「あれ、ポチ。ついてこれていたんだね、感心だ」
ずんずんと前へと進んでいた彼女は、今更気づいたかのように立ち止まり、私を見た。
私はむっとして、彼女をにらむ。
「ついていけないスピードで歩かれても、何とかついていこうとしますよ、あなたがご主人様なんですから。
そもそも、ハル様が今日は連れていきたいところがあるといったから、こうして懸命についてきているといいますか、ついていかざるを得ないのではないでしょうか?」
私は、彼女に比べたらはるかに短く、小さい足で、ぺしぺしと地面をたたきながら主張する。
ウサギ特有の、ジャンプする機能が私の足にもついていなければ、とっくに彼女の後姿を見失っていたところだ。
「別についてきたくなければついてこなくてもよかったんだけれどね」
「なら私は帰り「その代わり、主人の言うことに従わない機械は、不良品だからぶんか…」ません」
鬼だ。なんだかんだ言って、彼女は、私を無理にでも従わせる気だ。
私はしくしく泣きたい気持ちを押し殺し、無慈悲なる彼女の後を暗い心地で付いていく。
黙って彼女の後ろを歩いていると、時折白い煙が頭の上を流れていった。
何かと見ると、彼女の吐いた息が、どうやら白くなって流れていっているようだ。
ロボットの私には寒さというものがわからないが、どうやら今、外の気温は低いらしい。
「そんな薄着で寒くないのですか?」
彼女は、長袖に長ズボンといういで立ちではあるが、上着を羽織ってはいない。
「暦の上ではもう春だよ。天候や気温でいうと奇妙なことだがね」
彼女は、振り返りもせず、何ともないという風に答えた。
そうこうしているうちに、彼女は、長く続く石段の前で立ち止まった。
石段の前には鳥居がある。どうやら神社らしかった。
彼女は、これを登らされるのか……と絶句する私の前で、こちらを心配する風もなく、石段を登り始める。
私は、仕方なく石段によじ登る。長い時間をかけて石段を登り切った頃には、すでに彼女は参拝を終えた後で、暇つぶしになのか、掛けられた絵馬を読んでいるようであった。
「『●●高に受かりますよう』『〇〇と結婚できますよう』『幸せになれますよう』……見てみなよ、人類の浅はかな欲の結晶が、こんな小さな町にいながら見る事ができるぞ」
「……あのですね、神社とはそういうところなんですよ。自身のお願い事を叶えてもらうための……。この神聖な場所で、『欲』とか似つかわしくない言葉は言うものではありません……」
「他力本願で、自分は何もしない。これのどこがお願い事で、欲ではないというんだ。そのくせ欲が叶わなければ、何も行動しなかった自身を棚上げにし、誰かを責める。これのどこが浅はかではないと言えるんだ?」
「……でも、ハル様。あなたもわざわざここへ来たということは、何か浅はかな欲があって、他力本願に願いに来たのではありませんか?」
私は、揚げ足を取ることができたと、内心小気味よく思いながら言った。
すると、彼女は、ほんの少しだけ、ばつの悪そうな顔を見せたが、すぐに元の無表情に戻って言った。
「……私は、願い事を言いに来たのではなく、お礼を言いに来ただけだ。だから、ほかの浅はかな輩どもとは違う」
「……でもそれは、以前に、浅はかな願い事をしに来たという訳ですよね」
「……」
彼女は、一瞬黙った。それから即座に、『雨が降りそうだなあ、早く帰らないと』と快晴の空を見上げつつ言う。
してやったり、と私は思った。しかし、彼女は本当に帰ろうと、またあの石段へ向かうものだから、私は慌てて言った。
「ちょっとまってください。もう帰るんですか?」
「帰るも何も、用事が済んだのだから、もう帰る」
「来てすぐ帰るなんて勘弁してくださいよ……。私が必死に石段登るのにどれだけエネルギー使ったと思っているんですか? なのにもう帰るなんて。私のせっかくの努力はどう報われたらいいんですか?」
必死になって言う私に、しかし彼女は、首を不思議そうにかしげて見せる。
「太陽光で動くと聞いている。今日はよく晴れているから、また発電すればいいだけだろう?」
彼女には血も涙もないのか。というか、さっき雨が降りそうとか言っていたのはどこの誰だったか。
「いくら晴れていたって、即座に発電できるわけではありませんよ。……せっかく来たんですから、初めての私に案内ぐらいしてくださっても、いいではありませんか?」
「案内っていったって、私もよく知らないぞ」
「へ……。祭神とか、由緒とか、どういった御利益がある神社だとか、そういった知識は……?」
「……知らん。有名な神社らしいが、そういったのは興味がない」
「知りもしないし、興味もないのに、参拝したんですか?」
あきれる私。ばつが悪くなった彼女は、それを隠そうと、ごにょごにょと言葉を重ねた。
「……近所だし、有名だし、願い事をするのに、ちょうど良いからいつも来ていただけで。あと、知り合いがここの宮司の息子だから、よく来ていただけで……」
願い事をしに来ていた、って、さっきあなた偉そうに、浅はかだとか言ってましたよね?
私はからかい半分に、責め立ててやろうかと思った。
しかし、言い訳を考える様子を見て、初めて年相応の反応を見たような気がして、先程までとのギャップで、何だかおかしな気分になった。
そんな私の様子に気づき、彼女は慌ててごまかしにかかったのだろう。あたりを見渡して、今思い出したかのように言った。
「……えっと、あれだな、確かここの神社で有名なのは、梅の木だな。樹齢……えっと、多分二百年……だったかな、いや、三百年ぐらいだったか……。とにかくそういう木があるんだ。ほらちょうどあそこ」
彼女が指さした先には、紅い花をつけた梅の木があった。かなり古いのか、幹は苔むし、ところどころ穴が開いていた。
「綺麗ですね」
「見た目もいいけれど、香りもいいぞ……って、お前には嗅覚はなかったか」
「まあ、空中の成分は分析できますが、いい匂いか悪い匂いか、主観的な感想を持つことまでは、現代の技術ではできませんからね」
私は残念そうに言う。すると、彼女はちょっと考える風をして口を開いた。
「私には、この神社の由来を説明して、お前を楽しませるだけの知識はないが、その代わりに、梅のうんちくを話してやろう」
えっへんと得意げに腕組みする彼女を、私は横目で見つつ言った。
「なんだか長くなりそうなんでいりませんよ」
「……なっ!?」と言って言葉に詰まった彼女を置いて、私は神社の拝殿の前へと向かう。
二礼二拍一礼の所作は知っている。どうやら、彼女の父が、私のAIに知識として入れておいてくれたらしい。だから、私は二拍すると、大声で嫌みっぽく言った。
「え~、神様。どうか私のご主人様が、私のことをポチと呼ばずに、ちゃんとした名前を付けてくださいますよう。何とぞよろしくお願い申し上げます」
「ちょっと、お前、ポチのどこが不満だというんだ」
不服そうに頬を膨らませる彼女に、一礼を終えた私は、「あたりまえでしょう」と言う。
「ポチなんて普通、犬の名前でしょう? それに、前時代的な、今じゃ絶滅危惧種の、逆に変に目立つ名前じゃないですか? そんな名前、ウサギはもちろん犬でも嫌がりますよ」
「なら、タマにするか」
「なんで、ポチかタマの二択なんですか?」
「だって、ポチとタマは、ペットの名前のド定番の名前だと聞いているから……」
「何時代の人間ですかあなた。今は、サ〇エさんの生きていた時代じゃありませんよ」
じっとりとした視線で見ると、彼女は、観念したかのようにうつむいて唸っていた。
「なら、ウメはどうだ?」
彼女は、ぱっと名案だ、と顔を輝かせた。
「馬鹿ですか。さっきの話の流れで、今のウメなら、適当にもほどがあるかと」
「……わがままな奴だな。何が不服何だか」
「不服なら大いにありますよ」と睨めば、彼女は、ちょっと考える風をして、口を開いた。
「そうだなあ……冬。今冬だから、冬にしよう。お前は今日からフユだ」
「今冬だからって…安直な……。しかも、さっき暦の上では春とか言ってたくせに……。まあいいです。これ以上の変更を求めれば、もっとロクでもない名前を付けられかねないので、このあたりで妥協しておきます」
私は、もう一度拝殿のほうを向き直ると、軽く頭を下げた。
ある程度はマシな名前をもらえたことに対してのお礼だった。
「じゃあ、これからポチ改め、フユ、よろしく」
「こちらこそよろしくお願い申し上げます。ハル様」
私が、小さな手を差し出すと、彼女は身をかがめて手を握ってくれた。
歳のわりにしっかりしているように見えて、だけど、どこか変なご主人様。
それが、私が彼女の元での、初めての日で得た、感想だった。
ずんずんと前へと進んでいた彼女は、今更気づいたかのように立ち止まり、私を見た。
私はむっとして、彼女をにらむ。
「ついていけないスピードで歩かれても、何とかついていこうとしますよ、あなたがご主人様なんですから。
そもそも、ハル様が今日は連れていきたいところがあるといったから、こうして懸命についてきているといいますか、ついていかざるを得ないのではないでしょうか?」
私は、彼女に比べたらはるかに短く、小さい足で、ぺしぺしと地面をたたきながら主張する。
ウサギ特有の、ジャンプする機能が私の足にもついていなければ、とっくに彼女の後姿を見失っていたところだ。
「別についてきたくなければついてこなくてもよかったんだけれどね」
「なら私は帰り「その代わり、主人の言うことに従わない機械は、不良品だからぶんか…」ません」
鬼だ。なんだかんだ言って、彼女は、私を無理にでも従わせる気だ。
私はしくしく泣きたい気持ちを押し殺し、無慈悲なる彼女の後を暗い心地で付いていく。
黙って彼女の後ろを歩いていると、時折白い煙が頭の上を流れていった。
何かと見ると、彼女の吐いた息が、どうやら白くなって流れていっているようだ。
ロボットの私には寒さというものがわからないが、どうやら今、外の気温は低いらしい。
「そんな薄着で寒くないのですか?」
彼女は、長袖に長ズボンといういで立ちではあるが、上着を羽織ってはいない。
「暦の上ではもう春だよ。天候や気温でいうと奇妙なことだがね」
彼女は、振り返りもせず、何ともないという風に答えた。
そうこうしているうちに、彼女は、長く続く石段の前で立ち止まった。
石段の前には鳥居がある。どうやら神社らしかった。
彼女は、これを登らされるのか……と絶句する私の前で、こちらを心配する風もなく、石段を登り始める。
私は、仕方なく石段によじ登る。長い時間をかけて石段を登り切った頃には、すでに彼女は参拝を終えた後で、暇つぶしになのか、掛けられた絵馬を読んでいるようであった。
「『●●高に受かりますよう』『〇〇と結婚できますよう』『幸せになれますよう』……見てみなよ、人類の浅はかな欲の結晶が、こんな小さな町にいながら見る事ができるぞ」
「……あのですね、神社とはそういうところなんですよ。自身のお願い事を叶えてもらうための……。この神聖な場所で、『欲』とか似つかわしくない言葉は言うものではありません……」
「他力本願で、自分は何もしない。これのどこがお願い事で、欲ではないというんだ。そのくせ欲が叶わなければ、何も行動しなかった自身を棚上げにし、誰かを責める。これのどこが浅はかではないと言えるんだ?」
「……でも、ハル様。あなたもわざわざここへ来たということは、何か浅はかな欲があって、他力本願に願いに来たのではありませんか?」
私は、揚げ足を取ることができたと、内心小気味よく思いながら言った。
すると、彼女は、ほんの少しだけ、ばつの悪そうな顔を見せたが、すぐに元の無表情に戻って言った。
「……私は、願い事を言いに来たのではなく、お礼を言いに来ただけだ。だから、ほかの浅はかな輩どもとは違う」
「……でもそれは、以前に、浅はかな願い事をしに来たという訳ですよね」
「……」
彼女は、一瞬黙った。それから即座に、『雨が降りそうだなあ、早く帰らないと』と快晴の空を見上げつつ言う。
してやったり、と私は思った。しかし、彼女は本当に帰ろうと、またあの石段へ向かうものだから、私は慌てて言った。
「ちょっとまってください。もう帰るんですか?」
「帰るも何も、用事が済んだのだから、もう帰る」
「来てすぐ帰るなんて勘弁してくださいよ……。私が必死に石段登るのにどれだけエネルギー使ったと思っているんですか? なのにもう帰るなんて。私のせっかくの努力はどう報われたらいいんですか?」
必死になって言う私に、しかし彼女は、首を不思議そうにかしげて見せる。
「太陽光で動くと聞いている。今日はよく晴れているから、また発電すればいいだけだろう?」
彼女には血も涙もないのか。というか、さっき雨が降りそうとか言っていたのはどこの誰だったか。
「いくら晴れていたって、即座に発電できるわけではありませんよ。……せっかく来たんですから、初めての私に案内ぐらいしてくださっても、いいではありませんか?」
「案内っていったって、私もよく知らないぞ」
「へ……。祭神とか、由緒とか、どういった御利益がある神社だとか、そういった知識は……?」
「……知らん。有名な神社らしいが、そういったのは興味がない」
「知りもしないし、興味もないのに、参拝したんですか?」
あきれる私。ばつが悪くなった彼女は、それを隠そうと、ごにょごにょと言葉を重ねた。
「……近所だし、有名だし、願い事をするのに、ちょうど良いからいつも来ていただけで。あと、知り合いがここの宮司の息子だから、よく来ていただけで……」
願い事をしに来ていた、って、さっきあなた偉そうに、浅はかだとか言ってましたよね?
私はからかい半分に、責め立ててやろうかと思った。
しかし、言い訳を考える様子を見て、初めて年相応の反応を見たような気がして、先程までとのギャップで、何だかおかしな気分になった。
そんな私の様子に気づき、彼女は慌ててごまかしにかかったのだろう。あたりを見渡して、今思い出したかのように言った。
「……えっと、あれだな、確かここの神社で有名なのは、梅の木だな。樹齢……えっと、多分二百年……だったかな、いや、三百年ぐらいだったか……。とにかくそういう木があるんだ。ほらちょうどあそこ」
彼女が指さした先には、紅い花をつけた梅の木があった。かなり古いのか、幹は苔むし、ところどころ穴が開いていた。
「綺麗ですね」
「見た目もいいけれど、香りもいいぞ……って、お前には嗅覚はなかったか」
「まあ、空中の成分は分析できますが、いい匂いか悪い匂いか、主観的な感想を持つことまでは、現代の技術ではできませんからね」
私は残念そうに言う。すると、彼女はちょっと考える風をして口を開いた。
「私には、この神社の由来を説明して、お前を楽しませるだけの知識はないが、その代わりに、梅のうんちくを話してやろう」
えっへんと得意げに腕組みする彼女を、私は横目で見つつ言った。
「なんだか長くなりそうなんでいりませんよ」
「……なっ!?」と言って言葉に詰まった彼女を置いて、私は神社の拝殿の前へと向かう。
二礼二拍一礼の所作は知っている。どうやら、彼女の父が、私のAIに知識として入れておいてくれたらしい。だから、私は二拍すると、大声で嫌みっぽく言った。
「え~、神様。どうか私のご主人様が、私のことをポチと呼ばずに、ちゃんとした名前を付けてくださいますよう。何とぞよろしくお願い申し上げます」
「ちょっと、お前、ポチのどこが不満だというんだ」
不服そうに頬を膨らませる彼女に、一礼を終えた私は、「あたりまえでしょう」と言う。
「ポチなんて普通、犬の名前でしょう? それに、前時代的な、今じゃ絶滅危惧種の、逆に変に目立つ名前じゃないですか? そんな名前、ウサギはもちろん犬でも嫌がりますよ」
「なら、タマにするか」
「なんで、ポチかタマの二択なんですか?」
「だって、ポチとタマは、ペットの名前のド定番の名前だと聞いているから……」
「何時代の人間ですかあなた。今は、サ〇エさんの生きていた時代じゃありませんよ」
じっとりとした視線で見ると、彼女は、観念したかのようにうつむいて唸っていた。
「なら、ウメはどうだ?」
彼女は、ぱっと名案だ、と顔を輝かせた。
「馬鹿ですか。さっきの話の流れで、今のウメなら、適当にもほどがあるかと」
「……わがままな奴だな。何が不服何だか」
「不服なら大いにありますよ」と睨めば、彼女は、ちょっと考える風をして、口を開いた。
「そうだなあ……冬。今冬だから、冬にしよう。お前は今日からフユだ」
「今冬だからって…安直な……。しかも、さっき暦の上では春とか言ってたくせに……。まあいいです。これ以上の変更を求めれば、もっとロクでもない名前を付けられかねないので、このあたりで妥協しておきます」
私は、もう一度拝殿のほうを向き直ると、軽く頭を下げた。
ある程度はマシな名前をもらえたことに対してのお礼だった。
「じゃあ、これからポチ改め、フユ、よろしく」
「こちらこそよろしくお願い申し上げます。ハル様」
私が、小さな手を差し出すと、彼女は身をかがめて手を握ってくれた。
歳のわりにしっかりしているように見えて、だけど、どこか変なご主人様。
それが、私が彼女の元での、初めての日で得た、感想だった。