私は思い切って話題を挙げてみる。
「ねえ2人とも好きな人とか居ないの」
「ここでそんな恥ずかしい話すんのかよー。修学旅行の夜だけでいいだろそんなもん」
口を尖らせる晴来。それにすかさず唯が反論する。
「恋バナはどこでしても楽しいんだから!生きる活力だよ」
「全然わかんねえ。まあいいけど」
晴来が相変わらずスカした態度を取るので、私は少しいたずらな気持ちで聞いてみる。
「え、もしかして近くに好きな人がいるからばらしたくないとか?」
自分で言っておきながら、かなり攻めた質問だと思った。ドクドクと自分の心臓の音が耳に響く。冗談めかして言ったつもりだったけれど、私の質問に対して晴来が意外にも真剣な表情で考え出すものだから、少し焦ってしまう。
「俺は、」
「お待たせしましたー。エビフライビチビチ盛り丼です」
晴来が言いかけたところで、頼んだ料理が運ばれてきた。
「うわー!美味しそう!」
目の前にはドデカエビフライが六本ご飯の上に乗せられていた。それに続いて、晴来と唯の前にも料理が運ばれて来る。
「いただきまーす!」
全員の注文が出揃ったところで、私は我慢できずに勢いよくかぶりつく。
「咲希のやつ美味そうだな」
私の食べる様子を横目で見ていた晴来がぼそっと呟いた。これを聞いた私はチャンスだと思い、
「えじゃあちょっと交換しようよ」
できるだけ平然と言って、半分ほど齧ったエビフライをそのまま晴来に差し出す。さっきの仕返しだ。
「え、いいのか」
そうして私の方を一瞥すると、晴来は何を気にするでもなく、私の持つ箸から直接エビフライを口に入れた。
「んふぇ!?」
思わず変な声が出てしまって、手で慌てて口を塞ぐ。本当にこの人は。
「お、美味いな。はい、お返しに俺のもやるよ」
言って、またもや食べかけの恵方巻きを差し出してくる晴来。けれどここで断る方法も理由もなく、流れのままに口を開ける。
ほとんど正常な意識が無いまま、変な顔にならないように控えめにかぶりつき、咀嚼した。
「お、おいしい……」
その時私がどんな顔をしていたかは自分では分からない。けれど、唯が私を見て、テーブルの向かい側の席からそっと微笑みを浮かべたのが見えた。
昼食を終えた後は、メリーゴーランドに乗ったり、観覧車に乗ったりして、遊園地を思う存分堪能した。時々思わせぶりな態度をとってみたけれど、晴来は全く気づいた様子もなく、純粋に乗り物を楽しんでいた。
そんなこんなで数時間が経つと、空が橙色に染まって、皆の間でそろそろ帰ろうかという雰囲気が流れはじめた。それに寂しさを覚え、私は思い切って、勇気を振り絞る。
「晴来、今日楽しかった?また一緒に遊びに来よう」
言うや否や私は晴来の手をそっと握る。なんて暖かいのだろう。どうしてこんなに安心するのだろう。手のひらの全てで晴来を感じながら、随分と高くにある彼の顔を見上げる。
それを感じ取った晴来が私を一瞥し、徐に口を開く。けれど、返ってきたのは、私の問いかけにはまるで対応していない言葉だった。
「今、気づいた」
先程までどこか遠くを見つめていた晴来の目が私を捉え、身体がこちらを向く。繋がっていなかったもう片方の手がゆっくり伸ばされて、自然と両手を繋ぐ。晴来の顔が、夕陽では隠しきれないほど、赤く染まっているのが分かる。そうして再び晴来が言葉を継いだ時、私は世界で一番、幸せな人間になった。
「好き。俺、咲希のことが大好き。だから、付き合って欲しい」
言われた途端、夢でも見ているのかと疑った。心が跳ねて、心臓はうるさすぎる音を鳴らしている。
「私も晴来のことがずっと、ずっと大好き。だから、よろしくお願いします」
何とか絞り出した答えに、整った晴来の顔がくしゃっと歪む。それを見て、愛おしいと思うと同時に、ふっと私の全身が感じたこともないような優しい温もりに包まれる。少しして、晴来に抱きしめられたのだと理解する。けれど、思った以上に力は強くて、晴来の胸に押さえつけられた顔は、足掻いても離しようがなかった。それに従って、私もめいいっぱい晴来の腰に手を回す。見た目は華奢だけれど、触れると時折服の上からでも感じる筋肉質な身体が心臓に悪い。そんな状態の私に晴来がさらに追い打ちをかける。
「最初は友達って感じだったんだけど、本当はめちゃくちゃ努力してんだなってわかった時とか、友達思いで優しいところとか見て、俺が、幸せにしたいって」
喋ろうとしたけれど何も言えなくて、きゅっと喉の奥が鳴った。やっと、愛してもらえた。やっと、認めて貰えた。ただそのことだけが嬉しくて。唯も真横にいるのに、もう、止められなかった。寂しくて寂しくて、ずっと一人で悩んできたのに、たったこれだけで、今までの全てが許されてしまう。
「もう、いいよ強がらなくて。この前話してた親の話とかもさ、本当はずっと、寂しかっただけなんだろ。そりゃあ、本当の辛さとかは経験してない俺にはわかんないけどさ、もっと、甘えていいって。俺は、どんな境遇でも、何があっても、今ここに、目の前にいる咲希を愛してるからさ」
それにはもはや何も答える気は起きなかった。その代わりに溢れる涙を隠すみたいに、晴来の胸に顔をこすり付けながら声を上げて泣いた。そうすると、晴来はそれ以上何も言わず、ゆっくりと私の頭に手を乗せて撫でてくれた。世界がこんなにも心地いいと感じたのは生まれて初めてだった。私も晴来を絶対幸せにしよう。そう心の中で思いながら、もう一度、抱きしめる力を強くする。目下で微かに揺れる雑草すら、今は私を褒めてくれている気がした。
◇◇◇
咲希がこんなに泣いているところを見るのは初めてだった。常に私の前ではかっこよくて、だめな私を引っ張っていってくれる明るい親友だった。だから、咲希が晴来に抱きついて泣きじゃくる光景を見た瞬間、私は酷く衝撃を受けた。けれど少しして、これ以上にない安堵が私の心を覆った。強がりで、努力家で、本当は寂しがり屋で。そんな私の大切な親友を愛してくれる人が見つかったんだって。心の底から、安心した。
胸の隅っこに芽生え始めていた晴来への恋心をぎゅっと握りつぶして、空に投げ捨てる。まだ大きくなる前でよかったと思う。私には咲希の本音を引き出すことは出来なかったから。きっとここに私の出る幕はないのだろう。後は全て晴来に任せよう。そう思って、私はそっと遊園地を後にする。しばらく一人でとぼとぼと帰り道を歩いた後、地図に表示された人通りのない裏道に入った。そこに佇む小さな木に背中を預け、するすると地面に座り込む。
「そんな簡単に、消えるわけないじゃん。あんな思わせぶりな態度してずるいよ。晴来の、人たらし……」
ぽつりと零れた心の声に、胸のあたりをぎゅっと抑えて声を押し殺す。コンクリートの地面がモノクロの水玉模様に変わっていく。
魔法がきっかけで喋るようになって、翼との再会の為に仲良くなって、最後は親友の為に恋心を捨てる。思えばなんだか大層な物語のように感じてしまって、1つの小説の冒頭を思い出す。
"僕は今、世界で1番奇妙な恋をしている"


