親父が会社でもらったタダ券を持て余している。
 そう言って侑馬をスポーツジムに誘ったのは、十月に入ってからのことだった。

 侑馬とは相変わらずぎくしゃくしていて、学校で話すことは時々あっても、遊びに行くようなことはなくなっていた。
 だから侑馬をジムに誘うのには勇気というか勢いが必要だった。

 ある日の放課後、侑馬が「参考書を返しに行くから」とひとり図書室に向かったのを見計らい、俺はその後をつけた。
 そして侑馬が図書室に入ったところを捕まえ「タダ券だぞタダ券!」と勢いで誘ったのだ。
 もちろん司書の先生には「静かに」と叱られた。

 浜松駅のすぐ南にそのスポーツジムはある。
 現地集合ということで、俺と侑馬はそれぞれ自転車でジムにやってきた。

 侑馬はこうしたスポーツジムに来るのは初めてだと言っていた。
 ジムの入会金と会費は高い。
 高校生のこづかいから出すのは厳しいから当然だ。

 ロッカールームで持参のスポーツ・ウェアに着替える。
 侑馬は最初体操服を持ってこようとしていたが、私物のウェアがあるならそちらの方がいいと勧めておいた。
 学校の体育館や市立体育館に比べると圧倒的に清潔で、システマチックで、大人な感じがする。ここに体操服は似合わない。

「ジムってランニング・マシーンあるんだよね。ここかな? フィットネスマシーンのエリアだって」

 通路で見つけた案内図の一角を指差し、侑馬は笑顔を向けてきた。
 楽しそうにしてくれていて、こちらも嬉しくなる。

 が、今日の目的はランニングでも筋トレでもない。

「走るのもいいけど、ちょっとこれ覗いてみようぜ」

 案内図に大きく描かれたエリアを指差す。

「インドアテニスコート? そんなのあるんだね」

 興味を抱いた様子の侑馬。
 うまく食いついたと内心ガッツポーズをとる。

 厚いガラスのドアを押し開けコートエリアに入る。
 カーペットのコートが二面、余裕を持って収められている広い空間。
 カーペットに歪みはなく高級感があった。

 侑馬は「へえ」と感心の声を漏らしながらエリア内を見渡した。

 と。
 左の壁際に顔を向けた侑馬が、ピタリと動きを止めた。

 その視線の先には亮平がいた。
 ストレッチをしていたらしい。
 腕を伸ばした態勢のまま動きを止めている。

 俺は驚かなかった。
 亮平を誘ったのは他ならぬ俺だからだ。

 コートへと進み出し、振り返る。
 ポカンと口を開けている侑馬と亮平。

「ようこそ決戦の場へ! 今日はコート一面をレンタルしている! 今から行うのは練習でも試合でもない! 貴様らを待っているのは真剣勝負だ!」

 芝居がかった口上をぶち上げ、拳を握る。

「俺に勝てたら貴様らのいうことを何でも聞いてやろう!」

「勝負って、三人でどうするの?」

 腕を組んだ侑馬が、冷たい目で睨みつけてくる。

「案ずるな。俺の相棒はここにいる!」

 その瞬間エリアのドアが開かれた。

「話は聞かせてもらった! ソフトといえばダブルス! 手が足りないと仰るならば、この風巻慎二が助太刀いたす!」

 勢いよく登場した風巻は、そう叫びながら大見得を切った。
 大舞台でも堂々輝くスター性、その本質は天真爛漫なアホさにあると俺は知っている。

(セブン)ゲームマッチ一本勝負! 泣いても笑ってもこれ一本だ! 貴様ら覚悟はいいか!」

「いいけどよ。ラケットとボール、どうすんだ?」亮平が頭をかきながら訊いてくる。

「フロントでレンタルできますよ、部長!」

 おい風巻、素に戻るな。
 俺を置き去りにするんじゃない。

「よかろう! ではまずレンタルだ! 貴様ら悔いのないよう冥土の土産を選ぶがよい!」

 辛いんだから、このテンション。