いなかったか…。そう思いながら歩いている私は1人だ。
 翔くんの家に行ってインターホンを鳴らした。でも、翔くんはいなかった。友達と遊びに行っているらしい。
 翔くんのお母さんに傘を勧められたが、断った。持ってこなかったのは私なんだ。まだ、雨は止まない。気づいたらもう薄暗くなっていて、太陽が沈み切りかけている。
 なにしてんだろうな…私。
 公園のベンチに腰掛け、ぼーっとする。ベンチは濡れているのに、抵抗感がない。ヘアアレンジしていた髪をほどく。ひどく濡れていた。制服から水滴が垂れている。…帰らなきゃな…。そう思っても、立てなかった。

 だが、どうだろう。不意に雨が止んだ。ピタリと。思わず見上げると…そこには翔くんが立っていた。
 息が切れていて、走っていたことが伝わってくる。

「え…。翔くん…?」
「織部…お前なあ…。」

 苗字を呼ばれ、ドキッとする。これだ。私が聞きたかった声だ。

「探したんだ。母さんが言ってたから。」

 お母さん、伝えてくれたんだ…。

「どうしたんだよ。今日の放課後だって変だった。」
「…ねえ、翔くん。私…分かんないや。」
「え?」
「翔くんに今日、お菓子渡そうと思ってたの。でも、渡せなくて泣いちゃって…。でも諦めたくなくて来たら、翔くんいないから落ちこんで…でも今、とっても嬉しいの。こんな不安定になることなかったんだよ、今まで。この気持ちって…なんて言うんだろうね。」
「……。」
「あ、ごめんね!こんな話して。忘れていいから…。」

 その時、翔くんが私のカバンを指さして言った。

「お菓子。見せて。俺に渡す予定だったやつ。」
「え、でもちょっと食べちゃったし…。」
「いいよ。見せて。」

 私は恐る恐るスノーボールを取り出す。教科書は濡れてしまっていたのに、スノーボールは濡れずに綺麗に残っていた。
 翔くんはそれを受け取ると、蓋を開けてひとつ食べる。

「あっ…。」
「…美味しい。料理上手なんだな。」
「え…いや…。」

 だって、何個も作り直したんだもん。あなたのために。
 今なら、言える気がした。

「翔くん。私、翔くんが好き。釣り合わないって分かってても、好き。」

 翔くんは少し驚いたような表情をして、こう言った。

「…俺も、真穂のことが好きなんだ。」

 時が止まったかのような錯覚に陥る。今、翔くんはなんて言った?

「え…?」
「…ほんと。嘘じゃない。っていうか、釣り合わないとか関係なくない?」
「…そ…そうだね。ありがとう。」
「え、なんで泣くんだよ。俺なんか悪いこと言った?」
「ううん。これは嬉しいから泣いてるの…!」
「…真穂。」

 見上げると、急に口の中にスノーボールが放り込まれた。甘くて、ほろっとほどけていく。翔くんもスノーボールをひとつ放り込む。
 気づけば、辺りは雨から雪へ変わっていた。

 
 2月15日。カレンダーに丸をつける。そして認識する。
 私は翔くんの彼女だということを。