「お疲れ様です」

ひととおり状況整理は済んでいる。

「栗鼠さん、もういいから、いいから。それに、もう、大丈夫ですって」

顔を覆う栗鼠の手が震えている。

「どうしたの。大丈夫、お疲れ様です~。栗鼠さんの分も取るから、はい、こちら」

小さな袋に入れてもらう。

「え、なんですか、これ」

袋に入った石貨を見て、栗鼠が恐る恐る聞く。

「あ」

翠は鞄に入れていた袋の口を開こうとする。翠の指の先、石貨の上に、白い紙が載って、そこに何かが書いてあった。

「あ~、やっぱりそうでした。お疲れ様です」

栗鼠が袋から紙面を取り出す。書いていたのは、「玉鋼石で何かを製作するなら、必ず、これを買わなければならない……」

翠が小さな袋を持ち上げて、紙面を見せる。聖十戒の殴り書きだ。

山吹翠は気が遠くなった。これはリーダー研修で教えた専任業務だ。玉鋼石はこの世界のDVDとも言える記憶媒体だ。幻術使いがイリュージョンを記憶させたり吟遊詩人が動画を上映しながら即興したりする。この会社では顧客名簿がわりに活用している。日本政府がプライバシー保護の重要性を説いた甲斐があって流通や取扱いが厳しく制限されている。

「玉鋼石の購入は専用の石貨を持って直接買い付けに行ってねっていったのに」

「俺、お楽しみがあるから~って定時で直帰されました~」

栗鼠は涙目だ。玉鋼石は言いつけ通り王都の妖怒炎魔電《よどめらでんき》で買いに行ったようだ。領収書は翠も確認している。問題はそのあとだ。

「あれだけ初期化《フォーマット》してねって言ったのに~」

面倒くさい作業であるがリーダー格が念じながら署名しなければならない。

「それで、十戒さん、あたしに『お前、玉鋼石がかりね、まかせた』って!ムニムニ、あたしの尻尾さわるんですうぅ」

泣きじゃくり、しゃくりあげ、過呼吸になる。

「あのセクハラ僧正~」

とりあえず初期化は翠の権限でも可能だ。幸い、まだ活性期限内にある。放っておくと邪念に汚染され誰でも読み書き可能になる。そうなったら高価な玉鋼石を破棄するしかない。

ふーっっと肺を振り絞り、翠は初期化にとりかかった。

「セクロスは後でこってり絞るから貴女は手伝ってくれるかしら」

「ああ、いいですね。これで、いいんですね」

栗鼠はうんうん唸りながら何度か首を振り、書いて見せる。

「え、いいんですか?」

「これでも良いですか。これで」

「ええ? これで良いですよ」

翠が丸い石を、栗鼠が石を、翠が丸いものを重ねている。

「これが、良いんです」

栗鼠は、翠に石を投げたり石を重ねたり、何度も頭に叩きつけたり、丸いものを重ねに重ねたり、栗鼠は何度も丸いものを受け止めたり、重ねたりと、何度も受け止め、丸いものに石を入れる。

「どうですか?」

「うん。これなら、良いですね」

「それでいいんです。これで、いいんです」

栗鼠が満面の笑みで、翠を見る。

翠は、顔を真っ赤にしてお札を掲げる。

結局、初期化は十一時過ぎまでかかった。

「栗鼠、良かった」

翠が、栗鼠の頭を撫でる。

「翠さん、ありがとうございました」