「らっしゃいらっしゃーい!」
「そこのお兄さん、新しい剣はいかが?いいのが入ったんだよ!」

たくさんの人。飛び交う話し声。
カラフルな出店の天幕。あちこちに吊り下げられたライト。キラキラと光る装飾品。いろんな食べ物の匂い。
ひしめき合う店々、楽しげに人の足音を響かせる石畳、肉の焼ける音、得意の楽器を演奏する人。
裏の世界の人にしかわからないとある入り口から入っていった場所に広がる華やかな場所。それがこの市場だ。

「ここが、市場ですか…っ!」

見たことない世界にアイはワクワクを隠しきれないようだった。
目をキラキラさせてあちこちに目をやり、置いていかれそうになって小走りでソウスケについていくのを繰り返している。

「あぁ。そうだ。ここならなんでも売ってる。」

その時前からガタイがよく、いかにもイカつい顔をした男性の集団がやってきた。体も声も大きいので思わずアイはひゅ、と少し息を呑む。

「ここは俺みたいなやつの溜まり場だから。そんなオドオドしなくていいよ。」
「は、はい。」

見ればたまたまさっきの人が怖そうだっただけで普通にソウスケのような青年も、女性もいる。

(この人達みんな普通に暮らしてるだけに見えるのに、ソウスケと同じってことはみなさん "裏 " の人なんですよね…。びっくりです。)


「あれってソウスケさんじゃない…?」
「え、声かけてみる?」
「えっ、ちょ、ちょっと待って!」
「あの〜すみません!ソウスケさんですか…?」
「ん?そうだけど。」

話しかけてきたのは若い女性2人。

「えっ、やばっ!ほんとだった!あの、今度頼みたいことがあって…。」
「あーいーよ。依頼内容と報酬が見合ってれば。」
「はい!あのですね…〜〜〜。」
「〜〜〜」
「ん。りょーかい。今週末までに終わらせとくわ。」
「さすが早い…っ!!よろしくお願いします!!」
「はいはーい。」

なんと噂を聞きつけた人の仕事の依頼らしい。何の仕事かはわからない、というか明らかに怖いのでアイは聞かないでおいた。

「あ、ソースケー!たまにはウチで食べていけよー!最近全然来てくれねーじゃねーか!」

と、店先に看板を出しに来た店主らしき男性。

「わりーな今日は連れがいるから飲めねーんだよ。」
「あっら〜やだ〜!年中極寒のソウスケにもついに春が…!」
「キモい話し方すんな…。」
「酷い…っ!!」
「じゃなー」
「今度絶対来いよな…。」
「わかったわかった。」
「よし!言質とったかんな!絶対来いよ!じゃーな!」

そう言うと嬉しそうに店主は店に入ってった。様子から察するによくここで飲むらしい。


「おっ、ソウスケじゃん。おかえり〜。」
「ああ。ただいま。」

向かいから歩いてきた若い女性がひらりと手を振ってソウスケに話しかけてきた。
長い紫がかった髪は高い位置でポニーテールにされていて軽やかに揺れている。

「ちょっとしばらく顔見ないと思ったらまた身長伸びてない?もーやーねこれだから育ち盛りは!」
「どこのばあちゃんだよ」
「はぁ!?この見目麗しい乙女をばあちゃん呼ばわりとはいい根性だねぇ…。ちょっと表出ようかソウスケ?久々にヤる?」
「あーさーせんなんでもないすー。」
「もー全く。今度ウチに買いに来てよね!って、え、何その子彼女?」
「ちげーよ。」
「あ、こ、こんにちは…。」

興味津々な目で頭のてっぺんから爪先まで検品されるかのように見られる。

(アメジストみたいで綺麗な目だなぁ。)


「あっ、もしかしてこの子が噂の王女ちゃん?えーっ、可愛い〜!!」
「え…あ、ありがとございます…。」
「私ちょっとあっちの方で、アクセサリーショップやってるの。アヤメって言います!よかったら今度来てね!割引してあげる!」
「わーったからもういいだろ。そんながっつくなアイがビビってる。」
「えーソウスケのケチ〜過保護〜」
「なんと言われようが別にいい。」
「あ、アヤメ!ちょっと〜!遅いと思ったらこんなとこで道草食って!」
「わっ、ごめんごめん!そうだ待ち合わせしてたんだった忘れてた!じゃーねーソウスケと王女ちゃん!」
「は、はい!さようなら!」
「じゃーな…。」

ソウスケはげっそりした顔でアヤメを見送る。
(嵐みたいな人です…。でも快活で明るくて素敵な人です!ソウスケもうんざりしたような顔をしてはいますがきっと嫌いではないんでしょう。とっても仲良さげですし!)

アイは市場の様子と同時にソウスケ観察にも勤しんでいた。

「よっ!ソウスケ、久しぶりだなぁ!」

ソウスケの後ろから明るい栗色の髪の毛の男子が飛びついてきた。そのままソウスケの肩に金色の腕輪がついた腕を回した。

「おー!久しぶりゲンタ!元気してたか?」
「あったりめーだろ〜?お前こそ王女様をさらっちまうとは、派手なことしてるなぁ。」
「まーな。」
「おわっ、ソウスケじゃん!王女の件噂になってるぞ〜?マジお前やってんな〜!」

と、ゲンタの隣にいた銀髪の男子が話しかけてくる。ターコイズのアクセサリーをつけていて、ちょっとおしゃれでインテリチックだ。

(なんか見るからに頭良さそうです…っ!!)

と言う感想はなんだかアホっぽい。

「はは。そうだ、研究は順調?」
「ああ!もう少しで頼まれてたものができそうだ。」
「ん。さんきゅ。相変わらず早いな。さすがカイト。」
「どーも〜」

(どんな怖いのを頼んでるんでしょう…。怪しい薬…?やばい武器!?でもそれこそ怖すぎて聞けないです…。)

「ソウスケ、なんか買うのか?」

会話が終わるのを待ち構えていたかのようにゲンタがソウスケにまた飛びつく。

(なんだか大型犬みたいです…。)

まあ事実耳と尻尾が見えそうではある。

「靴が欲しいんだ。」
「あぁ〜。ボロ靴だもんな。」
「せめて年季が入ってると言え。」

ゲンタをベリベリと引き剥がしながら呆れ顔でカイトを睨む。

(友達と一緒だとこんな感じなんですね…!ちょっと新鮮です!と言ってもそんなに会ってから経ってないですけど。)

「俺もちょうど欲しかったんだよ!一緒に行こうぜ!」
「ああ。」
「俺は…いらないけどついていくわ。」
「はいはい。…あ、ちょっと待ってて。」
「…っえ、あ、は、はい…。」

考え事をしてたためあまり話を聞いていなかったアイは反応が遅れ、気がついたらソウスケ達は行ってしまっていた。

「……ど、どうしましょう。行ってしまいました…!」

ウロウロキョロキョロ。初めての場所に置いていかれるなんて恐怖でしかない。

「あれ、嬢ちゃん1人?」

しばらく道の端に座り込んでいると、不意に後ろから声をかけられた。顔を上げてみるとガラの悪そうな男性が2人。

「わ、私ですか?」
「そーそー。」
「あーいや、友達が買い物行っちゃったんで…待ってるところです。」
「え〜?置いて行かれちゃったの?可哀想〜!」
「寂しいよね〜?」
「まぁ…不安ではありますけど大丈夫です!」

こう言う奴らに絡まれるのが不安って話ではないのか。アイはちょっと抜けている。

「…ふーん。じゃ、俺らとなんか食いに行こうぜ。」
「俺今結構持ってるから奢ったげるよ?今日の仕事上手いこといったからさ!」
「え、いや、でも…。」
「あー連れのこと?大丈夫大丈夫!許してくれるよ!置いて行った方が悪いし!」
「そうそう!ちょっとだけだから、すぐ戻れば大丈夫っしょ!」
「…でも、私は待ってたいです…。」

その言葉に男2人は目配せをする。

「本当に?」
「どーしても?」
「はい…。」

チッ、と小さく舌打ちをして、にこりと笑顔を向ける。

「じゃあ無理矢理連れて行くしかないね〜。王女なら高く売れるだろうから…」
「ほんとはこんなこと、したくないんだけど、な?」
「っ…!!」

(社交パーティーなどで媚を売られてる時の笑顔と同じくらい怖いです…!)

「ね?今なら楽しく連れて行ってあげるから、ね?」
「いいえ、私は待っていたいんです!」

それでもアイは目を逸らさずじっと強い意志で男達を睨む。
怖くて体が震えそうになるのを下唇を噛み込んで耐える。

「はぁ…めんど。まーいーや。このまま連れて行きゃあいいんだしね〜。」
「い、いやっ!やめてくださ、…っ!?」

服を掴み上げられる。

(首が絞まる…っ!!それにこのままじゃ連れてかれてしまいます!)

「あれ〜?お前ら誰だよ?」
「え、ソウスケ…!?」

王道少女漫画さながらの完璧なタイミングでの登場。しかし少女漫画と違うところといえば助けに入ったヒーローであるはずのソウスケもゾッとするような笑顔を浮かべてることだろう。目も完璧にヤル気でいる。

「放せよ。そいつ。」
「……。」

ぱっとアイを放す。アイは落とされてそのまま崩れ落ちる。

「ひゅはっ、はっ…はっ…ケホッケホッ。」

急に気管に空気が入ってきて咳き込む。

「はぁ…ったりーな…。ちょっとこれ、持ってろ。」

小さく舌打ちするとそう言ってアイに靴を放り投げた。

「…ちょっと向こうで話そうや。な?」
「い、いや…」
「お前らに拒否権あると思ってんの?」

そう言うがいなや2人を掴んで路地に引きずって行く。
路地に入った瞬間ドン、と不穏な音が聞こえる。
不安げな顔でそっちを見てアイは待っていた。

「ふぅ…。」
「あ、ありがとうございます…っ!」
「…ったく、気をつけなよ。お前弱いんだから。あー靴、それでいい?」
「はい。ありがとうございます!」

そう言ってアイは両手に大事に抱えていた靴を見下ろす。ボディは服と同じように青緑がかった黒で、底の部分が淡い暗めの赤になっている。

靴紐の結び方がわからず、紐を掴んだまま止まる。スニーカーなんて履いた事ないのだ。

「はぁ…お嬢様すぎだろ。…ま、王女様だもんな〜。はい貸して。」
「うぅ…ごめんなさい。ありがとうございます…。」
「はいはい。」

結んでもらった靴紐をじっと見つめたままアイは動かない。

「…?どーした?」
「…有名、なんですね。」
「え、俺?」
「はい…。」

ソウスケはんー、と、うー、と、あーの間くらいのよくわからない唸り声を出してカリカリと人差し指で頭を掻く。

「まぁ、一応…?なんか仕事こなしてくうちにちょっと広まっちゃっただけだよ。」
「色んな人に話しかけられてましたし…。」
「あーうん。割と顔は広い、のかな?わかんない。」
「すごいですね…。」
「…そうかな。悪名高いだけだよ。」
「でも、私を助けてくれたじゃないですか!」

そんなわけない!とでも言うかのようなアイをチラリと見て、はぁ、と息を吐いて俯き、膝の間に頭を埋める。

「君にとっては、そうかもね。でも国にとっちゃ大切な王女を奪われたんだし、普段の仕事だって裏の汚い仕事ばかりしてる。相当な数の人に恨まれてるよ。」
「……。」
「まぁ、ダークヒーローはそういうもんだから。」
「ダーク、ヒーロー…。」
「そ。恨みを買うのが仕事。」
「な、なんで…。」
「なんで?…んー、なんでだろうね。血筋、かなぁ。俺の家族はそーゆー奴ばっかだよ。君が何で王女なの?って言うようなもんだよ。」
「…でも、私にとっては、ヒーローですっ!」
「…やめてよ。それ俺にとっては嫌なこと。」

ため息混じりに吐かれた言葉に、アイは何も言えなくなる。ごめんなさい、という小さな小さな声を、呼吸と同時に少しもらす。重たい空気が、2人の間に流れた。