「ごめんなさいね、あなたが持っているお父さんの写真にそっくりなんだけど、人違だと思うの、確認させてもらえるかしら?」
そう言われて写真を見せる。智恵理の胸はドキドキ高鳴るぶんちゃっちゃ。
その時、ぶんちゃっちゃ♪と着信音が鳴った。行員がタブレット端末で祖父と応答している。やがて画像が送られてきた。
智恵理も何が起こったかわからないままに写真を渡され、それを見たおねえさんがさらに驚いていた。
「ほんとうに、智恵理ちゃんのお爺様の言うとおりみたいね…… わかりました、ありがとうね、また何か思い出したことあったらいってね。」
そう言って銀行の女性は席を離れどこかへ歩いていった。
渡すものを渡したので当座の生活必需品を買い集める。近場の町で日常が続いていることはありがたい。
「とりあえずテレビを買わなくちゃ」
いの一番に整えるべき情報収集手段である。
家電量販店「脅安の伏魔殿ぽっくりデンキ―」の前に人だかりが出来ていた。地元の下田テレビが生中継している。
「乗物すててこジャーナルの下田噴火山リポーターが体当たり取材します」
パンチパーマの芸人が蝶ネクタイに黄色いステテコを履いてリポートしている。人気情報番組「ハラヘリング」の取材クルーが来ている。
「下田っちー!」
「大噴火、早よ」
女子高生から黄色い歓声が飛ぶ。
下田噴火山は多芸多才かつディープなオタ語りで幅広い人気を集めている。その彼が東京に進出しない理由は下田山の火砕流で幼い時に両親を亡くしているからだ。両親の眠る大地を踏みしめながら地元貢献したいという真摯な思いが女子高生の心をつかんでいる。
「はい。最近、震度3とか怖いですね。南海トラフ地震? 来ちゃうかもですね~。下田火砕流が観測された『日本で一番小さな噴火』『下田三つの名噴火』が起こる前は日本の豊かな自然は、噴火により大変に荒廃した。 しかし、火の神として畏怖される『火を自在にかかげたり、大自然をあらわにするのはもっとすごい…』を神のごとく信じている下田火砕流とは関係のない、東京から千葉への『噴火』は、なぜ?」などと下田噴火山が難しい事を言っている。
智恵理は内容の半分も理解できないが「下田っちー!」と思わず応援してしまった。
その時である。ちょうど新幹線が下田駅を通過した。
「ぶんちゃっちゃ♪」と音が聞こえてきた。これは……「あ!」
そう声を上げ、智恵理は立ち上がって窓に張り付くようにして外を見た。
智恵理の声を聞き皆一斉に窓から外を見る。「今! 見えた!」そう言う智恵理の目線を追うように皆の視線も追う。
「聞こえましたか?」
興奮気味に噴火山が伝える。
店内のテレビがすぐさま映像を繰り返す。
「ぶんちゃっちゃ♪」と鳴った所で新幹線がクローズアップされる。
「ストップ!ここなんです」
スタジオのMCが何か気づいたようだ。「下田っち? 見えてる?」カメラが動き「はい! 確かに今『ぶんちゃん!』と言いました」
「どういうこと?」
智恵理たちは混乱しながら口々に言う。
そんな疑問お構いなしにMCは続ける。
「こんなこともあろうかと専門家を呼んであります」
ボサ髪でいかにもオタクっぽい眼鏡をかけた青年がしゃしゃり出る。
伊豆音大の乙野ひびき特任准教授。音響学の専門だそうだ。
「実は……あの、『ぶん』と、言ったわけではありません。恐らく、『ふぇる』と発音したのでしょう。」
波形を見ながら言う。
「はぁ?」
「どういうこと?」
皆、訳がわからずただ口をあんぐり開けていた。
そうこうするうちにニュース速報が入った。
千葉ずんどこテレビに異音の報告が相次いでいるという。
「ブン」と聞こえたそうだ。
「いや、これも『ふぇる』と鳴ってますね」
乙野が音紋を一目見るなり断言した。
「先生、これはどういう事でしょう? 下田を騒がせている…」
MCの質問が途切れた。
また、あの音だ。
「噴火山さん!」
乙野はリポーターにアドバイスした。「新幹線が来た」
「はい!」とカメラが駅にズームする。
下田駅を新型86000系車両が通過する。ホーンがけたたましい。

今度は「はろー」と言っているような感じがしたが定かではない。
乙野はおもむろに日本地図を出した。異音の発生場所が×で記されている。
「ええっと。次はおそらくここですねえ。きっかり3分後にt…」
予言がCMで途切れた。
明けてすぐに今度は東京駅の方でも「はーい!」と大きな声で言っている声がした。
「やっぱりですねぇ」
乙野は頷いた。「先生、どういう事でしょうか?」
MCがマイクを向けると乙野は利き手の人差し指を曲げ、額に当てた。
「これはパラサイコロジカルな現象ですよ。じき関与者があらわれます」
そうカメラ目線で述べた。
智恵理と目が合う。
「どうなっているのよ!」と言い
テレビの中の富士山と、下田噴火残を交互に見て首をかしげていた。
その様子をみてテレビクルーが智恵理にインタビューを行うことにした。「あの、お嬢さん、先ほど『ブン』と言いましたよね? どういう事でしょうか?」
そう言われた智恵理はよく意味が分からなかったがカメラを向けられてを見て「えっ、私のことですか?」とリアクションした。
「そうそう、君ですよ。そこのぶんちゃっちゃガール」
同時に『きゃー下田っちー』と黄色い声援があがる。
憧れの下田噴火山に絡まれてもっと喜ぶべきなのだろうが智恵理は避難生活の事で頭がいっぱいだ。
「君、楽器をやってるだろ? でなければ『ブン』の違いに気づかない」
乙野は図星を指す。
「いいえ。一人カラオケに行く程度で」
正直に答えた。
「じゃあ、聞くけど、あの音について何か気づいたかい?」
「えっと、これ1小節8拍のベース・パターンですね。つまりこれが『モーニングブギ』の正体だと思います!」と答える。

「そうなんですか! ではなぜ今急に聞こえたんでしょうか?! 何か心当たりありませんでしょうか?」と聞かれても「いえ、全く」と答えて困惑顔で首をかしげるだけだった。
「じゃあ、最後に、智恵理さんは楽器を演奏されるそうで。明日はスタジオに来てもらえますか?」
噴火山がネタを振った。
「いいえ、滅相もない」
智恵理は顔を赤らめつつ否定する。音楽なんてそもそもやらせてもらえなかった。代わりに家の中はしょっちゅう殴る音とどなり声と壊れる音がしていた。そんな事を考えているうちに今度はまた別の方角で「はいー」という声が響いた
その声に智恵理は思わず立ち上がる また、テレビに注目が移ると
「はいー」と言っている。
「あれは一体どういうことでしょう」