お前を求めている。
 その身を食らい尽くしてなお、お前を求めている。
 ではお前がいないこの夜は、いったい何の為にあるのだ?

「この鬼め!」
 快庵の目の前に長い棒が突き出された。快庵はおやおやと驚いた。
「この里から出て行け!」
 夕陽を背にしたその男の後ろから、わらわらと人々が手に武器を持って飛び出してきた。
「とっとと出て行くのだ!」
 棒を喉元ぎりぎりまで突き出され、快庵はため息をついた。
「なんだと言うのです。こんな痩せ衰えた坊主が何かできるとでもお思いか」
 快庵は被っている青い頭巾を少し持ち上げ、里人たちを見渡した。まず、目の前の男が目を丸くして棒を下げた。背後の人々も「違う」「鬼じゃない」とざわざわと騒ぎ出した。 快庵は一礼して苦笑した。
「諸国遍歴中の僧が、日も暮れてきたので一晩宿でもお借りしようかと思っただけですが」
 静かに快庵はそう告げた。人々の中から、この里の長らしき年配の男が進み出てきた。
「これはこれは失礼をいたしました。ほれ、皆の者、武器をしまえ」
 人々はほっとした様子で武器をしまった。「坊主だったから、俺はてっきり」「うむ。夕暮れの坊主は心臓に悪い」などと口々にささやきあっている。男はにこやかに快庵に笑いかけた。
「旅のお坊様。よろしければ私の屋敷でおもてなしいたしましょう」
 快庵はありがたく彼の屋敷に一晩宿を借りることとした。
 ひととおり食事が済むと、快庵は疑問に思っていたことを彼に問うた。
「何故、こんな老僧を鬼だと思われたのですか」
 男は、はは……と疲れたような笑いをし、ぽつりぽつりと語り始めた。