巻き込むつもりはこれっぽっちもなかった。
 今さら言っても信じてもらえないかもしれないが。

 自分で左の手の甲を引っ掻いてみる。
 加減がわからず強く引っ掻きすぎて、白く皮が剥けたあとわずかに血がにじんだ。
 感覚はなかった。

 加賀とかいう男に言ったことは本心で、もう一度誰かが自分のせいで死ぬくらいなら腕の一本や二本は惜しくない。
 しかし〝これでは義足作りが停滞するなあ〟くらいの危機感はあった。
 早く作って彼女に届けなければいけないのだが。

 こちらからしてみれば月島マリは彼女と似ても似つかないのだが、同じ左足がなく、背格好が近いというだけで他人から見れば類似してしまうのだろう。
 タカヒロに実刑判決が降りないならいつまたちょっかいをかけてくるかわからない。
 被験者は別の人間を使うか。

 風が吹いて大きくカーテンがはためいた。
 フロアで翻るスカートのようだと思ってから、

「あいつまさか、スタジオにいたりしないよな」

 嫌な予感がした。
 あいつは鬱憤が溜まると踊りで発散するという悪癖があるのを思いだしたのだ。

(いや、さすがに襲われたんだしもう懲りただろう)

 頭に浮かびかけた少女の姿を消し去ると、上書きをするように彼女と過ごしたスタジオを思いだしていた。

 ぺたぺたと付箋を壁に貼りつけ、鏡に向かって走り書きをする彼女の悪戯な笑顔。
 ターンをするたび、まるで花がほころぶように大きくスカートを翻して――。

 しかしふと、妄想の中のスタジオにシャル・ウィ・ダンスの曲がかかっていないことが気になった。
 ここ最近ずっとこの曲が流れていたので、一纏めになってすり込まれてしまったのかもしれない。
 スタジオと、シャル・ウィ・ダンスと、機械仕掛けの足の少女が。

 襲われたのに踊っているほうがおかしいと頭ではわかっているのだが、それでもあの少女は我関せずな顔をして、自分の世界に浸りながら踊っているのが当たり前のような気がして。
 海を背負ってぎこちなく踊る少女のステップが、勝手に彼女の踊る姿と重なって上書きの邪魔をする。
 腹立たしいが、あいつの作る独特の世界観は嫌いじゃない。

 しばらく揺れるカーテンを眺めてから、夏目は自分の右腕に視線を落とした。
 点滴の管がビニールテープで固定されていて、黄色い液体がゆるゆると、蒼い腕の中に吸い込まれていた。