「そういえばさっきの2人は勇者と魔王じゃないの?」
一応は女神だけあって、フィアナとロザリーが勇者と魔王であったことは知っているらしい。
「両方とも元だな。フィアナは勇者使いが荒いらしくてやめようと思っていたところ、ロザリーはだいぶ前に魔王を引退してひとりで暮らしていたところを例の引き戸で従業員を募集していたら、それにかかってここに来てくれたんだ」
「へえ~なんともすごい巡り合わせだよ。死んだ時も僕の目に留まったわけだし、どうやらヒトヨシくんは面白い運を持っているみたいだね」
「……確かに」
言われてみると、確かに俺が死んだ時もたまたま温泉宿に詳しい人を集めていた女神の目に留まったわけだし、引き戸の条件があったとはいえ、フィアナとロザリーと出会えたのはよっぽど運が良かったことだ。
……まあ本当に運の良い人間はあの若さで事故って死んだりはしないと思うんだけれどな。
「というか、最初に会った時みたいに俺の考えを読めば、2人が来た経緯も分かっただろうに」
「ああ、あれは天界にいる時にしか使えないんだよ。ここは天界じゃなくてこっちの世界に近い空間だからね」
「なるほど……」
どうやら女神と最初会った時に俺の頭の中を読んだ能力はここでは使えないらしい。
「だから僕が温泉に入っている間は、思う存分僕の入浴シーンでも妄想してくれていていいからね!」
「ヒトヨシ様……」
「だから人をロリコン扱いするのはやめい!」
どうしてこの駄女神とポエルは俺をロリコンにしたがるんだよ! 俺はもっと背が高くて巨乳の女性がタイプだってのに!
ぶっちゃけロザリーに身長があったり、ポエルやフィアナが巨乳だったらなあと思ったことは何度かあったが、さすがにその辺りは言えるわけがなかった。
「なかなか立派な部屋だね。前にヒトヨシくんの世界の宿に泊まった時にも思ったけれど、建物の様式がこっちの世界とは全然違うんだね」
「俺の世界でも国によって建物の様式なんかは全然違うから、別の世界ならなおさら違うんだろうな」
温泉宿のフロントを案内し終わり、続いてお客さんが泊まる客室を案内する。
前に異世界の街へ出かけた時にも思ったが、この世界では石造りの建物が多かった。日本では近代になるまで木造製の建物が主だったから、こちらの世界の建築様式とそもそも違うのだろう。
「文明的にはヒトヨシくんの世界のほうが進んでいるから、僕の世界の住民はとても驚くだろうし、いろいろと勉強になるだろうね。きっと似たようなものをすぐに作り始めて、いずれはヒトヨシくんの温泉宿みたいな宿がいっぱいできるといいんだけど」
「ドワーフのお客さんがいろいろと興味を持っていたよ。やっぱり温泉自体が出てくる場所は限られるから、温泉宿は少し難しいかもしれないけれど、大きなお風呂がある宿なんかはできるかもしれないな」
俺をこの世界に呼んだ元々の目的はこっちの世界に温泉宿を広めるためだと言っていた。温泉自体は難しいかもしれないが、日本の建築様式などはできるだけ広めていきたいところである。俺としても日本の文化がこっちの世界に広まるのは嬉しいことだからな。
「それじゃあ早速温泉に入らせてもらおうかな」
「ああ、うちの温泉宿自慢の温泉を楽しんでいってくれ!」
そんなわけで女神は今ポエルと一緒に温泉へ入っている。入ってからだいぶ時間も経っているし、どうやら温泉を楽しんでくれているらしいな。
もちろん俺は駄女神の入浴シーンを妄想するなんてことはなく、駄女神が温泉から出たあとに出す予定の晩ご飯を作っている。今日はお客さんの分は作らず、5人分だけだからいつもと比べてだいぶ楽だ。
何を作るかも昨日決めて準備もしてあるから、すぐにでも料理を出せる状況である。
「ヒトヨシ様、温泉から上がりましたよ。今は休憩所で待っております」
「ああ、了解だ。温泉はどうだった、あの女神は楽しんでくれたか?」
「ええ。とても楽しんでいる様子でしたよ。新しく追加した例の機能を特に楽しんでおられましたね」
「おお、それは良かった。ポエルとみんなが頑張ってくれたおかげだな!」
「……頑張った結果があの駄女神のためなのは少しあれですけれどね。とはいえ、他のお客様たちもきっと喜んでくれるでしょうから、良しとしましょう」
ポエルも相変わらずのようだが、今のところは上司である女神に丁寧に接客しているようだ。まあ、内心でどう思っているのかは分からないけれど……
「あっ、ヒトヨシくん。思った以上に素晴らしい温泉だったよ!」
休憩所に行くと、すでに女神が浴衣姿で椅子に座っていた。今回のためにわざわざ購入した子供用の浴衣がとても良く似合っている。さすがにこの温泉宿に子供がやってくることは想定していなかったから、まだ子供用の浴衣は購入していなかった。
この駄女神も大人しくしていれば、まるで西洋人形のような可愛い子供なんだけれどなあ……
「いやあ、あまり予算が出なかった割にあれほど立派な温泉ができたとはね。なんといってもあの外の綺麗な景色が見える温泉は最高だったよ!」
「それはよかった。あれは俺たちの世界では露天風呂って言うんだよ」