僕は、信じていた。
時代が変わっても、何百年もの間、地球が周り続けても、変わることはないんじゃないかって。
だって、そうだろう?あんなにも多くの人々へ日本の文学を伝えてきた話が現代になったからって変わるなんて、誰も思わないはずだ。物語は、受け継がれると。小説は、映画は、同じ作品なら見た時期によって結末は変わらないはずだと、みんな、そう信じてきたはずだ。そうじゃないと、この世界が周らないから。
当たり前が当たり前でないと、世界がおかしくなってしまうと思うから。
なのに今、彼女があまりにも違う形で月に帰ってしまったこの世界は、なんの変哲もなく今までそうしてきたように、周っている。
今、この夏が頭がおかしくなったように暑くなった今、スマホも普及し誰でもどこでも繋がれるようになった今。
時代遅れにまだひたすら竹を切って、あまり需要のない流し素麺用に使っている、現代版、竹取の翁と呼ばれる結構な年を取ったおじいさんがいた。今どき流し素麺用の竹で生活している人なんていそうでいないから村人、いや、町人には名が知られていた。名前は、香川 三造といった。ちなみに、元祖竹取の翁の名前は讃岐の造という。どうでもいいか。それはさておき、三造はいつものようにチェーンソーの点検を行い、山へでかけた。けたたましいチェーンソーの音を響かせながら需要のない竹をひたすらに切っていた時、とうとうその時がやってきたのだ。奥に見える竹が、光っていた。
「あれは…」
この流れから行くと中にいるのは三寸…スマホくらいの小さな女の子か。興奮を隠しきれず、チェーンソーを持て駆け寄った。眩しい光が、あたりを照らしている。
「待て、チェーンソーで切ったらやばいのぉ。いと可愛らしい娘がいるかもしれんでな。ばあさんも最近覚えたショート動画の踊りを踊って喜ぶぞぉ。」とぶつぶつ言いながらチェーンソーではなく、これまた時代遅れの斧で竹をかつかつやりだした。すると、予想通りのスマホくらいの可愛らしい女の子が、ドレスをまとって座っていた。三造はすぐさまおばあさんとビデオ通話を開始した。
「もしもし。お昼ご飯が足りないのですかおじいさん。何もビデオ通話で怒らんでも良いでしょうに。」
「違う違う。それなら最近よく聞くなんとかイート頼むでね。そうじゃなくて、おばあさん、これを見てくれぇ。マジで可愛い女の子が座ってるよ。連れて帰ろうか。」
「まぁ、これはこれは。名は光り輝くように美しい様子だで、月夜でどうでしょう。私達で大切に育てましょう。」
という調子で、三造とおばあさんの間にとても可愛らしい子供ができた。
3ヶ月ほどで、月夜は大きく育っていった。綺麗な絹髪を肩の下まで伸ばし、不思議な誕生で三造もおばあさんも心配したため学校へは行かせていなかった。義務教育なのに。それはさておき、彼女が美しいのは町から町へと広がり、単なる平屋の一軒家だった三造の家にもたくさんの求婚者が現れた。今どきマッチングアプリなどで出会いを求めるだろうに。多くの人々が寝る間も惜しんで三造の家に押しかけた。だが、月夜の姿は誰ひとり見れなかった。
やがて月日が流れ、多くの人がこんなに見れないならいないのではないか、などと考えるようになった。そしてあまり家に来なくなった。ただ、5人だけはそれでもまだ家にやってくるのでとうとう三造も結婚を提案してみたのだ。
「月夜よ。お前のことを思っている人が5人もおる。どなたかと結ばれるのもよいではないか。顔を隠して配信や歌い手をやっているのもつまらないだろう。」
配信はやっていたんだ。さすが現代。
「おじいさま。確かに、情に厚い方たちだとは思います。ですが私は結婚などはできません。どうしてもです。配信などで、インターネットでの繋がりで十分。それに強いて言えばマッチングアプリの方が興味はあります。」
「あ、すごいびっくりしたのぉ。マジか。会うだけも駄目か?」
「会うだけならまだ…ですが…そうですね、はい。」
「では会うだけ会ってくれ。」
どれほど三造は結婚してほしいと思っているのか。月夜は完全に躊躇しているのにもかかわらず、5人の求婚者を家に入れ会わせることになってしまった。
1人目は、石作 尊。
だいぶ古風な名前だ。ちなみに、あの物語の中の1人目の名前は石作皇子。まぁ、どうでもいい。
2人目は、倉持 皇子丸。だいぶ小動物系の名前だ。草食男子だろうか。ちなみにちなみに、あれの2人目は、車持皇子。一応。
3人目は、右頭 主人。
もうすでに主人。あれの3人目は、右大臣阿部御主人。これも一応。
4人目は、小豆 御行助。変わったお名前で。あれの4人目は、大納言大伴御行。
5人目は、真中 磯足。なんかすごい。あれの5人目は、中納言石上麻呂足。
「倉持…皇子丸さん。どこかで…お会いしました…?」
「月夜。何を言っておる。この方たちは全員、今日初めてお会いになったではないか。」
「そうですよね。勘違いかもしれません。」
「それより月夜。今後、一緒に家庭を築いていきたい方はいらっしゃるか。」
「私は…家庭を築け…ません。」
「そんな事を言うな。どなたかと考えてみてはどうじゃ。」
「では…私の欲しいものを、持ってこられた方と結婚いたしましょう。」
「それは誠か!?」
5人の求婚者は声を上げ、立ち上がった。
「ではお題を出します。
石作 尊さんは、ツチノコのしっぽを。
倉持 皇子丸さんは、何でも治る医療機器を。
右頭 主人さんは、中目黒にマンションを一頭買って所有権をお譲りください。
小豆 御行助さんは、千葉県のテーマパークを買い取り、同じく所有権をお譲りください。
真中 磯足さんは、スマホのSIMカードとSDカードをご自分で製作し、持ってきてください。
みなさん、よろしいですか。1番最初に持ってこられた方と結婚いたします。」
「ちょっと自分勝手すぎないか!?」
と、声をあげたのは中目黒のマンションを買わなければならない右頭 主人。
「辞退なさいますか。」
「別に、そういうことではないが。」
月夜はどういうつもりか、面白そうに、口角を上げた。
「ではここからレースをスタート致します。私は結婚できませんけど…。まあ良いです。」
こうして結婚を巡るレースが始まった。
石作 尊
「いやぁ、参ったなぁ。金はあるが、ツチノコか。おい、家政婦。どっかの業者に頼んでそっくりな生き物のしっぽを送ってもらえ。」
「承知しました。」
こうして業者にトカゲの尻尾を送らせた。
「あとは手紙を添えれば良いな。えぇー、私ほど、あなたを思う人はいません。どうぞ、付き合って…あぁ、間違えた。結婚してください。んー、チャットメッセージで良いか。」
トカゲの尻尾を持ち、チャットメッセージで月夜へのメッセージを送った尊は三造の家へ向かった。
「おぉ。来たかのぉ。」
「月夜様。こちらがツチノコのしっぽになります。」
『ブブー』
変な音が鳴った。月夜はマルとバツが書いてあるおもちゃのようなもので結果を伝えた。バカバカしい。
「残念ながら、不合格ですかね。まず、メッセージがチャットなのがいけません。愛が伝わりませんね。正直、ツチノコなんていないんですよ。だからこれは何か他のしっぽですよね。残念でした。」
「最初から…そうだったのか?」
「そうです、いったでしょう。私に結婚はできないんですよ。こんなひねくれてるし。それに…。」
「それに…?」
「いえ、お帰りください。」
『ブブー』
月夜はまた鳴らした。
倉持 皇子丸
「何でも治る医療機器…。」
ぶつぶつ言いながら皇子丸は何も持たず、三造の家へ向かった。
右頭 主人
「中目黒にマンション、ふざけてんのか。家政婦。どうにかしろ。」
「ご主人様。落ち着いてください。ですが貯金を使い切ってギリギリ買えるお値段かと。辞退してはいかがですか。」
「諦めろってのか!?」
「だってご主人様。月夜様は顔だけ良いではないですか。顔だけ。だけ。だって毎日、雨にも風にも嵐にも台風にも、このバカ暑い夏にも負けずに通ったんですよ。毎日ちょっとずつのジムもやめて。」
「…しかたねぇ。諦めるか。ちょっとずつのジム行くか。」
そう言って、スウェットに着替え始めた。
小豆 御行助
「もしもし…テーマパークの方ですか。すごい唐突に申し訳ないんですが、お金はいくらでも出しますんで買い取らせてもらえませんか。…ん?あぁ、切れた。無理だろぉ。家政婦。なんか、偽のニュース画面作っておいて。『千葉県テーマパーク、所有権変わる』的な。」
「承知しました。」
小豆は家政婦への追加報酬を準備し始めた。
真中 磯足
「SIMカードとSDカードくらい買えよ!?もう買えば良いかな…ばれなくね?」
そう言って、電気屋を経由し三造の家に向かった。
「月夜様。SIMカードとSDカードを製作し、持ってきました。」
「これは…あなたが作られたのですか。」
「はい。」
「どのようにして作られたのですか。」
「はい。まずは家の近くのホームセンターでとにかく金属を買いました。」
「家はこの辺ですか。」
「はい。この町です。」
『ブブー』
「今日はこの町のホームセンターは定休日ですよ。それに、SIMカードは製作するともっと光り輝くのです。」
「ひねくれものが。SIMカードが光るってなんだよ。」
「もう帰ってください。さようなら。」
磯足は何も言い返せないという悲しい背中でトボトボ帰っていった。
小豆 御行助の末路
「お待たせいたしました。今までの貯金を切り崩して買い取りました。ネットニュースになっております。」
「おじいさま。テレビつけてくださいますか。できるだけニュースで。」
『ブブー』
「あれほど有名なテーマパークが買い取られたならネットニュースだけでなく、テレビでも放送されるはずですよ。今音声対応の検索にかけてみましょうか。所有権をどなたが持っていらっしゃるのか。」
「もういいわ!帰ってやる。」
「そうしてくれるとありがたいです。」
こうして帰っていった。
「あとは皇子丸くんだけかのぉ。悲しいのぉ。」
「なぜ…そこまでして結婚してほしいとお思いですか。」
「女として、家庭を築くところを見てみたいのだよ。おばあさんも同じではないかな。」
「そう…ですか。」
倉持 皇子丸の末路
「お持ちしたかったのですが…。少し訪ねたいことがありまして。」
「ほぉ。月夜。お呼びじゃよ。」
「月夜様。美夜を、ご存知ですか。」
月夜の目が見開かれた。
「皇子丸くん。可愛い名前だね。美夜は大好きだよ。美夜はね、夜に生まれたんだよ。だから、美しい夜。ロマンチックだと思わない?」
もう、5年前。幼馴染だった美夜は死んだ。2人は高校生だった。美夜は、膵炎だったんだ。余命宣告をされて。くつがえすよって、元気だったのに。あの竹藪でよく遊んだ。近かったから、いつもそこで走り回っていて…。でも、死んでしまった。美夜、今どこで、何をしていますか。
「どこかでお会いしましたか。」
僕は、倉持 皇子丸は、生まれ変わりを信じたい。
「すいません。持ってきたかったのです。ですが、月夜様。あなたは、膵炎という病気をご存知ですか。」
「それが…どうされましたか。」
「患っていらっしゃるのですか。また。」
「また…?」
「美しい夜に、生まれましたか―。」
「美夜。美夜を知っているんですか。」
「幼馴染でした。」
「…持ってきていないのですよね。お帰りください。さようなら。私は家庭を築けません。」
「…でも。」
「帰ってください。」
皇子丸は、帰っていった。
「月夜…大丈夫かね。」
最近、月夜は月を見上げて涙を流すようになっていた。
「おじいさま。私…月に…帰りたくはないです。ですが…もうじき、迎えが来ます。次の満月の夜です。あと、一ヶ月ということです。」
「彼を呼んでもよいか。皇子丸さんを。なにかの接点があるのだろう。」
「全て治る医療機器…持ってきていないのです。もう、用はありません。」
「膵炎を患っておるのか。」
「私は、美夜の人生をなぞっているだけです。その時点で、それはもう運命なのです。」
月夜の顔を、月の明かりが染め上げる。
「運命に…抗ってもいいだろう…美夜。」
月夜の後ろには、皇子丸が立っていた。
「でも私は…家庭を築けません。抗っても、あなたとご一緒はできないのです。」
「美夜は諦めなかったのです。その気持ちで、この先も生きましょう。月夜様は築けないではなく、築きたくないのですか。僕と、生きてください。」
涙が、溢れた―。
「運命に抗いたいです。」
月が綺麗な夜だった。
あれから、一ヶ月だった。
ちょうど美夜の命日に、月夜は月から迎えが来た。僕は生まれ変わりを信じたい。僕は、僕らは、竹取物語の主人公達の生まれ変わりだと。月夜は、美夜の生まれ変わりだと、信じている。
でもそれなら、もしもそうなら、僕達が竹取物語をなぞっているのなら。
「月からの迎えの来方が違うじゃないか…。時代が…違うだけなのに。結末が、変わってしまった。」
月夜は―。死んだ。
僕から何もかもを奪うこの世界。なんか、理不尽。だって正直、竹取物語だっただろう?
美人の一人娘が、月に帰る話だろう?
帰り方が、違うじゃないか。月夜は、美夜は、月に帰れたのだろうか。ちゃんと、帰れたのだろうか。生まれ変わりを信じていたのに。一部が、違う。なのに、それなのに。
何の変哲もないように。またこの世界で、日が沈み、月が昇る。