「ジルヴァを殺した犯人は、護衛対象の虚構士だった」
大きな石で頭をぶたれたような衝撃だった。ハロルは眩暈のようなものを覚えて、座席にドスンと座った。その衝撃で目を覚ましたミーンが心配そうな顔をしてこちらを見ている。だらんと垂らした手に彼女の手が重なり、指が絡まった。やわらかくて温かい。
「信用できないのも無理はないですね」
「そいつはそのあと異国に渡って、その国で捕まり裁きを受けたらしい。だが、自分の居ない場所で勝手に裁かれては、実感が湧かない。寧ろなにも始まってないようにすら思える。もう4年も前のことだと言うのに」
スーは首を傾げ、思案顔で呟く。
「4年前……その虚構士、アミトラ・レオフェという名前ではありませんでしたか?」
ナガーは身を乗り出した。
「どうしてその名を……!」
「同い年の虚構士は珍しかったので、覚えていたのです。確か彼女はエノスの出でした」
「やつが私の家族を殺してから渡った国もエノスだ。故郷なら温情があるとでも思ったのか?」
「彼女がどのように考えていたのかは知る由も有りませんが、それほど頭の回らない人ではなかったように思います……しかし人を殺したのですから狂人の類。僕が見抜けなかっただけで、狂っていたのだとすれば、自分に都合の良い温情を求めて国を渡ったと考えられなくもないですね」
「虚構士は皆そうだと思っていた。しかし、スーからはそんな狂人染みた雰囲気は感じられないな。ジルヴァの言うことは本当だったようだ」
そう言ってまた、太ももに貼った布を擦った。
「アシオン王と国の政治は虚構士に対して偏見のまなざしを向けています。ですが、皆が皆狂人と言うわけではありませんよ。ハロルはとても強くて溌溂《はつらつ》としていますがあれでナイーブなところも有りますし、ミーンはやさしくて気遣いが出来る子ですが芯が強く譲らない子でもあります。我々に共通しているのは、一般人が思いつけないことを思いつくと言うこと。妄想と夢を見ると言うこと。ただそれだけです」
ナガーの表情に張りつめた氷の雰囲気はなくなっていた。
太ももに手を置いていたナガーをじっと見ていたハロルは「あ」と声を上げる。
「どうしました?」
スーの問いに唇を尖らせるハロル。
「どうしましたかじゃねえぜ。ナガーが師弟は似るって言ってた理由がわかったんだよ」
「なんの話ですか」
「とぼけたってダメだぜ。師匠、昨日虚構術使っただろ。人にはやるなって言っておいて」
「いいえ。使っていませんよ」
「じゃあナガーが太ももに貼った布はなんだよ。傷を治す布を虚構術で創ったんじゃあねえのか?」
ハロルの詰問を彼はふふっと笑い飛ばした。
「笑ってごまかそうったってそうは——」
「ハロル。僕は虚構術を使っていません。僕がこの布に傷の治癒の効果を付与したのは、アシオン国内です」
「ふぇ?」
ハロルは間抜けな声を出してしまった。
「虚構術には、前もって仕掛けておいて効果を持続させる持続性虚構術があると言うのを教えましたよね?」
ハロルは二拍ほど間を置いてから、視線を彷徨わせる。
「あれぇ? そうだったっけ?」
いつもの修行の中で、確かに言っていたことではあるのだが、使う場面がなかったため、今の今まで忘れてしまっていた。
「君は頭の回転が早いし創筆も流れるようにスムーズですから、別段使えなくても良いと聞き流していたのでしょうねえ。けれども、人から教わったことはしっかり覚えておいてもらわないといけませんね」
「うう、すんません」
「これは道具に付与するパターンが多いため、付与虚構術とも呼ばれたりします。ちなみに、この付与虚構術は通常使う虚構術より効果が薄いです。その理由は説明できますか?」
「え、えっと……えーっと、あ! いや! 忘れたわけじゃあないぜ!? 師匠の言葉は覚えてるんだけど、ちょっと待って」
「使える状況が限定されてないからだよね」
隣で話を聞いていたミーンがハロルの隣から顔を出した。
「その通りです」
「どゆこと?」
ハロルは首をひねる。
「えっとね、虚構術は状況が限定されればされるほど効果が強くなるの。例えば、同じ火を出すのでも、単純に【火が点く】って言うよりは【三角形に並べた枝の上でのみ強烈な火が上がる】みたいに、具体的な状況を示してあげた方が強い火を点けられるんだよ」
「へえ……そうなん——あ、いや、やっと思い出したぜ! ははっ! だから師匠は心配しないで前見て運転してくれよ」
まなじりから流されていたスーの視線が前を向く。
「お師匠さまがやった付与虚構術は、いつでもどこでも誰にでも使える虚構術だから、条件が曖昧なの。だから弱い。こういうのを確か説得力がないって言うんだよね」
「そうなのか?」
「そうなのですよ」
「あ、はい」
スーの表情は変わらないが、ハロルはどんどん表情を強張らせていく。
「虚構術は虚構に虚構を重ねて、この世界に真実として具現化する能力です。つまり、リアルではないですが、リアリティは求められるのです。それを説得力と呼ぶのです。と言うのは、いつも言っていることなのですがね」
「うう……」
「ハロルは残念でしたが、ミーンはお利口さんでしたね。僕の教えのみならず、書籍から得た情報もしっかり頭の中に入れている」
「えへへ」
ミーンがほわっと笑う。いつもは心地の良い撚れた笑顔も、今のハロルには不愉快だった。思わずむすっとした表情でミーンを睨んでしまう。
「ところでハロル。君、先ほどナガーが師弟は似ると言っていた理由がわかったと話していましたね。あれはどういう意味ですか?」
ギクッ! と言う音が響いたのではないかと錯覚するくらい、ハロルは肩を引きつらせた。
ナガーと目が合う。すると彼女はクスクスと笑い始めた。
「どうしました?」
スーがナガーの顔を窺うと、彼女は笑ったまま首を振る。
「いやいや、さっきの発言はハロルの思い違いだろう? なら許してやったらどうだ。お前の弟子はやさしい子だぞ?」
そう言うと、スーは驚いたように目を丸くしてからフッと目を細めた。
「そうですか。ナガーが言うのなら」
スーが前を向くと、ナガーはハロルの方を振り返った。彼女は口と鼻の前に人差し指を立ててニヤリと笑った。
大きな石で頭をぶたれたような衝撃だった。ハロルは眩暈のようなものを覚えて、座席にドスンと座った。その衝撃で目を覚ましたミーンが心配そうな顔をしてこちらを見ている。だらんと垂らした手に彼女の手が重なり、指が絡まった。やわらかくて温かい。
「信用できないのも無理はないですね」
「そいつはそのあと異国に渡って、その国で捕まり裁きを受けたらしい。だが、自分の居ない場所で勝手に裁かれては、実感が湧かない。寧ろなにも始まってないようにすら思える。もう4年も前のことだと言うのに」
スーは首を傾げ、思案顔で呟く。
「4年前……その虚構士、アミトラ・レオフェという名前ではありませんでしたか?」
ナガーは身を乗り出した。
「どうしてその名を……!」
「同い年の虚構士は珍しかったので、覚えていたのです。確か彼女はエノスの出でした」
「やつが私の家族を殺してから渡った国もエノスだ。故郷なら温情があるとでも思ったのか?」
「彼女がどのように考えていたのかは知る由も有りませんが、それほど頭の回らない人ではなかったように思います……しかし人を殺したのですから狂人の類。僕が見抜けなかっただけで、狂っていたのだとすれば、自分に都合の良い温情を求めて国を渡ったと考えられなくもないですね」
「虚構士は皆そうだと思っていた。しかし、スーからはそんな狂人染みた雰囲気は感じられないな。ジルヴァの言うことは本当だったようだ」
そう言ってまた、太ももに貼った布を擦った。
「アシオン王と国の政治は虚構士に対して偏見のまなざしを向けています。ですが、皆が皆狂人と言うわけではありませんよ。ハロルはとても強くて溌溂《はつらつ》としていますがあれでナイーブなところも有りますし、ミーンはやさしくて気遣いが出来る子ですが芯が強く譲らない子でもあります。我々に共通しているのは、一般人が思いつけないことを思いつくと言うこと。妄想と夢を見ると言うこと。ただそれだけです」
ナガーの表情に張りつめた氷の雰囲気はなくなっていた。
太ももに手を置いていたナガーをじっと見ていたハロルは「あ」と声を上げる。
「どうしました?」
スーの問いに唇を尖らせるハロル。
「どうしましたかじゃねえぜ。ナガーが師弟は似るって言ってた理由がわかったんだよ」
「なんの話ですか」
「とぼけたってダメだぜ。師匠、昨日虚構術使っただろ。人にはやるなって言っておいて」
「いいえ。使っていませんよ」
「じゃあナガーが太ももに貼った布はなんだよ。傷を治す布を虚構術で創ったんじゃあねえのか?」
ハロルの詰問を彼はふふっと笑い飛ばした。
「笑ってごまかそうったってそうは——」
「ハロル。僕は虚構術を使っていません。僕がこの布に傷の治癒の効果を付与したのは、アシオン国内です」
「ふぇ?」
ハロルは間抜けな声を出してしまった。
「虚構術には、前もって仕掛けておいて効果を持続させる持続性虚構術があると言うのを教えましたよね?」
ハロルは二拍ほど間を置いてから、視線を彷徨わせる。
「あれぇ? そうだったっけ?」
いつもの修行の中で、確かに言っていたことではあるのだが、使う場面がなかったため、今の今まで忘れてしまっていた。
「君は頭の回転が早いし創筆も流れるようにスムーズですから、別段使えなくても良いと聞き流していたのでしょうねえ。けれども、人から教わったことはしっかり覚えておいてもらわないといけませんね」
「うう、すんません」
「これは道具に付与するパターンが多いため、付与虚構術とも呼ばれたりします。ちなみに、この付与虚構術は通常使う虚構術より効果が薄いです。その理由は説明できますか?」
「え、えっと……えーっと、あ! いや! 忘れたわけじゃあないぜ!? 師匠の言葉は覚えてるんだけど、ちょっと待って」
「使える状況が限定されてないからだよね」
隣で話を聞いていたミーンがハロルの隣から顔を出した。
「その通りです」
「どゆこと?」
ハロルは首をひねる。
「えっとね、虚構術は状況が限定されればされるほど効果が強くなるの。例えば、同じ火を出すのでも、単純に【火が点く】って言うよりは【三角形に並べた枝の上でのみ強烈な火が上がる】みたいに、具体的な状況を示してあげた方が強い火を点けられるんだよ」
「へえ……そうなん——あ、いや、やっと思い出したぜ! ははっ! だから師匠は心配しないで前見て運転してくれよ」
まなじりから流されていたスーの視線が前を向く。
「お師匠さまがやった付与虚構術は、いつでもどこでも誰にでも使える虚構術だから、条件が曖昧なの。だから弱い。こういうのを確か説得力がないって言うんだよね」
「そうなのか?」
「そうなのですよ」
「あ、はい」
スーの表情は変わらないが、ハロルはどんどん表情を強張らせていく。
「虚構術は虚構に虚構を重ねて、この世界に真実として具現化する能力です。つまり、リアルではないですが、リアリティは求められるのです。それを説得力と呼ぶのです。と言うのは、いつも言っていることなのですがね」
「うう……」
「ハロルは残念でしたが、ミーンはお利口さんでしたね。僕の教えのみならず、書籍から得た情報もしっかり頭の中に入れている」
「えへへ」
ミーンがほわっと笑う。いつもは心地の良い撚れた笑顔も、今のハロルには不愉快だった。思わずむすっとした表情でミーンを睨んでしまう。
「ところでハロル。君、先ほどナガーが師弟は似ると言っていた理由がわかったと話していましたね。あれはどういう意味ですか?」
ギクッ! と言う音が響いたのではないかと錯覚するくらい、ハロルは肩を引きつらせた。
ナガーと目が合う。すると彼女はクスクスと笑い始めた。
「どうしました?」
スーがナガーの顔を窺うと、彼女は笑ったまま首を振る。
「いやいや、さっきの発言はハロルの思い違いだろう? なら許してやったらどうだ。お前の弟子はやさしい子だぞ?」
そう言うと、スーは驚いたように目を丸くしてからフッと目を細めた。
「そうですか。ナガーが言うのなら」
スーが前を向くと、ナガーはハロルの方を振り返った。彼女は口と鼻の前に人差し指を立ててニヤリと笑った。