「なあ。響、待って」
掴まれた右手から伝わってくる彼女の体温の低さと、
さっきまでずっとお前呼びだった僕のことを初めて名前で呼んでくれた衝撃に振り返られずにはいられなかった。
「い、今……、名前……」
「なんだよ、響って呼んじゃ悪いのかよ」
「いや、さっきまでお前呼びだったじゃん」
別にお前呼びに傷ついていたわけじゃないけど、急に名前で呼ばれたら驚かない人なんていないだろう。
「そうだっけ? じゃあこれからも名前で呼ぶから響も俺のこと名前で呼べよ」
「はぁ……、理央、先輩……?」
記憶力なさすぎじゃないか、と口が走りそうになったけどグッと堪えた。
どうせ理央先輩が俺は馬鹿じゃねぇ的なことを言うだろうと簡単に想像出来たからだ。
「は? 先輩とか気持ち悪いからやめろ」
「一応僕1つ年下だけど」
「理央で良い」
「……理央」
理央は照れを隠したかったのかふんと鼻を鳴らせてそっぽを向いた。
理央の方が年上だけど、理央が嬉しそうならいっか。
「連絡先交換しとこうぜ」
理央がポケットから取り出したスマホはカバーもついていない真っ黒な色をしたものだった。
画面には少しヒビが入っていて何だか意外だなと思いつつ、僕もポケットからスマホを取り出した。
新しい連絡先に理央という名前が追加され、
連絡先が増えたことに少し違和感がありながらも嬉しい気持ちが溢れた。
「じゃあな、響」
理央の長い髪が静かに揺れる。
彼女が浮かべる笑顔を見て、僕も笑えずにはいられなかった。