「明日、7月17日から8月24日にかけてペルセウス座流星群が見られるでしょう」
少し高めのトーンでハキハキと告げるアナウンサー。
「ねぇ優翔、ペルセウス座流星群って何?」
「まぁ簡単に言うと、流れ星みたいなもんだよ」
流れ星と聞いて、私は胸が踊る。幼いときから流れ星を見てみたいと思っていた。
「流れ星に願いを言うと、その願いは叶うんだよ」
よく聞くような言葉をまるで子供のように、楽しそうに話す優翔。
彼とは産まれた時に、隣のベットにいた事から、親同士が仲良くなり今もこうして仲が良い。
いわば幼なじみだ。中学校二年生になった今でも、休日になると優翔は家にやってくる。
さすがに中二にもなると、周りからの目を気にするようになった。小学校の頃は登下校も一緒だったのに、今では一緒に帰るだけで周囲からの視線は痛い。付き合ってるんじゃないか、という噂話も多かった。
だから中学校に入ってからは、一緒に帰る頻度は極端に減った。
それでも休日になると優翔が家に来ることは変わらなかった。
「じゃあ優翔がもっと頭良くなるように祈ってあげるね」
「人のことより自分のことを祈ればか」
私がせっかく祈ってあげると言っているのに、さすがにばかまでは言い過ぎだろう。実際には私より優翔の方がばかなのに。
私がそっぽを向くと優翔はスマホを取り出し、何かを調べていた。
「一番流星群が見られるのは8月の13前後なんだって」
自慢げにスマホを見せてくる優翔。確かにスマホには8月13日に極大と載っていた。
私はスマホを取り出し、極大について調べる。どうやら極大とは、流星群が最も活発に活動することらしい。
「13日の夜に、一緒に見に行こうよ瑠奈!」
私は、いいよー、とだけ軽く返事をする。長年の付き合いのせいか、彼が私を誘ってくるのは目に見えていた。
長年と言ってもまだたった十四年だけど。嬉しそうな優翔の姿を見ると、なぜだか私の方まで笑顔になってしまう。
昔から私は彼の笑顔が好きだった。周りにいるどんな人をも笑顔にできるのは、彼の魅力の一つだと思う。
そんな彼に密かに恋心を抱いていた。彼の言動が、笑顔が今ではすべてが愛おしい。
私が彼に好意を抱いたのは去年のクリスマス。私の家族と優翔の家族は、いつもクリスマスを一緒に過ごしていた。
私は夜まで友達の家で遊んでいて、十八時を回ったところで友達の家を後にした。
十二月ということもあり、外は真っ暗だった。更に雪も降っていて、相当な寒さだった。運悪くその日はマフラーを忘れてしまい、首元が凍るほどに冷たかった。昔から怖がりだった私は、いち早く家に帰りたかった。
薄暗い道を歩いているとき、向かい側から人影が見えた。その人影が優翔だと分かったのはすぐだった。
私が「どこに行くの」と訊くと、「瑠奈が心配だから迎えに来た。瑠奈暗いの苦手だし。寒いでしょほらこれ」
そう言ってマフラーを巻いてくれる優翔。私の冷え切った体は彼の優しさで温まる。
その日から、私は優翔に好意を抱き始めた。心の何処かでは、友達のままの方がいいのかもしれない。
好きになってはいけない。そんなことを思っていた。だけど考えれば考えるほど、好きが増していく。
──きっと、彼は私の思いに気づかないだろう。『明後日の夜はいつもの公園でいいよね』
優翔から送られてくるメッセージ。明後日は約束した13日だった。いつも通りの公園とは、私たちが幼い頃からずっと遊んでいた公園のことだろう。
『それでいいよ!』
『りょうかい! 今から部活行ってくるね』
私が送るとすぐに返ってくるメッセージ。
『雨強いけど気をつけてね』
今日は例年では珍しいと言っていいほどの大雨だった。この雨の中部活に行くというのは、とても心配だった。
『分かった!』
彼からの返信に私はスタンプを送りスマホを閉じる。こんな雨で流れ星なんて見えるのだろうか。
そんなことを思いニュースを見ると、明日には雨は止むと言っていた。良かったと安心する反面、優翔の事が心配でしょうがなかった。
いつもなら部活終わりにメッセージをくれる彼が、今日は送ってこなかった。心配しすぎかもしれないが、不安だけが募る。
無事ならいいけど、ただそれだけだった。
「瑠奈! 瑠奈!」
ドタバタと階段を駆け上がってくるお母さん。その表情はとても焦っていた。お母さんの表情からこれから話されることが、良くないことだけは分かる。
「落ち着いて聞いてね・・・・・・優翔くんが自動車に撥ねられたの・・・・・・」
「えっ・・・・・・?」
頭の中が真っ白になる。さっきまで連絡していたのに、そんなはずが無い・・・・・・
私の呼吸は荒くなる。
「お母さん! 早く病院に! 優翔のいる病院に連れてって!」
早く優翔のところに行かないと。頭はその事だけでいっぱいだった。お母さんの車に乗り、優翔が運ばれた病院へ急ぐ。
どうか無事でいて欲しい。
病院に着くと真っ先に優翔の場所を訊き、言われた場所へ向かう。向かった先は手術室だった。
手術室の前で泣き崩れている優翔のお母さん。それを必死に大丈夫と言って支えている彼のお父さん。
その様子を見て、嫌な想像だけが広がる。数分後、手術室と書かれたライトが消え、白衣を着た一人の医師が出てくる。
大丈夫。きっと優翔は大丈夫。その言葉だけを期待していた。なのに、どうしてそんなに暗い顔をしているの・・・・・・
「残念ですが、息子さんは・・・・・・」
嘘だ・・・・・・そんなの信じれない。信じたくなんかない・・・・・・
その事実は今までのどんなことよりも、重く受け止めたくなかった。
「るな・・・・・・大丈夫・・・・・・?」
心配して手を握ってくれるお母さん。私はその時気づいた。自分の手がとてつもなく震えていたことに。
目の前では彼のお母さんは医師に何度も聞いていた。
「嘘ですよね・・・・・・優翔は生きてますよね・・・・・・」
私はそれ以上見ていられなかった。これ以上ここに居たら私はおかしくなってしまうかもしれない。
私はお母さんとその場を去った。
その後のことは何も覚えていない。覚えていることは家に帰ってから、ひたすら泣いていたことだけ。
もう一度彼に会いたい。私は心からそう願った。
皮肉にも次の日は快晴だった。昨日まで生きていた優翔がもういない。優翔がいない世界に、私は生きてるんだ。
それを考えると、どうしようもない寂しさで耐えられなかった。
本当なら明日の夜に、彼と一緒に流れ星を見るはずだったのに。そんな約束は叶うことがなかった。
夜になると空には数多の星。
「あ、流れ星・・・・・・」
一筋の流れ星が空に見える。
──流れ星に願いを言うとその願いは叶うんだよ
あの日、彼が言った言葉。もし本当に願いが叶うなら・・・・・・
「もう一度優翔に会いたいよ……」
私の願いと同時に、一筋の流れ星が空を駆ける。
「叶うわけないよね・・・・・・」
私はカーテンを閉め、眠りにつく。
部屋中に鳴り響くアラーム音で目を覚ます。今日は優翔と約束していたはずの13日。
本当だったら一緒にいて、流れ星を見るはずだったのにな。
スマホを見ると優翔の事故はニュースになっていた。中学二年生男子が車に撥ねられ死亡。
その日は雨が強く視界が悪かったことから、運転手は信号を見間違えたそうだ。
その運転手は優翔の両親に謝罪の言葉を述べていた。しかし、謝ったところで優翔が戻ってくることはない。
もしあの時、私が優翔に部活に行くなと言っていれば、彼は生きていられたのに。
そんなどうしようもない後悔だけが残る。
何かをする気力など私にはなかった。結局何もしないまま時間が流れる。外を見ればもう暗くなり始めていた。
「眠い・・・・・・」
一日中何もしていなかったのに、唐突な眠気に襲われる。昨日も一昨日もあまり眠れなかったからだろう。
少しだけ仮眠でもしようと、アラームを設定しベットに入る。
『・・・・・・な・・・・・・るな! 起きて! 流れ星を見よう!』
「優翔!」
目が覚めて先程のが夢だったと理解する。
「えっ、もう二十一時?」
二十時にアラームを設定したはずなのに、時間は二十一時になっていた。
「行かなきゃ」
そんなことよりもあの公園に行かないと。約束したんだ。優翔と一緒に流れ星を見ると。
私はスマホだけを手にして家を出る。ドアを開けると生ぬるい風が吹き抜ける。
夏の夜はとても蒸し暑い。だけど暑いなんかと言ってる暇は無い。
公園が見えてきて、誰かがいるのが見える。こんな時間に誰だろう。
「瑠奈・・・・・・来てくれたんだね」
「えっ、誰?」
暗くて顔が確認できない。それに今、私の名前を呼んだ。だけど私はそれが誰か分かった。
何度も聞いてきた声。顔なんか見えなくても声だけでわかる。
だけど私が思っている人なわけない。だって彼は・・・・・・
恐る恐る近づいていき、やっと顔を認識できる。
「・・・・・・っ、ゆう、と・・・・・・? なんで?」
頭の中が混乱している。だって優翔は二日前に亡くなったはずなのに。
しかし私の前にいる彼はどこからどう見ても優翔だった。
「簡単に言うと、成仏できなかったってことかな? 」
苦笑しながら話す優翔。その笑顔はいつも通りの彼の笑顔だった。
その笑顔を見るだけで、私の涙腺は緩む。本当にこれは現実なのだろうか。
亡くなった人間が生き返るなんて、そんな事が本当にあるのか。
「やり残したことがあるんだ。協力してくれないか瑠奈」
真剣な眼差しで訊いてくる優翔。半信半疑だったが私の答えは決まっていた。
「私に出来ることならなんだって協力するよ!」
夢だろうと現実だろうと、彼と一緒なら何でも良かった。
「優翔って幽霊なの?」
ふと思った疑問。亡くなった人が生き返るなんて考えられない。ということはやっぱり幽霊なのか。
「まぁ、そうだね。ほら」
「うわっ!」
彼が伸ばした手が私の手をすり抜ける。本当だ。彼に触れることは出来なかった。信じたくないが、彼は本当に幽霊になったのだ。
「それでやり残したことは何なの」
「一つ目は今からだよ」
「え?」
私は言葉の意味を理解できなかった。今からとはどういうことだろう。
「瑠奈と流れ星を見る。これが一つ目だよ」
なるほど。私はすぐに納得した。私も彼と流れ星を見れなかったことをとても後悔していた。
それは彼も同じだったんだ。その事が私は嬉しかった。私たちはベンチに腰を掛ける。
「瑠奈、今日は星が綺麗だよ」
「本当だ・・・・・・きれい」
空に広がる無数の星たち。昨日も見たはずなのに、昨日より何十倍も綺麗に見える。
それはきっと彼が隣にいるからだ。
「流れ星に願いを言うとね・・・・・・」
「願いが叶うんでしょ。それ前も聞いたよ」
「そうだっけ?」
以前聞いた時は、ただの迷信だろうと思っていた。だけど本当に願いが叶った。優翔にもう一度会うことが出来た。
両手を合わせて、目を瞑る優翔。その横顔はとても真剣だった。
「何をお願いしたの?」
「瑠奈がずっと幸せでいられるようにって願った」
「・・・・・・」
彼の言葉に自然と涙腺が緩む。彼の顔を見ていられない。彼の顔を見たらきっと、私は涙を流してしまう。
「どうしたの瑠奈、大丈夫?」
「優翔のバカ・・・・・・」
そう言った私の声は涙声だった。
そういう優しいところも、鈍感なところも全部が好きだった。優翔に触りたい。
触れたくても触れることが出来ない虚しさに涙がこぼれる。
「泣いてるの、大丈夫?」
昔から本当に鈍感なんだな。
すぐに心配して私の背中を摩ってくれる。けれど触れることも彼の温もりも感じない。
本当にその事実だけが辛かった。
少し時間を置いてだいぶ落ち着いてきた。
「もう大丈夫?」
「うん、ごめんね。急に泣き出しちゃったりして」
「全然大丈夫だよ。瑠奈が大丈夫なら良かった」
いつも通りの優しい声。そして私たちの間には無言が続く。
だけどそれは全く嫌じゃなかった。彼と隣り合って星を見る。
その瞬間はとても幸せだった。
「瑠奈は星言葉って分かる?」
不意に質問をしてくる優翔。
「花言葉みたいな感じのやつ?」
花言葉なら聞いたことはあったが、星言葉は初めて聞いた。
「そうそう。花言葉だけじゃなくて、星言葉って言うのもあるんだよ」
私はスマホで星言葉と言うものを調べようとした。本当に星言葉なんてものがあるのか。
調べたら彼の言った通り、星言葉は出てきた。
「俺と瑠奈の星はシェアト。星言葉は笑顔と心の優しさだよ。瑠奈に似合ってるね」
「ありがとう・・・・・・」
──星言葉は笑顔と心の優しさ
私は素直にありがとうと言ったが、その星言葉は私なんかより優翔に当てはまっていた。
笑顔と心の優しさ、優翔はそのどちらも兼ね備えている。
星言葉は想像以上に面白く、二人で盛り上がる。
「私のお母さんの星言葉、思い込みの激しい情熱らしい」
「確かにおばさんらしいかも」
優翔は納得するように頷いていた。正直私もそれには納得した。
その後も友達や学校の先生などの星言葉を調べては、二人で笑いあったり、納得したりしていた。
「もうそろそろ日付が変わっちゃうから帰ったほうがいいよ」
時計なんて持っていない優翔が日付が変わるなんてわかるはずない。そう思いスマホを見ると日付が変わる三十分前だった。
どうして時計なんてないのに、分かったんだろう。これも幽霊の力の一つなのか。
「優翔はどうするの?」
私は家に帰ることが出来るが、優翔は帰る場所があるんだろうか。第一に優翔は他の人に見えているのか。
「俺は夜しか行動できないんだ」
──夜しか行動できない
幽霊と考えると納得がいく。
「明日もこの場所に来てほしい」
「分かった」
明日も来ることを約束し、私は彼に手を振って、公園を後にする。
一人になった私の頭の中は、優翔のことでいっぱいだった。あんなに普通に接していたが、彼は二日前に亡くなっているのだ。
それなのに彼は亡くなる前の様子と変わった感じはなかった。やっぱりこれは夢なのだろうか。
気が付くと家に着いていた。私は急いで自分の部屋に行き、一冊のノートを取り出す。優翔のことをノートに残したかった。
一日目
亡くなったはずの優翔が生き返った
彼は幽霊になったらしい
やり残したことがあると言って、私は彼に協力することになる
一つ目は流れ星を一緒に見ること
彼と見た流れ星はとてもきれいだった
短い時間だったけど彼との時間は幸せだった
こういうのは書きなれていないため、何を書けばいいのか分からなかった。だけど彼とした事と、私の気持ちを残した。
内容はどうであれ、彼との再会を形に残したかった。
時間は日付を回ったばっかだった。
私はノートを机の上に置き、眠りについた。
「今日は中学校に行きます!」
約束通り、昨日と同じ時間に私は公園に行った。すると昨日と同じように優翔は立っていた。
「中学校って空いてるの?」
素朴な疑問だった。普通なら鍵がかかっていて中に入るのは無理だろう。
「安心しなさい! 一箇所だけ空いている場所があるんだよ」
自慢気に胸を張っている優翔。そんなことに胸を張らなくてもいいのに。
「それじゃあ行こっか」
歩き出す優翔の横を私も並んで歩く。こうやって優翔と学校に行くのもこれで最後なのかもしれない。
「夜の学校に行くっていうのがやり残したことなの?」
「うん。まぁ正確には・・・・・・」
ボソボソと話す優翔。最後の方は何を言っているのか聞き取りなかった。
「なんて言ったの?」
秘密、と声のトーンを少しあげて言ってくる。なんで秘密なのだろうか。疑問に思ったが深く追求しないでおいた。
すれ違う人がちらちらと、こちらを見てくる。
「今の人めちゃくちゃこっちを見てきたんだけど」
もしかして知り合いか何かだったのかも。だけどすれ違ったのは三十代くらいの男性。
明らかに私の知り合いではないはず。
てことは優翔の知り合いなのかも。
「多分それは、俺の姿が他の人に見えていないからだよ」
「あっ、そっか」
完全に忘れていた。優翔は私にしか見えていない。
言わば透明人間なのだ。
ということは傍からみれば私は、独り言を言ってるやばい人になるのか。
それは少し嫌だった。
歩いているといつもの見慣れた校舎が見えてきた。
時間も時間だったので残っている先生はいなそうだった。
見た感じ、どこも鍵がかかっているように見えるが。
「瑠奈こっちこっち」
優翔に手招きされ行ってみると、そこは美術室だった。
「ここの窓の鍵一箇所だけ壊れてるんだよね」
そう言って窓を開けようとする優翔。
しかし、
「あっ、そういえば俺、触れられないんだった」
結局私が開けることになる。
「うわっ本当だ開いてる」
彼の言った通り一箇所だけ窓が開いた。
「よし、じゃあ行こう」
私たちは窓から校舎内へ入る。
てゆうか優翔は窓からじゃなくても擦り抜けられたんじゃ?
そんなことを思ったが、口には出さないでおいた。
スマホのライトを付けて校舎内を歩く。
「夜の学校って怖いね。幽霊とか出てきそう」
幽霊ならすでに私の横にいるのに。自分自身が幽霊のくせに、怖がっている優翔。
正直、私の方が何十倍も怖かった。
「あっ、音楽室! 入ってみよ!」
怖いと言っておきながら、どんどん進んでいく。
真っ暗な音楽室に貼られたベートーヴェンやバッハ、モーツァルトの肖像画は不気味だった。
「覚えてる? 去年の授業中にやったサプライズ」
「もちろん、私音楽の先生大好きだったからね」
去年の音楽の授業中、私たちは先生にサプライズをした。先生が誕生日であることを知っていたので、私たちはリコーダーでハッピーバースデーを演奏した。
みんなで事前に練習を重ねて、先生を喜ばせようと話し合った。
突然のサプライズに先生は嬉し涙を浮かべていた。
「懐かしいよな、俺あの時必死に練習したわ」
「私もだよ。先生喜んでくれて本当に良かった」
その後も音楽に関係する話をした。みんなで教科書の曲を演奏する時に、優翔だけ他のページを見ていたことや、先生が授業を忘れて、一時間自習になったことなど。
「そろそろ次に行こっか」
そう言ってまた歩き出す。次に向かったのは二年一組だった。二年一組は今、私たちが使用している教室。
壁には私たちの自己紹介や体育祭の写真が掲示されている。
「体育祭のことまだ忘れてないからな」
「ん? なんの事」
「借り物競争でバカな人ってお題で、瑠奈が俺を連れてったこと」
確かにそんなこともあったな。あの時の私は、そのお題を見て真っ先に優翔を連れていった。
「あれはお題に従っただけだからしょうがないよ!」
「俺はバカじゃねぇから!」
「優翔は誰がどう見てもバカでしょ!」
そんなやり取りが続く。
「まぁいいや、許してやろう。次に行くぞ」
私を置いて先に教室を出る優翔。その時、雲に隠れていた月が顔を出す。
暗かった教室に少しだけ月明かりが差す。
「あっ・・・・・・」
月明かりに照らされて体育祭の写真が鮮明に見える。
私の隣には楽しそうに笑う優翔が写っている。やっぱり私はこの笑顔が好きだ。
優翔に好きって伝えないといけない。そんな気がした。
「瑠奈? どうした、早く行くよ」
「あっごめん。今行く!」
私たちは色んなところを回っては、思い出話をした。
体育館でクラス全員でした鬼ごっこをした時の話。
課題を出し忘れて職員室に呼び出された話。
美術室で優翔が絵の具をばらまいた話。
好きな先生や嫌いな先生の話。
しかしそんな時間はあっという間に過ぎていく。
もしも時間が止まるなら、ずっと止まっていて欲しい。もしもこの日々が永遠に続くなら、ずっと続いて欲しかった。
「そろそろ帰ろっか」
私たちは入って来た美術室から外へ出る。そして中学校を後にした。
「優翔があとやり残しことは?」
「あと一つだね」
「えっ、そっか・・・・・・」
ということは優翔と過ごせるのは明日で最後になるのかもしれない。そう考えると言葉が出ない。
明日で本当に終わりなのか。考えるだけで胸が苦しくなる。
絶対に明日、優翔に好きって伝える。そして笑顔で優翔とお別れするんだ。私は心の中でそう決めた。
話しているうちに公園に戻ってきていた。
「気をつけて帰ってね。また明日ここで待ってる」
ばいばい、と告げて私は帰路に着く。
スマホで時間を確認すると、すでに0時を回っていた。両親も寝ているので、私は静かに家の中へ入る。
速やかにやることを終わらせ、自分の部屋へ行く。
机の上に置かれたノートを取り、昨日の続きを書く。
二日目
彼のやり残したこと二つ目は、夜の学校に行くことだった
怖がりの私は本当は行きたくはなかった・・・・・・
彼と一緒に行く最後の学校は楽しかったが、それ以上に悲しいという気持ちが大きかった
優翔のやり残したことはあと一つらしい
明日が彼と会える最後の日になるかもしれない
彼との別れは笑って終わりにしたい
書き終えたノートを机の中にしまう。もし明日が最後になるなら私がするべきことはなんだろう。
私が彼のためにできること。
私はその事を考えながら部屋の電気を消した。『瑠奈・・・・・・幸せになれよ』
「待ってゆうと……優翔! あ、夢か……」
嫌な夢だった。優翔が消えてゆく夢。
嫌な程にそれは現実味を帯びていた。時計に目をやるとまだ6時だった。
二度寝しようと思ったが、もう一度眠れる気がしなかった。
今日はやらないといけないことがある。優翔に起こっている現象について調べるため、私は図書館に行く。
ネットの情報より図書館で調べるほうがあてになると思った。
図書館は十時に開くので、それまでに用意をする。
「おはようお母さん」
「あっおはよう瑠奈」
私が声をかけると、お母さんは少し驚いたようにこちらを見る。
考えてみれば、優翔が亡くなってから私は、家族と話していなかった。
一人になりたくてずっと部屋に閉じこもっていた。
昨日も一昨日も『少し出かけてくる』とだけメールして直接は話していない。
遅く帰っても両親は何も言わなかった。私にとってはありがたかった。
「瑠奈……」
「ん? どうしたの?」
私の名前を呼ぶお母さん。その表情はどこか心配そうにしていた。
「辛いことがあったら全部話してほしい……一人で抱え込まないでほしい」
お母さんの真っ直ぐな目が私を見つめる。
あれ……おかしいな……
今まで堪えていた涙が堰を切ったように溢れる。抑えようとしても、抑えることができない。
次の瞬間、私はお母さんに抱きしめられる。お母さんの体温が伝わる。
「優翔に……会いたいよ……」
もう感情を抑えることなんかできなかった。誰にも言えなかったことが、次から次へと出てくる。
私はお母さんの腕の中で、子供のように声をあげて泣いた。
お母さんは私が落ち着くまでずっと支えてくれていた。
「ありがとう、お母さん……」
少しだけ気持ちが楽になった気がした。
「辛いことがあったらいつでも話してね」
私は再度ありがとうと伝えて、用意をする。
お母さんが居なかったら、私はきっと変わらなかった。ずっと一人で優翔への思いを抱え込んでいた。
いつ優翔が居なくなるか分からない。それでも今の私にはお母さんがついているから私は前を向ける。
私は一人ではないと実感した。
「ちょっと出かけてくるね」
「気をつけてね、行ってらしゃい」
私は自転車に跨り、図書館に向かう。家から図書館までは、自転車で約二十分ほどのところにある。
真夏の太陽の下、自転車を漕ぐだけで汗が溢れ出す。図書館に行くまでの道には多くの木々。
左右から聞こえてくる蝉の鳴き声がより一層、夏を感じさせる。
視界に写った図書館には多くの自転車が止められていた。夏休みだからきっと学生だろう。
自転車を止め私は中に入る。ドアを開けると、涼しい風が私を包む。冷房が効いている館内は、比較的過ごしやすかった。
かいていた汗も次第に引いていく。予想した通り学生が多かった。入試対策と書かれた本を手にしているところを見ると受験生だろう。
私は星に関する本が置いてある棚を一つ一つ丁寧に探す。
少し歩いていくとそれらしいものを見つける。
本棚の上の方には『星・宇宙』と書かれている。
私は本棚にある本を物色していく。
『宇宙の始まり』
『人と星』
など様々な題名の本がある。一つ一つに目を通して行くが、これといったものは見つからない。
気になった本を何冊か手に取り、私は席に座る。
しかし、流れ星についてはあまり載っていなかった。
やっぱり本にも載ってないのか。諦めようとした時だった。
「あっ……」
思わず声が出てしまう。本を閉じようと思ったところで、一枚の記事に目が留まる。
『流れ星について』
そこには流れ星についてのことが事細かく書かれていた。
そしてその一部分に私の目は釘付けになる。
──流れ星に願いを言っても叶う可能性は事実上証明されていない。
そこには確かにそう書いてあった。やっぱりただの迷信だったんだ。
それならなぜ、優翔は私の前に現れたのだろうか。本当に未練があったからなのか。
そしてなぜ、私にしか見えないのか。結局何もわからないまま時間だけが過ぎていった。
私は持ってきた本を片付け、図書館を出た。来たときと比べて、自転車の数は減っていた。
自転車に乗り来た道を戻る。午後になっても変わらず暑かった。
家に着いたのは十五時だった。優翔との約束の時間にはまだ余裕がある。
少しでも彼に関係することを調べることにした。
「瑠奈、ちょっといい?」
「うん? どうしたの」
「時間があれば優翔くんの家に行ってあげて。優翔くんのお母さんが瑠奈と少し話したいらしいの」
「今から行ってくる」
考えるよりも先に体が動いていた。私は急いで家を出る。
私は何をしているんだろう。
図書館で調べるよりも先に、彼の家に行くことが優先だったはずなのに。
勝手に自分が一番辛いと思い込んでいた。本当は優翔の両親の方が何十倍も辛いはずなのに。
彼の家には十分もせずに着く。何度も遊びに来ていた思い出の場所の一つ。
チャイムを鳴らすと優翔のお母さんが出てきた。
「瑠奈ちゃん、いらっしゃい。さぁ中に入って」
おばさんは病院で見たときよりも痩せていた。きっとまともに食事をしていないのだろう。
「来てくれて本当にありがとうね。適当に座ってもらって構わないわ」
おばさんに促されるまま私は椅子に座った。彼女は優しい口調で言ったが、その表情は無理をしている気がした。
「瑠奈ちゃんにね、これを貰って欲しかったの」
おばさんは私の前に少し大きめの箱を差し出した。
そこには優翔が書いたものと思われる字で、『思い出』と書かれていた。
「開けてもいいですか」
「えぇ、開けてちょうだい」
言われた通りに箱を開けると、裏向きになっている紙がたくさん入っていた。
「これって・・・・・・」
髪を表にするとそれは優翔の小さい頃の写真だった。
「これは優翔が大切にしていた写真よ」
六歳の時に行った海の写真。
十歳の時に行った遊園地の写真。
小学校の卒業式の写真。
中学校の入学式の写真。
そして去年のクリスマスの写真。
たくさんの懐かしい思い出がそこにはあった。今と変わらない彼の笑顔。
全ての写真が輝いていた。
「優翔はね、昔から瑠奈ちゃんとの写真を大切にしていたのよ。だから瑠奈ちゃんにこれを貰って欲しいの」
「こんな大切なもの貰えません・・・・・・」
私の声は弱々しかった。だってそれは数少ない優翔の写真。
家族でもない私がそんな大切な写真を貰う訳には行かない。
「瑠奈ちゃんだから、貰って欲しいのよ」
おばさんは微笑みながら言う。その笑顔は優翔の笑顔と似ていた。
「ありがとうございます。ずっと、大切にします・・・・・・」
あそこまで言われて断る訳には行かなかった。おばさんの優しい表情に涙が出そうになる。
優翔の優しさはきっと彼女に似たんだろうな。
「優翔が亡くなった時は、本当に全てを失った気持ちになったわ・・・・・・」
彼女の言葉に私は胸が締め付けられる。自分の息子を亡くした彼女の辛さはきっと、誰にもわかって貰えないんだ。
「それでもね、優翔の声が聞こえた気がするの。いつまでも下を向いてちゃダメだよ。前を向いて、ってね」
「・・・・・・」
「だから私は前を向こうと思ったの。息子に情けない姿を見せる訳にはいかないからね」
おばさんの目線はまっすぐ前を見つめていた。少しづつ変わろうとしているんだ。
「瑠奈ちゃん」
「はい・・・・・・」
「優翔の事をたくさん想ってくれてありがとうね。これからは一緒にがんばりましょう」
「・・・・・・はい」
私も変わらないといけない。いつまでもクヨクヨしてちゃダメなんだ。
私はおばさんにお礼を伝えて、家まで自転車を漕いだ。
スマホで時間を確認すると二十時四十分。私は必要最低限の物だけを持ち家を出る。
今日も空の星たちは輝いていた。いつもはうるさいくらいに鳴いている蝉も、今日は静かだった。
いつもと同じぐらいの時間に公園に着いたが、そこに優翔の姿はなかった。
いつもなら私よりも前には来ていたのに。
彼が現れないまま三十分が経った。もうすぐ来るだろう。
ずっとそう言い聞かせていた。結局、一時間経っても彼は来なかった。
もしかして今日は来ないのかもしれない。
もう会えなくなってしまうのだろうか……
考えたくなかったことが、脳裏をよぎる。もう少しだけ待ってみよう。
彼が来るかもしれない可能性が僅かにもあるのなら、私はその可能性に賭ける。
「もう二二時三十分か……」
私は諦めて帰ることにした。考えてみれば、彼は亡くなったはずの人間。
亡くなったはずの人間が現れるなんてありえなかったんだ。
公園から出ようと足を踏み出した時、
「瑠奈!」
私のことを呼び止める声。振り返らなくたってそれが誰かは分かっていた。
「優翔……遅いよばか……!」
どれだけ待たせたと思っているんだ。
だけど私は怒りなんかよりも心から安心した。優翔が来てくれてよかった。
泣きそうになったのを必死に抑える。
「今日は何をするの……?」
訊くのが怖かった。もしもすぐに終わってしまうことだったらどうしよう。
彼と過ごせる時間は一分でも一秒でも長いほうがいい。
「とりあえず座ろう」
何故か座るように促されたので、私はベンチに腰を下ろす。
ベンチに座ることが出来ない優翔は地面に座る。
「それで今日は何をするの」
「あとで話すよ。それまで少し話でもしよう」
私は再度彼に質問したが、彼の答えには何かを隠していると思った。だけどそんなのはどうでもいい。
話でもなんでもいい、彼との限られた時間を大切にしたかった。
「去年の夏祭りのこと覚えてる?」
「私が迷子になっちゃったやつ?」
「そう、それ」
忘れるわけなんてなかった。だってあれは、彼と二人きりで行った初めての夏祭りだったから。
去年の今頃に夏祭りは行われた。中学校になったからということで、二人きりで夏祭りに行くことが許可された。
私たちは地域の夏祭りではなく、市でやってる夏祭りに行った。市の夏祭りは地域のと比べて規模が大きく、多くの人で賑わっていた。
屋台は全てが長蛇の列。花火が上がるまでまだ時間があったので、私たちはりんご飴の屋台に並んだ。
幸いにも列の進みが早く、十五分程で買うことが出来た。二人でりんご飴を食べながら花火を見る場所を探した。
丁度いい場所を見つけた私たちはその場に座る。花火が上がるまでは残り三十分程あった。
私はトイレに行きたくなり席を立つ。
「迷子になったら困るし、ついて行こうか?」
彼が心配で私を気にかけてくれたが、私は子供扱いされた事が嫌で彼の提案を断った。
「俺が迷子になるからついて行こうかって訊いたのに案の定迷子になったんだよな」
からかうような口調で言ってくる優翔に少しだけ腹がたった。まぁ優翔が言った通り、私は迷子になったのだ。
トイレに行くまでは良かったが、戻る時には人が多すぎて、気づいたら迷子になっていた。
急いで優翔に電話をしたが、人が多すぎるため電話はなかなか繋がらなかった。
やっとまともに動けるようになったと思えば、花火が上がる十分前になっていた。急いで優翔と合流しないといけないと思い、私は懸命に優翔を探した。
その時優翔から折り返しの電話が来た。
「ごめん優翔、迷子になった・・・・・・」
「だから言ったのに・・・・・・りんご飴のお店の前で合流しよう」
「分かった」
先程行ったりんご飴のお店の前に急いで向かう。花火が上がる前に優翔と合流したい。
あの時の私はずっとそう思っていた。しかし、人が多すぎたことにより結局花火が上がるまでに合流ができなかった。
一斉に上がる花火。そこにいる全ての人たちが花火に目を向けていた。そんな中に一人だけ誰かを探すように動き回ってる人がいた。
「あっ、優翔!」
私は優翔に気づき大きく手を振る。私に気づいた優翔は、ぱっと笑顔になりこちらへ向かってきた。
その時の笑顔を私は今も忘れない。あんなに優翔と会えて嬉しかったことはなかったから。
「良かった無事で・・・・・・」
彼の第一声はそれだった。私に関して怒るでも、呆れるでもなく、心配の言葉をかけてくれたのだ。
「ごめん・・・・・・もう花火始まっちゃったね・・・・・・」
私のせいで落ち着いて花火を見ることが出来なかった。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「そうだね、すごく綺麗」
それでも彼は決して私を責めたりすることは無かった。それから一時間ほど花火は上がっていた。
結局いい場所は取れなかったので、二人で立って花火を見た。
それでも初めて二人だけで見る花火はとても綺麗だった。
花火が終わると、大勢の人が一気に動き出す。私たちは道の端により、落ち着くのを待った。
だいぶ落ち着いてきた頃、私たちも帰路に着いた。
「今日は楽しかったね。瑠奈と来れてよかった、また来年も来ようね」
「私も楽しかったよ。約束だからね」
まるでカップルのような会話だった。だけど優翔は恋人でもなく、幼馴染でもなく、私の家族のような存在だった。
結局彼と交わした約束も叶わずに終わってしまったのだ。
優翔はまだ覚えてくれているのかな。私との約束。
「ごめんね、約束破っちゃって・・・・・・」
「約束?」
「もしかして忘れちゃった? 来年も来ようねって約束したこと」
あっ・・・・・・ちゃんと覚えていてくれたんだ。それだけで心の中がじんわりと温まる。
今年も優翔と夏祭り行きたかったな・・・・・・
「忘れてるわけないじゃん・・・・・・」
きっと私の声は小さくて優翔には届かなかっただろう。彼との会話はその後も続いた。
ふとスマホを確認するともう日付が変わっていた。
「優翔、やり残したことってなんなの?」
彼はやり残したことを教えてくれる素振りを一切見せなかった。なので私はもう一度彼に問う。
「話さないとだね・・・・・・瑠奈」
彼は私の方に体を向けた。その表情はさっきまでと違い真剣だった。
「実は嘘ついてたんだ」
「えっ?」
嘘・・・・・・?
私の頭の中は?で埋め尽くされる。彼の言ったことのどこに嘘があったのか。私は記憶を辿る。
「元々やり残したことは一つしかなかったんだ」
「どういうこと?」
私はますます分からなくなる。元々一つしかなかった?
私が今までやったのは流れ星を一緒に見ること、夜の学校に行くこと、そして今日やるはずだったものの三つのはず。
それが嘘ってこと?
「流れ星を見ることも、夜の学校に行くことも、俺がしたいとは思っていたんだ。だけど本当にやり残したことは・・・・・・」
そこで彼の言葉は止まった。
「瑠奈・・・・・・好きだよ」
「え・・・・・・」
「瑠奈にずっと伝えたかった。俺はずっと瑠奈のことが好きだったんだ」
心臓がバクバクしている。優翔が私のことを好きだったなんて分からなかった。
きっと私の顔は真っ赤になっている。優翔の顔を見られない。だけど私も伝えないと。
優翔にこの想いを伝えないといけない。
「優翔・・・・・・あっ・・・・・・」
優翔の姿がどんどん薄くなっている。それは彼が消えることを示しているようだった。
──優翔が消えちゃう
その事が脳裏に浮かんだ。優翔との別れが近づいているんだ。
「私も・・・・・・私もずっと優翔が好きだったよ・・・・・・」
笑ってお別れすると決めたのに、私の目からポロポロと涙がこぼれ落ちる。彼との別れを目の当たりにしたら抑えることなんて出来なかった。
「伝えられてよかった、俺たち両思いだったんだね。泣くなよ瑠奈。俺は瑠奈の笑った顔が好きだよ」
もっと早く好きと伝えていれば良かった。もっとたくさん優翔と一緒にいればよかった。
優翔が私を抱きしめる。伝わるはずのない温もりが、今だけは感じる気がする。
彼の姿がどんどん消えていく。嫌だ・・・・・・優翔と別れたくなんかない・・・・・・
そんなことを思ってもどうにも出来ない。
「優翔、大好き・・・・・・」
「俺も大好きだよ瑠奈。またね・・・・・・」
優翔は私に向かって微笑みながら片手を振る。
そして彼の姿は光に溶けていった。さっきまでそこに居た彼はもういない。真夜中の公園には私一人だけ。
「結局笑ってお別れ出来なかったな・・・・・・」
空にはあの日と同じくらい星が瞬いていた。優翔はもうこの世に居ない。
そう考えると、やっぱり辛かった。これ以上考えるのを止め、私は家に帰る。
家に帰っていつものノートを取り出す。今日でこのノートに書くのも終わりだ。
三日目
私に好きと告げて優翔は消えてしまった
優翔も私のことを好きでいてくれて嬉しかったな
私も優翔に好きと伝えた
ずっと言えなかったけどやっと言うことが出来て良かった
この三日間はまるで夢のようだった
短いようでとても長い三日間だったな
私もずっと大好きだよ優翔
私の書いた、たった三日間だけのノートは引き出しの奥にしまった。
透明な彼との大切な思い出として。
次の日もいつもと同じ時間に目を覚ます。優翔が居なくなってもいつもと同じ時間に陽は昇る。
──俺は瑠奈の笑った顔が好きだよ
優翔がそう言ってくれたから、私は笑顔でいなきゃ。
この三日間の事を私は絶対に忘れないだろう。今日も夜空には多くの星が瞬く。
いつまでも下を向いてちゃだめだ。辛い時は笑う。
それがきっと優翔の望んでいることだろう。
優翔のいない世界を私は生きていくんだ。
少し高めのトーンでハキハキと告げるアナウンサー。
「ねぇ優翔、ペルセウス座流星群って何?」
「まぁ簡単に言うと、流れ星みたいなもんだよ」
流れ星と聞いて、私は胸が踊る。幼いときから流れ星を見てみたいと思っていた。
「流れ星に願いを言うと、その願いは叶うんだよ」
よく聞くような言葉をまるで子供のように、楽しそうに話す優翔。
彼とは産まれた時に、隣のベットにいた事から、親同士が仲良くなり今もこうして仲が良い。
いわば幼なじみだ。中学校二年生になった今でも、休日になると優翔は家にやってくる。
さすがに中二にもなると、周りからの目を気にするようになった。小学校の頃は登下校も一緒だったのに、今では一緒に帰るだけで周囲からの視線は痛い。付き合ってるんじゃないか、という噂話も多かった。
だから中学校に入ってからは、一緒に帰る頻度は極端に減った。
それでも休日になると優翔が家に来ることは変わらなかった。
「じゃあ優翔がもっと頭良くなるように祈ってあげるね」
「人のことより自分のことを祈ればか」
私がせっかく祈ってあげると言っているのに、さすがにばかまでは言い過ぎだろう。実際には私より優翔の方がばかなのに。
私がそっぽを向くと優翔はスマホを取り出し、何かを調べていた。
「一番流星群が見られるのは8月の13前後なんだって」
自慢げにスマホを見せてくる優翔。確かにスマホには8月13日に極大と載っていた。
私はスマホを取り出し、極大について調べる。どうやら極大とは、流星群が最も活発に活動することらしい。
「13日の夜に、一緒に見に行こうよ瑠奈!」
私は、いいよー、とだけ軽く返事をする。長年の付き合いのせいか、彼が私を誘ってくるのは目に見えていた。
長年と言ってもまだたった十四年だけど。嬉しそうな優翔の姿を見ると、なぜだか私の方まで笑顔になってしまう。
昔から私は彼の笑顔が好きだった。周りにいるどんな人をも笑顔にできるのは、彼の魅力の一つだと思う。
そんな彼に密かに恋心を抱いていた。彼の言動が、笑顔が今ではすべてが愛おしい。
私が彼に好意を抱いたのは去年のクリスマス。私の家族と優翔の家族は、いつもクリスマスを一緒に過ごしていた。
私は夜まで友達の家で遊んでいて、十八時を回ったところで友達の家を後にした。
十二月ということもあり、外は真っ暗だった。更に雪も降っていて、相当な寒さだった。運悪くその日はマフラーを忘れてしまい、首元が凍るほどに冷たかった。昔から怖がりだった私は、いち早く家に帰りたかった。
薄暗い道を歩いているとき、向かい側から人影が見えた。その人影が優翔だと分かったのはすぐだった。
私が「どこに行くの」と訊くと、「瑠奈が心配だから迎えに来た。瑠奈暗いの苦手だし。寒いでしょほらこれ」
そう言ってマフラーを巻いてくれる優翔。私の冷え切った体は彼の優しさで温まる。
その日から、私は優翔に好意を抱き始めた。心の何処かでは、友達のままの方がいいのかもしれない。
好きになってはいけない。そんなことを思っていた。だけど考えれば考えるほど、好きが増していく。
──きっと、彼は私の思いに気づかないだろう。『明後日の夜はいつもの公園でいいよね』
優翔から送られてくるメッセージ。明後日は約束した13日だった。いつも通りの公園とは、私たちが幼い頃からずっと遊んでいた公園のことだろう。
『それでいいよ!』
『りょうかい! 今から部活行ってくるね』
私が送るとすぐに返ってくるメッセージ。
『雨強いけど気をつけてね』
今日は例年では珍しいと言っていいほどの大雨だった。この雨の中部活に行くというのは、とても心配だった。
『分かった!』
彼からの返信に私はスタンプを送りスマホを閉じる。こんな雨で流れ星なんて見えるのだろうか。
そんなことを思いニュースを見ると、明日には雨は止むと言っていた。良かったと安心する反面、優翔の事が心配でしょうがなかった。
いつもなら部活終わりにメッセージをくれる彼が、今日は送ってこなかった。心配しすぎかもしれないが、不安だけが募る。
無事ならいいけど、ただそれだけだった。
「瑠奈! 瑠奈!」
ドタバタと階段を駆け上がってくるお母さん。その表情はとても焦っていた。お母さんの表情からこれから話されることが、良くないことだけは分かる。
「落ち着いて聞いてね・・・・・・優翔くんが自動車に撥ねられたの・・・・・・」
「えっ・・・・・・?」
頭の中が真っ白になる。さっきまで連絡していたのに、そんなはずが無い・・・・・・
私の呼吸は荒くなる。
「お母さん! 早く病院に! 優翔のいる病院に連れてって!」
早く優翔のところに行かないと。頭はその事だけでいっぱいだった。お母さんの車に乗り、優翔が運ばれた病院へ急ぐ。
どうか無事でいて欲しい。
病院に着くと真っ先に優翔の場所を訊き、言われた場所へ向かう。向かった先は手術室だった。
手術室の前で泣き崩れている優翔のお母さん。それを必死に大丈夫と言って支えている彼のお父さん。
その様子を見て、嫌な想像だけが広がる。数分後、手術室と書かれたライトが消え、白衣を着た一人の医師が出てくる。
大丈夫。きっと優翔は大丈夫。その言葉だけを期待していた。なのに、どうしてそんなに暗い顔をしているの・・・・・・
「残念ですが、息子さんは・・・・・・」
嘘だ・・・・・・そんなの信じれない。信じたくなんかない・・・・・・
その事実は今までのどんなことよりも、重く受け止めたくなかった。
「るな・・・・・・大丈夫・・・・・・?」
心配して手を握ってくれるお母さん。私はその時気づいた。自分の手がとてつもなく震えていたことに。
目の前では彼のお母さんは医師に何度も聞いていた。
「嘘ですよね・・・・・・優翔は生きてますよね・・・・・・」
私はそれ以上見ていられなかった。これ以上ここに居たら私はおかしくなってしまうかもしれない。
私はお母さんとその場を去った。
その後のことは何も覚えていない。覚えていることは家に帰ってから、ひたすら泣いていたことだけ。
もう一度彼に会いたい。私は心からそう願った。
皮肉にも次の日は快晴だった。昨日まで生きていた優翔がもういない。優翔がいない世界に、私は生きてるんだ。
それを考えると、どうしようもない寂しさで耐えられなかった。
本当なら明日の夜に、彼と一緒に流れ星を見るはずだったのに。そんな約束は叶うことがなかった。
夜になると空には数多の星。
「あ、流れ星・・・・・・」
一筋の流れ星が空に見える。
──流れ星に願いを言うとその願いは叶うんだよ
あの日、彼が言った言葉。もし本当に願いが叶うなら・・・・・・
「もう一度優翔に会いたいよ……」
私の願いと同時に、一筋の流れ星が空を駆ける。
「叶うわけないよね・・・・・・」
私はカーテンを閉め、眠りにつく。
部屋中に鳴り響くアラーム音で目を覚ます。今日は優翔と約束していたはずの13日。
本当だったら一緒にいて、流れ星を見るはずだったのにな。
スマホを見ると優翔の事故はニュースになっていた。中学二年生男子が車に撥ねられ死亡。
その日は雨が強く視界が悪かったことから、運転手は信号を見間違えたそうだ。
その運転手は優翔の両親に謝罪の言葉を述べていた。しかし、謝ったところで優翔が戻ってくることはない。
もしあの時、私が優翔に部活に行くなと言っていれば、彼は生きていられたのに。
そんなどうしようもない後悔だけが残る。
何かをする気力など私にはなかった。結局何もしないまま時間が流れる。外を見ればもう暗くなり始めていた。
「眠い・・・・・・」
一日中何もしていなかったのに、唐突な眠気に襲われる。昨日も一昨日もあまり眠れなかったからだろう。
少しだけ仮眠でもしようと、アラームを設定しベットに入る。
『・・・・・・な・・・・・・るな! 起きて! 流れ星を見よう!』
「優翔!」
目が覚めて先程のが夢だったと理解する。
「えっ、もう二十一時?」
二十時にアラームを設定したはずなのに、時間は二十一時になっていた。
「行かなきゃ」
そんなことよりもあの公園に行かないと。約束したんだ。優翔と一緒に流れ星を見ると。
私はスマホだけを手にして家を出る。ドアを開けると生ぬるい風が吹き抜ける。
夏の夜はとても蒸し暑い。だけど暑いなんかと言ってる暇は無い。
公園が見えてきて、誰かがいるのが見える。こんな時間に誰だろう。
「瑠奈・・・・・・来てくれたんだね」
「えっ、誰?」
暗くて顔が確認できない。それに今、私の名前を呼んだ。だけど私はそれが誰か分かった。
何度も聞いてきた声。顔なんか見えなくても声だけでわかる。
だけど私が思っている人なわけない。だって彼は・・・・・・
恐る恐る近づいていき、やっと顔を認識できる。
「・・・・・・っ、ゆう、と・・・・・・? なんで?」
頭の中が混乱している。だって優翔は二日前に亡くなったはずなのに。
しかし私の前にいる彼はどこからどう見ても優翔だった。
「簡単に言うと、成仏できなかったってことかな? 」
苦笑しながら話す優翔。その笑顔はいつも通りの彼の笑顔だった。
その笑顔を見るだけで、私の涙腺は緩む。本当にこれは現実なのだろうか。
亡くなった人間が生き返るなんて、そんな事が本当にあるのか。
「やり残したことがあるんだ。協力してくれないか瑠奈」
真剣な眼差しで訊いてくる優翔。半信半疑だったが私の答えは決まっていた。
「私に出来ることならなんだって協力するよ!」
夢だろうと現実だろうと、彼と一緒なら何でも良かった。
「優翔って幽霊なの?」
ふと思った疑問。亡くなった人が生き返るなんて考えられない。ということはやっぱり幽霊なのか。
「まぁ、そうだね。ほら」
「うわっ!」
彼が伸ばした手が私の手をすり抜ける。本当だ。彼に触れることは出来なかった。信じたくないが、彼は本当に幽霊になったのだ。
「それでやり残したことは何なの」
「一つ目は今からだよ」
「え?」
私は言葉の意味を理解できなかった。今からとはどういうことだろう。
「瑠奈と流れ星を見る。これが一つ目だよ」
なるほど。私はすぐに納得した。私も彼と流れ星を見れなかったことをとても後悔していた。
それは彼も同じだったんだ。その事が私は嬉しかった。私たちはベンチに腰を掛ける。
「瑠奈、今日は星が綺麗だよ」
「本当だ・・・・・・きれい」
空に広がる無数の星たち。昨日も見たはずなのに、昨日より何十倍も綺麗に見える。
それはきっと彼が隣にいるからだ。
「流れ星に願いを言うとね・・・・・・」
「願いが叶うんでしょ。それ前も聞いたよ」
「そうだっけ?」
以前聞いた時は、ただの迷信だろうと思っていた。だけど本当に願いが叶った。優翔にもう一度会うことが出来た。
両手を合わせて、目を瞑る優翔。その横顔はとても真剣だった。
「何をお願いしたの?」
「瑠奈がずっと幸せでいられるようにって願った」
「・・・・・・」
彼の言葉に自然と涙腺が緩む。彼の顔を見ていられない。彼の顔を見たらきっと、私は涙を流してしまう。
「どうしたの瑠奈、大丈夫?」
「優翔のバカ・・・・・・」
そう言った私の声は涙声だった。
そういう優しいところも、鈍感なところも全部が好きだった。優翔に触りたい。
触れたくても触れることが出来ない虚しさに涙がこぼれる。
「泣いてるの、大丈夫?」
昔から本当に鈍感なんだな。
すぐに心配して私の背中を摩ってくれる。けれど触れることも彼の温もりも感じない。
本当にその事実だけが辛かった。
少し時間を置いてだいぶ落ち着いてきた。
「もう大丈夫?」
「うん、ごめんね。急に泣き出しちゃったりして」
「全然大丈夫だよ。瑠奈が大丈夫なら良かった」
いつも通りの優しい声。そして私たちの間には無言が続く。
だけどそれは全く嫌じゃなかった。彼と隣り合って星を見る。
その瞬間はとても幸せだった。
「瑠奈は星言葉って分かる?」
不意に質問をしてくる優翔。
「花言葉みたいな感じのやつ?」
花言葉なら聞いたことはあったが、星言葉は初めて聞いた。
「そうそう。花言葉だけじゃなくて、星言葉って言うのもあるんだよ」
私はスマホで星言葉と言うものを調べようとした。本当に星言葉なんてものがあるのか。
調べたら彼の言った通り、星言葉は出てきた。
「俺と瑠奈の星はシェアト。星言葉は笑顔と心の優しさだよ。瑠奈に似合ってるね」
「ありがとう・・・・・・」
──星言葉は笑顔と心の優しさ
私は素直にありがとうと言ったが、その星言葉は私なんかより優翔に当てはまっていた。
笑顔と心の優しさ、優翔はそのどちらも兼ね備えている。
星言葉は想像以上に面白く、二人で盛り上がる。
「私のお母さんの星言葉、思い込みの激しい情熱らしい」
「確かにおばさんらしいかも」
優翔は納得するように頷いていた。正直私もそれには納得した。
その後も友達や学校の先生などの星言葉を調べては、二人で笑いあったり、納得したりしていた。
「もうそろそろ日付が変わっちゃうから帰ったほうがいいよ」
時計なんて持っていない優翔が日付が変わるなんてわかるはずない。そう思いスマホを見ると日付が変わる三十分前だった。
どうして時計なんてないのに、分かったんだろう。これも幽霊の力の一つなのか。
「優翔はどうするの?」
私は家に帰ることが出来るが、優翔は帰る場所があるんだろうか。第一に優翔は他の人に見えているのか。
「俺は夜しか行動できないんだ」
──夜しか行動できない
幽霊と考えると納得がいく。
「明日もこの場所に来てほしい」
「分かった」
明日も来ることを約束し、私は彼に手を振って、公園を後にする。
一人になった私の頭の中は、優翔のことでいっぱいだった。あんなに普通に接していたが、彼は二日前に亡くなっているのだ。
それなのに彼は亡くなる前の様子と変わった感じはなかった。やっぱりこれは夢なのだろうか。
気が付くと家に着いていた。私は急いで自分の部屋に行き、一冊のノートを取り出す。優翔のことをノートに残したかった。
一日目
亡くなったはずの優翔が生き返った
彼は幽霊になったらしい
やり残したことがあると言って、私は彼に協力することになる
一つ目は流れ星を一緒に見ること
彼と見た流れ星はとてもきれいだった
短い時間だったけど彼との時間は幸せだった
こういうのは書きなれていないため、何を書けばいいのか分からなかった。だけど彼とした事と、私の気持ちを残した。
内容はどうであれ、彼との再会を形に残したかった。
時間は日付を回ったばっかだった。
私はノートを机の上に置き、眠りについた。
「今日は中学校に行きます!」
約束通り、昨日と同じ時間に私は公園に行った。すると昨日と同じように優翔は立っていた。
「中学校って空いてるの?」
素朴な疑問だった。普通なら鍵がかかっていて中に入るのは無理だろう。
「安心しなさい! 一箇所だけ空いている場所があるんだよ」
自慢気に胸を張っている優翔。そんなことに胸を張らなくてもいいのに。
「それじゃあ行こっか」
歩き出す優翔の横を私も並んで歩く。こうやって優翔と学校に行くのもこれで最後なのかもしれない。
「夜の学校に行くっていうのがやり残したことなの?」
「うん。まぁ正確には・・・・・・」
ボソボソと話す優翔。最後の方は何を言っているのか聞き取りなかった。
「なんて言ったの?」
秘密、と声のトーンを少しあげて言ってくる。なんで秘密なのだろうか。疑問に思ったが深く追求しないでおいた。
すれ違う人がちらちらと、こちらを見てくる。
「今の人めちゃくちゃこっちを見てきたんだけど」
もしかして知り合いか何かだったのかも。だけどすれ違ったのは三十代くらいの男性。
明らかに私の知り合いではないはず。
てことは優翔の知り合いなのかも。
「多分それは、俺の姿が他の人に見えていないからだよ」
「あっ、そっか」
完全に忘れていた。優翔は私にしか見えていない。
言わば透明人間なのだ。
ということは傍からみれば私は、独り言を言ってるやばい人になるのか。
それは少し嫌だった。
歩いているといつもの見慣れた校舎が見えてきた。
時間も時間だったので残っている先生はいなそうだった。
見た感じ、どこも鍵がかかっているように見えるが。
「瑠奈こっちこっち」
優翔に手招きされ行ってみると、そこは美術室だった。
「ここの窓の鍵一箇所だけ壊れてるんだよね」
そう言って窓を開けようとする優翔。
しかし、
「あっ、そういえば俺、触れられないんだった」
結局私が開けることになる。
「うわっ本当だ開いてる」
彼の言った通り一箇所だけ窓が開いた。
「よし、じゃあ行こう」
私たちは窓から校舎内へ入る。
てゆうか優翔は窓からじゃなくても擦り抜けられたんじゃ?
そんなことを思ったが、口には出さないでおいた。
スマホのライトを付けて校舎内を歩く。
「夜の学校って怖いね。幽霊とか出てきそう」
幽霊ならすでに私の横にいるのに。自分自身が幽霊のくせに、怖がっている優翔。
正直、私の方が何十倍も怖かった。
「あっ、音楽室! 入ってみよ!」
怖いと言っておきながら、どんどん進んでいく。
真っ暗な音楽室に貼られたベートーヴェンやバッハ、モーツァルトの肖像画は不気味だった。
「覚えてる? 去年の授業中にやったサプライズ」
「もちろん、私音楽の先生大好きだったからね」
去年の音楽の授業中、私たちは先生にサプライズをした。先生が誕生日であることを知っていたので、私たちはリコーダーでハッピーバースデーを演奏した。
みんなで事前に練習を重ねて、先生を喜ばせようと話し合った。
突然のサプライズに先生は嬉し涙を浮かべていた。
「懐かしいよな、俺あの時必死に練習したわ」
「私もだよ。先生喜んでくれて本当に良かった」
その後も音楽に関係する話をした。みんなで教科書の曲を演奏する時に、優翔だけ他のページを見ていたことや、先生が授業を忘れて、一時間自習になったことなど。
「そろそろ次に行こっか」
そう言ってまた歩き出す。次に向かったのは二年一組だった。二年一組は今、私たちが使用している教室。
壁には私たちの自己紹介や体育祭の写真が掲示されている。
「体育祭のことまだ忘れてないからな」
「ん? なんの事」
「借り物競争でバカな人ってお題で、瑠奈が俺を連れてったこと」
確かにそんなこともあったな。あの時の私は、そのお題を見て真っ先に優翔を連れていった。
「あれはお題に従っただけだからしょうがないよ!」
「俺はバカじゃねぇから!」
「優翔は誰がどう見てもバカでしょ!」
そんなやり取りが続く。
「まぁいいや、許してやろう。次に行くぞ」
私を置いて先に教室を出る優翔。その時、雲に隠れていた月が顔を出す。
暗かった教室に少しだけ月明かりが差す。
「あっ・・・・・・」
月明かりに照らされて体育祭の写真が鮮明に見える。
私の隣には楽しそうに笑う優翔が写っている。やっぱり私はこの笑顔が好きだ。
優翔に好きって伝えないといけない。そんな気がした。
「瑠奈? どうした、早く行くよ」
「あっごめん。今行く!」
私たちは色んなところを回っては、思い出話をした。
体育館でクラス全員でした鬼ごっこをした時の話。
課題を出し忘れて職員室に呼び出された話。
美術室で優翔が絵の具をばらまいた話。
好きな先生や嫌いな先生の話。
しかしそんな時間はあっという間に過ぎていく。
もしも時間が止まるなら、ずっと止まっていて欲しい。もしもこの日々が永遠に続くなら、ずっと続いて欲しかった。
「そろそろ帰ろっか」
私たちは入って来た美術室から外へ出る。そして中学校を後にした。
「優翔があとやり残しことは?」
「あと一つだね」
「えっ、そっか・・・・・・」
ということは優翔と過ごせるのは明日で最後になるのかもしれない。そう考えると言葉が出ない。
明日で本当に終わりなのか。考えるだけで胸が苦しくなる。
絶対に明日、優翔に好きって伝える。そして笑顔で優翔とお別れするんだ。私は心の中でそう決めた。
話しているうちに公園に戻ってきていた。
「気をつけて帰ってね。また明日ここで待ってる」
ばいばい、と告げて私は帰路に着く。
スマホで時間を確認すると、すでに0時を回っていた。両親も寝ているので、私は静かに家の中へ入る。
速やかにやることを終わらせ、自分の部屋へ行く。
机の上に置かれたノートを取り、昨日の続きを書く。
二日目
彼のやり残したこと二つ目は、夜の学校に行くことだった
怖がりの私は本当は行きたくはなかった・・・・・・
彼と一緒に行く最後の学校は楽しかったが、それ以上に悲しいという気持ちが大きかった
優翔のやり残したことはあと一つらしい
明日が彼と会える最後の日になるかもしれない
彼との別れは笑って終わりにしたい
書き終えたノートを机の中にしまう。もし明日が最後になるなら私がするべきことはなんだろう。
私が彼のためにできること。
私はその事を考えながら部屋の電気を消した。『瑠奈・・・・・・幸せになれよ』
「待ってゆうと……優翔! あ、夢か……」
嫌な夢だった。優翔が消えてゆく夢。
嫌な程にそれは現実味を帯びていた。時計に目をやるとまだ6時だった。
二度寝しようと思ったが、もう一度眠れる気がしなかった。
今日はやらないといけないことがある。優翔に起こっている現象について調べるため、私は図書館に行く。
ネットの情報より図書館で調べるほうがあてになると思った。
図書館は十時に開くので、それまでに用意をする。
「おはようお母さん」
「あっおはよう瑠奈」
私が声をかけると、お母さんは少し驚いたようにこちらを見る。
考えてみれば、優翔が亡くなってから私は、家族と話していなかった。
一人になりたくてずっと部屋に閉じこもっていた。
昨日も一昨日も『少し出かけてくる』とだけメールして直接は話していない。
遅く帰っても両親は何も言わなかった。私にとってはありがたかった。
「瑠奈……」
「ん? どうしたの?」
私の名前を呼ぶお母さん。その表情はどこか心配そうにしていた。
「辛いことがあったら全部話してほしい……一人で抱え込まないでほしい」
お母さんの真っ直ぐな目が私を見つめる。
あれ……おかしいな……
今まで堪えていた涙が堰を切ったように溢れる。抑えようとしても、抑えることができない。
次の瞬間、私はお母さんに抱きしめられる。お母さんの体温が伝わる。
「優翔に……会いたいよ……」
もう感情を抑えることなんかできなかった。誰にも言えなかったことが、次から次へと出てくる。
私はお母さんの腕の中で、子供のように声をあげて泣いた。
お母さんは私が落ち着くまでずっと支えてくれていた。
「ありがとう、お母さん……」
少しだけ気持ちが楽になった気がした。
「辛いことがあったらいつでも話してね」
私は再度ありがとうと伝えて、用意をする。
お母さんが居なかったら、私はきっと変わらなかった。ずっと一人で優翔への思いを抱え込んでいた。
いつ優翔が居なくなるか分からない。それでも今の私にはお母さんがついているから私は前を向ける。
私は一人ではないと実感した。
「ちょっと出かけてくるね」
「気をつけてね、行ってらしゃい」
私は自転車に跨り、図書館に向かう。家から図書館までは、自転車で約二十分ほどのところにある。
真夏の太陽の下、自転車を漕ぐだけで汗が溢れ出す。図書館に行くまでの道には多くの木々。
左右から聞こえてくる蝉の鳴き声がより一層、夏を感じさせる。
視界に写った図書館には多くの自転車が止められていた。夏休みだからきっと学生だろう。
自転車を止め私は中に入る。ドアを開けると、涼しい風が私を包む。冷房が効いている館内は、比較的過ごしやすかった。
かいていた汗も次第に引いていく。予想した通り学生が多かった。入試対策と書かれた本を手にしているところを見ると受験生だろう。
私は星に関する本が置いてある棚を一つ一つ丁寧に探す。
少し歩いていくとそれらしいものを見つける。
本棚の上の方には『星・宇宙』と書かれている。
私は本棚にある本を物色していく。
『宇宙の始まり』
『人と星』
など様々な題名の本がある。一つ一つに目を通して行くが、これといったものは見つからない。
気になった本を何冊か手に取り、私は席に座る。
しかし、流れ星についてはあまり載っていなかった。
やっぱり本にも載ってないのか。諦めようとした時だった。
「あっ……」
思わず声が出てしまう。本を閉じようと思ったところで、一枚の記事に目が留まる。
『流れ星について』
そこには流れ星についてのことが事細かく書かれていた。
そしてその一部分に私の目は釘付けになる。
──流れ星に願いを言っても叶う可能性は事実上証明されていない。
そこには確かにそう書いてあった。やっぱりただの迷信だったんだ。
それならなぜ、優翔は私の前に現れたのだろうか。本当に未練があったからなのか。
そしてなぜ、私にしか見えないのか。結局何もわからないまま時間だけが過ぎていった。
私は持ってきた本を片付け、図書館を出た。来たときと比べて、自転車の数は減っていた。
自転車に乗り来た道を戻る。午後になっても変わらず暑かった。
家に着いたのは十五時だった。優翔との約束の時間にはまだ余裕がある。
少しでも彼に関係することを調べることにした。
「瑠奈、ちょっといい?」
「うん? どうしたの」
「時間があれば優翔くんの家に行ってあげて。優翔くんのお母さんが瑠奈と少し話したいらしいの」
「今から行ってくる」
考えるよりも先に体が動いていた。私は急いで家を出る。
私は何をしているんだろう。
図書館で調べるよりも先に、彼の家に行くことが優先だったはずなのに。
勝手に自分が一番辛いと思い込んでいた。本当は優翔の両親の方が何十倍も辛いはずなのに。
彼の家には十分もせずに着く。何度も遊びに来ていた思い出の場所の一つ。
チャイムを鳴らすと優翔のお母さんが出てきた。
「瑠奈ちゃん、いらっしゃい。さぁ中に入って」
おばさんは病院で見たときよりも痩せていた。きっとまともに食事をしていないのだろう。
「来てくれて本当にありがとうね。適当に座ってもらって構わないわ」
おばさんに促されるまま私は椅子に座った。彼女は優しい口調で言ったが、その表情は無理をしている気がした。
「瑠奈ちゃんにね、これを貰って欲しかったの」
おばさんは私の前に少し大きめの箱を差し出した。
そこには優翔が書いたものと思われる字で、『思い出』と書かれていた。
「開けてもいいですか」
「えぇ、開けてちょうだい」
言われた通りに箱を開けると、裏向きになっている紙がたくさん入っていた。
「これって・・・・・・」
髪を表にするとそれは優翔の小さい頃の写真だった。
「これは優翔が大切にしていた写真よ」
六歳の時に行った海の写真。
十歳の時に行った遊園地の写真。
小学校の卒業式の写真。
中学校の入学式の写真。
そして去年のクリスマスの写真。
たくさんの懐かしい思い出がそこにはあった。今と変わらない彼の笑顔。
全ての写真が輝いていた。
「優翔はね、昔から瑠奈ちゃんとの写真を大切にしていたのよ。だから瑠奈ちゃんにこれを貰って欲しいの」
「こんな大切なもの貰えません・・・・・・」
私の声は弱々しかった。だってそれは数少ない優翔の写真。
家族でもない私がそんな大切な写真を貰う訳には行かない。
「瑠奈ちゃんだから、貰って欲しいのよ」
おばさんは微笑みながら言う。その笑顔は優翔の笑顔と似ていた。
「ありがとうございます。ずっと、大切にします・・・・・・」
あそこまで言われて断る訳には行かなかった。おばさんの優しい表情に涙が出そうになる。
優翔の優しさはきっと彼女に似たんだろうな。
「優翔が亡くなった時は、本当に全てを失った気持ちになったわ・・・・・・」
彼女の言葉に私は胸が締め付けられる。自分の息子を亡くした彼女の辛さはきっと、誰にもわかって貰えないんだ。
「それでもね、優翔の声が聞こえた気がするの。いつまでも下を向いてちゃダメだよ。前を向いて、ってね」
「・・・・・・」
「だから私は前を向こうと思ったの。息子に情けない姿を見せる訳にはいかないからね」
おばさんの目線はまっすぐ前を見つめていた。少しづつ変わろうとしているんだ。
「瑠奈ちゃん」
「はい・・・・・・」
「優翔の事をたくさん想ってくれてありがとうね。これからは一緒にがんばりましょう」
「・・・・・・はい」
私も変わらないといけない。いつまでもクヨクヨしてちゃダメなんだ。
私はおばさんにお礼を伝えて、家まで自転車を漕いだ。
スマホで時間を確認すると二十時四十分。私は必要最低限の物だけを持ち家を出る。
今日も空の星たちは輝いていた。いつもはうるさいくらいに鳴いている蝉も、今日は静かだった。
いつもと同じぐらいの時間に公園に着いたが、そこに優翔の姿はなかった。
いつもなら私よりも前には来ていたのに。
彼が現れないまま三十分が経った。もうすぐ来るだろう。
ずっとそう言い聞かせていた。結局、一時間経っても彼は来なかった。
もしかして今日は来ないのかもしれない。
もう会えなくなってしまうのだろうか……
考えたくなかったことが、脳裏をよぎる。もう少しだけ待ってみよう。
彼が来るかもしれない可能性が僅かにもあるのなら、私はその可能性に賭ける。
「もう二二時三十分か……」
私は諦めて帰ることにした。考えてみれば、彼は亡くなったはずの人間。
亡くなったはずの人間が現れるなんてありえなかったんだ。
公園から出ようと足を踏み出した時、
「瑠奈!」
私のことを呼び止める声。振り返らなくたってそれが誰かは分かっていた。
「優翔……遅いよばか……!」
どれだけ待たせたと思っているんだ。
だけど私は怒りなんかよりも心から安心した。優翔が来てくれてよかった。
泣きそうになったのを必死に抑える。
「今日は何をするの……?」
訊くのが怖かった。もしもすぐに終わってしまうことだったらどうしよう。
彼と過ごせる時間は一分でも一秒でも長いほうがいい。
「とりあえず座ろう」
何故か座るように促されたので、私はベンチに腰を下ろす。
ベンチに座ることが出来ない優翔は地面に座る。
「それで今日は何をするの」
「あとで話すよ。それまで少し話でもしよう」
私は再度彼に質問したが、彼の答えには何かを隠していると思った。だけどそんなのはどうでもいい。
話でもなんでもいい、彼との限られた時間を大切にしたかった。
「去年の夏祭りのこと覚えてる?」
「私が迷子になっちゃったやつ?」
「そう、それ」
忘れるわけなんてなかった。だってあれは、彼と二人きりで行った初めての夏祭りだったから。
去年の今頃に夏祭りは行われた。中学校になったからということで、二人きりで夏祭りに行くことが許可された。
私たちは地域の夏祭りではなく、市でやってる夏祭りに行った。市の夏祭りは地域のと比べて規模が大きく、多くの人で賑わっていた。
屋台は全てが長蛇の列。花火が上がるまでまだ時間があったので、私たちはりんご飴の屋台に並んだ。
幸いにも列の進みが早く、十五分程で買うことが出来た。二人でりんご飴を食べながら花火を見る場所を探した。
丁度いい場所を見つけた私たちはその場に座る。花火が上がるまでは残り三十分程あった。
私はトイレに行きたくなり席を立つ。
「迷子になったら困るし、ついて行こうか?」
彼が心配で私を気にかけてくれたが、私は子供扱いされた事が嫌で彼の提案を断った。
「俺が迷子になるからついて行こうかって訊いたのに案の定迷子になったんだよな」
からかうような口調で言ってくる優翔に少しだけ腹がたった。まぁ優翔が言った通り、私は迷子になったのだ。
トイレに行くまでは良かったが、戻る時には人が多すぎて、気づいたら迷子になっていた。
急いで優翔に電話をしたが、人が多すぎるため電話はなかなか繋がらなかった。
やっとまともに動けるようになったと思えば、花火が上がる十分前になっていた。急いで優翔と合流しないといけないと思い、私は懸命に優翔を探した。
その時優翔から折り返しの電話が来た。
「ごめん優翔、迷子になった・・・・・・」
「だから言ったのに・・・・・・りんご飴のお店の前で合流しよう」
「分かった」
先程行ったりんご飴のお店の前に急いで向かう。花火が上がる前に優翔と合流したい。
あの時の私はずっとそう思っていた。しかし、人が多すぎたことにより結局花火が上がるまでに合流ができなかった。
一斉に上がる花火。そこにいる全ての人たちが花火に目を向けていた。そんな中に一人だけ誰かを探すように動き回ってる人がいた。
「あっ、優翔!」
私は優翔に気づき大きく手を振る。私に気づいた優翔は、ぱっと笑顔になりこちらへ向かってきた。
その時の笑顔を私は今も忘れない。あんなに優翔と会えて嬉しかったことはなかったから。
「良かった無事で・・・・・・」
彼の第一声はそれだった。私に関して怒るでも、呆れるでもなく、心配の言葉をかけてくれたのだ。
「ごめん・・・・・・もう花火始まっちゃったね・・・・・・」
私のせいで落ち着いて花火を見ることが出来なかった。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「そうだね、すごく綺麗」
それでも彼は決して私を責めたりすることは無かった。それから一時間ほど花火は上がっていた。
結局いい場所は取れなかったので、二人で立って花火を見た。
それでも初めて二人だけで見る花火はとても綺麗だった。
花火が終わると、大勢の人が一気に動き出す。私たちは道の端により、落ち着くのを待った。
だいぶ落ち着いてきた頃、私たちも帰路に着いた。
「今日は楽しかったね。瑠奈と来れてよかった、また来年も来ようね」
「私も楽しかったよ。約束だからね」
まるでカップルのような会話だった。だけど優翔は恋人でもなく、幼馴染でもなく、私の家族のような存在だった。
結局彼と交わした約束も叶わずに終わってしまったのだ。
優翔はまだ覚えてくれているのかな。私との約束。
「ごめんね、約束破っちゃって・・・・・・」
「約束?」
「もしかして忘れちゃった? 来年も来ようねって約束したこと」
あっ・・・・・・ちゃんと覚えていてくれたんだ。それだけで心の中がじんわりと温まる。
今年も優翔と夏祭り行きたかったな・・・・・・
「忘れてるわけないじゃん・・・・・・」
きっと私の声は小さくて優翔には届かなかっただろう。彼との会話はその後も続いた。
ふとスマホを確認するともう日付が変わっていた。
「優翔、やり残したことってなんなの?」
彼はやり残したことを教えてくれる素振りを一切見せなかった。なので私はもう一度彼に問う。
「話さないとだね・・・・・・瑠奈」
彼は私の方に体を向けた。その表情はさっきまでと違い真剣だった。
「実は嘘ついてたんだ」
「えっ?」
嘘・・・・・・?
私の頭の中は?で埋め尽くされる。彼の言ったことのどこに嘘があったのか。私は記憶を辿る。
「元々やり残したことは一つしかなかったんだ」
「どういうこと?」
私はますます分からなくなる。元々一つしかなかった?
私が今までやったのは流れ星を一緒に見ること、夜の学校に行くこと、そして今日やるはずだったものの三つのはず。
それが嘘ってこと?
「流れ星を見ることも、夜の学校に行くことも、俺がしたいとは思っていたんだ。だけど本当にやり残したことは・・・・・・」
そこで彼の言葉は止まった。
「瑠奈・・・・・・好きだよ」
「え・・・・・・」
「瑠奈にずっと伝えたかった。俺はずっと瑠奈のことが好きだったんだ」
心臓がバクバクしている。優翔が私のことを好きだったなんて分からなかった。
きっと私の顔は真っ赤になっている。優翔の顔を見られない。だけど私も伝えないと。
優翔にこの想いを伝えないといけない。
「優翔・・・・・・あっ・・・・・・」
優翔の姿がどんどん薄くなっている。それは彼が消えることを示しているようだった。
──優翔が消えちゃう
その事が脳裏に浮かんだ。優翔との別れが近づいているんだ。
「私も・・・・・・私もずっと優翔が好きだったよ・・・・・・」
笑ってお別れすると決めたのに、私の目からポロポロと涙がこぼれ落ちる。彼との別れを目の当たりにしたら抑えることなんて出来なかった。
「伝えられてよかった、俺たち両思いだったんだね。泣くなよ瑠奈。俺は瑠奈の笑った顔が好きだよ」
もっと早く好きと伝えていれば良かった。もっとたくさん優翔と一緒にいればよかった。
優翔が私を抱きしめる。伝わるはずのない温もりが、今だけは感じる気がする。
彼の姿がどんどん消えていく。嫌だ・・・・・・優翔と別れたくなんかない・・・・・・
そんなことを思ってもどうにも出来ない。
「優翔、大好き・・・・・・」
「俺も大好きだよ瑠奈。またね・・・・・・」
優翔は私に向かって微笑みながら片手を振る。
そして彼の姿は光に溶けていった。さっきまでそこに居た彼はもういない。真夜中の公園には私一人だけ。
「結局笑ってお別れ出来なかったな・・・・・・」
空にはあの日と同じくらい星が瞬いていた。優翔はもうこの世に居ない。
そう考えると、やっぱり辛かった。これ以上考えるのを止め、私は家に帰る。
家に帰っていつものノートを取り出す。今日でこのノートに書くのも終わりだ。
三日目
私に好きと告げて優翔は消えてしまった
優翔も私のことを好きでいてくれて嬉しかったな
私も優翔に好きと伝えた
ずっと言えなかったけどやっと言うことが出来て良かった
この三日間はまるで夢のようだった
短いようでとても長い三日間だったな
私もずっと大好きだよ優翔
私の書いた、たった三日間だけのノートは引き出しの奥にしまった。
透明な彼との大切な思い出として。
次の日もいつもと同じ時間に目を覚ます。優翔が居なくなってもいつもと同じ時間に陽は昇る。
──俺は瑠奈の笑った顔が好きだよ
優翔がそう言ってくれたから、私は笑顔でいなきゃ。
この三日間の事を私は絶対に忘れないだろう。今日も夜空には多くの星が瞬く。
いつまでも下を向いてちゃだめだ。辛い時は笑う。
それがきっと優翔の望んでいることだろう。
優翔のいない世界を私は生きていくんだ。